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2009年1月26日 (月)

パンパンと公娼

七夕祭りで遊郭(ユウカク)と呼ばれていた所へ行った時、綺麗な和服姿

の女性が団扇(ウチワ)片手にベンチに座っておりました。傍へ行くと白粉

(オシロイ)の匂いが漂っていたのでした。一体この人達はどのような職業

についていたのか全くわかっていない私。

ところが、中学3年生になってのことです。ある休み時間に、学年で一番

体格のいいM君の周りに多くの男子友達が集まり、真剣に話を聞いてい

るのです。私も何だろうと思って聞きに行くと、遊郭にいる女に誘われて

部屋へ上がり遊女と戯れた話なのです。凄く好い気持ちになったから

オマエラ(貴方達)も一度経験してみれと得意顔で説明しているのです。

料金は200円?でもいいそうだとのこと。

友達は一番関心のある事を身近なクラスメイトから聞いたもですから、

機会があれば一度挑戦してみようと名乗る者もおりました。その気になれ

ば挑戦できる料金であり、イカ釣り漁船に乗ってアルバイトをしていた友達

もいましたから、後は本人の決断次第なわけです。

その遊郭は学校から1kmたらずの所にあり、M君の家の直ぐ近くにある

のです。私も男ですから機会があれば挑戦してみたかったのですが、小さい

時から母がよく話しているのを聞いたことがあるから恐ろしかったのです。

それは

「近所のおじさんが女遊びをし、梅毒(バイドク:性感染症の一種)に罹り

顔面が歪(ユガ)んだり、歩行困難になっているから、もう4期に近い」

などと話していたからです。また、母に連れられて一緒に銭湯に行った時、

妹に

「湯つぼの水で顔を洗ったりしたら梅毒がうつり目がつぶれてしまうよ」とか、

「タイルにべったり座るとオチョンチョン(女性の性器をさす方言?)から梅毒

などうつるよ」

などと注意をしていたのを思い出したからです。

また終戦まもなく、近所の娘さんがアメリカ兵相手のパンパン(売春婦)に

なり黒人の子を身ごもった(妊娠した)そうだ。これから一体どうしたらよい

のかお母さんも悩んでいるとの話などをしていたからです。

今思うに、年頃の男の子が3人もおり、もし不純異性行為(セックスや

エッチすること)によるトラブルを恐れた母は、常日頃から大人の男女が

淫らなことをすることは罪悪であるという先入観を植えつけるために、

意図的に繰り返し繰り返し話していたのではないかと思われるのです。

注釈》 パンパンは1945(昭和20)年以降の占領統治下の日本で外国人、

主に在日米軍将兵を相手にした売春婦(私娼)をさす言葉であり、パンパン・

ガール、パン助とも呼ばれていた。食料難や物資の乏しかった当時、金の

無い日本人相手より米兵の将校を相手にすると可なり儲かったとのこと。

特定の将兵を相手にする娼婦のことをオンリーとも呼んでいた。

一方、遊郭は公許の遊女屋を集め周囲を塀や掘などで囲った区画にあっ

たが、小樽では南郭(色内地区:今は観光地)、北郭(手宮地区)の二箇所

が有名で、大きな館に遊女(娼婦)を多数雇っていた。

公認の遊女定期的に性病検査などが義務付けられていたようだ。

しかし、昭和21年にはGHQの政策により公娼制度が廃止されるが、カフエ

や料亭などと看板を塗り替えて、実態は遊郭と同じように営業する業者が

多かったとのこと。通称「赤線」と言われていた。性病の流行も私娼の流行

と高い相関があるように思われます。

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コメント

アメリカ軍は淫乱で下品で破廉恥だと思います。cloud

米軍って下品の代名詞に定着したと思います。camera

フランス軍、ドイツ軍やイタリア軍は下品ではないのである意味敬意を払いたいです。pen

台湾も過去には米軍が駐留していた時期があったので、米軍の下品で教養のない振る舞いには限度がないと両親からそういう話を過去に聞いたことがあります。good

投稿: 台湾人 | 2009年3月11日 (水) 19時31分

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