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2011年9月

2011年9月30日 (金)

クラッシック自転車の教え

息子が高校時代に愛用していた中古の自転車。変速機がハンドレバー式。自転車のミヤタ工業の製品で三段切り替え。

1 その息子が本州の大学へ行ってからは、私が乗り回した。

道央の二箇所のサイクリング・ロードや、国道・道道沿いに4時間の行程を走破したことも2回あった。

しかし23年間乗り回してきたため、ペタルを踏む時のきしむ音が耳障りになってきたので、思い切って廃棄処分(大型ゴミの廃棄処分は¥500)することにした。

自転車屋の話によると、「今、ホームセンターで売っている自転車は安いけれど粗悪品が多い。その点、昔は品質で勝負したため材質もよく長持ちするのだ」とのこと。

そう言えば、インスタント食品が普及し始めてから大量生産・大量消費で値段が安くなってきた。モクネジや釘、輪ゴムの果てまで品質が落ちてきている。

教育界でも今の教育をインスタント教育と批判する人がいるが、確かにじっくりと考えて問題解決したり、探求の過程を重視する教育が軽視されてきているように見受けられる。

何事も、量より質が大切であることを、この自転車が教えてくれたような気がする。

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2011年9月29日 (木)

個展を祝うメッセージ

「遠花火 見えるあたりが 母の里」と色紙に書いて下さった児童文学者の椋鳩十は、幼い頃から自然や動植物に親しむ生活を送ってきました。その体験が椋文学の土壌になっております。

同じように「うさぎ追いし かの山 小鮒釣りし かの川」で有名な文部省唱歌の作詞者、高野辰之も故郷の自然をモチーフした詩を数多く作られました。

山あいの地を古里とする人ならば、誰もが思い出の中にセピア色にあせた山や川をもつものと思います。

私もお世話になった義父の地蔵のある○○山を時々巡っております。こぶしの花にも、日の輝きにも、山道の石ころにも、共に地上に生きるものとして親しみを感じつつ、この秋も88ヶ所の地蔵にそっと手を合わせてまいりました。

さて、この度、私がかねてより念願しておりました○○山の地蔵たちを中心に、A町の原風景を絵筆で描いた個展を開催下さった○○氏に、心から感謝とお労いの気持ちをこめて大きな拍手を送ります。

 

昨年も、○○さんが母校の小学校の靴入れやバス停留所、歴史ある○○高校の赤門など、子どもの頃が懐かしく思い出される作品も描いて下さり、児童生徒ばかりでなく多くの保護者の皆さんより好評を博しました。

「故郷は 遠くにありて 思うものなり」と言われます。○○さんも数十年振りに里帰りしたわけですので、これまでイメージとして描いてこられた故郷A町を、思いっきり描き続けて下さることを願っております。

情操を育てることをないがしろにされつつある昨今、この個展を通して多くの人々が故郷や先人を偲び、ひと時でも心の安らぎを覚えて下されば幸いに存じます。

本個展の盛会を心より祈っております。

鎌倉から故郷へ戻って来られた亮さんの個展に寄せた私のメッセージです。懐かしいhappy01

※亮さんの描いた作品(絵葉書)を無断で掲載します。お許し下さい!

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2011年9月28日 (水)

ウォーキングに挑戦 エルフィンロードの経過時刻

シルバーウィークの最後の日(9/25)、我が家から北広島駅までのフォーキングに挑戦した。

 陽だまりロードの此処の通過時刻 9:29        此処の通過時刻 9:40

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   Routo274(札幌→帯広方面)に架かる陸橋上より望む。JR上野幌駅の近く。

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   案内標識を通過   10:03            緩やかな上り坂が続く

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                 「学習の森」到着 10:19

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北広島駅までの中間点にあるbicycle駅 10:43     頻繁に電車が通る 

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 陸橋からの眺め(この辺りからbicycleロードとJR千歳線が並列に走っている)

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   この看板を通過  11:27            歩行者道と自転車道が別れている

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  市役所が左手下に見える。 前方に北広島駅が・・・

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                   振り向くと高層マンション

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                    ゴールの北広島駅前 11:5017

冒険コース入口~自転車の駅まで1時間14分。自転車の駅~北広島駅まで1時間13分。途中でデジカメを撮っても約2時間30分でらくらく行けることが分かった。

今度は、紅葉時期にまた行こうと思っている。

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2011年9月27日 (火)

TVドラマ「北の国から」のメッセージ

富良野市麓郷(ろくごう)を主な舞台にしたTVドラマ「北の国から」(フジテレビーUHB)の再放送が始まっている。

劇作家倉本總の作だが1981年10月から半年間放映さた。まだ43歳だった私をとりこにしたドラマ。

そして、五郎の〝遺言〟として「自然は、おまえらを、死なない程度には十分食べさせてくれる。自然からちょうだいしろ。謙虚につつましく生きろ」というナレーションが流れ、日本人全体に対する倉本さんのメッセージが流れた。

