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2010年1月

2010年1月31日 (日)

学校や担任だけで解決できない問題への対応

学校の危機的状況を克服するこれと言った特効薬はありません。とは言え、手をこまねいて見ているわけにもいきません (・A・)イクナイ

今こそ、学校・教員は外部からも早急に支援を求めなければならないし、歴戦練磨の元教員の実践や地域に在住している各種専門家に多くを学ぶという姿勢になることが重要です。

また、子どもが犯罪に巻き込まれたり、保護者からの虐待、家出、不良仲間からの恐喝などなど、学校現場だけでは対応しきれない問題が数多くありますが、一人で悩むことは慎むべきです。

かえって問題解決をこじらせ遅らせる結果になることが多いのです。かく言う私も若い時にいろいろと失敗してきた一人なのです。

ですから、子どもに関する問題を担任がひとり抱えするのではなく、関係機関と連携して解決すべき問題もあることをしっかりと理解・認識し、速やかに対応することが大切です。

では、子どもの健全育成に関する関係機関にはどのようなものがあるのでしようか。

『民生委員・児童委員・主任児童委員』『児童相談所』『警察』『教育委員会』があり、それらと連携することを勧めます。そこで、それらの機能について順次簡単に説明していきますが、先ず、民生委員・児童委員・主任児童委員について触れてみます。

<民生委員・児童委員・主任児童委員との連携>

・民生委員・児童委員は、地域の中で、福祉全般にわたり相談や支援を行っているボラン ティアであり、児童委員は民生委員が兼ねています。

・厚生労働大臣からその任務を委嘱されており、守秘義務がありますので、相談内容や個人の秘密が他に漏れることはありません。安心してお気軽に相談できます。

・児童委員には、担当区域を持つ児童委員と、担当区域を持たず、児童問題を専門に担当する主任児童委員がいます。

<民生委員・児童委員の活動>

民生委員・児童委員は、生活に困っている方や身体のご不自由な方、ひとり暮らしの高齢者の方、ひとり親家庭や育児・健康などの面で援助を必要とする方の悩み事と心配事の相談に応じ、区や市町村にある関係機関との橋渡しをしてくれます。

また、虐待やいじめ、不登校、非行など、子どもを取り巻く環境が深刻さを増していますが、支援が必要な児童とその保護者、妊産婦、ひとり親家庭などの方々のために、学校や児童館、児童相談所、地域住民も含めたネットワークづくりを推進し、パイプ役として活動しています。

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2010年1月30日 (土)

変ってきた教師の仕事と 学校現場

教師という仕事は、子ども・保護者・同僚・管理職という人間関係に絶えずかかわる仕事です。しかし、かつてに比べて、格段に困難な仕事になりつつあります。

それは、年々保護者の質が変わってきているということです。ある時は教師を監視し、ある時は教師の言葉に逆ギレして猛烈に攻撃してきます。問題解決の道筋なども無視!?いくつか具体例を列挙します。

・わが子に対する教師の言動を携帯電話やインタヘーネットを駆使して、同調 しそうな保護者にメールします。

・「今度の学級懇談会の折に、担任を吊るし上げよう」と学校や担任に批判的な親十数人でメーリングリスト(特定のグループに属する人に、一度に同じ電子メールを送るシステム)のやりとり。

・「一度、担任にお願いしていたけれど、さっぱり解決しないので、出るところに出ます」

・「A町の○○小学校に息子を通わせている親ですが、担任の先生が家の子に対してこんな扱い方をしました。・・・・許せません。」と学校側に話もしないで、直接インターネットの掲示板への書き込み

などなど、例をあげれば枚挙に遑なしです。

これまで、担任に要望した事項が改善されなければ、学年主任→教頭→校長のところに行き、ラチがあかなければ、その後、教育委員会に訴えてくるのが通例でした。

しかし、最近は直接教育委員会に来られるなど、問題解決の手順も省いたり、直ぐ報道機関にタレコムと脅すばかりでなく、実際に実行する保護者もおりました。

かつて児童生徒の教育のパートナーであったはずの親たちが、ことあるごとにクレームを付け、攻撃してきます。むしろ問題解決を妨げる存在になりつつある傾向を示しています。

また、マスコミも迎合するかのように、『いじめ』や『教員の信用失墜行為』などを面白可笑しく報道し、教師・学校・教育委員会バッシングの風が吹き止むことはありません。

『教育は国家100年の計である』と言われ、教育は国家・社会の基盤をなすものであり、次世代の大切な人材を育成するものです。

『教育は人なり』とも言われます。課題山積する教育現場に身をおき、子どもを健やかに育て、地域から期待され、信頼される学校づくりのため、腹をすえ、果敢に挑戦していく若手教員の育成が急務です。

しかし、残念なことに、育成する環境が最悪の状況になりつつあると言えます。

即ち、教職経験年数5年未満の若手教員が、全教員の三分の一を占めるに至った自治体が出現しています。

今、団塊世代の教員が退職し、それに20代の若手が変るという教員の世代交代が急ピッチで進んでいるからです。

加えて、『いじめ』をはじめ、子どもの生活・心の変化に起因する問題や、学校教育に対する保護者や社会の肥大化した要求への対応など、教育現場はかつて経験したことのない、危機的な状況を呈しています。

そして、『PDCAのサイクル』(計画:Plan実行:Do検証:Check改善:Action)重視の学校評価と外部評価の導入、学校評議員制度、成果主義の導入と人事評価の強化、教職研修の強化などなど、教育改革の流れの中で、対応しなければならないことが多く、

学校は『改革病』に侵されている状況にあります。

このような教育現場の多忙化で、数少ない教職経験の豊かなベテラン教員が、若手教員の面倒を見るという環境には程遠い実情なのです。

では、このような学校の危機的状況を、どう克服していけばよいのでしようか。数回に亘ってUPしようと思っています。                                          

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2010年1月29日 (金)

校内で自殺 SOS軽視?の学校現場

2009年の自殺者数は、前年比504人(1.6%)増の3万2753人で、過去5番目に多かったことが26日、警察庁のまとめ(暫定値)で分かった。自殺者数が3万人を超えるのは12年連続。(時事通信)

悲しい実態ですweep。中には周囲の気遣いによって防止できたものもあったのでは・・!?一つ事例を紹介します。

ある女子中学生が校内で首吊り自殺をしたのを、休み時間に友達が発見しました。自殺をした生徒は当日、朝のホームルーム時に出席した後、どのような行動をとっていたのか、教職員もクラスメイトも知らずにいたのです。

中学生は教科によって教室を移動し、座席も固定されていませんでしたので、級友も教科担任も、彼女がいたのかどうかさえ把握しておりませんでした。

ところが彼女の自殺があった数週間前に、学校宛に「いじめ」にあって苦しんでいる旨の手紙が、匿名で届いていたのです。

先生方が調べましたが、特定することが出来ませんでした。まだまだ時間をかけて調べていれば、自殺の当事者だったかどうか判明できたかも知れません。もし当事者からのものであれば、支援の手を差しのべ、自殺を思い止まらせることができたかも知れません。残念です。

一般に事件が起きると大騒ぎするのですが、事前のSOSに対して「単なる悪戯だろう。たいして気にすることも無いだろう」などと、自分の都合の良いように解釈し、そのことに対して積極に対応しようとしない態度が危機をよぶことになるのです。

即ち、危機意識の欠如が問題なのです。

この中学生の場合は、作文の筆跡鑑定(数個の平かな)から匿名の子が自殺した本人であったことが事件後に判明したのです。

この事件があってから、どの教科担任も生徒の出欠について留意するばかりでなく、生徒の様子についてホームルーム担任との情報交換が密になったのです。

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2010年1月28日 (木)

新聞配達

またもや新聞の『読者の声』に知人の記事が掲載されていました。全文を紹介します。

        題『新聞配達の6年 人生の貴い体験』(若山 精一)

 私は中学1年なった1946年から、高校卒業するまでの6年間新聞配達をしました。終戦間もないころで、知人から配達員募集を聞いて、早速、私は「新聞少年」を始めました。

