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2011年1月 1日 (土)

神棚と私

7年振りに家族全員での正月。息子と男の孫に神棚の飾りつけを頼んだところ、「あれ、前から神棚あったっけsign02」とのこと。

勿論、何を何処に飾るか分からないので、私の指示に従っての飾りつけが始まった。

1 かく言う私もあまり詳しくはない。何故なら小学校1年生(昭和20年)まで立派な神棚のあった家に住んでいた。

しかし、小樽高等商業専門学校(現:国立小樽商科大学、小林多喜二が先輩)在学中に勤労奉仕で群馬県の飛行場にいるとき、防空壕がアメリカのB29に直撃され、辛うじて命拾いした長男。

その兄が終戦になって小樽へ戻ってきたとき、我が家の神棚や家系図を燃やしてしまったのだ。

「何が神の国かsign02あれ程、神風が吹いて我が国は勝つと言っていながら、こんな惨めな負け方をしてsign03神や仏のご利益はないsign01」と怒りながら燃やしてしまったわけだ。

従って、その後は神棚なしの家に住んでいたが、教員になって下宿した家々(農家)には立派な神棚があった。

さて、結婚当時は神棚を用意していなかったが、米・お酒・雑貨商を営んでいた妻の実家では商売繁盛を願って大きな神棚にお水やお酒を毎日欠かさず供えていた。

だから、そのような家庭に育った妻は、必要以上に気にするので、結婚後の最初の転勤の際に神棚を買った。

しかし、二礼二拍一礼とか、1日と15日に米・塩・水・酒を新しいものに替えることも知っていたが、おろそかにして妻に咎められた時もあった。

また、引越しの際は職場仲間の奥さんが来て、「神棚は運び出した荷物の最後に家長が丁寧に持ち出し、転居先では一番先に搬入するのが作法なのですよ」と教えてくれた。

とに角、神棚を祭る場所、方向、日柄など細かなシキタリがあるが、普段は無視し大晦日には全員が作法に従ってお参りしてもらった。元旦もそのようにしてもらう。

私は今年も家族の健康安全と娘・婿・息子・嫁・孫達の幸せを願ってかしわ手を打ったし、ブログ仲間のご多幸もお祈りした。皆さん、心heartの持ちようで幸せなhappy01新年にして下さいねsign02

追記:天気予報によると今日は全国的に荒れるというが、ここ札幌では穏やかな朝を迎えた。書斎からは東がsun、西がcloud。朝焼けがとても綺麗。(7:40)

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