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2009年2月 9日 (月)

56年前の 野辺の送り

下の写真は学校葬として執り行われた父の野辺の送りの貴重なスナップ

写真です。

Photo_3

龍泉寺から100メートル程の所です。これから約500メートル行くと焼場が

あるのです。今の祝津霊園の場所です。

先頭でモーニング姿の人が父の上司であった校長です。

中央の背の高いのが長男。私は学生帽をかぶり、何故か下駄を履いています。

その右後方でチーフをしている子が直ぐ下の妹、次男が末の妹を抱っこして

います。その右の白っぽいスーツ姿が次女、その右隣が母なのです。

この写真ではよく分かりませんが、棺は大八車(大きな2輪の荷車)の上に

あり、荷台から長い紐(ヒモ)を張って皆で引くのです。沿道で小学生が見送り

してくれていますが、おそらく4時間目の授業を中止して参列してくれたので

しょう。

10数分で焼場に着きました。かまどの前で焼香をし鉄板の上に棺をのせ、

扉をしめます。私達男兄弟はかまどの裏に回り、棺の周りに焚(タ)き木を置

いて火をつけ、最後にかまの裏蓋(フタ)を閉じました。

数分して火のまわりがよい状態かどうか確かめるため、覗(ノゾ)き穴から見る

のです。おんぼやき(墓を守り、火葬の際、死骸を焼き埋葬を業とする人、

当時そのように呼んでいました)の人が覗いてみないかと言うことで挑戦して

びっくりです。真っ赤な炎の中で合掌している父の姿。ところが、手がぎゅっと

動き出したのです。一瞬父が生き返ったのではないかと錯覚を起こし、

「父さん熱いだろうなー」  アワ((゚゚дд゚゚ ))ワワ!!・・・・・・・・・・・・。

このことを義兄に聞くと

「熱で手の筋肉が伸びるから動くのだよ」とのこと。義兄は終戦後、シベリヤ

抑留生活を送り、戦友をダビ(戸外で火葬にする)に付したことがあるので

冷静なのです。

さて、繰上げ法要も終わり我が家に戻りました。仏壇の前に父のお骨を置

き改めてお参りしました。母は信心深い方ではなかったのですが、

今日から49日間、喪に服します。歌を聴いたり唄ったりしては駄目です。

ラジオを聴いても駄目。食べ物に肉、魚は使いません。精進料理ですから

我慢するのです」と通告するのです。

それから毎日「歌舞音曲禁止なのです。ラジオも聞けません。おまけに

精進料理ということで大根、芋、キャベツなどの野菜と油揚げの煮付け、

豆腐、納豆がおかずなのです。きっと母は、おかず代、電気代などを節約

するためにこのような策を採ったのではないかと、今は思うのです。

しかし、私はNHKの連続放送劇の新諸国物語「笛吹童子」か「紅孔雀」の

どちらか忘れましたが、母に強引にお願いし「小さな音で聞くこと」を条件に

許可してもらったのです。日曜日の7:30からの「今週の明星」と8:00から

の「とんち教室」は許可が下りず、断念したことを覚えています。

[注釈] 学校葬は現在でも行われることがあるようです。私立学校の校長

や理事長が亡くなられたときが多く、公立学校の場合は何かと難しい問題が

ありますので、敬遠することが多いように見受けられます。父の場合も、当該

学校長が教育委員会と相談して決定したのではないでしょうか。

母は学校葬であるので葬儀にかかる経費は、全て学校側で出してくれる

ものと思っていたようですが、残念ながらそうではなかったのです。収支決算

はかろうじてマイナスではなかったのですが、料理に使った調味料やお米など

は、お手伝いに来て下さった方々が持ち帰ったため母は残念がっていました。

ただ嬉しいことは、当分の間、公宅を出て行かなくてもよいということを教育

委員会が言ってくれたことと、商店の方々が「祝津にいる間、ツケでもいいよ

との温かい支援があったことです。

なお、ツケとは現金買いではなく買物通帳(通い帳)をお店に持って行き、

買った品物と代金を記入してもらい、1ケ月ごとに支払うという買い方です。

ところが、祝津ではツケの精算払いは漁があって現金が手に入った時で

よいという商い習慣があり、商店によっては鰊(ニシン)が獲れた時に一括

してツケを払ってもいいという太っ腹な商人もいたのです。

従って、我が家では死亡一時金や火葬埋葬料が入った3月に6ケ月分まと

めて払ったので助けられたわけです。これも連帯意識や仲間意識の強い

漁師町の人達のお陰なのです。

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