 夏の早朝の配達は気持ちが良くて元気はつらつでしたが、反対に冬場は大変です。気候の変化が激しく、特に厳寒期や吹雪には泣かされました。

 当時は、販売所の作業場には暖房はなく、紙はとても冷たくて、チラシの多いときは指先が凍えて折り込み作業は難航しました。

 右肩からたすきを掛け、新聞を左腕で抱えて配達に出ます。体は冷え切って手足の感覚は鈍くなり、新聞を引き出すのがつらくて苦労しました。

 でも、配達中に読者から「今朝はしばれるから温まっていきなさい」などと声を掛けられると、感激して胸がいっぱいになったものでした。

 今でもこの季節になるとあのころを思い出します。新聞配達をした6年間は、「人の愛」や勇気をもらい、私の人生に貴い体験となりました。

期間が短くても同じ体験をした私です。この記事を読みながら小学6年生のことを思い出しました。下の過去ブロを覗いてみて下さい。

小6の新聞配達 義務化??』http://kyoikuchou.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-1118.html

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2010年1月27日 (水)

メール友達のワナ

小中学生も携帯電話を持つ時代になりましたが、それに伴うトラブルも可なり発生しています。

学校や家庭で利用についての指導をしておかなければ、とんでもない事件やトラブルに遭遇する危険があります。

私が教育長をしていた時、頭を悩ませた事例の一つを紹介します。

中学3年生のE君が、メール友達の成人女性と付き合い始めました。

その女性は、親に無断で軽自動車に乗り約4時間を費やして会いに来るのです。

所持金がないため、E君にスーパーマーケットで弁当やジュース類を万引きさせ、夜はE君と共に車内で寝るという状況です。

E君は体を抱かせてくれるその女に夢中になり、結婚したいとまで思うようになりました。

しかし、その女性が、次第に衣類や高価な品物を万引きするよう要求するので、拒絶したところ

私を甘く見るなよ!暴力団の仲間が沢山いるのだぞ!言うことを聞かなければ、お前の体をコンクリート詰めして苫小牧の港に沈めるくらい朝飯前なのだ!体を抱かせてやるのだから、とやかく言わないで盗んでこい!」と凄むわけです。

E君は身の危険をクラスメイトに語ったことから、女性の住所や電話番号などを学校が知り、女性の母親にクレームをつけたところ、

「家の娘は少し変っていて親の言うことを聞かないので、関りを持たないようにして下さい。」

とのことでした。

その後、E君が会わないようにしていても女性がしつっこくつけ回すので、恐ろしくなりました。

E君の父親と相談の結果、警察に被害届けを出すことになりました。

警察は管轄が違う所では勝手に捜査することができないことや、被害届けを出すことによって

女性の在住している管轄の警察が捜査できることを知りました。

それから数週間経って、女性が逮捕されたわけです。

罪状は「北海道青少年保護育成条例違反」でありました。

警察の協力によって、その後、その女性がE君に会いに来ることがなくなりましたので、教育委員会や学校側が一安心したわけです。

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ハイチ支援に起ちあがる 7歳の坊や?

ハイチ地震の被災状況を見ていた7歳の男の子が、突然言い出しました。

坊や 「可哀相だ!ぼく助けてやろう!」

母  「どうやって助けるの?」

坊や 「ぼく、自転車に乗って皆から寄付を集めるよ!」

早速、坊やは行動に移しました。母は微笑みながら息子が自転車に跨っている写真をインターネットに乗せ、簡単に紹介してあげました。

驚きです。僅かな時間に2,000万円も集まったそうです。坊やは約8キロメートルの募金行動で約7万円集めたとのこと。

お昼過ぎのどこかのTVで紹介していましたが、イギリスという国は凄いところがあるなとつくづく思いました。

オレオレ詐欺が横行しているどこかの国と比較すると、何かが違うような気がします。宗教の違いからくるのでしょうか!?

ハイチ支援に起ち上がった坊やも偉いし、そのように育てた母親もなおさら立派です。

寄付・施しやボランティア活動が定着している国に、少しは見習わなければいけないと思った次第です。

それにしても明るくほのぼのとしたニュースではありませんか!?

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2010年1月26日 (火)

子と同じ目線で

昨日(1月25日)の北海道新聞の『読者の声』に懐かしい先輩の名(蔵 喜久夫)が目に留った。彼とは、学芸大学時代に札幌にあった石狩支庁税務課でアルバイトをした間柄。

登下校あいさつ 子と同じ目線で』と題した投稿記事。全文紹介します。

子どもたちの登下校などを見守る「すきやき隊」のボランティア活動に参加して久しい。子どもたちとのさわやかな朝のあいさつは、最大の喜びだ。

だが、先日、大切なことに気付かされた。大人は「おはよう」、子どもは「おはようございます」とあいさつを交わすのが当たり前だと思いこんでいた。ところが、ある男子に「ございます、は?」と指摘されたのだ。

一瞬、びっくりしたが、すぐに当然の指摘であることに気付いた。知らないうちに、上から目線で子どもたちと接していた自分に、ハッとした。

それからは、できるだけ最後に「ございます」を付けるように心がけた。すると、子どもたちから返ってくる「おはようございます」も一層明るくなったようだ。とりわけ、高学年の子たちにその傾向が強い。そう思うのは、気のせいだろうか

目線を高くして子どもたちを指導することも必要だろうが、同じ目線に立ち、人格を認めて接することの大切さを、このあいさつの中から学んだ

示唆に富む(他の人の言葉に教えられることが多いということ)内容で共感を覚えますが、

子どもと同じ目線』という言葉で思い出したことがあります。

教育実習生が、授業中に教壇の前で椅子に座って授業を始めました。不思議な行動をとる教生だなあーと思って、しばらく様子を観察していたのですが、一向に改めようとしないのです。

黒板に字を書く時だけ席を立ち、板書し終えるとまた着席。

授業終了後に「先生、どうして座って授業をしたのですか?」と問うと「子どもの目線で授業を進めることが大切であると教わりましたので、椅子に座って子どもの目線と私の目線が同じ高さになるように留意したのです!」とのこと。

驚きました Σ(・ω・ノ)ノ!

学級崩壊は、子どもの目線に立って考えることの苦手な教員、子どものものの見方・考え方・捉え方・認識過程・つまずき・願望などを無視して指導する教員に多いように思うのです。

しかし、子どもの目線を大切にするからといっても、時と場・活動内容などをわきまえなければ、また問題が派生することがありますので難しい問題です。

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2010年1月25日 (月)

露骨な派閥意識と被害者意識

4月の第2週目の夜。市内のある寿司屋で私の歓迎会をしてくれるとのこと。先輩と共に会場に着くと既に5人の先生方が来ておりました。

簡単なセレモニー?が済み、お互いに酒を酌み交わしている時です。私と同じ寅年の同僚が

「先生!先生が今入った住宅はね、この前までM先生が入っていたんだよね。まだこの学校へきて4年しか経たないのに追い出され、あんな不便な場所にやられるとは可哀想だったよ!

①に北海道教育大学札幌校の同窓会の俗称)やられたと皆が言っているよ!きたないよなあ!」との不満pout o(`ω´*)oプンスカプンスカ!!

要するに、校長をはじめ我が同窓に対する嫌味なのです。聞いていたら腹立たしくなってきた私は「そうなのかい!でも私が悪いということではないだろう!文句は直接校長に言うべきだよ!」と強く言うと「そりゃーそうだけど!」と引き下がったのです。

この件があったので、早速、本校教員の出身学校を調べてみました。

師範・学芸大学(現:教育大学)出身者は札幌校14人、旭川校6人、岩見沢校8人、函館校2人、その他(旧制中学・新制高校など)14人。

私の教員住宅入居にケチをつけるのはまだいいのですが、学校運営や組合活動に関わって派閥意識を前面に出し、管理職に何かと抵抗を示す教員も多々いたのです。

なお、派閥については↓の過去ブロでUPしております。

     http://kyoikuchou.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-6c6e.html

しかし、誰が何を言おうが、派閥がどうであろうが、如何なる場面でも子ども達の教育をどうするのかということを前面に出して理論武装をし、実践で勝負するという姿勢が問われていることを痛いほど分かったのです。

教育活動の推進に支障をきたすような派閥抗争は避けるべきですが、全く同窓意識のない若手教員の姿には違和感を覚えるます。

今は、同窓会総会を開いても若手教員は殆ど不参加とのこと。喜んでいいのかどうか分かりませんが、ライバル意識を燃やして互いに切磋琢磨する姿勢も時には必要な気がするのです。

今振り返ってみると、この学校が歴任校の中で一番勉強になった学校でした。

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2010年1月24日 (日)

市川中学校に 3,200人受験?