今、福島原発による自然破壊、汚染が広がり、恵みをもたらす自然も放射線量を測定しなければ安全かどうか判断できない。生命を維持する源である土・水・空気すらも怪しい。

にもかかわらず、小中学校で利用する原子力に関する副読本の改訂で、医療機関と放射線量、自然界における放射線量?など、日常生活と放射線量について記述し、国民がバニックにならないよう啓発するため、原子力利用に関する副読本の改訂作業に取り掛かっているようである。

しかし、前提は原子力発電所の稼動推進の枠から出ない範囲内での検討。もう誤魔化しは許されない。私達1人ひとりがもっと厳しく注視し、「電力と人々の生活」「電力と工業立国」という視点で具体的な数値を基に国民的な論議を起こす時ではないかと思う。

これは日本に於ける、待ったなしの緊急課題であろう。

なお、現在小中学校で使われている教科書の副読本「わくわく原子力ランド」に書かれた「原子力発電所は大きな津波にも耐えられるよう設計されている」「原子炉は五重の壁で守られている」などと書かれているのだ。

純真な子ども達にウソを教えてはならない。このことを肝に銘じて検討して欲しい。

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2011年9月26日 (月)

学校週4日制 フランス

アヴィニョンに在住する日本人女性のブログ『南仏アヴィニョンよりhttp://junkoboukdir.blog14.fc2.com/』を見て驚いた。小学校は月、火、木、金の4日制とのこと。

一体、フランスの学校制度はどうなっているのだろうと思い、検索してみた。

諸外国・地域の学校情報(国の詳細情報)』を覗いてみると日本との違いがよく分かる。私が興味を持った点を拾い挙げてみる。

  1. 日本と同じ3学期制であるが、新学期は9月
  2. 学校制度が5・4・3・3制
  3. 各自の進度の度合いによって飛び級や落第もあり得る
  4. 1日の授業時間が6~7時間
  5. 書くことを伴う宿題は法律で禁じられている
  6. 日曜日以外に毎週水曜日と、隔週(もしくは月2回)の土曜日が休日になる。 

なお、世界で一番休暇の多いフランスなので、その点も調べてみた『クロネコラム37. フランスと日本、ここが違う:その3、学校』。とに角、驚く。

このような学校制度でありながら世界をリードする大国。長い歴史を経て改革されてきたのだろう。

日本では今、中高一貫教育がもてはやされているが、学校制度のあり方もそろそろ再検討する時期にきているのではなかろうかsign02

※アヴィニョン:思い出のスナップ(2009.6.19撮影)

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2011年9月25日 (日)

名前でトラブル

「先生の名前、何と言うの」と教員になってから、どれほど多くの方々から質問をうけたことか。従って、おそらく皆さんの中でも、私の名前を読める人は先ずいないのではないかと確信している。何故なら、小中学校の担任は申すまでもなく、高校の国語の先生でさえ読めなかったからである。

「■」という字は・・・・・・と読むので、殆どの人は私を○と呼ぶ。私は相手に不快感を与えないように、○とよばれても特別否定していない。小学校時代は、通称「アッポちゃん」というあだ名で呼ばれていたので、その方が親しみを感じていたし、小学校の時に答案用紙に△△アッポと書いて、担任に叱られたことはあったが名前で困ったことは中学校まではなかった。

ところが、その後、困ったことが数回起こった。先ず最初は、高校一年の時に出席簿の女子欄に記入され「△△しとやか」と呼ばれてしまった。お陰で恥ずかしい思いで抗議し、クラス全員が爆笑したことを今でも鮮明に覚えている。

次は大学受験の時である。合格発表をラジオで聞いていたら、受験番号を言わずに姓名だけ読み上げるため「△△○」という名を聞いていても、その名が私なのかどうか、翌日の新聞発表を見るまで非常に気が気でなかった。

教員になってからもトラブルがあった。A町のB小学校からC小学校へ異動する際に、北海道教育委員会D教育局の人事担当者が私を女子と間違え、後任に女子教員を配置するというハプニングが起こった。あわてふためいた校長が教育委員会に「△△は男です」と強く抗議したため、辛うじて新聞発表前に男子教員の配置ということで、一件落着をみたのである。しかし、その話を伺った時は、特別私が悪いわけではないのに、何かしら申し訳ないような気になるから妙である。

こんなことで、高校以降は名付け親の親父を恨んだ。「一体、親父はどんな願いを持って命名したのか。六番目の子だから、きっと深く考えもせず、晩酌をしながら新聞に目の止まった字をもって名付けたに違いない」ぐらいに思っていた。

ところが、我が子の出生に当たって、いろいろと名前を考え調べている最中に、自分の名前もついでに調べてみようという気になり、国語大辞典で「■」の字に目を通した。驚きである。人名として一般に用いられている訓読みに「???」「ひで」「ふかし」「すみ」などとあるではないか。私は自分の名前が「???」と読めることを発見したわけである。

