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2010年10月

2010年10月31日 (日)

門かぶり松 食べれるって?

我が家の門かぶり松。春の剪定をおろそかにしていたため、伸び放題。

1

今日は思い切って、左側の太い幹からばっさり切り落とす。

落ちた枝を束ねたりしていると、見知らぬ女性が木の上の方を見たり、立ち止まって身体を左右に動かしているのです。

不思議に思った私は、「木にご興味があるのですか?」と聞くと、「良い香りがしますねsign01この松は食べることが出来るのですよsign03

韓国では健康食品にこの松が使われているのです。試しに食べてみたら如何ですかsign02」とのこと。

よく聞くと、この女性は近くの教会の聖歌隊で歌の指導をしていたり、韓国料理教室も開いていると言うのです。

三年前までは韓国で中学校の音楽教師をしていたが、キリスト教の布教活動のため、親の反対を押し切って日本に来たとのこと。

門かぶり松の下で約40分間立ち話です。勿論、日本語でのやりとり。

さて、食べ方ですが、松葉をきれいに洗ってミキサーで細かくし、それにヨーグルトを混ぜて食べると、素晴しく健康に良いということで朝鮮では昔から食べられていたとのこと。

2

しばらくして、妻が何を思ったか家から、ビンを持ってきました。私が毎朝飲んでいる高麗人参の濃縮液。

「これ、韓国旅行で買ってきたのですが、結構高かったの。良い品物なのでしょうかsign02」と聞くと、

「これは心配ありません。国が保証している品物であり、国で許可した場所で栽培された無農薬の人参ですよsign03」との答え。

家に入り、本当に食用の松があるのかインターネットで調べたところ、朝鮮五葉松などから採取された松の実は、健康食品や菓子等にも使用されていることが分かった。

また、カラマツなどの若葉を洗浄して、砂糖水につけ、松葉サイダーという飲み物も作るそう。

近々、門かぶり松の葉を教わったように作り、試食してみようと思っている。

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2010年10月30日 (土)

小学生がデモ?

こんな新聞記事が目に留まった。

亡命チベット人を対象とするラジオ局「チベットの声」(本部オスロ)によると、中国甘粛省甘南チベット族自治州夏河県で26,27の両日、隣接する青海省での中国語教育強制に反対するチベット族小学生らによるデモが発生した。

小学生は26日午後、学校から寺院までの間をデモ行進。27日朝にも、200人を超える小学生や教師が「母語(チベット語)使用を守ろう」などと叫びながら行進、約千人の住民が見守った。

この記事から次の二点を思い出した。

① 国語の教科書に『キュリー夫人』の伝記が載っていた。ポーランドがロシアの占領下にあったとき、母語を使うのが禁止され、強制的にロシア語を使用するように仕向けられた。

ある日のこと、授業中に突如としてロシアの将校が視察に。普段、母語で授業をしていたが、このような場面を想定して何時もロシア語の教科書を机中においていたので、全員が震える手で教科書を机上へ。

平静を装った担任は、ゆっくりとキュリー夫人(小学2年生?)を指名した。彼女はすらすらと朗読したので、将校は満足そうな顔をして教室を後にしたとの場面。

② 2000年5月5日~8日、韓国ハンピョン郡『蝶の保護・増殖に関する自治体との交流事業』で韓国を訪問した際、ソウルの国立博物館に日本の国定教科書を強制的に使わされたこと。また、通訳が

「お年寄りの前で韓国の悪口を言わないで下さい。彼らは全員日本語が分かり、屈辱的歴史を思い出し不快感を表しますのでsign02」とのこと。

これらの話は、遠い歴史の1ページに過ぎないとの甘い認識でいた私は驚いた。現在でもこのようなことが行われているとは・・・・・モヒャ━━((゜Д゜Uu))━━!!!!!!

人間は歴史から何を教訓として学んだのだろうかsign02 何時までたっても同じような歴史が繰り返されるものだなあーとつくづく人間の愚かさを感じた。

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2010年10月29日 (金)

過剰接待 北海道から赤坂へ

NHKの昼の放送で東京『神楽坂』の様子が放映されていた。狭い路地に立派な割烹料亭。芸者の三味線とお座敷遊びの一部も披露されていた。

それを見ながら、日教組の役員経験者だった校長の招待で、ある料亭に行った時のことを思い出した。

年増の芸者が三味線を弾き、私にも一曲歌うようにと促す。しかし、どのような歌が三味線に合うのかわからず、かしこまって座っていた。

悦に入った校長は小唄やドドイツなど何曲も歌っていた。日教組役員時代に赤坂でよく遊んだとのこと。何か不思議な光景だった。

ところが驚いたことに、この校長は北海道教育委員会のある幹部を赤坂に招待したことがあったとのこと。派閥抗争の激しい時代に、人事面で有利になるようにとの願いからの行動。

北海道の場合、接待の場所として札幌の『薄野』の一流クラブが利用されていたが、東京の赤坂への招待は皆無のようだった。従って、招待を受けた側はそれに見合う人事や裏金で応えたようだ。所謂、贈収賄にも指摘する過剰接待と思われる。

また、こんなこともあった。ある教育局長が公用車に乗って学校訪問。校長はすぐさま、料亭へ招待。朝の10時半から芸者をあげてのお座敷遊び。

今なら、校長も局長も免職になる行為だが、昭和40年代にはまだこのような不正が行われていたのだった。

たかが教育界の不正問題だが、政財界の癒着などは想像を接するものがあるだろう。ある地方の首長が「お歳暮が30万円相当なら問題にならないよね」と発言したことを覚えている。

また、ある同窓会の会長が、高価な海産物の手土産を幹部職員分持って、各地方教育局を表敬訪問したり、全道指導主幹会議のおりに全員を一流クラブに招待するなどの行為にであったこともある。今は互いに自粛している。

これも平成7年度に実施された『官官接待』や『裏金づくり』が厳しく禁止されたことによる成果の一つなのだ。

いずれにしても、行政サイドの構造的腐敗を許さない厳しい監視の目が必要と思う。

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2010年10月28日 (木)

ルバープ 食べたいなあ

下の写真はフキではありません。『ルバープ』(和名:ショクヨウダイオウ)です。

1       (写真はブログ「ネルの小屋」より借用させていただきました。事後承認を宜しくねsign02

平成元年、教頭として二校目。一棟二戸建ての公宅に住んでいる時、隣の奥さんから株分けして頂いた植物。ジャムにすると甘酸っぱい味だがとても美味しい逸品。

その後、校長になったため転勤。それで札幌に在住していた儀父母宅の庭に移植し、毎年ジャムを作っていたのです。

ところが、亡き義父母の家の売却に伴い、庭は家ごと消滅。私にとっては貴重な思い出の植物だったので残念でならないweep

なぜ、今時、このようなことをUPするのかと言えば、学芸大学在学中、札幌市にある石狩支庁税務課に二人でアルバイト(過去ブロ参照支庁税務課での アルバイト)をした時の先輩が、北海道新聞の『読者の声』(2010.10.25)に投稿した記事を見たからです。紹介します。

      食材探して料理挑戦はまだ続く

                                                                          蔵 喜久夫 72

わたしの唯一ともいえる趣味は、おいしい物を作って食べることです。珍しい食材を探しては料理し、食べる楽しみは最高です。友人、知人に押し売り的に食べてもらうのも、また楽しいものです。

こんなわたしの趣味の理解者であるめいが先日、珍しい野菜をプレゼントしてくれて、調理法まで教えてもらいました。見た目はフキに似た、ルバーブという食材で、初めて目にしました。

早速、教えられたままに茎の部分を適当に切り、砂糖をかけて水分がしみ出てくるのわ待って、加熱しながらかき混ぜていたら、繊維が多そうなのに形が崩れて、赤い色の見事なジャムが出来上がりました。

ジュムは若干の酸味があり、今まで経験したことのない味です。素材がこんなに大きく変身を遂げる調理は初めてで、感動ものでした。

変った物ばかり試食させられる妻には申し訳ない気もしますが、食欲の秋を迎え、わたしの挑戦はまだまだ続きます。

なおルバープは、シベリア南部の原産で、きれいな空気と涼しい気候に適した植物であるため、北海道や長野県の軽井沢で多く栽培されているそうです。

このルバープの紅色成分は、ポリフェノールのアントシアニンの一種とのこと。他にビタミンやミネラルなどいろいろな栄養素を含んでいるので、世界各国で古くから健康食材として親しまれていたとのこと。