テレビでマンモス受験風景を放映。妻も私もビックリ モヒャ━━((゜Д゜Uu))━━!!!!!!

市川中学校!もしかして、千葉県にある市川市の私立中学校かも!?

市川市はコミュニティースクール(地域の人材を学校教育に活用した学校)の実践で、全国的に有名な地域であり、行政も財政面でバックアップする体制のとれた市なのです。

早速、インタネットで調べてみました。

・学校名・・・学校法人市川学園 市川中学校  ・創立・・・昭和12年  ・特色・・・中高一貫教育、男女共学、授業五日制、土曜ゼミ・土曜講座。朝の7時から開館している第三教育センター(図書館・自習室)。

平成21年度に文科省の主要施策のSSH(スーパーサイエンススクール)校に指定され、理系の教育課程の開発・理数系人材開発を進めている。

・募集人員・・・男子180名、女子100名。(第1回)

・大学入試結果・・・国公立大学90名、早・慶180名合格。

テレビでは受験会場である幕張メッセの試験風景。第1回募集人員280名に対して受験者3,200名ですから、倍率は約11.4倍。有名大学の受験倍率以上?です。

なお、市川中学校の教育方針がユニークなのです。『よく見れば精神』とのこと。

芭蕉の句に「よく見ればなづな花咲く垣根かな」(よくよく見れば、雑草のかすかな花にも、他の花と比べることができない独自無双の美しさがある)のように、

生徒一人ひとりに光をあてて、じっくりと「よく見る」精神が、生徒の潜在している能力を引き出し、開発し、進展していくとの方針で教育している学校なのです。

少子化時代にこのような倍率の中学校を自ら選択し、受験するとは見上げた子ども達です。技術立国の日本です。これらの子ども達に未来を託したいと強く願っています。

夕飯の時に、これらのことを妻に説明すると驚いていましたが、私は自分の大学受験当時の倍率を思い出していたのです。下の過去ブロ『待望の大学入学式』をご覧下さい。

    http://kyoikuchou.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-bf7f.html

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2010年1月23日 (土)

真実の衝撃! 映画『カティンの森』 

今からおよそ70年近く前、即ち1939年(昭和14年)9月、ソ連軍とドイツ軍に東西から侵攻されたポーランド。キュリー夫人の生まれたポーランドは両国に分割され、地図上から消えた。

この映画はソ連の秘密警察が捕虜のポーランド人将校(約15,000人)を大量虐殺した事件を克明に再現したものです。

この事件、当初は謎とされていたのですが、1943年春、カティンで彼らの数千人の遺体が発見され明らかになった。ドイツはソ連の仕業としたが、ソ連は否定し、ドイツ(ナチス)による犯罪として糾弾した。

戦後、ソ連の衛星国となったポーランドでは、カティンについて語るのはタブーだった。しかし、1989年(平成元年)秋、ポーランドの雑誌が、虐殺はソ連軍によるものであると、その証拠を掲載。

1992年、ロシアのエリツィン大統領は、スターリンが直接署名した命令書によって行われたことを言明した。

この映画監督の父ヤクプ氏は虐殺された将校の一人。映画はその父と、夫の生還を待ち続けた母にささげられたものであろう。

第二次世界大戦下、引き裂かれ、翻奔(ホンロウ)される家族の運命。現代に生きる私達に、変わることなく鋭く重いメッセージを発している映画。

そして、ラストシーンで明かされる真実の衝撃 ヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ

一緒に観覧していた妻や義姉は、恐ろしさのあまり目を瞑り続けたとのこと。多くの方々が観覧されることを薦めます。

札幌・シアターキノで29日まで上映中。シルバー料金は1,000円。

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2010年1月22日 (金)

確信をつく 校長の質問

赴任してから数週間後のこと。研究推進について説明して欲しいと校長に言われたので、空き時間(授業のない時間)に校長室へ行くようにと教頭に言われました私。

緊張しながら入っていくと、野武士のような頑強の姿態で威厳さをただよわせている校長が、「おゝ、来たか!まあ座りたまえ!」「どうだ、この学校にももう慣れただろう!」と先ず一声。

「早速ですが、研究推進について説明にあがりましたが、お話しても宜しいですか!?」と問うと、「まあー、急ぎなさんな!」と私の話をさいぎり、

「所で先生は、本校の研究紀要に全部目を通したかい!これから取組もうとする研究は、本校の歴史を土台として発展させるものでなければならない。そういう意味から、まだ全部目を通していないなら、そこの書棚に保管してある研究紀要(年度別に整理されている)をいつでも持っていっていいから!」とのこと。

私は教育課程と前年度の研究紀要しか目を通していませんでしたので、恐縮しながら受け答えしていたところ、

「研究推進の説明は特別しなくてもいいよ!全面的に任せるから頼むよ!」と微笑みながら言うのです。

私は、一般教員時代に13人の校長に仕えいろいろ教わってきたのですが、ああだ、こうだ、とクドクド話されるよりも、何故かこの含蓄のある短いコメントが私に緊張感とやる気を起こさせたのですから不思議です。

なお、この校長の発案で『自然と教育』との関わりを重要視した活動が展開され、北海道新聞の教育欄に特集として大きく報道されたのですが、僅か原稿用紙1枚程度の活動趣旨を提示するのに、参考図書を6冊も読み、そのエキスから構想を練った校長の姿に度肝を抜かした私でした。

ちなみに、校長の専門は歴史であり坂本竜馬を尊敬し、彼の生き方に感化されていたのです。

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2010年1月21日 (木)

タンカを切った 学級懇談会

赴任して最初の学級懇談会。6年生6クラスの中で担任が持ち上がりでないのは私一人。保護者は期待感と不安で一杯なので、大多数(1クラス45人編成)が出席です。

授業参観後の懇談会で、私が自己紹介したあと学級経営方針等の説明をし終えた時です。

学級PTA委員長と名乗るAさんが、

私が皆さんを代表してお話をします。私達のクラスを除いてどのクラスも5年生からの持ち上がりでありベテランの先生なのです。

しかし、今度の異動で先生を迎えましたが、私達は凄く不安です。来た早々、6年の担任を持たせることはないと思うのです。兎に角、他のクラスに負けないように頑張って下さいね!」と高圧的な話。

この話を聞いていて私はムカムカしてきました。

学級委員長のおっしゃることも分かるのですが、私は12年間に2校を経験し、3回も6年生を教えてきました。ですから高学年を教えたからと言って戸惑いはありません。

今回の異動も、この学校の校長の強い勧めによって参ったのです。もし、私の教え方に不満であれば、年度途中であっても異動しても差し支えありません。そのような時は、直ぐ校長に話して下さい!」と私はタンカを切ってしまったのです。

この話を聞いて学級内は一瞬静まりかえりました。するとSさんが

先生、先ほどの話によると随分、算数の指導に力が入っているようですが、国語にも力を入れて下さいpout」と言い、立ち上がると同時に椅子を足で机の下に押し込んだのです。

奥さん、一寸待って下さい!私に対して不満をお持ちのようですが、足で椅子を蹴るとは何事ですか!そのような態度は許すことができません。今後改めて下さい!」と(・A・)イクナイ

するとSさんは、無言でやり直し、その後一番先に教室を出ていったのです。

さて、家庭訪問週間のこと。A宅とS宅の訪問に際して、私は過日の学級懇談会における私の言動について素直に謝りました

しかし、意外でした。AさんもSさんも一様に大人気ない言動をとってしまい申し訳ないと謝るのでした。ほっとしました。

ところが、他の家では学級委員長のAさんは何時も出すぎることがあるとのこと。ですから私が毅然とした態度で臨んでくれたので、胸がすーとしたと言う母親もいたのです。

先生、親のことをあまり気にしないで、思う存分おやりになって下さい!私は少なくても先生の味方ですし、協力も致します!」と旦那が高等学校で教頭をしている奥さんの弁。

私は、敵もいれば味方もいることを知り安心したのですhappy01

それにしても不思議です。あれほど強い口調で咎めたAさん、Sさんとは一番心を開いて話せる間柄になっていったのです。『雨降って地固まる』ですか?