三十一歳になってからの発見である。その瞬間、今まで抱いていた親父に対する認識を一変させた。

字典によると「■」の字は「徳のある人」のことをさし「こぢんまりとまとまっているさま。穏やかで感じが良い。また、女性がつつましく清らかであるさま(□徳)」などの意味を持つとある。調べ終わった私は、親父は■という漢字の意味を知っていたに違いないと思ったばかりでなく、もし生まれてくる子が女ならば■子という名をつけたのではないかと推察した。

何故なら、九番目に誕生した妹は「清栄」(きよえい)というし、「■■」となると女性が清らかで美しいさまを意味することなどを合わせ考えてみると、父の願いが分るような気がした。

余計なことではあるが、ついでに「■」の画数を運勢上で調べてみた。聡明で学問に秀でる旨のことが書かれていたので一層驚いた。酒と小説を好み十人の子供をもうけ、四十三歳の若さで他界した親父を恨むことが多かった。しかし、この一件があってから、私の軽率な思いは塗り替えられた。むしろ、教師をしていた父の資質の一部をうかがい知ることができたようで、若干尊敬の念に駆られるからまた不思議である。

そんなことから、私は、我が子が自分の子をもうけた時に、私と同じように自分の名前について調べるであろうと考え、息子には・・・・・・・・の願いをこめてあるが、現段階では名とは正反対で心もとない(笑い)。

長女は結婚すると姓が変わるので、平凡な名前である・・・と付けた。こんなことを言えば世の・・・さんからクレームがつきそうであるが、そのときの心情を素直に表したまでであるから悪しからず。

世の中で、我が子に期待や願いを持たない親は先ずいないだろう。我が子に託する願いは一般に名前にあらわれているような気がしてならない。如何なものだろうか。今一度、自分の名前に想いをめぐらしてみては・・・・・・。(笑い)

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2011年9月24日 (土)

心のビタミン

日本列島に甚大な被害をもたらした台風15号が去り、今日、勤労感謝の日を祝うかのごとく朝から晴天。

ウォーキングを兼ね秋を訪ねて近くの原野へ。車で3分ぐらいの所(札幌と北広島の境界に位置する場所:通称、東部緑地と呼ばれている)。

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見ているだけで気分爽快。美しいものにはコトバがいらない。今日は心に沢山のビタミンをいただいた。    <記:9/23 妻と2人で約90分散策する>

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2011年9月23日 (金)

96歳でも青春を謳歌 笹木恒子

サムエル・ウルマンの有名な詩に「青春」がある。

青春とは人生のある期間をいうのではなく、心の様相をいうのだ。

優れた想像力、たくましき意志、炎ゆる情熱・・・・・(中略)

こういう様相を青春というのだ。

年を重ねただけでは人は老いない。・・・・・(中略)

歳月は皮膚のしわを増やすが、情熱を失う時に精神はしぼむ。

          人は信念とともに若く、疑惑とともに老いる。

         人は自信とともに若く、恐怖とともに老いる。

    希望ある限り若く、失望とともに老い朽ちる。・・・・(略)

                                      訳:岡田 義夫

この詩の如き、青春まっただ中の女性がいた。96歳の現役報道カメラマンの笹本恒子。日本初の女性報道カメラマン。その彼女がNHKラジオ番組の「明日へのことば」に出演していた。

<彼女の日課>

 ・朝6時頃起床→英語講座を聞く     

 ・6:25  TVラジオ体操 新聞を読む

 ・8:00 NHK連続テレビ小説「おひさま」を視聴しながら朝食(パンとコーヒー)

 ・昼食  パンと旬のものの煮付け(料理は自分で作る)  ご飯は月に一度ぐらい

 ・夕食  肉(鶏か牛肉)、ワイン(毎日170ml)

近々ニューヨークへ取材に行くとのこと。まさにウルマンの言う「たくましき意志」「もゆる情熱」の持ち主。

一方、93歳の女性画家である堀文子の前向きな生き方にも感心させられた。

彼女は「群れない」「頼らない」「慣れない」がモットーとのこと。強烈な個性の持ち主で信念を持ち、尽きることの無い創造力で描き続ける姿にも感動した。

今まで、聖路加国際病院理事長である医師の日野原重明(まもなく100歳)の生き方をお手本のようにしてきた青二才の私(まもなく73歳)だが、これからは笹木恒子や堀文子の生き方や暮らし方にも学ぼうと思う。

いや、思うだけでは誰にでもできる。一つでも二つでも実践しなければいけない。

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2011年9月22日 (木)

陽だまりロード

東札幌からJR北広島までのサイクリングロードは区域によって愛称がある。白石区は『ふれあいロード』で厚別区は『陽だまりロード』、北広島市区域はエルフィンロードとの呼称。詳しくは『北海道道1148号札幌恵庭自転車道線 - Wikipedia』をクリックして。

私の大好きなウォーキングコースは『陽だまりロード』。旧千歳線の上野幌駅跡にあるテニスコートから出発する。

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              道路脇にある公園

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              アンダーパスが幾つかある。

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             またも公園。札幌は町内会規模にある感じ。

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               マンションが建ち並ぶ大谷地地域

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地下鉄「大谷地駅」の駐輪場。   左手に北星大学のキャンバス。