北海道では大きなデパートの食品売り場でルバーブ・ジャムを見かけますが、可なり高価なので一般庶民には高嶺の花。

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2010年10月27日 (水)

腰痛 信じられない治療法

ここ数年、腰痛に悩んでいた私は幾つかの整形外科病院でブロック注射、血液の循環を良くする薬を飲んだり、マグネット入りの腹巻をつけたり、ニュージランドのある医者が開発した治療法を試したり、さまざまな試みてきたが、一向に改善されない状態でいた。

ところが、本州にいる息子の勧めで、ある整体院へ4回通院した。奇跡的と言えばオーバーかも知れないが、不思議も不思議、背筋がピーンと伸び、腰痛並びに両足や尻部のしびれ等が和らぎ、僅か1週間で施術効果が現れ、悪い生活習慣に対する改善意識も高まってきている。まさにミラクル:奇跡が起きたgoodhappy01

この整体院の紹介文が毎日新聞に掲載されたことがあったことを知ったので紹介する。

           自然治癒力向上で症状改善

                                札幌みらくる整体院

独特な施術法を用いる整体院。肩凝りや腰痛などの体の不調の原因が、骨格を支える筋肉のバランスにあると考え、体の反射機能を利用した手技によって、自然治癒力を向上させることで、症状の改善を図るという。

院長の前田延彦さんは「仕事で長時間、同じ姿勢を続けたり、スポーツで一部の筋肉だけを使い続けるなど、日常生活で繰り返される不自然な動きを止めさせ、回復に役立つ自然な動きを促してあげることが、当院の施術の基本。施術には全く痛みが伴わないので、子供やお年寄りでも安心して受けられる、いわば『優しい整体』です」と説明する。

1回の施術時間は約20分。凝りや痛みなどが生じている患部周辺の筋肉や関節などに、手のひらや指を軽く当てたり、ゆっくりとなでたりするだけ。当初は「物足りなさ」を覚える患者がすくなくないそうだ。だが、「体は強い刺激に対し、攻撃されたと感じて緊張感を高め、筋肉を硬直させるなど、かえって症状を悪化させてしまう」のだそうだ。

施術前には、患者が書き入れた問診表を基に、痛みの発症部位などについて詳しく聴き、姿勢や骨盤のゆがみ、関節の可動域などをチエックする。一方、施術後には家庭でできる、再発予防のためのストレッチの指導なども行う。・・・・・・・・・・(中略)。

前田院長は「病院で『異常なし』と言われたが、体調がすぐれない人、各種治療院に通っても良くならない人でも、改善させる自信がある」と来院を呼びかける。

院長の前田延彦さんは、整体施術の資格を取得後、静岡県の整体院に勤めていたが、生まれ故郷に戻り、札幌で開院したとのこと。

彼のホームページhttp://www.miracle-sap.com/を参照願いたい。

私のような腰痛などの悩みをお持ちの方は、ウソだと思って一度来院してみては如何ですか。

腰を痛める日常の行動様式も指摘され、改善の適切な方向付もしてくれる。

アクセスは次の通り。

地下鉄南北線『麻生駅』下車→中央バス『篠路駅前団地線〔麻33〕』乗車→『太平11条4丁目』下車→徒歩1分  バス停左向えで三本の旗が立っており、電子掲示もされている。

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2010年10月26日 (火)

絶対評価と授業料無償化は?

過日、元同じ職場で働いていた教職員の集いに出席した。86歳の先輩が会長で、私は下から4番目に若い。

どの仲間も孫が小・中・高校生になっているため、「通信表」の評価が話題となり、現行の評定に異議を唱えた。

理由は簡単。小・中学校時代に各教科の評点が殆ど3だったので、孫は成績優秀な子だと思っていたが、高校へ行って慌ててしまった。何と成績は中程度であったとのこと。

現行の「観点別学習状況の評価」と「目標準拠評価」(いわゆる絶対評価)は、教師個々人の作成した問題が易しければオール3になるし、難しければ1となる。

どの教師も、子どもや保護者から「あの先生の教え方が上手なので、家の子は常によい成績をとってくる」との評価を気にし?客観的に信頼性・妥当性のあるテスト問題を作成していないのではないか?また評価基準もあいまいなような気がするとのこと。

この話を聞きながら、「私の孫の学校では三学期には相対評価の点がついてくるので、学級内における位置が判り、助かると聞いた」と話すと、皆が「それは良い方法だsign02」と賛同していた。

本州では私立中学校へ進学する生徒が多いため、競争試験で勝たなければならない。私立中学校側が、自校で作成したテストの基準に達していれば、全員合格するというシステムならば問題はないが、相対評価に基づいて入学定員数だけ合否を判定するので、小学校時代の絶対評価はあまり参考にはならない。

こんな内容も話題に上った。

少子化時代を迎え小・中・高校が統合・廃校せざるを得ない状況にあり、定員を満たない高校の出現で、児童生徒の学習意欲も薄れ授業中に居眠りをしている学生もいるとのこと。

その居眠りをしているような学生の授業料を、無償化する国の施策も問題である。こんな状態では「日本は本当に沈没してしまうのではないかsign02」と、異口同音の嘆き。

学習評価に関わるPDCAサイクル(pjan計画-do実行-check評価-act改善)が機能していたならば素晴しいことであるが、現場の実態を無視したような教育学者の理想論には賛成できない。

世の中は競争社会である。グローバル社会において日本の存在が危ぶまれるような自体だけにはなって欲しくない。

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2010年10月25日 (月)

イクメン取得 物議をかもす  

「イケメン」をもじった言葉の「イクメン」は、育児休暇を取得して子育てに専念している男性のこと。

過日、広島県の湯崎英彦知事(45歳)は、第3子の出産にあたって「育児休暇」取得を発表したところ、大阪・橋下知事が「世間を知らなすぎるsign01」と苦言を呈した。

これに対し湯崎知事は「大きなお世話だsign03」と述べ、不快感を示したとの報道。

さて、北海道の教職員の中で、最初に育児休暇を取得したのは道立農業高校の教員で奥さんも教員。一般的な女教員は産前・産後休暇の後に育児休暇を行使する。

ところが、「奥さんが出勤し旦那さんが育児休暇を行使するとは、何か変である」と校内や地域で話題となった。ある教員は、「奥さんの方が年上なので給与が高い。だから旦那が育児休暇をとった方が得するのだよsign02」とのこと。お金、お金の世の中なのでわかるような気がする。

一方、私が教育長の時代に奥さんが看護婦をしている職員の1人から育児休暇を取りたいとの申入れがあった。これも年上の奥さん。その奥さんの強い要望に応えなければ夫婦間がしっくりといかないようであった。

私は、「法的に認められているので育児休暇を取ることは差し支えないが、同じ課の職員の協力体制がなければ、行政執行に差し障りがあるので、それとなく他の職員の意向も聞いてごらん」と即断しなかった。

その後、次長、課長、係長に意見を求め、協力体制ができていることを確認して承認した。

ところが、町長部局からクレームがついた。「行財政改革の最中に男子職員が育児休業を取ることは町民の理解が得られない。是非とも考え直して欲しいし、教育長も取らないよう説得してくれsign03」との強い指導。しかし、町長部局を逆説得して育児休暇を取得させた。

このように、日本における育児休暇取得環境はまだ成熟していないので、何かと問題点が指摘される。

私が気になることは、「苦労する子育て」や「努力する子育て」を放棄しがちな一部女性の姿である。ジェンダーフリーの考え方が浸透してきているが、これにも光と影がある。光が強ければ強いほど影も濃くなる。

子育ての光と影についても、今一度、立ち止まって考える必要があるのではないかsign02

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2010年10月24日 (日)

霜月の満月の日

今日は日本晴れ。ところが腰痛でただ今、整体院へ通っている私。午後、娘に勧められ20分程度の散歩。野山は秋の装いを漂わせていた。

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PM4:18 書斎からの夕日。

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PM8:00 霜月の満月拝む。

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今日のこの日の素晴しさに、感謝する72歳の私です。(記:10月23日)

なお、北教組の政治献金問題で辞任した民主党小林議員の衆議院北海道五区の補欠選挙が24日に行われる。町村元自民党幹事長が(66歳)再度挑戦するとのことで、自民党は安倍・森元首相をはじめ石垣・大島・石原・小池・石破・古賀・河野・小泉議員が応援に駆けつけるという状態。

一方、与党の民主党は新人の中前氏(38歳)が立候補。これまた鳩山前首相・岡田幹事長・前原・蓮ぽう・馬渕・直嶋・長妻・赤松・枝野議員等が応援に奔走。立候補者は他に3名。

応援演説を聞いて驚いたことは、この選挙に1人約5億円かかるとのこと。とに角、電話、FAX、リーフレット、ビラなど過剰とも思える選挙運動。政治と金問題を批難していながら金の出所は一体どこからなのか疑問に思った。

私は期日前投票をAM11:30に済ませた。結果は如何に。

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2010年10月23日 (土)

日本史&世界史をいっき読み!!