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2010年1月20日 (水)

特設道徳 こんな学校もあったんだ!

学年打合せの時です。道徳の時間がどのクラスとも重複しないように固定化していることに気づきました。理由は、指導資料の利用面からです。

この学校には、資料室があり特設道徳の指導資料が学年別・月別に区分され整備されていたのです。

具体的に言えば、主題別の指導案、『読み物教材』(児童分印刷したもの)、スライド、紙芝居、新聞記事の切り抜きが、収納ケースに収められていたのです。

従って、『道徳指導計画』を見て、取り扱う学年、月、週さえ決めれば、スムーズに指導がOKなのです。

驚きです(・_・)エッ....?

『道徳の時間』の特設が、昭和38年の学習指導要領に位置づけされた時、日教組は徹底的な反対運動を展開し、その後も激しい運動を続けいました。理由は

特設道徳のねらいは教育内容に対する国家統制であり、憲法や教育基本法に明記された教育の機会均等、平和と真実、人権尊重の教育を根本から破壊するもので、勤務評定や管理教育の教育権力と同一のものである。

また、修身と同じ徳目主義(道徳を正義・勇気・親切といった徳目として列挙し、それらの徳目の一つ一つを教えることによって道徳性が形成されるという考え方をいう)であり、権力側に都合のよい人づくりで危険極まりないとのこと。

従って、組合員の一人であった私も、当時胸を張って『特設道徳』の指導をしているとはいえないような姿勢であり、道徳の時間を学級指導や生活指導の時間に充てることがあったのです。

学校によっては、全く取り扱わなかったり、時間割に『道徳』と明記しながら実際は指導しないという形骸化の実態がここ数年前まであったのです。(北海道の一部地域かも知れませんが)

ですから、私が赴任した昭和46年に、『特設道徳』をきちんと教育課程に位置づけて実践し、指導資料も完璧に整備されていることは驚異的なことだったのです。

しかも、校長が元日教組の役員であったと聞き、なお更驚いたわけです。

この学校は、北教組(北海道教職員組合)の反対を押し切って、数年前に文部省の『道徳教育研究指定校』になり、全道規模の研究会を開催したとのこと。その成果の一つが資料整備として残っていたのです。

いずれにしても、私はこの学校に勤務できることを嬉しく思うと共に、誇りにさえ思ったのです。

注釈] 修身とは、身を修めることを意味し、日本において教育勅語発布から第二次世界大戦までにおける、小学校と国民学校で設けられた教科のことです。(参照:ウィキぺディア フリー百科事典)

勿論、国定教科書であり、全国どこの学校へ行っても同じ内容を教えていたのです。参考までに尋常小学修身書(第4巻)に書かれていた主題・徳目の一部を紹介します。

・明治天皇 ・能久親王 ・靖国神社 ・志を立てよ ・皇室を尊べ ・孝行 ・兄弟 ・勉強 ・規律 ・克己 ・忠実 ・身体 ・自立自営 ・志を堅くせよ ・仕事に励め ・迷信におちいるな ・礼儀 ・よい習慣を造れ ・生き物をあはれめ ・博愛 ・国旗 ・祝日・大祭日 ・法令を重んぜよ ・公益 ・人の名誉を重んぜよ ・よい日本人

なお、現在でも問題になっている『国旗』についての記述はこのようになっていたのです。

この絵は紀元節に家々で日の丸の旗を立てたのを、子供たちが見て、よろこばしさうに話をしいゐる所です。

どこの国にもその国のしるしの旗があります。これを国旗と申します。日の丸の旗は、我が国の国旗でございます。

我が国の祝日や祭日には、学校でも家々でも国旗を立てます。その外、我が国の船が外国の港にとまる時にも之を立てます。
国旗はその国のしるしでございますから、我等日本人は日の丸の旗を大切にしなければなりません。又礼儀を知る国民としては外国の国旗もさうたうにうやまはなければなりません。
さて、上の徳目・主題の中に問題になるものがありますが、時代を超えて不易(不変)な内容もあると思うのです。
教育関係者は不易と流行をわきまえ、現代社会に生きる『人づくり』の視点から、必要な指導内容を厳選し、教え育てていくことが求められているのではないでしょうか。
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2010年1月19日 (火)

効率よい職員朝会の運営

着任して三日目。早めに出勤し出勤簿に押印後、持参した事務用品等を引出しに収めている時に気づいたのですが、教頭の机の前に置かれた帳簿に、何かを書く教員がいるのです。不思議に思っている内に卓上ベルが鳴ります。

すると、それと同時に全職員が校長・教頭の方を向き一斉に起立します。教頭の「お早うございます!」との掛け声に全職員が「お早うございます!」と応えます

着席後、教頭が「連絡事項に入ります。A先生どうぞ!」「B先生どうぞ!」と特定の教員を指名。指名された教員が手短に連絡事項を告げるのです。

ある教員が少し長くなると、卓上ベルが1回鳴り警告を発するのです。するとその教員は「後20秒お願いします!」と言って、手短に連絡を終えるのです。

最後に、校長からの訓話などがあり僅か10分足らずで職員朝会が終了。

すると学年主任が連絡事項の聞き漏らしがないかどうかを確認し、その後、一斉に教室へ出向くというシステムだったのです。

なお、学年主任の説明によれば、連絡事項のある場合は、教頭の机上にある『連絡事項受付簿』と書かれてある帳簿に、日時、連絡事項(○○について)、時間(○秒)、連絡者名の欄があり、そこに記入することになっているとのこと。

私は効率のよい運営に驚いたのですが、校長によれば「職員朝会終了後、更に学年で連絡事項を再確認する行為は無駄である。連絡事項を聞きながら正確にメモできる能力を持たなければ駄目だ!」と指導していたのです。

しかし、止むを得ない部分もあるのです。職員室が普通教室の二つ半も広いため声が届かない教員もいたため、つい聞き漏らすことがあるのです。

校長は「A先生!職員室から学級まで何分かかるのですか!?授業時間をきちんと確保しなければ子どもに申し訳ないじゃないですか!」とスタートの遅い教員に厳しく注意を促すのでした。

このような光景を見て、身のしきしまりを覚える私でした。

注釈〕  一般にどの学校でも『職員朝会』が行われております。輪番制になっている日直当番の教員が司会をし、連絡事項、教頭の話、校長の話へと進みます。時間は10分~15分間とるのが多いようですが、教員によっては直ぐに教室に行かず、時間にルーズな者もいます。そのような学級は子ども達が学級で騒いでいて、授業への構えが劣ることが多いようです。

一番望ましい教員の態度は、チャイムの合図と同時に教室に入るか、または、チャイムの合図と同時に子ども達が主体的に授業を進めることのできるよう指導している教員であると思うのです。

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2010年1月18日 (月)

小学1年で除雪作業

札幌に住んでいる近くの小学1年生です。彼は幼稚園時代から父親の指導を受けて、除雪作業をしていたのです。

初めの頃は、幼児用の小さなスノーダンプでしたが、現在はこの写真のような大きさです。

Photo Photo_2

私の地域で小中学生が除雪する姿は殆ど見受けられません。親が除雪をした道を高校生が短靴を履いてバス停まで急いで行く姿はよく見かけます

何かおかしいです。

子どもは勉強が仕事であるという考えが浸透しているせいか、塾や習い事に通う子どもの姿が一般的で、除雪等の力仕事は専ら親たちがしているように見受けられます。

私達の小中学生時代は、除雪は勿論のこと水汲み、巻き割り、コヤシクミ、円筒掃除、畑仕事などなど、結構仕事があったのです

母は「働かぬ者は食うべからず」との考えで子どもたちをしつけていました。その姿勢は時代が変わろうが間違いではないような気がします。

過去ブロで『家事の手伝いと学力』についてUPしましたが、時間があれば覗いてみて下さい。

     http://kyoikuchou.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-e771.html

私は、写真の1年生を褒めてあげましたが、ご両親に対しても子育ての姿勢が素晴しいと褒めてあげたところ、「この位のことはもう自分で出来るようでなければ、大人になっても使い物にならないですよ!僕らの小さい時は既にしておりましたからね!」と平然と話すのです。