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             「虹の橋」が見えてくる。

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所々に標識がある。しかし、此処から何処までの距離なのか?定かでない。左手にLUCY(生協)が見える手前から右折して少し行くと、地下鉄『南郷18丁目駅』。

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この辺で約70分。復路は『南郷18丁目駅』→『新札幌駅』まで地下鉄。その後バスで我が家へ帰る。

なお、時間帯によってお腹が空く場合は、『南郷18丁目駅』横の回転寿司を4皿程度食べることもある。今は、サンマが美味しい。

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2011年9月21日 (水)

白石サイクリングロード

9月20日の道新に道央のサイクリングロードが紹介されていた。さの中の一つに『白石サイクリングロード』がある。札幌白石区東札幌の札幌コンベンションセンター前からJR北広島駅まで続く札幌恵庭自転車道路(19.8キロ)の一部と記述されている。

過日、このロードを歩いてみたのでスナップを交えて紹介しよう。(東札幌→白石)

スタートは地下鉄東札幌駅近くにあるこの建物の前。

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近くにはマンション群を通り過ぎると都会の喧騒を忘れさせる静かな空間。

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のどかにカンビールを飲みながら将棋をさす人。ここが一番落ち着くとのこと。

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『ふれ合いの並木道』と命名して、白石区の住民が一体となって維持管理しているようだ。

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                 『環状夢の橋』が見えてくる。

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             この橋を抜けると、また心が癒される並木道。

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秋風を切り、銀輪で爽快にとばすのも良いが、私のような高齢者はゆっくりと秋の深まりを感じながらウーキングするのも良いものだ。

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2011年9月20日 (火)

元校長の告白? 卒業式前後の北教組組合員の言動

6歳上の先輩が、亡妻と共に生きた48年を記述した小冊子を贈ってくれた。懐かしい思い出一杯の内容に胸が熱くなった。

辛い思い出に共感した内容の一つに『日の丸・君が代問題』がある。その内容の一部を紹介しよう。

教職最後の学校は、児童数700余名24学級、職員は市職員・PTA雇用職員を含めて45名であった。市内では組合活動の盛んな学校として知られていた。

勤務は労働であり、研究協議は討論という者もおり、主任制は反対であり返上されたが受け取らなかった。4週5休は法体系の枠内で一糸乱れず行われていた。また、ジェンダー活動が活発であったが、個人的には反対であっても最後は賛成にまわっていたようである。・・・・・・(中略)・・・・・・・。

退職の年、この小学校では、「校長は卒業式に国旗を掲揚しようとし我々の意見を取り入れようとしない」との理由からか、校長などの管理職の引越しの手伝いはなかった。職員親睦会は会長の私に総会も開かず親睦会費を返金してきた。PTA主催の送別会は実施されたが職員による送別会はなかった。見事な統制振りであった。

在任3年、2月から3月にかけて分会と国旗・国歌に関する交渉があった。それは熾烈を極めた。平成3年度には、私は声がでなくなった。夢の中で私は自由であった。空中を高く、低く自由にとんでいけた。平成4年度には、鼻血が止まらなくなった。

平成6年3月の全員交渉では1人1人全員が分担しての発言であった。私の返答は極限まで短くした。校長の発言は人権無視だという言葉があったが私は前言をひるがえさなかった。

女教師の中には泣き出す者もいた。学校全体が異常な雰囲気のなかにあった。それにしても分会の交渉は見事なもので隙がなかった。交渉中、私は見事な交渉だと褒め上げた。私の心は落ち着いており、沈着いらだちはなかった。私は先生方1人1人の心を思いやった。

平成6年3月、卒業式当日のことだが、父母、児童、来賓の方々が卒業式会場の体育館で開式を待っていた。しかし、先生方は定刻になってもひとりも会場に出てこない。職員室の自席に座ったままである。私は、遂に

「卒業式場に出て下さい。これからの勤務場所は体育館です。卒業式に出席しない者は、勤務場所を無断で離れた者とみなします。この結果は教育委員会に報告し、しかるべき処置をします。」

と職務命令を発した。

卒業式終了後市の教育委員は「校長先生はかわいそうだ」と述べていました。市内で定刻に卒業式を開くことのできなかったのは本校だけだろう。

挨拶をしない。無言闘争、人を育てる1人の人間として、いかに組合の指導とはいえ教師のとる言動か。私が声をかけても返事が無い。黙ってうつむいている者が多かったが、何時しか前のように挨拶を交わすようになっていた。・・・・・・・・・・・・・(後略)。

この学校は北教組本部に幹部役員を送り出しいたため、本部闘争方針を無批判に受け入れ職場闘争を強化していたのだった。

私の知る限りでは、卒業式の国旗・国歌対応で分会交渉をした後に教頭が自宅で自殺するという事件も起きている。

また、ある市の某中学校の卒業式で、定刻の時刻になっても生徒が廊下に出たまま式場に入ろうとしないばかりか、校長の説得にも耳をかさない事態が発生した。来賓として出席していた教育委員からの連絡を受け、教育長が直ぐ現場に直行し、生徒の説得に努めたばかりでなく、多少譲歩して卒業式が行われたという実態もある。