息子からこんな本がプレゼントされました。

逆読 ニッポンの歴史
Book
逆読 ニッポンの歴史
著者 宮崎 正勝
販売元 世界文化社
定価(税込) ¥ 1,365

参考までに、著者の「はじめのことば」を紹介します。

           世界を知れば日本社会が見えてくる

 アメリカの未来学者アルビン・トフラーは、1970年代以降の情報革命による人類社会の急変を、農業革命、産業革命に次ぐ「第三の波」と強調しました。確かに、情報革命は、世界経済の仕組みや私達の生活を大きく転換させました。中国経済の急成長、わが国における格差の拡大や地方の衰退は、いずれもグローバル経済の成長と密接にかかわっています。

 ちなみに私たちの生活に欠かせない携帯電話、パソコン、テレビ、ジェット機、自動車、冷蔵庫、スーパーなどは、すべてグローバル経済を支える端末と言えます。生活が根底からかわってしまいましたから、グローバルゼーションを後戻りさせるのは極めて難しいようです。

そこで「組み替え」により気がつかないうちに変っていく現代社会をしっかり意識することが、何をやる場合にも大切なようです。本書はそうした立場に立って、現代から古代に向けて歴史をサカノボリ、現代社会の成り立ちのイメージ化をめざしています。

 サカノポリ式は、現在につながる歴史のイメージを作りやすくするための優れた方法と言えます。

 また現在、世界の変化が見えなければ、日本社会の変化も将来進むべき方向も見えてこない時代です。孤立的に、日本の歴史ををイメージするのではなく、世界の動向と結びつけて理解することが求められていると言えます。世界の歴史、日本の歴史を対比させながら、グローバルな視点で本書を利用していただければと考えます。

                           2007年3月  宮崎正勝

この本は、フルカラーと二色刷り、イラストあり、歴史地図、歴史遺産の写真などもあり、時代区分毎に章立てて解りやすく書かれています。

中学生にでも理解できるような平易に言葉での記述であるので、寝ころぎながら興味ある歴史的事項を調べることもできる。

私は、孫の運動会が雨で延びたので、息子が読んでいたこの本を半分ぐらい読んで、札幌へ戻ってきてしまったのです。

残念がった私の姿を見て、気をきかした息子が新品を送ってくれたわけです。72歳の誕生祝いを兼ねてですが・・・・。高校時代、世界史の単位を取得していない私には、勉強する良い機会であり良い本です。

韓国ドラマに凝っている私たち夫婦。百済、高句麗、新羅、任那、宋など朝鮮の歴史と中国の関係、領土なども早速調べようと思っています。

また、フランス旅行の際に中世の街などを散策したのですが、歴史的にどのような事柄が起こった時代なのかも調べようと思っています。

受験に関係ないし、好きな時間に調べたいところを楽しみながら読むって素敵なことですよねsign02

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2010年10月22日 (金)

笑顔の配達

毎週木曜日AM10:00頃、「お早うございてます!」と笑顔一杯のヤクルト嬢。この笑顔に出会うと何故か一日が明るく過ごせる。笑顔ってこんなに不思議な力、魔力を持っているとは実感していなかった私です。

世の中、お金持ちになれば幸福になれると思っている人が多くいますが、金持ちで幸福な人もいれば、金持ちで不幸な人も大勢います。

逆に、貧しいなかでも幸福に生きている人も大勢います。

アジアの中で貧しい国と言われているバングラデシュやネパールの子ども達が、澄んだ瞳で微笑む姿がよくテレビで放映されているし、現地に行かれた人の話も「あの笑顔は世界七不思議のひとつだ!」と感想を語っていましたが、笑顔は活力の源泉のような気がします。

過去ブロ『幸福の方程式 ?』を覗いてみて下さいsign02

私は、活力を与えて下さるヤクルト嬢の明るい笑顔に感謝しているのですhappy01

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2010年10月21日 (木)

三巨鳥会談

「芸術の秋」に相応しい妻の作品が、我が家に仲間入りした。

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三羽の鳥が会議をしているような様子。

この鳥は南仏プロバンスにあるアヴィニョンの店に飾ってあったのです。

珍しい形の鳥だったため、妻がcameraでパチリ。

その写真を見て制作した作品。

これはロバ。3_4

制作過程での工夫していた点は、体重を4本の足で支えきれないところ。

粘土が軟らかいため、そのままでは体重で足がつぶれてしまう。

それで、下腹部に発泡スチロールを置き、粘土が固くなるまで支えるのです。

優しい表情のロバさんが、庭の片隅で微笑んでいるようにも見えます。

この作品は何を参考にしたか分かりませんが、妻の頭はいつも陶芸で一杯。

次の作品は壺。はじめ「火消し壺」を娘婿に依頼されて作ったのですが、あまりにも立派な作品となったので、使うのがもったいなくなり、娘の家の和室に飾られている。

そんなわけで、今回作ったのがこの「プロバンスのかおり」という作品。ルノワールが晩年過ごしたレ・コレット(小さな丘)という愛称でよばれ家の庭や、ポンジュガールの近くに茂っていた樹齢数百年といわれるオリーブの木の印象を作品に取り入れたとのこと。

やはり火消し壺にせず、玄関に飾られている。

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これらはある町の芸術祭に出品し、千歳市や江別市に在住している友達も作品鑑賞に来てくれたと満ち足りた顔の妻。

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2010年10月20日 (水)

教師中心の授業に警鐘

「学校課題」反対と言う先生方の多いなかで、研究推進の責任者になった私には、この研究紀要には数々の思い出がある。

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もう、教育関係とのかかわりがなくなってきたので、教育図書や雑誌類を廃棄処分している最中だが、

この研究紀要の1ページの記述内容が今でも通用すると思われるので、UPしておく。

【学習指導上の問題点】

① 教師中心の授業になりがちだった

ア 指導計画のおしつけ

 今までの指導計画は学習者の立場をやや軽視したものであたため、教師の指導意識の過剰をきたし、計画に弾力性を失い、空虚な授業内容になりがちであった。従って、ある者は無気力な状態で学習に臨むため、生きてはたらく学習活動として組織することが困難だった。

イ おしつけられた目標、わからない必要感

子どもが、どんなめあてでその教材に対するかはっきりさせないで、教師だけが独り相撲した傾向があったため、結果だけが先回りして学習がついてこなかった状態もあった。

ウ 教師のしゃべり過ぎ

時間にゆとりがないため、つい、じっくりと子どもに考えさせたり、活動させることをあまりしないで、誘導的な発問や、ていねい過ぎる助言で、子どもが絶えず受身の立場で応答するに近い授業になりがちであった。

エ 話し合いの深化が図られない学習

以上述べてきたように、従来の学習指導においては、初めのちは十分に課題意識を持たせて出発したつもりが、解決学習を続けている間に、いつの間にか活動そのものが目的であったかのようにとらえられてしまうことがある。これは子ども自らが課題を把握したのではなく、教師が一方的に与えてきたことに起因しているのではなかろうか。

タイラー(C.W.Taylor)は

「子どもは吸収する存在、学習する存在としてのみ取り扱うべきでなく、考える存在として取り扱うことが大切で、その点、従来の教育では前者に重きをおきすぎた傾向がある。

どちらかと言えば、現在養成しなければならない子どもは、主体的に課題意識を持ち、思考し、創造できる人間であって、ただ何でも知っている、沢山覚えることができるスポンジ・ヘッド人間ではない」

