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2009年4月26日 (日)

就職難 母の応援

第一次ベビーブーム時代(昭和22年~24年に生まれた810万人:団塊の世代)

の子ども達が小学校に入学した時代は、昭和29年から31年の期間です。

したがって各市町村は団塊世代の子ども達に対応するため教室を増改築したり、

新卒教員を急遽採用するなどその対応に汗したわけです。

私が教員になるために就職活動に取り組んだ時代は、団塊時代への対応が終わ

った時代であり、新規採用をそんなに必要としていなかったのです。定年退職や結

婚退職する教員を補充する程度の採用だったのです。ですから大変な就職難に突

入していったわけです。

世の中、採用試験の点数の高い順から採用されるというシステムではなかったの

です。コネが一番です。北海道教育委員会や市町村の教育長、中には国会議員

などに知人がいればその方に依頼するなどの方法を取り入れるのが得策です。

そのことを知っている母は、動き出しました。

兄の場合は小樽市の教育長にお願いして実現したのですが、また、私の場合

もお願いするということはあまりにも図々しい行為です。まして私は4男坊であり母

の身近に置いておく必要がなかったのです。

早速、母は古い年賀状から亡き父の親友の住所を調べ、息子のための就職依頼

状を書き始めました。友人の1人は一部上場企業の役員である市の教育委員長を

しているのです。他の1人は中心校で校長を務めその市の校長会長をしている

人物です。

数週間して返事が届きました。どれも厳しい就職戦線で新採用教員予定がない

のこと。母は落胆し、「早く大学へ行って頼んできなさい!」と急かせます。仕方なく

担任教官に就職依頼をしたのですが、

今のところ、どこからも推薦依頼がなく年々厳しくなってきている。もし、依頼がき

たら君を一番先に推薦するから気を落とさないで!」と激励してくれたのです。

その後私は就職状況の把握と就職依頼のため数週間おきに教官室を訪れました。

なお、小樽からの汽車通仲間で数学所属の親友は、叔父さんが室蘭市にある北

海道教育委員会胆振(イブリ)教育局の局長であったため、学芸大学入学当初か

ら「俺の就職先は苫小牧市なんだ。叔父さんが約束してくれているから心配ない

けれど、お前は大変でなあー!」とのこと。

もし父が生きていれば、旭川師範の同期や知人に依頼すると就職も楽だったと思

うのですが、それも出来ず、要は全て己の力で開拓していかなければならない

という宿命だったのです。

2,3年前、大分県の教員採用に関わって金品の授受が問題になりましたが、

私達の時代は、お願いやお礼に行く時は菓子箱持参(商品券のない時代でしたか

ら)が礼儀でした。

〔注釈〕 北海道教育委員会では、平成7年に地方公共団体(自治体)の公務員が

中央官庁の公務員を接待する、いわゆる「官官接待」(ゴルフ、マージャン、釣り、

飲食などの接待と金品贈与)の禁止を打ち出しました。これを契機にこれまで教頭

・校長に推薦されたり採用・昇任したお礼として、商品券やお金を謝礼として渡す

習慣が根強くありました。

贈与する対象は、北海道教育委員会○○教育局の局長、次長、企画総務課長、

生涯学習課長が中心であり、自分がお世話になっている教育委員会教育長です。

また、同窓会の会長、副会長、事務局長であり、これらの人は論文・面接試験に対

する指導を年間数回にわたってしてくれていたからです。

「官官接待」の禁止の内容は各学校長段階まで厳しい指導がありましたので、悪し

き習慣は無くなってきました。しかし最近、また復活の兆しが見え始めているとの指

摘もあります。

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