加えて、ある道立高校の開校○○周年記念式典において、式場に日の丸を掲揚しているとのことで、生徒が会場を去るという事態も発生した。

このように、国旗掲揚・国歌斉唱反対をスローガンに組合員である教師が直接阻止行動に出る場合もあるし、生徒を教唆煽動(きょうさせんどう:人をおしえそそのかして行動すること)する教員もいた。

この問題に対して、現在も国歌斉唱時に起立しなかった教員の処分が妥当かどうかで裁判問題になっている。

いたずらに教育現場に混乱を持ち込むのではなく、国民的な合意を得られる国旗・国歌の制定を目指して運動するような組合活動であって欲しい。

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2011年9月19日 (月)

孫からのプレゼント 敬老のお祝い

“本日、敬老の日のお祝いに、お孫さんの描いた絵をお送り致しました。クラスだよりも同封しましたので、お孫さんの成長や幼稚園生活の様子等も御覧いただければと思います”とのコメント付きで大きな封書が送られてきた(16日)。孫がお世話になっている幼稚園からである。

過去3年間の絵を比較して観ました。

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3_2 4歳の時はほのぼのとしたものてあり、5歳、6歳の絵は私の目を大きく描いている。

夏休み中に悪さをしたりわがままな行動をとると、私にひどく怒られるので目を意識するようになったためかな?と思う。(厳しすぎたかな!笑い)

それに比べて妻はいつもにこやかなため笑顔なのだ。どのようなことを思って描いたのだろうか?

さて、幼稚園の細かな配慮も嬉しかった。幼稚園だよりや学級だよりも送付されてきた。一部をUPしよう。

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知・徳・体と調和のとれた保育をしており、寒風摩擦や冬でも半ズボンで通園。ホームページを見ると充実した教育活動が展開されており、安心して孫を託せる幼稚園なので先生方に感謝している。

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2011年9月18日 (日)

お金がなくても 小欲知足

NHKラジオの「明日へのことば」を聞いていたら、“小欲足るを知る”ということを言っていた。これは仏教思想の根幹の一つだそうだ。

釈迦はこのように説法したとのこと。(現代風に言えば)

さまざまな生活の苦しみから逃れようと思うならば、足ることを知らなければならない。どんなにモノがなくても、結構ですと感謝することが人生の大事なことである。

足ることを知り、感謝して喜んで暮らすことができる人が一番富める人である。足ることを知らない人は、どんなにお金があっても満足できないので貧しい人である。

足ることを知る人は、お金が十分になくても富める人である。

足ることを知らない人は、五欲(食欲、財欲、性欲、名誉欲、睡眠欲)という欲望の奴隷で、その欲望にひきずられて、「まだ足りない」と不満をこぼすので、足ることを知っている者から気の毒な人、憐(あわ)れな人だと思われる。

私は過去ブロに『幸福の方程式 ? 』との題で書いたが、同じようなことだと理解している。

現在わが国は、大量生産・大量消費が美徳のごとく言われる思想に染まり、大量電力を必要とする国になっいる。しかし、今回の福島原発事故を契機に自然エネルギーに転換する必要があろう。

そうした場合、国民一人ひとりが『小欲知足』の思想で日常生活を送らなければならないことを、放送を聴きながら痛感した。

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2011年9月17日 (土)

キノコの秋

昨日、天気の良さに誘われて野山を散策したら、秋がすぐそばまで来ていた。

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林道脇に採ったばかりのキノコが棄てられていた。よく観ると貴重なタマゴタケ。

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家に帰り、念のため本で調べてみた。タマゴタケに間違いない。たしか三年前にも近くで採集し食べた。今回も僅か一個なので味噌汁に。実に美味しい。

このタマゴタケは初めは卵形であるが、のちに丸山形となり、さらに傘が開くにつれて扁平となる。

味は濃厚だが、においは温和。汁物、あえ物、煮物、油いため、つけ焼きなどにして食べる。

しかし、似た仲間に有毒のベニテングタケがある。見分け方は、ベニテングタケの茎は白色であり、つぼは袋状とならないのが大きな違い。この季節になると誤食して食中毒になる人が結構いるので要注意。

原発事故の福島県もキノコの産地と聞く。しかし、放射能汚染問題で大変な事態になっているらしい。本当にお気の毒である。その点、北海道のキノコは安心して食べれるので秋の味覚を十分に味わおうと思っているhappy01

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2011年9月16日 (金)

小学生のボランティア活動

二週間前、秋の気配を感じつつ遊歩道を散策した。

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途中で新発見。沿道に咲く花壇のお世話をしている小学生がいるのだ。

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本郷小学校では近くの子どもが個人でボランティアに参加しているようだ。2年生から6年生の個人名の立札。