と指摘している。以下省略。

ただ、紀要の156ページに「評研式 標準学力検査」による本校の実態として、国語・理科の偏差値分布集計表(昭和47年11月実施)が載せられている。

それによると、標準偏差値(SS)の平均は

国語 1年51.20  2年51.60  3年51.05  4年53.14  5年52.41  6年52.75 全校52.00

理科 1年52.29  2年55.16  3年56.40  4年54.28  5年54.89  6年52.89 全校54.28

なお、5段階相対評価によるSS基準は、1は35以下 2は35~44 3は45~54 4は55~64 5は65以上 となる。

全校児童が1,504人の大規模校としては良い成績だったことが分かる。ただ平均値の有意差検定をしていないのが残念。また研究同人42名中10人が既に亡き人となっているので、時の流れを痛感している。

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2010年10月19日 (火)

誤解を招いた MOA美術館児童作品展

この絵は孫が小学校2年生の時(昨年度)の作。MOA美術館○○児童作品展で『教育長賞』を受賞。

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MOAとは、世界救世教の教祖・岡田茂吉(おかだもきち、1882年-1955年)の蒐集した日本・東洋の古美術品を展示している私立美術館(熱海市にあるのが有名)。

岡田を教祖とする世界救世教では、自然との共生とともに、芸術の美を享受することを重要な信仰上の柱としている。

従って、作品展の開催もこの宗教上の活動の一つであり、他に学校を含めた公共施設に生花を飾ったり、無農薬野菜の栽培・販売も手がけている。

さて、平成元年、私が教頭として二校目の学校のある先生(美術専攻)が、MOA絵画展に本校の児童作品を出品したいとのこと。先生方はMOAとはどのような団体なのかわからないまま了解した。

しかし数日して、ある年配の先生がMOAは宗教団体の活動であるので、G先生もその信者ではないのかとのこと。まだ、パソコンが普及していない時代であり情報量も不足ぎみだったので、そのような疑惑を抱いたのだった。

それから8年後、私が北海道教育委員会B教育局指導主幹の時、本庁から「地域におけるMOA主催団体の活動状況と絵画展に応募している学校数を実態調査するように」との連絡が生涯学習課長に入った。

調査の結果、世界救世教への勧誘活動をしていなかったため、絵画展への応募は差支えないとのこと。

ところが、教育長になってからMOA絵画展の主催団体から教育委員会の後援を依頼したいとの申入れ。道教委の調査・見解をしっていた私は、「喜んで後援いたしますが入信活動だけはしないで下さい」と条件をつけ承認した。

そりから数日して、他の教育長から問合せの電話。経過を説明したら近隣のどの市町村教育委員会も後援することになった。

現在は文科省や外務省も後援団体になっているので、この活動の広がりにはびっくり。

過日、嫁さんから「今年は金賞でした」との電話があったが、私はMOAと聞けば直ぐ上記のことを鮮明に思い出す高齢者なの・・・・・。

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2010年10月18日 (月)

「闇からの光」とは何か?

テレビのサンデーモーニングでチリ落盤事故について放映していた。深い地下に閉じ込められた人間の心理状況を救出された作業員の証言をもとに紹介。

極限状況に陥った人間の心理とは何なのか?「闇からの光」は何であるのかとの問いかけ。それは人と人との心の絆であり、人間本来の喜びなのだとのこと。

ナチスの強制収容所を体験した心理学者であるヴィクトール・E・フランクルの著書『夜の霧』を引き合いに出しての話。

夜と霧 新版
Book
夜と霧 新版
著者 ヴィクトール・E・フランクル
販売元 みすず書房
価格(税込) ¥ 1,575

極限状況に陥った人間の心理状況を書いてある部分を紹介しょう。

             灰色の朝のモノローグ

あるいは。あなたは壕(ごう)の中で作業をしている。灰色の夜明けがあたりをつつむ。頭上の空はいちめん灰色だ。どんよりとした薄明に、雪も灰色だ。あなたの仲間が身にまとうぼろぼろの衣服も灰色だ。その顔も灰色だ。

あなたはまたしても、愛する妻と語らいはじめる。あるいは何千回めかに、天に向かって嘆き、問いつめる。何千回めかに、なんとか答えを得ようと煩悶(はんもん)する。わたしのこの苦しみにはどんな意味があるのだ、この犠牲に、こうしてじわじわと死んでいくことに、どんな意味があるのだ。

目前にある惨めな死に最後の抵抗をこころみるうち、あなたは、いちめん灰色の世界を魂が突き破るのを感じる。最後の抵抗のうちに、魂がこの惨めで無意味な世界のすべてを超え、究極の意味を問うあなたの究極の問いかけにたいし、ついにいずこからか、勝ち誇った「しかり!」の歓喜の声が近づいてくる。

その瞬間、明けゆくバイエルン地方の朝の陰惨たる灰色一色のただなかに、地平線上にあたかも舞台の書割(かきわ)りのように浮きあがる、遠い農家の窓に明かりがともる。

<et lux in tenebris lucet>

光は暗黒(くらき)に照る・・・・・・。

さて、あなたはまたしても何時間も凍てついた大地を掘っていた。ほら、またしても監視兵がそばを通り過ぎ、ひと言ふた言、あなたを蔑(さげす)むようなことを言った。

あなたはまたしても、愛する妻と語らいはじめる。妻はここにいる、という感覚はいよいよ強まり、あなたは妻をすぐそばに感じる。手をのばせば手を握れるような気すらする。感情の大津波があなたを襲う。妻は、ここに、いる!・・・・。

そのとき、なんだ? 音もなく一羽の鳥が飛んできて、あなたのすぐ目の前の、あなたが壕から掘り出した土の山に降りる。鳥は身動きもせず、あなたに冷ややかな目をこらす。                   (P66,67)

人と人との心の絆が、人間の本来の喜びであることと、日常当たり前と思っていた事柄が極限状況に陥って、初めてその有難さを悟るものなのだということも分かった。

なお、この本は、日本をはじめ世界的なロングセラーとして600万を越える読者に読みつがれ、現在にいたっているとのこと。「読書の秋」にふさわしい本と思う。

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2010年10月17日 (日)

晩秋の『ゆにガーデン』

リナリアの丘『ゆにガーデン』。由仁町のユニリゾート内にあり、札幌から車で約50分、千歳・北広島・江別・岩見沢から30分程と道央空知観光の中心に位置している。

周辺には『ユンニの湯』や『ユニ東武ゴルフクラブ』、パークゴルフ場がある。近くには昭和天皇が陸軍の大演習をご覧になった場所(伏見台)を記念して石碑があるらしい。

このガーデンはクロッカスからチューリップなどの春の花に始まり、初夏には102万本のリナリアが咲き誇り、ロースガーデンが秋まで楽しめる所だそうだ。

では、晩秋のガーデンの様子を解説なしでUPする。

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園内は広いのでプチトラムを利用すると便利である。

一日券が100円。建物内にはレストランもありバイキング料理だがシルバー料金は1人800円。

食材は地元で収穫した野菜を使っていて美味しい。

フレグランスシュップにはガーデン内の花の加工品(香水・石鹸・ローサク・クッキーなどなど)が置かれている。

また、ファーマーズマーケット、ハーブ教室などもある。

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2010年10月16日 (土)

集団登校 賛否両論

3連休が終わり、小学3年生の孫が登校するので玄関先まで見送りに出たら、2 真向かいの家にも小学生がいて、お互いに「おはよう!」と挨拶を交わしていた。

頭を見るとその子も黄色の帽子。

同じクラスかなあーと思っていたが、裏通りのあちこちから、子ども達が班毎に登校して来る。

1

班の先頭と最後尾には背の高い子どもがいるので、恐らく班長と副班長だろう。交差点で左右を確認し下級生を導いている。微笑ましいheart02光景。

この集団登校にも長所と短所がある。

長所には、①安全登校が図られる ②同じ集団であるという帰属意識や仲間意識が深まり連帯感が醸成(かもとだす)される ③交通ルールが守られる ④下級生をいたわろうとする態度が育てられる ⑤上級生の指示や注意を素直に聞く態度も培われる ⑥集団行動に慣れる・・・・・。

短所には、①自動車が隊列にぶつかってきた時には、大きな事故に結びつく ②本人の自由な行動が束縛される ③登校時刻の幅やゆとりがない・・・・。

私は、この光景を見ながら二つのことを思い出した。

一つ目は昭和20年小学1年生になった私は、分団(班:グループ)を組んで登校。校門の傍の奉安殿(天皇のご真影と教育勅語が収められていた建造物)に向かって最敬礼。終戦の年だったので軍国教育の一端がうかがえる行動様式。