その姿勢に私は大変感心し、世の親達も心しなければならない事柄であるように思ったのです。

なお、今年は暖冬の影響で積雪量が少なくて喜んでいたのですが、昨日1月17日にまとめて降りました。雪かきをした後はこんな光景です。

Photo_2

外に置いておいた車も雪の下に埋もれてしまい、やっと姿を現した光景です。Photo_3

秋にイチョウの葉を降りかけて遊んでいた公園も見事、雪山に変身。

Photo_5 Photo_4  

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2010年1月17日 (日)

ナイロン袋の威力 阪神・淡路大震災

15年前の今日、1月17日午前5時46分、阪神・淡路地方に大地震が襲った。S校長は冬休みを利用し夫婦で阪神地方に旅行中でした。

突然ベットから投げ出され、一瞬何が起きたか判断できません。しかしその後、強い揺れを感じ地震であることに気づきました。

奥さんは「貴方、あなた!」と叫ぶのですが、何をどうしてよいのか分かりません。兎に角ドアを開け逃げようとしたのですが、非常灯のみがぼんやりと灯っているだけで、廊下は薄暗いのです。

部屋に戻り旅行バックを持ち避難しようと思って、エレベーターのスイッチを押したのですが動きません。

その間、また揺れがきました。もうこれで死ぬかもしれないと思いながらも、手探り状態で階段を降りて行きました。

死ぬものぶるいでやっと階下に着いた時、急にお腹が痛くなり便意をもよおしたのです。

急いでトイレに入ったのですが水洗トイレ使用不能であることに気づきました。さあ困ったと思っている時、突然あることが頭を過ぎりました。

S校長はお土産の入ったナイロン袋を取り出し、洗面所の下にあるゴミ箱に被せ物が入るような状態にしました。簡易トイレの完成です。プラスチックのゴミ箱が便座にはや代わりです。

やっと用を足すことが出来たのです。その後ナイロン袋の口を縛り臭いの発散を防いだとのこと。

これは15年前の話なのに、犬の散歩中、ナイロン袋で汚物を取るたびに思い出すのです。ナイロン袋の威力は凄いものですよね `;:゙;`;・(゚ε゚ )ブッ!!

※ この震災でお亡くなりになられた6,437人の方々に心より哀悼の意を表し、黙祷を捧げます。

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2010年1月16日 (土)

大規模校 着任早々の戸惑い ②

午後から開かれた校務分掌部会。部会は教務・視聴覚・指導・保体・給食・事務の6部構成。私の所属は同学年の同窓先輩が部長をしている教務部会です。

教務部会もいろいろな係りに分かれているのですが、私はその中で『学校課題係』であり、同窓で後輩に当たるM先生と二人で推進せよとのこと。そして、既に『感動性、創造性を高める学習指導』という主題も決定済みです。

さあ大変。感動性とは何なのか?創造性を高めるとは具体的にどのようなことなのか?イメージが湧かないわけです。

昨年も担当していたM先生に聞くと、「自分もよく分からないので先生が来られるのを待っていたのです」と言い、

「基礎的な知識・技能がなければ学習に支障をきたしますので”基礎的学習能力の開発”を主題に掲げ、各教科ごとの基礎的能力をあらいだして、その中の重点と思われるジャンルから研究を深めてきたのです」との補説。

そして、昨年度の研究紀要を見せてくれ、先生方は『学校課題』という言葉自体に抵抗を示し、管理体制の強化を図るために導入しているのだとの考えで反対している人もいると言うのです。

この話を聞きながら、素晴らしい教育課程を編成している学校であるにも関わらず、研究に関して随分幼稚な考えを持っている教員がいるのだと感じました。

部会終了後、課題設定や推進について教頭に説明を求めたところ、「そんなに焦ることはない。連休明けに推進内容や方法について話し合おう!」とのこと。

そして、大賀一夫(福岡教育大学教授)編の『主体性の心理』という本を手渡し、「参考になると思うから読んでおいて」と言ったのです。

この本にヒントがあると悟った私は、その後、札幌の老舗本屋に行き、大賀一夫編の『学習と思考』『教材と思考』『思考と指導(明治図書1970年)の参考文献を入手し、課題研究の想を練ったのです。

この時の苦悩がその後の研究に大いに役立ったものですから、この文献を教育長退任に際して教育委員会にプレゼントしてきたのです。

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2010年1月15日 (金)

大規模校 着任早々の戸惑い ①

人事異動で着任した3校目の小学校は38学級で、学校職員が56人。教職員数は44人ですが、自校給食ですので栄養士と給食賄婦5人もいるのです。

転居してきた翌日(4月4日)に学年打合せ会。私は6年生担任とのこと。最高学年の担任は5年生からの持上がりが一般的なのですが、1人異動したためその欠員を私で埋めたという校内人事です。

1組担任が学年主任であり、その主任の司会で打合せが行われました。学年経営案は既に検討されているので了解して欲しいとのことで、教科分担についての話になりました。

学年主任が私の希望を聞いたので専門教科である算数を希望したところ、既に3組担任が算数を担当してきたので、理科をしてくれとのこと。

私は、前任校は教科担任制で理科は専科が指導していたのでブランクがあり自信がないと言ったところ、向いに座っている4組担任で教務部長の大先輩(同窓)が「文句を言うな!」と一喝。

学年が6クラスあり、6年ブロックは音楽専科を入れて7人で構成されており、私1人だけが持上がりでないのです。しかも着任したばかりなので文句を言っても埒がないととっさに悟り了解したのです。

その後、各教科等の進度についての打合せに入ってビックリです。配られた分厚い冊子に目をやると『教科指導計画』と『特別活動指導計画』、『道徳指導計画』だったのです。

中を見てまたビックリ!各教科の各単元は1単位時間別に指導・活動内容が明記されているのです。

前任校の教科課程は単元・教材毎に、目標、主な活動の列挙、配当時数のみの概略的な計画だったのです。

これほど肌理(キメ)細やかな計画に出くわしたことが無かっただけに、感動と驚きが交差し身がしきしまってきたのでした。

そして、『学年便り』は1組から6組へと順番に発行することを確認したのですが、1人2週ずつ書くことになっていたのです。

こっそり教務手帳に載っている暦で数えてみると、私は5組の担任ですので、6月まで順番がきません。意外なところで楽できるのだなあーと感じたのでした。

ところが、午後に開かれた校務分掌部会で、更に驚きと戸惑いで頭が混乱してきたのでした。

                                           (つづく)

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2010年1月14日 (木)

大漁ニシン 市場に活気

2010.1.13の北海道新聞の見出しです。小樽市漁協21.5トンとのこと。小樽市生まれでニシン漁場の祝津町で小学5年生から中学3年生まで育った私にとって、ニシンに関わる思い出は山ほどなるのです。その一例を下のブログ『授業中断 ハイ下校』で見て下さい。

    http://kyoikuchou.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-2add.html

記事の内容を一部紹介します。

11日に初水揚げされた小樽沿岸のニシン刺し網漁は、初日としては近年にない21.5㌧の大漁となった。昨年の初日の4倍近くで、市漁協によると、少なくても記録がある過去5年で最高。・・・・・・初日の豊漁について道立中央水産試験場(後志管内余市町)の山口幹人資源予測科長は「資源量が比較的豊富な4~6年魚が来遊しているため」という。

ただ、例年、高齢魚から来遊して産卵する習性があるニシンは、今後は3年魚の来遊が主体となる。

私は、豊漁だからといって素直に喜べないのです。ニシン漁場の衰退をこの目で見てきたからです。

60年前まで豊漁続きのニシン漁が、その後、衰退の一途をたどった原因は何であったのか?乱獲なのか?海の環境との関係はどうであったのか?などなど、過去の研究結果に学び、同じ過ちを繰り返してほしくないのです。

私の願いは一度過去ブロでUPしました。興味のある方は覗いてみて下さい。

『春告魚 久々の群来』http://kyoikuchou.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-2a5d.html

「二度目の用心」(一度おかした過失は、またおかしやすいから、二度とおかさないように気をつけなければいけないといういましめ)が肝要と思うのです。

80歳になった大先輩が未だにブログを継続しております。その意気込みや姿勢に学び私も継続する意欲を燃やしているのです。今後ともお付き合いを宜しく願いします。》

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2010年1月13日 (水)