私が最後に勤めた学校でもボランティア活動が盛んに行われていたので活動内容を列挙してみよう。

□日常的に取り組まれた活動

・ベルマーク収集 ・牛乳パックの回収 ・古切手古テレフォンカード収集 ・生き物の世話

□年間計画に基づく活動

・サケ稚魚の飼育と放流  ・クリーン作戦(校外清掃)  ・福祉施設での作品展(夏休み作品、冬休み作品)、合唱クラブ訪問、学芸会種目訪問(ビデオ貸し出し)

・歳末助け合い募金運動  ・花壇の草取り、花柄取り、水やり

なお、ボランティア活動は、その活動を通してさまざまな社会生活上の課題を発見したり、社会的役割を自覚したりしていくなかで、自立心や社会性を育み、よりよき社会人として自己実現をしていくための実践活動の場としてとらえていた。

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2011年9月15日 (木)

行方不明? 自殺か?

JR北海道社長が12日から行方不明となり、道警、石狩消防署、小樽海保による捜査は自家用車が見つかった石狩市内の海岸付近を中心に、約8㌔北側に離れた地点まで範囲を拡大して行われている。また、JR北海道もグループ会社を含め30人の社員を派遣して協力しているとること。

私も4校目の小学校に勤務している時、教頭が行方不明となり捜査したが、3日後に生まれ故郷の青森で首吊り自殺をしていた。

また、平成4年に新採用校長として赴任した学校では、11月23日早朝、教頭の友達(A教頭)が突然行方不明となり、大学時代の同期や同じ管内の教頭仲間が日本海側を土曜・日曜かけて捜査した。しかし、19年経った今日になっても消息が全く分からない状態である。

A教頭の場合は、退職金や年金の支給対象とすべきか道教委はいろいろ検討したらしいが、結果的に支給することになった。

その理由は、勤労感謝の前日に国旗掲揚塔に日の丸の旗を掲揚するため、自宅に旗を持ち帰ってきたこと。自殺をする人間が翌日に旗を揚げる準備までするはずがない。きっと、なんらかの事故に巻き込まれた可能性が高いと判断されたからである。

私と関係のある教職員では、行方不明者4名、自殺未遂者2名、自殺者3名いた。しかし、行方不明者の中の3名(妻子あり)は愛人と雲隠れしたのである。

子どもの自殺に関しては、「学校側が自殺のサインを見逃していたのではないか」と批判されることが多い。大人の場合もサインを発しているのではないかと思う。

子どもの場合、「自殺のサイン」には次のようなものがあると言われている。

○勉強が手につかなくなる。

○今まで好きだったテレビや漫画などを見なくなる。

○一晩中寝つけなかったりする。

○友達を避け、無口になる。

●物思いにふけり、ときに涙ぐむことがある。

●死をほのめかすようなことを言ったりする。

●自殺の狂言じみたことをする。

●兄弟や友人に形見分けをしたりする。

などがあげられる。

こてれらのサインを受け止めるアンテナを高く上げて、感度をよくし、早期発見に努めることが求められる。実際にはいくつかの項目が重なることが多いらしいが、特に●印の項目が認められる場合、事態はかなり切迫していると考えられると言われている。

今回のJR社長の場合は自殺のSOSサインを発していたのだろうか?行方不明にしても自殺にしても、余りにも身勝手な行為と非難されても仕方があるまい。トップの立場にある人間のとるべき行為はどうなければならないのか考えさせられる。

JRの一連の事故やトラブルと末端の現場を知らない危機管理能力のなさを物語っている不祥事であると思う。

とに角、元気な姿を見せ、いさぎよく身を引く道を選んで欲しい。

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2011年9月14日 (水)

INEのつくモノに注意

ある方が教えてくれた。

NICOTINEニコチン  CAFFEINE カフェイン  MORPHINE モルヒネ  COCAINEコカイン  HEROINEヘロイン などの単語には末尾にINEと表記されている。

これらの物は刺激が強すぎて、使い方や引用によっては毒にも薬にもなるので気をつけなければならないと言う。

確かに、モルヒネ、コカイン、ヘロインは麻薬で所持が禁止されていると思う。しかし、局所的には薬用効果があるので医療現場では利用することもある。

一方、ニコチンは体に毒であるとのことでタバコの吸い過ぎに注意する必要がある。

カフェインはコーヒー、コーラ、緑茶、紅茶、ウーロン茶、ココア、チョコレート、栄養ドリンクなどにに含まれており、また、一部の医薬品にも含まれているそうである。しかし、度を越して飲料・飲食すると体に害を及ぼすので要注意とのこと。

世の中には、いろいろな物知りがいるものだと感心した。これからINE表記のモノに注意しよう。

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2011年9月13日 (火)

学校は地域に浮かぶ船

雑誌『教育展望』9月号に掲載されていた小論に共感を覚えたので紹介したい。

   学校は地域に浮かぶ船

             志小田美弘   宮城県塩竈市立

                                                  浦戸第二小学校・浦戸中学校長                        

本校は宮城県塩竈市から市営汽船に乗って三十分あまりの浦戸諸島(野々島)にある小・中併設の小規模校である。

本年三月に発生した東日本大震災では、浦戸諸島は壊滅的な被害を受けた。自宅が流失した児童生徒、保護者を失った生徒があり、六名が転出を余儀なくされた。現在の在籍数は、小学校十一名・中学校十五名である。

