水田農家に下宿して初めての農業繁忙休暇(略:農繁休暇)です。新卒1年目は
勝手が分らず同僚からお叱りを受けたわけですが、今度は農家にお世話になって
いるため、否応なしに手伝わなければならないのです。
素人の私の仕事は、苗とりから始まりました。まだ田植えのできない農家の年増
の女性が苗とりのお手伝いにきています。丁度、一掴み程を束にして苗の先に付
いている土を一升瓶にぶつけて落とすのです。簡単な仕事ですが何時間も何時間
も同じ仕事の繰り返しですので、単調過ぎて飽きてきます。
すると、年増女性がまだ21歳になった私をダシにして野次るのです。しかも話題
は絶えず下ネタで露骨な性的な話が飛び交うという賑わいなのです。
とった苗が溜まるとかます(米が40リットル位入る、藁で編んだ1メートル四方位
の入れ物)に入れて、田植えをしている人の近くの畦道へ運んでいくのです。
このような作業の伴う田植えは、約1週間続きます。
いよいよ仕事の目途がたった頃、下宿の奥さんが「先生も田植えしてみるかい?」
と言うので、試すことにしました。
初めて田植えをする私は、泥に足を取られ、何度か転びそうになりました。腰には
苗がんがんを付け、3,4本の苗を親指、人差し指、中指の三本で持ち、泥の中に
植えるのです。やっと田圃の端から端まで植えると腰が痛くなり、大変な労働である
ことが分ったのです。
ところが次の日です。下宿の奥さんが「先生、ちょっと付いて来て!」と促しますので
一緒に歩いていくと、昨日田植えをした田圃に来て
「よく見てごらん。所どころ苗が浮いているでしょう。先生が植えた所だよね」と指摘
するのです。奥さんは浮いたところに新しい苗を植えているのです。このような仕事
を「さし苗」すると言うそうですが、きちんと植えることができないと、後でさし苗をし
なければなせないので二重手間になるのです。
最近、小中学生や大学生が田植え体験をしている様子がテレビで放映していまし
たが、素人集団の田植えです。後で農家の人がさし苗をするはずです。その様子
をビデオに撮り、体験した子ども達に見せて話し合うことも大切な教育活動になる
のではないかと思うのです。
なお、田植えが全部終了した日にご苦労さん会が開かれます。十畳間のふすまを
取り外し、数十名で宴会が開かれるのです。飲めや食えの大賑わいです。おかず
も魚の煮付けやらクジラ肉の刺身など、最高のご馳走が出るのです。
〔注釈〕 田植えが終わった家では、まだ終えていない農家へ行ってお手伝いをする
という習慣がありました。これを「手間返し」というのですが、農村部ではこのよう
に連帯意識が強く、お互いに助け合って生きていたのです。このよう連帯感や所
属感は農村部や漁村部に多く、都市部では余り見受けられない現象です。
特にマンションやアパートに住んでいる人達は近所付き合いがないばかりか、町内
会費を納めなかったり、ゴミ出しのルールを守らない人達が多いですので、腹立た
しく思うことが多い昨今です。
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