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2009年4月27日 (月)

月2回の給料日 「親方日の丸」

〔銀山⇔軽川〕の定期券を持った一人の大学生が、小樽駅から乗車しました。でも不思議です。銀山、軽川間には小樽商科大学しかないのに、どうしてこの定期券を持っており、一体何所へ行くつもりなのでしょうか。

静かに後をつけて行くと、小樽築港(チッコウ)駅で降り、国道5号線沿いから住宅街へ向かっております。ちょっと坂道を上がり、ある民家へ入っていきます。この学生はここの住人なのでしようか。しかし変です。その後、次々に国鉄の制服を着た大人もやって来ます。

一体、この民家は何をしている処なのでしょうか。チョイト覗いてみますね。

2階の1室で大人6人がそれぞれ机に向かい、大きな図面とニラメッコしています。時々、計算尺を出したり頭を傾げたり真剣に考えている様子です。

もっと近寄って見てみると、大工さんが持つような大きな設計図の青写真を出し、平面図や立面図を見ながら数式を書いています。

図面左上には「張碓隋道」(ハリウスズイドウ)とか、「南小樽鉄橋」などと書かれています。

しばらくして、先程の大学生が上司と見られる職員の一人に、「隋道(トンネル)のように内部が曲がっている場合の体積は、どのようにして求めるのですか?」と聞き、

「この本に載っているからよく見なさい!」と一冊の本を手渡す上司。『土木力学算公式集』?なのです。学生さんは「へーえー!こんな公式集もあるんだ!なるほどねー!」と言いながら見ています。

数時間後、1人の職員が「さあー、もうお昼だよ!飯だ、飯だ」と促します。皆は一斉に仕事を止め鞄から弁当を出します。

ところが、年増の人がロッカーから一升瓶を出し、おもむろに同僚の湯のみ茶碗に酒を注いでいます。「学生さんも、一杯どうーおー?」と勧められた学生さんは、「すいません、少しで宜しいですから!」と言い昼食をとりながらコップ酒を飲んでいます。

それから数十分した時です。「オイ、皆、ヤバイヤバイ、助役が来たぞ!隠せ隠せ!学生さん、顔が赤くなっているから直ぐ見つかるぞ!1階のトイレに隠れていろ!」とあわてふためいて指示します。

1時10分前頃に詩吟の練習に来た助役が帰りました。学生さんは仲間が呼ぶのでトイレからやっと開放されて2階の部屋に戻ったのですが、顔はまだ真っ赤です。

でも、その後、誰も来る様子がなく、皆はまた元の仕事に・・・・・・・・。

4時50分頃、主任と呼ばれている人が、「オイ、今日は給料日だから忘れないで貰って行けよ!ハンコ(印鑑)忘れるなよ!」と言うと、学生さんが「主任、まだ月の半ばですのに給料が出るのですか?」と聞いています。

「うん、国鉄は月に2回貰えるのだよ。まだ説明していなかったかい?」とのこと。

さて皆さん、ここは何所だと思いますか?実は日本国有鉄道(略称:国鉄)小樽保線区の臨時執務室なのです。聞くところによると、10年に1度、国鉄の固定資産算出の基礎資料として、隧道、波除け、土砂止め、鉄橋、雪崩防止堤などのコンクリート部分と鉄部分の体積を算出しなければならないそうなのです。

2ヶ月間の仕事ですが、南小樽の鉄橋の鉄部分の算出だけで約3日もかかります。短期間に集中して計算する仕事ですので、保線区の事務所内では集中できないということから
臨時に、近くの民家の一室を借りて仕事をすることになったのだそうです。

また、特殊な仕事ですので数学専門で算盤(サロバン)が達者な大学生を2名採用したのだそうです。

もうお分かりのことと思いますが、この大学生とは私のことで学芸大学2年生の12月、1月に国鉄の臨時職員として採用になった昭和33年末から34年初めにかけてのことなのです。

また、定期券の利用範囲が銀山・然別⇔軽川とあるのは、小樽保線区の仕事範囲がこの区間であり、土砂崩れ、雪崩、河川氾濫による鉄路の復旧工事、波による防波堤の損傷の改修などの仕事も保線区の業務内容なのです。勿論、ラッセル車の出動態勢も。

私の仕事は図面上の数字から体積を求めるのですが、図面に数値が抜けているところがあれば、実際に現地へおもむきスケール(金の巻尺など)で実測し、図面に数値を入れてから計算式を作ります。ですから定期券が必要になるのです。

なお、国鉄の月給は半月分ずつ2回支給ですので不思議に思いました。

私はこの臨時職員として勤めたことにより、図面の見方がより分り、かつ、日本で初めて導入されたドンツ製の計算機の使い方も覚えたのです。

実に多くのことを学んだ2ヶ月間でした。

[注釈] 銀山とは北海道後志管内にあるニセコ(スキーで有名)駅から小樽へ向かって五つ目の駅で、軽川(ガルガワ)とは今の手稲駅(札幌駅から小樽寄りに六つ目の駅)のことです。

昔、線路工夫がツルハシを持って、レールの隙間に砂利を入れたり、土砂崩れ現場で汗水流しながら働いていた様子を見たことがありますが、この人達も保線区に勤めていた人だったのです。

なお、昼の休憩時間の飲酒は勿論禁止されていたのですが、それを破る職員がいても内部告発もなく、知っていても知らん振りする上司がいるなど、「親方日の丸」(うしろに国がついている職業)で実に大らかな時代?だったのでしょう。

しかし、倫理観や職業意識に欠け、組織全体の危機感が足りないと指摘され、やがて民営化へ移行せざるを得ない状況に追い込まれていったのも事実です。

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