新年度当初は、電気・水道というライフラインが未復旧であり、体育館と一階教室が避難所、学校は二階を使用するという状態でのスタートだった。

最初の職員会議では、「逆境をチャンスに変えよう」と教職員に話し、困難を超えて、「あたりまえのことを素晴らしくやろう!」というスローガンを掲げた。

校舎は共用、定期船は臨時運航で正常な時間割も組むこともままならないという状況は、一般的にいうならばマイナスからのスタートである。しかしながら、学校の一体感、思いやる心や感謝の心、我慢する力、そして目標に向かって努力する姿勢など、逆境の中で育まれる力や心は少なからずあるということを職員で確認した。

加えて、校長として話したことは、「学校は地域に浮かぶ船である」ということである。本校では、学校と地域とのツーウェイの関わりが生まれるような活動を通して、地域との共生を図ろうと考えている。

昨年度から既存の学校行事を活用して「学校地域開放日」を立ち上げ、多くの地域の人たちに来校していただく機会とした。

島に伝わる神楽太鼓の指導に来校していただいた方もいる。これまでの視点に新たに地域貢献を加えて、何ができるかと思案中だったところでの被災だったが、「地域に浮かぶ船」としての経営を進めたいという思いを強くしている。

「避難所で学校をとってしまってごめんね」と頭を下げる心優しい地域の方々、祖父母のような方々との共同生活は、大変教育的だと感じることも多い。敢えて中総体の壮行式は避難所である体育館で行わせていただいた。

「運動会は、島民全員で参加します」という区長さんの言葉通り、2ヵ月遅れで実施した運動会は、一七五名という過去最高の島民の方々が参加する盛大なものとなった。

学校の使命は、児童生徒の学力保障と成長保障である。避難所は七月をもって閉所したが、学校の中に地域の方々の居場所があることの意義を確認した四ヵ月間であった。学校とは「共有の学舎」であることを改めて感じている。

この文章を読んで、「逆境の中で育まれる力や心は少なからずある」ということと「学校の使命は学力保障と成長保障である」との考えに強く共鳴を覚えた。

この悲惨な状況下での辛く切ない体験が、きっと「生きる力」のバネになることを信じて、一歩一歩目標に向かって小さな歩みを進めて欲しいと願っている。

また、「復興の光は、自らの心から発せられるものである」ことを肝に銘じ、夢や希望を抱いて欲しい。

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2011年9月12日 (月)

道南旅行6 登別温泉

道央自動車道からオニが見えてくると登別へのインターチエンジ。

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温泉街を通り過ぎると有名な地獄谷。年々、沸騰した湯壺の規模が小さくなってきている。

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地獄谷から標識にしたがつて5~6山の方へ進むと(車で)、『大湯沼』と『奥の湯』がある。

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更に進むと、透明度が日本で二番?という倶多楽湖(クッタラコ)がある。私は登別に約20回訪れたことがあるのに、倶多楽湖に来たのは初めてである。神秘的な湖。

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熊牧場は整備され衛生面にも配慮されていて、大人も子どもも楽しめる場所だ。

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熊牧場で昼食をとつた後、道央自動車道で登別→札幌→小樽(祖父母の墓参り)→札幌。

これで3泊4日の旅が無事に終了した。なお、7人乗りのレンタカーを借り、息子が運転したので妻も疲れなかったので一安心した。

<追伸> 孫達とは8月4日に登別へ来たのだが、それから37日経った昨日(9月11日)、妻の「いとこ会」(18人参加)のため再度登別温泉を訪れた。

登別市に入るといたる所に警官が立っている。物々しい警戒態勢に驚きホテルのフロントで聞いてみると、天皇陛下が今夜初めてこの温泉にご宿泊になるとのこと。

そして今日(12日)、天皇陛下がお帰りになるので、一部道路が通行規制されるとの情報を得たため、少し早めではあるが9時45分にホテルを出発した。

ところが、沿道のあちこちで「日の丸」の小旗を手にした人達が天皇陛下をお見送りしようと待ち構えていた。私達も天皇陛下を直接拝見したことがなかったので、車を降り市民と一緒に約20分待って陛下をお見送りすることにした。

パトカー、白バイ、パトカー、白バイ、パトカーと続いて、日の丸を掲げた車が近づいてきた。天皇陛下が開け放された窓からにこやかなお顔で手を振ってくれ、静かに通り過ぎて行った。

今回の「いとこ会」はアメリカの同時多発テロ事件から丁度10年目で、且つ東日本大震災から6ヵ月目。しかも翌日に天皇陛下を拝顔するというビックな出来事にであったので、一生忘れることのできない日になった。

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2011年9月11日 (日)

