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2011年1月23日 (日)

財政破綻の夕張市と学校統合

昭和34年、学芸大学(現:教育大学)修了後、直ちに教員にならなければ経済的に困窮する我が家。母も息子の就職活動に真剣(就職難 母の応援 )。私は担任の数学教授(宇喜多義昌氏)へ頻繁に就職斡旋の依頼へ。

第一候補の炭鉱は最盛期。小樽から一番近い三笠市や夕張市は希望者が殺到したため、地元出身者か成績優秀な学生、又は強力なコネがなければ内定を得ることができなかった。

特に夕張市は当時、小学校が22校あり約2万人の児童が学んでいた。しかし、度重なる落盤事故やガス爆発により多数の死亡者を出し、それが引き金となって?炭鉱閉山。結果として、人口減、児童数減に拍車がかかり、現在の6校体制(夕張、若菜中央、清水沢、緑、のぞみ、滝の上、児童総数291人)となったようだ。

しかし、新年度からそれが1校となり、統合校の名称は「ゆうばり小」となるとのこと。

注:<写真はブログ「競、競、競~毎日北海道」http://blogs.yahoo.co.jp/kisouyoshidamainichi/60638469.htmlより借用いたしました。事後承認お願い致します>

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現「夕張小」は丁未小(現:メロン城の下にある地域)、福住小、第二小、登川小、第一小を時代の変遷とともに統合したのであるが、それも閉校し現在の清水沢小校舎で「ゆうばり小」として再出発の運命を辿ることになった。このような事態になろうとは一体誰が予想していたであろうかsign02

さて、統合にともなって児童の通学の足が問題となる。

どの炭鉱も沢・谷に沿って発展していったため、スクールバスが各学校順に循環して運行することができない地形らしい。だから、極端に言えば学校数だけ台数が必要となるようだが、経費の関係で一部「通学タクシー」利用も考えていることだろう。

予算面から考えると、小学校が1校体制で一番助かるのは北海道であろう。何故なら教員の給与は市町村立学校職員給与負担法によって都道府県が負担することになっているからである。

従って、1校体制になることにより校長5人、教頭5人、教諭20人?養護教諭5人、事務職員5人?栄養士3人?が過員となる。

ちなみに、これら教職員の人件費を一人一月約30万円と仮定すると43人分で1,290万円。ボーナスを4ヵ月分として計算すると、なんと年間で約2億円強が削減されることになる。

このように考えると、スクールバスの購入費は財政破綻した夕張市に負担させるのは酷である。当然、北海道で予算措置をとるべきであろう。しかし、この件に関する報道がなされていないので気になる。

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学校教育」カテゴリの記事

コメント

appochan様
私は昭和34年-40年、福岡で小学校時代を送りました。小学校5年-6年の2年間、とても可愛がって頂いた阿部先生が68歳で4年前に他界されました。多分、appochan様と同じ世代の先生だったのですね。福岡学芸大学(現教育大学)出身で美術が得意の先生でした。授業で毎日、図画・工作があって、水彩画、木版画、瓦版画等の作品を県の作品展に出品頂いて、私もいくつも入賞して、沢山の賞状が残っています。先生の影響を受けて、美大へ進学した友人もいました。音楽が不得手の先生で、音楽の授業が少なく、美術の授業が多かったという記憶があります。当時は、授業のカリキュラムにまだ融通性があったのでしょうかね。阿部先生も校長を歴任されていますから、教育委員会に背を向けるような教育指導ではなかったと思っています。熱血漢のいい先生でした。私のよき思い出です。

投稿: Bharat2009 | 2011年1月23日 (日) 11時39分

Bharaさん、後2年で還暦なのですね。
私は34年に教員になり3年生を受け持ちました。その子達が昨年還暦を迎え、札幌でクラス会を開き、今年は登別温泉?で開く予定だそうです。
NHK・TVの教育放送で理科のミルちゃんキクちゃんに感情移入して視聴していた子ども達の姿が懐かしいです。
学校前のブンパ(用水)で子ども達と放課後、ドジョウやウグイを釣ったり川でキャンプをしたこともありました。
教師と子どもの関係は時には優しく、時には厳しいものがありましたが、濃密な師弟関係が醸成されていました。
今思うと、良き時代であったのですねsign02

投稿: appochan | 2011年1月23日 (日) 13時44分

私は夕張生まれで、一昨年まで夕張で教員をしておりました。
現在は諸事情により、他の市町村で勤務をしております。

2011年3月までの「夕張小」は「旭小」と「夕張第一小」を統合したもので、後に閉校となる「鹿ノ谷小」の児童の一部も受け入れています(他の児童は若菜中央小へ)。
「旭小」が「丁未小」「福住小」「夕張第二小」を統合した学校です。

登川小は市内の南の方に位置する地区にあり、隧北地区の統合とは関係ありません。楓小、紅葉山小とともに「のぞみ小」へ統合されました。

投稿: 2年前まで夕張人 | 2011年4月14日 (木) 09時20分

夕張人さん、詳しい統廃合を解説して下さりありがとうございました。
国の石炭政策が財政破綻を招いたと言えばそれまでですが、元市長をはじめ市の幹部の危機意識が財政破綻に拍車をかけたとも思われます。
歴史的に素晴しい教育実践を積んでこられ、多くの逸材を輩出してきた夕張の教育が衰退していくのは哀しいことです。
でも、希望を持って頑張って欲しいと思っています。

投稿: appochan | 2011年4月14日 (木) 21時53分

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