二つめは、初めて校長となった学校では、団地に住んでいる子ども達は集団登校をしていた。ところが、ある日、交通安全協会の人達と巡査が学校を訪問しての要請。内容は集団登校は隊列に自動車が突入してきた時の被害が大き過ぎるので、自粛してくれないかとのこと。

この件に関して、職員会議で論議し即座に中止することの結論に達し、学校便りで保護者に連絡した。

いずれにしても、子ども達の安全確保のために、孫がお世話になっている小学校ではPTAのパトロール隊も交通安全指導をしていることを知り、胸を撫で下ろした。

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2010年10月15日 (金)

東京スカイツリー ビューポイント

運動会の応援も終わり札幌へ帰る途中、東京スカイツリーを見物することにした。息子がインターネットでビューポイントを検索。

電車は上野駅が終点。さっそく公園内のビューポイントでパチリ。

                               (※どの写真も拡大できる)

1

国立西洋美術館付近もあまりパットしない。地下鉄銀座線で浅草へ。幾つものビューポイントがある。先ずは吾妻橋の欄干で一枚。

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                  浅草寺境内での眺望。

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                浅草駅前と浅草通からの眺望。

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隅田川を越え、墨田区役所とアサヒビール本社前の広場でまたパチリ。

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圧巻はここ。墨田区役所から十分足らずのところにある「げんもりはし」(源森橋)の上。

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もっと青空が広がっていれば水面に映る逆さスカイツリーが素晴しいらしい。帰路は地下鉄「本所吾妻橋」?から直通(京急)で羽田空港へ。

十数年振りに浅草界隈を散策できたし、東京スカイツリーも堪能できたので思い出に残る小旅行となった。(10月12日)

なお、台東区ホームページによると、東京スカイツリー ビューポイントは下記の通り。

1 隅田川テラス(JR総武線鉄道~蔵前橋) 2駒形橋 3吾妻橋 4隅田川テラス(東武鉄橋~言問橋) 5言問橋 6隅田公園築山付近 7桜橋 8隅田川テラス(桜橋~白髪橋) 9白髪橋 10雷門交差点 11山谷堀公園付近 12合羽橋交差点 13上野公園西郷像北側 14国立西洋美術館付近 15両大師橋付近 ・・・その他

                                ※ウォーキング 10/15 10:20~11:20 6,280歩 腰痛good

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2010年10月14日 (木)

一等 賞金六百円

延期された孫の運動会は、11日に晴天に恵まれた中で開催。プログラムのトップは孫の徒競走。前日までは一等賞になるからねと胸を張っていた孫も、当日は朝からお腹が痛いとか、もし一等賞でなかったらどうすると緊張していた。

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徒競走、「よさこい踊り」、組み体操、親子でのフォークダンス、ママさんたちの玉入れ、パパさんたちの綱引、幼童競争、先輩たちの競争等、盛り沢山の種目が展開されていた。

孫は一等を取れたので満面の笑みで父母席へ。父と母、両祖父母、妻の妹夫婦の計8人の祝福を受け、最高の気分のようhappy01

綱引に出場した息子は汗をかき、腰や腕の痛みに絶えながら、満足そうな顔。学生時代陸上選手だった嫁は体を動かすことが得意なので、グランドに映える花のよう(褒めすぎじゃ)sign02

孫には賞金の六百円を贈呈。来年六歳になるので六百円が欲しいとのこと。六万円でなくてよかったと安堵の気持ちを抱くグランパでした。

しかし、幼稚園も変ったと思った。組み体操の指導は体育専門の教師を招いての指導とのこと。外部講師による指導も一般化されている模様。

また、二歳児教室の幼児も募集している。孫も二歳から入室させたとか。これも少子化現象の一つであろう。

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今後は幼小一環教育のあり方についても、一層研究しなければいけないような気がした。

                         (ウォーキング 19:42~20:02 3,160歩)

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2010年10月13日 (水)

アイ ドント ライキット!

10月9日、rainで孫の運動会が11日に延期。10日10時頃、sunになったので孫と散歩へ。途中で珍しい木の実を発見。

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二階で洗濯物を干している方にお聞きするとザクロとのこと。

ご婦人がわざわざ降りてきて、一個下さいました。孫も私も始めて見たのです。

後で家に帰ったら食べようねと言って、また散歩を。

喉が渇いたのでスーパーへ。2

時計を見ると12時近くです。マクドナルドも入店していたので、5才の孫はハンバーガーハッピーセット、小学三年の孫はエビフィレオセット、私と妻にはフィレオフィッシュセットを注文してくれました。私達夫婦は何が何だか分かりません。

食事中、私が5才の孫に「これ、美味しいから少し食べてごらんsign02」と差し出すと、「アイ ドント ライキット!」と早口で言うものですから、意味がつかめません。再度ゆっくり言わせると、I do not like it.と言っているのです。

実は、孫達は確か二、三才?頃からジュニア英会話教室に通っているので、とっさに英語で答えたのです。びっくり仰天しました。

ところが、食べながら

5才の孫 「僕、大きくなったら何になりたいと思う?」

私     「さあー分からないな!」

孫     「玩具やさんになりたいの!だっていろんな玩具で遊べるものねsign03」とニコニコ   顔で話すのです。

この夢を聞いて、やはり年相応の子どもであることに、何となく安心した私です。

なお、12日の朝、ザクロを食べてみました。種の周りの薄い実でしたが、結構淡白な味がしました。孫達も始めて食べたとのこと。

3 運動会がrainで延期になったおかげで、別な意味でいい思い出ができたというわけです。

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2010年10月12日 (火)

この事典 無償でお譲りします

本を処分するたびごとに難を逃れた三冊。私が宝物のように大切に保管してきた本。

1

『道徳指導事典』 昭和50年10月 初版発行

           発行所 KKぎょうせい

           定価 3,800円  498ページ

この事典は一般書店では売っていなく、ぎょうせいのセールスマンが予約をとって販売するというシステムだったのです。私の本俸が約20万円弱の時ですから結構高価だったことを覚えています。

3

『学校・学級 講話あいさつ事典』 

           昭和60年初版発行

           発行所 KKぎょうせい

           定価 3,300円  728ページ

2

『例話大全集』

昭和35年 第一版発行

発行所 玉川大学出版部

編 集   小原國芳

定 価   1、800円  1,067-ジ   

これらの本は市販されていないと思います。古本屋では教育関係の本は売れないので引き取らないとのことでした。

古紙回収業者はタダで引き取ってくれますが、貴重な本なので誰かに役立てて欲しいと願っています。

10月20日中まで廃棄するのを待ちます。譲って欲しい方はこのブログのコメント欄に申し出下さい。ご連絡をいただきましたら私のメールアドレスをお教えし連絡をとりたいと思います。ただし、郵送料だけは負担していただきますので悪しからず。

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2010年10月11日 (月)

所報の思い出 編集の「あとかき」②

1976年1月号を編集した時の「あとがき」も印象に残っているのでUPしておくことにする。

★厭けましてめでとうございます。研究所員一同、この念頭にあたって、さらによりよい本誌編集のため、一層の努力をしたいと思っております。

★昨年ほど教育の問題がマスコミに取り上げられたことはなかったと思われます。中でも教育課程改訂についての動向、見解、社会の声などが情報として提供されていました。

ただ不思議に思うことは、算数・数学教育の問題が、どうしてこうも華々しい関心の的になるのかということです。

理由はいろいろあろうかと思われますが、一つには、旧来の教科課程にはなかった新内容(集合・関数・確率等の考え方など)が取り入れられたことによる、教師・親達の不安や疑問、戸惑いが考えられます。しかし残念に思うことは、その取り上げ方です。

「・・・これまでは高等学校一年で得られていた集合の概念は、小学校四年生におろされたし、不等号の概念は中学の一年から小学校の二年におろされてきた。・・・・」というように、集合論や不等式の解き方までやらせるのかといった誤解をまねくような内容の紹介です。

これらはいずれも、教科書の内容を十分に調査することなく、勝手に作られた虚像に対して攻撃の矢を放っているような気がするわけです。

次に、社会や家庭が算数・数学に対して特殊・異常とも思われるほどの価値付けをしているということです。これは受験体制と結びつき、数学を人間の値打ちにかかわる特別な教科とみなす誤った考え方の傾向が背景にあるような気がするわけです。