さようなら 三日坊主

NHKの『生活ほっと』という番組を視聴していると、大人の願望の第1位はダイエットであり、2位は旅行とのこと。

成功ダイエットの新理論と継続の極意について、日本の行動科学の権威者が登場して説明しているのです。

行動科学とは、人間の行動を①総合的にとらえ ②厳密な科学的手法によって観察・記録・分析し ③その法則性を明らかにすることによって ④それを制御や管理などの技術開発に生かそうとする学問だそうです。

事例として、ダイエットに挑戦した主婦が登場し失敗談や成功談を語っていたのですが、子どものしつけや教育にも活かすことのできる考えである思いながら聞いていました。

そして、ふと、後片付けの不得意な孫のことを思い出したのです。(下の過去ブロを覗いて下さい)

『孫の勉強部屋』http://kyoikuchou.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-b9c3.html

テレビでは①目標は小さく ②賞と罰を決めておく ③契約書を自分で書く(具体的で簡単な実行計画書) ④それを絶えず見える場所に張っておく・・・・・・などなどでした。

私たち夫婦は、約二週間に一度、孫の整理整頓子ぶりを電話で確認し、褒めてやることにしていたのですが、こんなことでも結構効果があるのです。

さて、この番組を視聴しながらまた別なことを思いついたのです。以前に高い値段で購入した『勉強の説明書』という本(下↓の過去ブロ参照のこと)に、この行動科学の手法が活かされているかという疑問です。

 http://kyoikuchou.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-f5c5.html

早速、本箱から出して目次を見たら、○ゴールが見えれば道が開ける~終わりのない旅はやめよう!と目標設定について書かれていたこと。 ○ご褒美を決めよう! ○実行可能な計画を立てるポイント ○計画管理グラフで実績を見える化する などなど、行動科学の成果がきちんと反映されていたのです。

安心しました。良い本を買ったことに対して満足感を覚えました。

なお、番組の最後に「平凡な積み重ねが非凡を生むのです

という言葉を聴いて、イチローが言った次のような言葉を思い出したのです。

    「小さいことを重ねることが

       とんでもないところへ行くただひとつの道である

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2010年1月12日 (火)

やる気を起こした 教員住宅

村と町でしか教職経験のなかった私が初めて都市での勤務。駅からタクシーで教員住宅へ。途中、数えきれないほどの信号機。これまでは駅前に唯1個だけ。

さて、教員住宅へ入ってビックリ。明るさと広さが予想に反して素敵なのです。全ての部屋(居間:6畳、寝室:6畳、勉強部屋:4畳)の窓が南向き。

喜びの声を上げているとある教員が「この住宅は本校で5番目に良い住宅なんだよ!来た早々、こんな住宅に入ると仲間から妬まれるよ!」との忠告。

人に何を言われようが、一生懸命頑張ればいいのだろう!と自分に言い聞かせて、次から次へと搬入する荷物をどこに置くか指示する私でした。

妻は妊娠6ヶ月。荷物を持たせるわけには行きません。家族会の奥さん達が食器類をダンボール箱から出して茶ダンスや台所の棚に置いてくれたのです。

同学年になる先生方は、ストーブの取り付けです。ストーブといってもまだ石炭ストーブ(貯炭式)ですので煙突も取り付けなければなりません。

荷物が収まった頃、家電屋さんが来てくれテレビアンテナの設置、コンバーターという器具を付けて画像の調整。やっとTVが映ったのを見て一安心したのでした。

一段落した頃、近所にある町内会館で安着祝です。酒・ビール・ジュースとオードブル、赤飯で遅い昼食。まだ自家用車が普及していない時代でしたので、昼間からお酒を飲んでも特別問題が起こらない時代でした。

安着祝いに要した経費は後ほど請求書がくるようになっているのです。場所や人によったは、貸切バス一台の付き添いが来られる場合もあるのです。下の↓過去ブロを覗いて見て下さい。

『校長が変われば 学校も変わる』  http://kyoikuchou.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-741b.html

やはり引越しは嫌なものです。特に書籍・研究資料等が年々増え、三個のスチール製本箱の上は天井まで本が積まれたのでした。

私は生まれて初めて自分の勉強部屋が確保できたことに満足感を覚え、いろいろ配慮して下さった校長・教頭に感謝の念を抱くとともに、新たな意欲を燃やしたのです。

しかし、この教員住宅も10年後には新卒教員が入居するほど住宅事情が好転していたのです。十年一昔とはよく言ったものですね。

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2010年1月11日 (月)

新任地 着いたとたんに説教

昭和46年4月3日。多くの人達に見送られて旅立った私達親子は、汽車に揺られて新任地の駅に着きました。

プラットホームには今回の人事異動を勧めた教頭と奥さん達が出迎えに来ております。私が簡単にお礼を述べると教頭の奥さんが「先生、家族会の人達はどちらですか?」との質問。

「何人かの人達が来られる予定でしたが、忙しい時期でもあり、はるばる来ていただくのは恐縮ですので、私が固くお断りしました。」と答え、教頭の後について行きました。

ところが、妻は教頭夫人からお説教されていたのです。

奥さんがついていながら、何ということをしてくれたのangry 私の顔をつぶして (・A・)イクナイ こちらは家族会の人達が付き添って来るものと思い、受け入れ体制をとっているのに、どうしてくれるのo(`ω´*)oプンスカプンスカ!!! 

本当に常識がないったらありゃしない。こんなことは許されことではないのよ!奥さんから先生にきちんと話しておきなさいね!」とのこと。

当時、北海道では教職員の妻達で構成された『家族会』という組織があり、会長は校長夫人、事務局長は教頭夫人、そして幹事数名。

4月の定期総会で役員選出。事業内容の審議を行うのです。主な事業内容は、旅行、人事異動に関わる受け入れ態勢、引越しのお手伝い、選挙の応援活動、新年会・歓迎会・送別会などです。

私は妻を通して家族会の活動について理解していたのですが、心身共に疲れている異動に際して、家族会にまで気を遣う必要はないと思っていたのです。

それで妻の助言を無視して、私単独の判断で家族会の付き添えを断ったのです。

今思うと、やはり世間知らずであり、煩わしいことを避けて通ろうとするクセがこの異動に当たっても出てきたわけです。

いずれにしても、新任地に来た早々説教された妻の心情を思うと、本当に悪いことをしたな、可哀想なことをしたなと反省する私だったのです。

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2010年1月10日 (日)

何だろう? このお土産

此処は何所だと思いますか? ヒントは南フランスの或る町です。海水浴シーズンはトップレスで有名な海岸。

Photo ニースです。

この写真は6月下旬のものですが、今年の年末は例年になく寒波が訪れ最高気温が14℃~16℃で晴天の日がほとんどなかったとのこと。

さて、ニースで買ったというお土産にこんな物を頂きました。何だと思いますか?

Photo_2 表側です。

裏側には4本の足が付いており、このようにナイフを添えて置きます。

Photo_5

Photo_8

答えはまなです。ずっしりとした重さ。材質は世界遺産で有名なポン・デュ・ガールの傍に聳えているこの木と同じ種類です。

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Photo_7

オリーブの木から作ったものです。

日本では見かけない洒落たまな板でしたのでびっくりしました。ウッドデッキなどで食事をする時、便利だそうです。

早速、散歩かたがた片道35分もかかる新札幌駅下のパン屋さんでバゲット(長いフランスパン)を買い求め、このまな板の使い初めをしました。時々食べるパンなのに今回は格別に美味しく感じました。

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2010年1月 9日 (土)

人事異動 別れの辛さ

春は人事異動の季節です。いろいろな事情で転勤せざるを得なくなった私。経緯は下の過去ブロをご覧下さい。

『人事異動時期 不安と戸惑い』http://kyoikuchou.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-3db2.html

『転勤を決断! 校長の助言で』http://kyoikuchou.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-f70e.html

昭和46年3月24日。終了式後の離任式。6年間お世話になったこの学校には数々の思い出があり、トイレや壁の節穴一つにも思い出があります。素晴らしい学校だったので皆さんとは別れたくありません・・・・・・・・・weep(´・ω・`)ショボーン

4月3日。職場仲間の手助けにより荷物の積み込み。その後、職員室で仲間にお別れの挨拶。そして、JR駅へ。

駅には多くの教え子やPTAの方々が見送りに来ています。駅前では『出立式』と称して別れの挨拶をするのです。餞別や汽車の中で食べていってとキャラメルをくれるPTAバトミントンサークル員などなど。

汽車が来る数分前に駅員さんのご厚意により、入場券なしで多くの人達がプラットホームへ移動。そして、私達親子が汽車に乗ると、『蛍の光』の曲を放送で流すのですnote・・weep

2歳になった長女の手を握った妻は、生まれ故郷との別れであり、見知らぬ土地への旅立ちなのです weep(つд⊂)エーン

不安を抱え込んだ私は、世帯主です。泣いてはいられません。「男は人前で涙を見せるものではない!」と小さい時から母に教えられていた私。しかし、心では泣いていました。

こんな異動が、その後7回もあるとは私(32歳)も妻(28歳)も予想だにしておりませんでした。

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2010年1月 8日 (金)

学校へ大きな財産のプレゼント

遺産相続とか財産譲与といえば、現首相の母親から息子達への譲与が モヒャ━━((゜Д゜Uu))━━!!!!!! 時の話題になのました。

私は金銭に換えられない大きな財産を学校に残してきたことに気づきました。それは『研究紀要』の発刊です。

たまたま2校目の学校に勤務している時ですが、『学校課題』という考え方が指導主事の指導助言によって導入されたのです。

この方式は富山県の取組みを真似たものですが、要は、各学校が設定している教育目標を達成するためには、当面解決しなければならない課題を明確化・焦点化・重点化し、その具現化に向って取り組むことなのです

これまで、本校の取組みは各教科ごとに『研究主題』を掲げて取り組んできていたのですが、全校的な視点での取り組みではありませんでした。

従って、それらを束ねる主題が必要です。研修担当の私の発案によって『主体性のある子どもの育成』というタイトルを学校課題に設定。

そして、その課題に対する取組みをまとめ『研究紀要』として発刊。これは、校長の強い要望もあり、印刷製本費も予算化していたのです。

他の学校ではまだ取り組んでいないため、参考になる紀要が身近にありません。

今なら、インターネットで検索したり、直接道立教育研究所並びに中核都市にある教育センターへ行くと資料を得ることができるのですが、当時はそこまで知恵が回らなかった私です。

昭和44年2月、研究紀要の創刊号が発刊。印刷会社から送られてきた紀要を手に、一番先に校長に見せました。校長の喜びを見て私の喜びも倍増し、達成感、充実感にしたったのです。

私は2号まで手がけ転勤したのですが、その時、同僚がこぼした言葉が今でも耳に残っています。

「”仏作って魂入れずに転勤するのかい!?それでいいのか!」とのこと。”仏作って魂入れず”とは物事の一番大切な部分が欠けていることのたとえです。

要は、立派な理論はあるけれど実践の裏づけに欠けるので、全職員がこの課題に向って取り組むようになってから転勤すべきであるということを言いたかったのだと思っています。

さて、23年振りに校長として戻って来た時に、職員図書の書棚に創刊号以下の研究紀要が保管されているのを発見。綿々と引き継がれた研究紀要を見て、自分が残してきたものが教育財産となっていることを知り、新たな喜びが込み上げてきたのです。

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2010年1月 7日 (木)

苦労した授業公開 1年間に5回!

北海道教育研究所が昭和44,45年に『自ら学ぶ教育』を研究主題に掲げて望ましい授業過程を究明している時です。

校長から、その研究の協力員になって欲しいとの要望がきていたので、私の独断ではあるが承諾したとの話。

内容は算数の授業を年間5回公開し、その授業についての分析とのこと。たまたま教頭が算数数学指導についての権威者でしたので、有益な資料を得ることができると判断したのでしよう。

条件は、単元の導入、展開、終末部分、練習段階の指導。そして学年末に取り扱う『1年間のまとめ』のところの扱い方です。

しかも、指導案は前時と次時の扱いも書かなければならないことになっていましたので、結果的に一つの授業を公開するのに3時間分の指導案を書かなければならないという厳しいものです。

研究所からは担当所員が2名、本校では教頭と空き時間の先生が参観しただけの規模です。

Photo 今、この変な写真を見ていると、掲示物もはがれ、何か汚いない教室ですが、授業への取組みには熱気があったのです。

このように4回の授業公開も済ませ、『年間のまとめ』として図形教材を扱うようにとの要望。

また、何か新しい視点で授業展開をして欲しいとのことでしたので、私は図形の「移動概念」に立脚した指導案を作成しました。

時は3月。たまたま公開する日が猛吹雪で汽車が不通になったのです。せっかく授業準備をしてきたのに参観者がいないのでガッカリです。

Photo_2翌日は嘘のように雪は止み、ご覧のような長閑な景色。

これは辛かった思い出として今でも蘇ってくるのです。

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2010年1月 6日 (水)

学級王国と教科担任制

5年生を担任している時の5月。学年主任が印刷室からプリント物を手にして教室へ直行。そのような行為が2,3回続いたので不思議に思っていました。

数日して、宿直の校内巡視の際に主任のデスクを覗いてみると、自作の国語ドリル問題を発見。自分のクラスのみに配布し他の3クラスには配布していないのです

いわば隠密行為で自分のクラスの平均点を上げようとしているのです。

この主任は、定期異動で4月に全校6学級の小規模校から来られた教員であり、前任校では教頭だったそうです。

私は主任の行為に対して無性に腹が立ちました。ストレートに抗議しょうと思ったのですが、年度始めからイサカイを起こすと学年集団に亀裂が入っても拙いと判断しました。

それで、算数のドリル問題を作成し「練習問題を作りましたので各クラスで利用してくれると嬉しいのですけど!」と言って、解答もつけて他の3クラスに配布しました。

この策は効果的面で学年主任の態度が一新happy01(v^ー゜)ヤッタネ!!

このように自分の学級だけを良くしよう、優れた学級にしようと担任が知恵を絞り汗を流して学級づくりに努力する態度を『学級王国』と称して、批判したのです。

この学級王国も功罪相半ばするのですが、偏狭で競争的・排他的な側面が前面に出て学年経営全般に悪影響を及ぼすことがあるので批判されていたのです。

現在でも学級王国が多数存在します。自分の学級は他の学級に比して優秀であることを認めてもらいたいという発想から、『いじめ』があっても隠し続けるし、学級内の問題行動も極力隠すという閉鎖的・秘密主義的な学級担任がいるのです。

これも、今風の『学級王国』であり、時には問題が深刻化して『学級崩壊』へ進行することが多いのです。

この『学級王国』を生んだ土壌は、小学校の全教科担任制のシステムにあるとも思うのです。

従って、小学校でも『教科担任制』の導入を図って欲しいのです。職員構成から無理であれば、せめて高学年とか一部の教科に導入すれば良いわけです。

なお、本校では昭和43年より高学年に『一部教科担任制』を導入し、先駆的な取組みとして脚光を浴びたのです。

内容の概略はこうです。①理科、音楽、体育、家庭を専科とする。 ②担任は最低、国語、道徳を指導することを原則とする。 ③専科以外の教科は自分の専門分野を生かして授業交換を工夫する。

このシステムにより、5年生担任の私は国語、社会、算数、図工の4教科のみを指導し、他の学級の算数、体育を指導していたのです。

さて、それから約30年後に教育長として迎えられた時のことです。学務課長が新聞記事を見て「へえー進んだ学校もあるものだ!小学校で教科担任制とは!」と感心しているのです。

確かに大阪の平野小学校の実践だったと思うのです。私は「本町でも一時期取り入れていた学校があったんだよ!」と言うと、「嘘だーい!聞いたことないですよ!」と信じません。

私は早速、教育長室に保管しておいた当時の研究紀要を示して、その取り組みの概要を説明したところ、唯々驚いているばかりでした。

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2010年1月 5日 (火)

自然の恵みと 思い出の山野

雑貨屋を営んでいた義父は、利益の殆どを各地の山の購入に充てていました。温泉地で名の知られている北湯沢や石炭が埋蔵している山など4箇所も所有していたのです。

ところが終戦後の農地解放によって、不在地主であるということでタダ同然の値段で没収され、僅か地元にある山の一部しか残っていなかったのです。

私達は毎年雪が融けると役場から殺鼠剤(サッソザイ:ねずみを殺す薬)を貰い、大きなトドマツの幹に5,6個ずつ置くのです。わが子は小学校時代からこの殺鼠剤撒きを経験しているのです。

この山裾は谷になっており、山菜の宝庫なのです。しかし、この山も今は人手に渡ってしまいましたが、私達が愛し育てた山ですので、買主が私達の入山を許可してくれているのです。

ですから、昨年も娘夫婦と一緒にギョウジヤニンニク(俗名:アイヌネギ)やフキ採りに行き、冬の保存食の一つとしているのです。

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シドキ(別名:モミジカサ)、セリ、タラの芽、ウド、ミツバなども採れます。

所々に鹿の足跡も。蚊に刺されないように防虫網を被って採ります。Photo_4

お昼には、せせらぎの音を聞きながらのランチ。

今日の夕飯は久しぶりにそのフキの煮物です。

自然は私達に素晴らしい贈り物をしてくれているのです。本州にいる孫達にも経験させたいとの願望を持っていますが、学校が休みでないので無理です。残念、残念でーーーす!