このような考え方は早く直したいものです。

★本号では「ゆとりある教育課程」という特集を試みました。教育課程審議会の最終答申も気になるところですが、現場では教材精選、指導内容の重点化、わかる授業の改善等が当面の課題といえましょう。

当研究所でも新年度は、理科の他、算数数学科・社会科の教材精選の課題に取組む所存ですので宜しくご鞭撻下さい。

たまたま、学習指導要領の改訂に向け教育課程審議会の検討が最終段階を迎えた時機なのです。

ソ連のスプートニック・ショックによりアメリカが教育の現代化に向けてカリキュラム改善に励んでいたのです。日本もアメリカに見習って指導内容の大幅な見直しが進められてきたのですが、『落ちこぼれ』『新幹線カリキュラム』などの用語に見られるように、教材精選や能力に応じた指導をめざして学習指導要領が改訂(第4次:昭和52年)される時機だったのです。

教育内容も時代の変化とともに変遷を遂げてきておりますが、「自ら学ぶ意欲」と「自ら学ぶ力」は不易であると思うのです。

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2010年10月10日 (日)

所報の思い出 編集の「あとがき」①

私は研究所員として6回所報「教育○○」の編集を担当した。その中で思い出深い「あとがき」を二冊保存していた。

           1976年9月号の「あとがき」

△ この所報がみなさんのお手元に届く頃には、各学校とも学芸会・記録会・球技大会・文化祭等で、さぞお忙しい毎日かと拝察します。教職員の協働体制により、これらの行事も効率的に推し進められていることでしょう。健康管理には十分気をつけられ奮闘されることを望みます。

▲ 今月号は「評価とその課題」を特集しました。教育評価の本質的な機能は、教師が指導計画を現実の子供の実態に応じて修正したり、また、子供の活動に応じて指導の方法を修正したりして、子供達が本当に順調な心身発達を実現していけるようにすることにあります。

このようなフィードバック機能の重要性が強く叫ばれているにもかかわらず、今なお必ずしも多くの人々の理解を得ているわけではなく、評価とは格付け、もしくは品等付けであるという観念から完全に解放されていないのが実情のようです。

したがって、この特集を参考にしながら、評価が指導と不即不離であることを認識し、指導の過程において絶えず指導の効果を評価し、それによって柔軟に指導の調整を行っていけるようにしたいものです。

お忙しい中、ご投稿下さいました諸先生方に厚くお礼申し上げます。

この時代、アメリカの教育学者B・S・ブルーム(Bloom)によって提唱された教育方法の一つである「完全習得学習」(マスタリーラーニング)とそれにヒントを得た「到達度評価」という考え方を本格的に取り上げた京都の実践が脚光を浴びたのだった。

ブルームを知らずして教育を語ることはできないと言われるほどであったが、その後、横浜市の算数数学研究会?が作成した『算数科到達度基準(案)』が最先端をいく研究であった。

また、ブルームの本を翻訳した梶田叡一(日本女子大助教授、大阪大学教授、京都大学教授、京都ノートルダム女子大学学長、現:兵庫教育大学学長を歴任)の本『現代教育評価論』を友達8人と輪読会を開いた年もあった。

平成14年?にその梶田氏とお会いする機会を得て、昼食をとりながら北海道の教育の現状や課題について話したところ、「私も大阪府箕面市教育委員長をしているので、教育界の実情はよくわかります」とのこと。

なお、『現代教育評価論』を30代の頃に愛読し、現在も時々参考にしていることを告げると、「懐かしい本です。教育長さんが私の本を読んで下さっていたとは、大変光栄です」と言って握手を求められたことが懐かしく思い出される。

この本は、教育執行方針を書くときにも参考にしましたが、そろそろお別れすることに(廃棄処分)した。梶田先生、有難う (/ ^^)/アリガトネ

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2010年10月 9日 (土)

服装の自由化に想う

私が5月から数か月仕えた研究所長さんの、思い出の『巻頭言』をUPしておく。

彼は年度途中で、ある市の教育長に就任したが、今は何所で何をしているのか分からない。生きていれば90代後半のはずだ。

       個性尊重と教育1    -服装の自由化に想う-

近年、中学校においても、服装の自由化や髪型の自由化について生徒の要求が非常に強くなってきている。これを受けて立つ学校側はいろいろ苦慮しつつ対応しているようである。

生徒は常に制服で規制され保護されなければならないという立場から、生徒の要求をはねつけているタイプ、ズルズルと生徒の要求を容れ自由化されていくタイプ、制服に改善を加え野暮ったい詰襟からブレザー型を採用して生徒の納得を得ようとするタイプと、おおまかに見ても三つ位のタイプに分類できそうであり、その対応ほの苦労が伺える。

服装や髪型の自由に賛成する意見の中で有力なものは、制服や髪型の規制は没個性的で、画一的、形式主義の教育を強いるということであろう。学校の教育が人間形成の過程で個性の尊重、個性の伸長をキシテこなわれるならば没個性的制服を廃し、髪型も自由にまかせるべきであるという考えがそこにみられる。

過日の道新も「制服」について連続特集記事を掲げ問題の提起をしている。

制服の問題は機能的な面から考えると、たしかに解決を迫られている面が多くあるので、その改善について工夫することは大切なことであり、その結果として自由な服装、髪型にするという結論になってもそれはそれでよいと思う。

ただこれをもって個性の尊重であり、個性伸長の教育だということに短絡的にすりかえようとするならば、極めて次元の低い結論といえよう。

服装や髪型が自由になったさいに、生徒達がその自由な服装を選択する基準となるものが、果たして何にるのか教師も父母も見抜かなければならない。

中学生がある日ピンクのシャツを着たいと言い出したとしても、それは決して個性的な裏づけがあってではない。その年の流行を追ったものに過ぎなかったたり、長髪の要求にしてもたまたまテレビタレントのそれを真似るに過ぎない。

この面白くてカッコイイことをあえて個性的とする見方の中に問題が潜んでいるのではなかろうか。親も教師も世の中の大人たちが、その流行を追っているのが現実であるのに、子どもにだけ流行に目をそらさせること自体、無茶な話だということであれば論外である。

誰か一人が大声で叫べば、直ぐ右し左し易いという現代の子ども達の他人指向型というそれこそ、個性のない姿を見抜く眼識をもち指導にあたることこそ、個性伸長の教育のもとではなかろうか。             (記:1974.4.25)

今から36年前の教育現場の課題の一つだった服装と髪型の自由化問題。パンツを尻まで下げる高校生。自由化の波の行き着く先は、どんな世になっているのだろうか、若干危惧の念を抱く。

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2010年10月 8日 (金)

「あいさつ運動」と 地域づくり

10月7日、町内会への回覧の一つに『上野幌中学校区 児童生徒健全育成推進会だより』がありました。その中で共感した内容があったので紹介します。

       「コミュニケーション・言葉で伝える」

                   上野幌西小学校 PTA会長 米山 香余

昨年に続き、今年も、上野幌中、上野幌東小、上野幌西小のPTA役員・事務局が集まり、交流会を行いました。中学校区の3校で、我が校自慢?や、困った事など、話し合い、交流を深めました。

PTAの場も一つのコミュニケーションの場ではないでしょうか?『コミュニケーショ』を国語辞典で調べると、『気持ち・意見などを、言葉などを通して相手に伝えること』とあります。

今の子ども達は、自分の意見を言う、気持ちを伝える事が苦手と聞きます。社会に出れば、そんな事は言っていられません。

携帯電話も一人1台の時代、メールですませられる事も多い昨今ですが、言葉で伝えることができないと、困る事が多々あると思います。

個人情報保護法の関係で、名簿の配布や写真の掲載に配慮が求められ、コミュニケーションの取りづらい世の中になっています。

そのような中、メール・ツイッター・ブログなど、パソコンや携帯電話通信での色々なコミュニケーションの手段がどんどん増えています。便利で手放せないものになっていますが、字だけでは勘違いを招く子ともると思います。

そんな今だからこそ、言葉にして伝えることが大事ではないでしようか。

今朝、あいさつ運動に参加しました。「おはよう」の一言でも、短い会話。気持ちが伝わる第一歩だと思います。PTAも、自分の子どもだけではなく、同じ地域の大事な子どもとして、関心をもっていただき、言葉(会話)のあふれる地域になればいいと思います。