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2010年1月 4日 (月)

「黄金の王座に座る乞食」の国

かつて「黄金の王座に座る乞食」と形容されたほど豊かな天然資源を持つが貧しい国。

ブラジル、アルゼンチン、パラグァイ、チリー、ペルーに囲まれた国ボリビア共和国が最近、世界の注目を浴びているのです。

なぜでしよう?それは、『リチウム』という鉱物が世界埋蔵量の半分以上が眠っているからです。

どうして『リチウム』が脚光をあびるのでしょうか!?

実は私達が現在恩恵をうけている携帯電話にも使われており、各国が開発を競っている『電気自動車』には欠かすことのできないリチウムイオン電池。その材料だからです。

ところが、ボリビア政府にはそれを抽出する技術も資本も持ち合わせていない、という事情があるのです。

そこで各国が利権争いを展開しており、一番強力な国は中国とのこと。日本では三井、住友商事会社?が猛烈にアタックしているそうです。

しかし、政情不安定なボリビアが相手であり、中国、アメリカ、EU諸国等の列強と競い合うわけですから、なかなか思うように事が運ばないとのこと。

工業発展が『資源戦争』を引き起こしているのです。価値観を変えなければ争いごとは絶えないのでしようね。ヤレヤレ ┐(´(エ)`)┌クマッタネ

聖路加国際病院名誉院長の日野原重明さんが(98歳)「若いときは見えるものを追いたがる。価値観が変わることで、生きる意味も変わってくる。目に見える望みは望みではない。」と言っていますが、含蓄ある言葉であると思うのです。

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2010年1月 3日 (日)

笑い、驚き、感心した年賀状

約350通の年賀状を戴いた中で3通のコメントを紹介します。

《爆笑編》 如何お過ごしでしようか。我が家も皆元気にやっています。孫2人が12/25~1/6まで来ています。遊び相手も疲れます。ジィジもバァバもヘトヘトでーす

《驚き編》 甚だ勝手ではございますが、体が不自由なため、今後新年のご挨拶を失礼させて頂きます。~介護事業所○○ 2号室    ※この人はまだ60代前半の元教員

《感心編》 ・・・本職の研究も、研究室メンバーの頑張りのおかげで、多くの成果を出せました。NEDOプロジェクトで行っている光触媒では新たに酸化チタンベースで大変高効率の可視光光触媒や、非常に高い抗ウイルス性を持つコーティング材料の開発に成功しました。

近い将来に社会に出せるものと期待しております。ERATOプロジェクトではポリマー太陽電池や微生物エネルギー変換の研究を行っています。

今年は田んぼや池にいる微生物群により発電するという、全く新しい概念による光エネルギー変換系を開発しました。田んぼ太陽電池と名づけたこのシステムは多くのテレビ番組やラジオ、新聞で紹介していただきました。

両ロジェクトも残り後2年と数ヶ月です。さらに馬力をかけてぜひとも社会に貢献できる成果を挙げたいと思っております。もし機会がありましたらぜひ研究室へもお寄り下さい。

この年賀状はこんな人からです。下記のブログを覗いてみて下さい。

『複式学級から 東大大学院教授へ』http://kyoikuchou.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-c00b.html

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2010年1月 2日 (土)

へえー!こんな人もいるんだ!

あるパーティーで隣に座った人物(B氏)が、私にこんな語をしてくれました。

・東京の大空襲で全てを失い、失意の気持ちで親戚がいる北海道へ行く覚悟をした。

・上野駅から列車を乗り継ぎやっとのことで青森駅に着いたが、連絡船への乗船時刻にはまだ間があった。

・『かけそば』でも食べようと思って駅前のある食堂に入ると、店の主人に「これから何所へ行くのか」と声をかけられたので、事情を説明するとこの家に住み込まないかと勧められた。

・この食堂には私と同年代の息子がいたが、数年前に病死したがいまだ諦めきれずにいる。息子の部屋は当時のままであり机も椅子もある。貴方を息子のつもりで育てたいので、何とか私の願いを叶えて欲しいと懇願された。

・毎日ひもじさを味わっていた私は、その言葉に甘えて居座ることにした。

・店の夫婦は私を息子のように可愛がってくれ、旧制弘前中学校(現:弘前大学)へ通学させてくれた。

・卒業後、いろいろな仕事を経験したが最終的に現在の会社を興し、何も不自由のない生活を送っているが、お世話になった青森の里親も亡くなり、心にぽっかりと大きな穴があいた。

・数年前亡くした妻が枕元に立ち、ある株を買うように勧めたのでそのようにしたら、何と数時間でまとまったお金が入った。しかし心は満たされないでいた。

・何か社会に恩返しの出来ることはないかと常日頃考えていたその矢先、ある共和国での体験から念願の夢を叶えることにした。

B氏の体験とは、赤道直下にある『世界で一番幸せな国』と云われているA共和国(多数の島々から成り立っている国)の保養地のプールで白人による人種差別を受けたのです。

主権者であるA共和国の人達が、何故白人に対して卑屈にならなければならないのか?「A国が真の独立をするためには、誇り高いA国人を育てなければならない」。

「私を育ててくれた亡き里親への恩返しに、A国人を日本に連れて行き教育したい」と思い話を進めたところ、あるホテルに勤めている21歳の女性Eさんに白羽の矢がたった。

B氏はEさんの両親も日本に招待し、留学の了解を得たのです。

B氏はEさんの留学期間に要する生活費・通勤費・学費・旅費など一切を負担。

そのEさんは、この3月で2年間の留学(札幌にある語学専門学校)を終え帰国する予定。日本で多くの友達もでき楽しい学生生活を送っているとのこと。

なお、B氏はA共和国でEさんの家の隣に約1,000㎡の土地を買い求め、そこに日本式家屋を建て、B氏が居住している町の人達やEさんの友達がA共和国を訪問した時に、自由に寝泊りして貰うとのこと。

この日本村?はもう出来上がっているのです。何か心温まる話だとは思いませんか!?

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2010年1月 1日 (金)

新年の決意

Photo 皆さん、明けましておめでとうございます。新たな希望に胸を膨らませていることでしようね幸多い年になりますよう祈っております

さて、昨年の私は脊柱狭窄症で手術を覚悟したのですが、体力づくりに心がけ、腹筋や背筋力が多少ついたとみえて、大好きなウォーキングができるようになったのです。

上の写真は南フランスのアヴィニョンですが、足の痺れにも関わらず多少無理をしての旅でした。

今年の目標は第一に体力づくりです。ブログの更新よりも体力づくりに励む決意です。

昨年の元旦にはこのような決意(下のブログを覗いてみて下さい!)をし、90%達成したと自己評価しています。

    http://kyoikuchou.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-cacb.html

体力づくりはブログの更新より難しいのですが、頑張り通そうと思っています。

なお椅子に座ってパソコンなどを覗いていると、背骨にかかる負担は横になっている時の約4倍だそうです。

立っている姿勢では1.4倍。だから長時間PCに向うのではなく、時々背伸びをしたり、少し歩くなど簡単な運動をすると背骨の筋力や神経が和らぐそうです。

また、クッションを置いて座るのも負担を和らげるということを、今朝ほどラジオで聞きました。このことも継続的に実践しようと思います。

皆さん、今年も宜しくお願いしますhappy01

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