私は、「あいさつ運動」について教育長時代に町長や「地域行政懇談会」で議論したことがあったのです。

即ち、今の子どもが「おはよう」と挨拶できないのは、学校教育の怠慢であるとの指摘。早急に挨拶ができるように先生方への強い指導と、挨拶の徹底を『教育行政執行方針』に掲げて取組むべきであるとのお叱りの声だったのです。

私の主張は、挨拶は家庭教育でなされるのが基本であるが、地域や学校も一体的に取組まなければ成果があらわれないものであると、具体例をあげて反論したのです。

たまたま四国の高松市へ旅行に行ったところ、登校する児童・生徒に向かって地域の人達が「おはようございます!車に気をつけてねsign02」と四つ角で声をかけている姿を見て、清々しい気持ちになったのを思い出したからです。

人づくりは子どもつくりが基本であり、家庭、学校、地域が一体となって取組むところに変容や成果があらわれてくるものと思うのです。

今、私のすんでいるこの地域には『あいさつ道路』との看板があり、PTAが中心になって運動を進めています。また、新米教頭として赴任した地域にも『あいさつ道路』があり、地域上げて実践していましたが、どちらも落ち着きがあり、安全・安心して生活できるモデル的な地域であると自負しております。

「たかが挨拶、されど挨拶」です。蔑(ナイガシロ)にできない基本的事項だと思うのです。

(今日より12日まで幼稚園の運動会のため埼玉県へ行ってきます。その間のブログは公開日指定でUPする予定です。)

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2010年10月 7日 (木)

焦った特集原稿

1974年7月号の所報「教育○○」にも多くの思い出が凝集されている。

ある日曜日の昼下がり、私と同じ新所員の1人が我が家に来られて、「特集執筆を変えてくれないかsign02」とのこと。学校事情等で間に合わないので何とか頼むと懇願されたのです。

テーマは「個別指導について」。7月号を発行するためには6月末に原稿を印刷会社へ届けなければなりません。従って、5月末に執筆依頼と自分も執筆しなければならないのです。5月の連休明けに所員になった私ですので、可なりきついスケジュールになるのです。

しかし、大学の先輩に当たる所員が頭を何回も下げてお願いするものですから、つい承知してしまったのです。

月曜日の所員会議のあと他の所員から情報をいただき、4人に執筆依頼を。

  1. 個の学習の成立を指向して(数学科)
  2. ひとりひとりが生かされる理科の授業を求めて
  3. 音楽科の特異性と個別指導
  4. 教育機器活用による個別指導

どの執筆者も教科やその分野で造詣の深い教員だったのです。ところが数学科を執筆してくれたA教員が原稿締切日になっても提出してくれないのです。電話で数回催促しても一寸待ってとのこと。

焦った私は、印刷会社に電話をし「特集原稿の4ページ分の原稿提出が若干遅れるので宜しく・・・・・」と依頼。

その原稿のタイムリミットの近づいた頃、郵送では間に合わないとのことで、わざわざA教員が電車に乗って夕方近くに私の所に届けてくれたのです。私は友達の所員と共にA氏をすし屋にお招きし感謝の気持ちを表したのです。

そのA氏は、後に道教委指導主事→B教育局の生涯学習課長→中学校長→教育長の道をたどり、私が教育大学の非常勤講師をつとめるようになったのも彼の推薦によるものだったのです。

また、教頭選考試験の論文指導をして下さったり、教育長になってからも人事面でいろいろお世話になったのです。

このことから人間関係の大切さを強く学んだし、その広さが時には大きな力となることをも学んだのでした。

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2010年10月 6日 (水)

所報の編集と 特集の執筆

教育研究所にはいろいろな仕事があった。課題研究推進の次に重要なのが所報『教育○○』の編集と年2回の特集原稿の執筆だった。

1

私の執筆した特集原稿は下記の通り。

1974年 個別指導(4ページ) 学校安全教育の推進について(6ページ)

1975年 教育機器の利用と学習効果(5ページ) 学校事務のおさえと能率化(5ページ)

1976年 ひとりひとりを育てる授業(20ページ) 

算数科における教材精選をめぐる諸問題と取組み(5ページ)

上の写真の通り、1ページは30字/行×21行の二段組。原稿用紙になおすと約3枚分。最低で4ベージ書くので原稿用紙12枚分の執筆。

特集のテーマは学校現場やPTAへのアンケート調査の結果を受けて、1月の所員会議で、何月号にどのテーマをどの所員が担当するんかを決定していたのです。

割り当てられた特集テーマを見て、担当所員が「どんなテーマで」「どんな内容を」「何ページで」「誰に書いてもらうか」の構想を練らなければならないのです。

専門外のテーマを割り当てられた時は、参考文献や資料集めに精をださなければなりません。研究調査費が月6,000円?支給されていたので図書購入のため札幌へ出向くこともありました。

いずれにしても、特集の割り当ては20ページ。そのをどう使うかは担当所員の裁量に任されておりました。

特集を5人の人に執筆してもらうと1人分が4ページとなり、4人に執筆してもらうと1人分は5ページになるわけですが、これまでは5人に執筆してもらうことが多かったようです。

ところが、私より1年後に来られた所員が、「理科の教材精選」について20ページを1人で書きあげ、学校現場から非常に好評を博したのです。

このことを知った私は、「よーし、私も20ページ使って執筆しょうsign01」との決意で取組んだのが上の写真のテーマだったのです。拡大してご覧下さい。

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2010年10月 5日 (火)

寝汗をかいた 所員の初年度

私が所属していた教育研究所には6人の所員がいた。学芸大学札幌分校出身者が3人、旭川分校が2人、岩見沢分校が1人で所長は札幌師範学校出身者だった。

任期は3年間。それぞれの所員は1年研究と2年研究の課題が与えられ、研究成果を紀要にまとめて発刊しなければならない義務を負っていた。

また、勤務は月・木が全所員が朝から出勤し、他に一日だけ午後の勤務という態様だった。従って、所員の所属学校では所員の指導時数を少なくするよう配慮されていた。私の場合は、中学年の音楽専科と1クラスの算数指導のみ。 

さて、研究所員の仕事であるが、一番重要なのが与えられた課題についての研究推進。私の初年度の課題は『教育システム化のための基礎研究』で北海道教育研究所連盟の共同研究であり、2年間を前所員が研究した後の研究推進だった。

ところが、その所員が研究紀要を発刊せずして退所し、いくら催促してもまとめ上げることができない状態。

この前例のない失態を犯した所員は私と同じ札幌学芸大学出身なため、ことあるごとに旭川や岩見沢分校出身の所員や6人いる研究協力員から攻撃を受けた。

「紀要を発刊することのできない能無しの所員だったことを広く管内に暴露するぞsign02」と脅されることがしばしばあった。確かに歴代所員の中で研究紀要を発刊しなかった人は誰もいなかったのも事実。

私は苦肉の策として、「道研連の共同研究は基礎的な部分の研究がまだ続いており、一定の理論を打ち出すまでには至っていないので、このテーマの理論編と実践編とを一冊の紀要として編集し、表紙と目次には紀要番号を二つ載せ、合本した経過や趣旨を付して発刊したいので了解して欲しいsign03」と他の所員や研究協力員を説得し了解を得た。

なお、副題を「教育機器利用による授業のシステム化をめざして」としたが、これまでの研究内容が見えてこないため、「何を」「どのよう視点で」授業研究並びに授業公開をお願いしたらよいのか立案できず、寝ても覚めてもそのことばかり考えていた。

そして、課題委員会が迫ってくる度に精神的なゆとりを無くし、寝汗をびっしょりかく日が数日続いた。

研究所員となっての初年度はこのような状態だったし、学校では研究部長として学校課題の推進にあたらなければならなかったので、大変な時期であった。

しかし、今思うには、この時の苦労がその後のエネルギーとなり、何事も努力すれば解決の糸口が見えて来ることを体験的に学んだのだ。

現在、学校教育や家庭教育等に関わって多くの課題を抱え、悩み苦しんでいる人達が多くいると思われるが、兎に角、いつまでもくよくよ考えないで、良かれと思ったことは先ず実践、行動に移してみることが大切であろう。

悪ければ修正を加えて、またアクションを起こして欲しい。必ず成果が見えて来るはずだ。

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2010年10月 4日 (月)

研究所員となる

思い出の教育雑誌。今、私の手元に17冊保管されているが、思い切って廃棄することにした。なお、研究の貴重な足跡なのでブログにほんの一部をUPしておこうと思った。

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さて、この雑誌は昭和27年7月23日にA研究所の所報として、産声をあげた。

創刊号はB5版で10ページもの。

同年10月25日に、現在名に改題され、その趣旨はこのようなもの。

・われわれは常に道教育界の中核体としてその推進に大きな影響を与えてきた「教育○○」の名を誇りとし、その伝統を守りつづけたい。

・管内教育の現状を把握してその振興を図り、「教育○○」の真価を逞しく発揮したい。

現在はA5版、72ページの月刊誌、一冊300円?で学校を通して頒布されているが、学校・父母・子どもの三者の協力の上に編集されている。

参考までに目次の項目を紹介しょう。

巻頭言

随想(教壇生活三十余年 今の教育を思う 私のわんぱく時代)

特集

親・子・先生(子どもの作品 保健室から 子のねがい 親のねがい みんなの学級 教育トビックス 父母のひろば 先生の目 障害児教育 教師になって)

紹介(わたしのすすめる一冊 私の町のことはじめ PTA活動)

連載(学校のたからもの 教育エッセイ)

研究(指導実践記録)

その他(教育相談コーナー 学校教育活動紹介 鑑賞室 研究所日誌・あとがき・次号予告)

昭和49年4月、35歳の私は気の進まない研究所員に。経緯は過去ブロの

人事異動時期 不安と戸惑い』を覗いてsign02

74年5月号に新所員として紹介された。趣味の欄には囲碁・水泳・バトミントンと書いていたが、パチンコ・マージャンだけは差し障りがあるから隠していた。

なお、研究歴は ・図形教材の効果的指導法 ・算数科における概念形成の諸問題 ・テレビ学習をどう進めるか ・図解を通しての文章題指導 ・算数教育の中に集合概念をどうとり入れるか と書いてある。

この年度は、新所員が3人入所したが、私だけが5月になった。

その理由は、本校の教頭を自校の教務部長を横滑りさせたということで、北教組の支会、分会がクレームをつけていた最中だったため、私の研究所員についても職場の様子をみて、職員に知らせる時機を見計らっていたとのこと。

なお、当時は教頭になるための選考試験はなく、校長の一存でできた時代だった。従ってこれらの校内人事も派閥抗争のタネになっていた。何せ管理職ポストも極めて狭き門の時代だったからだ。

ちなみに、北海道教育委員会A教育局管轄の小中学校が約300校ある中で、新採用校長が僅か6,7名という超狭き門の時もあったため、派閥抗争も熾烈を極めていた時代だった。

なお、派閥については過去ブロ『露骨な派閥意識と被害者意識 』を参照に・・・・・。

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2010年10月 3日 (日)

新鮮な景色 サイクリング・ロード

過日、夫婦同伴のサイクリング。目的地は亡き祖父母の家。

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このパチンコ屋は祖父母(妻の)の家に遊びに来た時しばしば楽しんだ所だが、何時も負けていた。

直ぐ近くに回転寿司店「花まる」?があり、来道してきた義兄達と飲み食いした場所。

さて、目的地に到着。あまりの変りようにびっくり。人が亡くなるということは、懐かしい住処の思い出も無くなることなのだと悟った。

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Before After』を覗いてみると、あまりにも違うことが分かる。娘、息子、孫達はどう感じることだろうかsign02        <10/3 walking 10:00~11:00 6,743歩>

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2010年10月 2日 (土)

集団就職 本州の教え子を訪ねて

私が2校目に勤めた小学校の教員仲間の集いが、今年も10月14日に開催される。そのメンバーの一人の手記が、ある教育雑誌(昭和43年7月号)に掲載されていたのを発見。

フリーター、3K、第三国人労働者、ニート、派遣社員等々、その時代時代の世相を反映したコトバがあるが、金の卵と集団就職も就職戦線の歴史の1ページである。このことに関しての内容なので、参考までに紹介しよう。

               本州の教え子を訪ねて

1月5日の夕刻、T駅で特急に乗った私達は一路、富山市へ直行のためシートに深々と腰をおろしました。もう一人は昨年三年生を担当し、富山市の敷島紡績KKに生徒を就職させた本校の林先生。私は石川県の小田合繊KKに四人就職させているので二人で現場をみて追指導に出かけることになったわけです。

義務教育修了と同時に集団就職という名のもとに、彼らは全国各地に離散していきますが、その後の学校側の配慮といえは、教師や父母の声をテープにとって送るぐらいなもので、手紙もつい出さずにいるといったことが多く、毎日の多忙にかまけて、指導が十分になされていません。

また、追指導のための予算も誠に乏しく、PTA予算から若干援助してもらって、ようやく実現するといったように、抜本的に考えて見なければならない問題が山積しております。

ともあれ、これら集団就職した生徒たちはどう生活し、何を思っているのか、また、会社側の労務管理はどうか、カウンセリングの状態はと、視察の観点を定めて富山駅に降りたちました。

富山市はうっすらと雪の化粧、会社の専用車で笹津工場へ。この工場は女子ばかりで紡績工場としては中規模。労務の佐藤課長、東係長に会って説明を受け、工場内をみてまわりましたが、まず、近代化されていることに驚かされました。

「女高哀史」のイメージが若干残っている中学以上の人達に、この雰囲気をどう説明してもわかってくれないと嘆いている工場の人の言に、なるほどと思わざるおえません。四季を問わず工場内は常に18度から20度にたもたれ、隅々まで清掃がゆきとどいています。

その後、生徒に会ったり、責任者の言葉や、寮内、厚生施設、医局、等を実際にみた結果、次のような印象と感想をもちました。

  1. 会社側では女子工員を教養のある女性に育てるため、高校の夜間定時制、各種技術講習に全力をあげていること。
  2. その経済的負担は大幅に会社が援助し激励していること。
  3. 管理職と従業員の心の交流が常に気が配られ、カウンセラー、労務関係者は公私の別なく接触をもち、私たち教師以上の活動がなされていること。
  4. 厚生施設(医局、売店、風呂、体育)などは完備し、洗濯室は毎日湯が出ておりアイロン室は大入りであるといったように快適な生活が保障されいてること。

私たち教師がみた目では以上のように思われたが、生徒のなかには、このレベルが世の中と思い込み、別にどうとも思っていないようですが、生活水準の向上というか、中卒者の優遇というか、これが当たり前という気持ちで毎日過ごしていると、大きな壁に当たることを言ってきかせたりしました。

ありがたいことは、寮生活も問題はないし、毎日楽しくやっているようですし、いろいろ要求を聞いてきましたので、まとめて、みましょう。

  1. 家族や先生の便りが何よりも楽しい。(待ち焦がれているといった様子)
  2. いつも、故郷を思っています。 北海道関係のニュースがテレビに入ろうものならキャキャー言っております。
  3. 学校側で年に一回の訪問を強く希望しておりました。

石川県の小田合繊、大垣市の大日本合繊、とそれぞれの工場をみてまわりましたが、前述の会社と同様よく面倒をみてくれています。

何よりも子ども達の幸福のために、毎年一回は、学校から誰か現場訪問することができれば、これぐらい素晴しいことはありません。

その後、笹津の会社から手紙がきました。「先生方誠にありがとうございました。その後、生徒は先生にあって、体が軽くなったようだと申しております。・・・・

これらの生徒は、所謂、団塊世代の子で、金の卵と呼ばれた中学卒業生だった。第二次世界大戦後の日本の歩みと人生を共にしており、良くも悪くも日本社会の形成に大きな影響を及ぼしている世代である。

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2010年10月 1日 (金)

マイ・ガーデン 9月

9月、マイ・ガデンには3度咲きのバラやいろいろな花が競うように咲き、目を楽しませてくれた。

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今日から10月。あと数週間で冬仕度の準備。ドウダンツツジが真っ赤に染まった頃、5月から美しい旋律を奏でてきたマイ・ガーデンの音楽も終止符打つことになる。

なお、花に囲まれて幸せ一杯だった妻の陶芸作品達も、また長い冬眠生活を迎えることになる。

                       <ウォーキング 19:10~19:50 4,533歩>

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