追悼行事の花火大会

HTBノンフィクション番組『おらがまちの花火』で、私が5年間住んでいた小樽市高島の花火大会(高島漁港納涼大花火大会)が取り上げられた。

昭和15年に小樽市に合併されるまでは高島町であった。民謡『江差追分』に出てくるnote忍路(オショロ)・高島およびもないが、せめて歌棄(ウタスツ)磯谷(イソヤ)まで  ソイ ソーイソイnote で有名な漁師町の高島。 昔の漁場の様子。

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                     現在の高島漁港

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       児童公園

3 花火大会のきっかけは、この七夕祭りで子どもが花火で楽しむ姿を見て、大人も花火を楽しみたいという、たわいもない理由。

最初はこの児童公園で4発の打ち上げ花火。凄い爆発音と地響きに驚く当時の子ども達。

そして、年を重ねるごとに大会は大きくなり、7回目から会場を海に。やがて追悼という新たな意味も加わった。

今年は24回目の花火大会。3,400発が夜空に咲いた。

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普段はひっそりとした弁天島周辺は、大会当日、露天の店も出てお祭り騒ぎ。

人口3,500人のこの町内で3,400発の打ち上げ花火。実行委員会の人達が1月間かけて、協賛金をお願いに歩く。そして、協賛してくれた人達の名前を1枚の紙に印刷して配る。

また、大会では亡くなった人へのコメントが読まれる。実行委員が遺族からの話をメモし、それをもとに放送原稿を作る。

今年は52人への追悼の想いが届けられた。このように「父や母の名もお願いします」といった輪が広がり、追悼の行事として地域の中にとけ込んでいった。

私の兄もこの坂上に住んでいる。おそらく協賛したことだろう。来年は天国にいる祖父母・父母・兄・妹と一緒にこの花火を観たいものだ。

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<注釈> 昭和30年代、北洋漁業で多くの犠牲者を出したこの町。おそらく実行委員の中には、父を亡くした人もいるだろう。

また、この町は、東北各県から移住した人が多かった。越後衆(新潟県)、津軽衆(青森県)、能登衆(石川県)、秋田衆、庄内衆(山形県)、南部衆(岩手県)と呼び合い、越後弁や津軽弁などの方言が入り混じり、『高島弁』という浜コトバが共通語となっていった。私も多少ずーずー弁の影響を受けている。

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2011年9月10日 (土)

オープンエンドの問題や難易度の高い問題の用意

来年、小学校へ入学する孫息子が夏休み中に計算ドリルをしていました。内容は繰り上がりや繰り下がりのある加減計算。1年生で習得する内容のドリルなのです。

こんな調子で入学すると、算数の時間にやることがなくて困るのではないかと思いましたが、幼稚園から学習塾に通い、先取りした学習内容を学んでいる子がまだいるとのことです。

こんな子が教室に沢山いたら先生は教えることがなくなるし、子どもも算数の時間が退屈になるであろうと、変な意味で心配になりました。

このように、算数数学は、子どもの問題に取り組むスピードに随分差があるわけです。早くできた子が退屈しだすことがしばしばあります。

さて、こんなエビソードがあります。

正常分配曲線(ガウス・カーブ)で有名なガウスは、小学1年生の時、先生が課した問題を飛びぬけて早く解きました。そして、また問題を出して下さいと先生にお願いしたそうです。

先生は、1から10まで足すと幾つになるかという問題を出しました。今度は直ぐに解けませんでしたが、やや時間をおいて解けたというのです。

彼の解法は、1と9、2と8、3と7、4と6で10が4個、それに10と5ですから55としたわけです。

このように、時にはクラス全員に課した問題より、難易度の高い問題を用意し、課すことも意欲向上に役立つものです。なかでも、オープンエンドの問題も幾つか知っていると便利でする

例えば、1を4個と+、-、×、÷の記号を使って答えが1になる計算式を作りなさいなどです。

また、4年生で0÷0、1÷0の問題とそう答えた訳を考えさせるのも面白いです(笑い)。

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2011年9月 9日 (金)

分数計算 「やる気」と教師の姿勢

ある子が卒業文集に次のような文を書きました。

僕は、5年生の3月期中頃を思い出す。それは、1時間目の算数の時間です。僕の好きな分数の計算だ。初めは一番たやすい足し算、引き算。次にかけ算です。

先生は「今度はむずかしいぞ」と言った。みんなは「えー」と言った。「何分の何」かける「何分の何」というむずかしい計算。

みんなは、しーんとして机とにらみ合って考えこんだ。できた順番に反応器が立っていく。「コッ」「コッ」。反応器が立っていくごとに先生が「一番」「二番」・・・・「15番」と言う。僕は終わり頃だった。

先生が解答を言った。「あっている人、手を上げて」。僕がよくよく調べてるとあっていた。僕はあわてて手を上げた。

先生が「F君、あつていたのか?」と聞いたので、僕は「うん」と言った。先生がノートを見に来た。

「うん、あっている」と言いながら、先生は手をのべて握手してくれた。その時、僕は自慢したくなるほど嬉しかった。

この子は4年生まで算数の評価が2段階(5段階の相対評価)であったが、6年生では3になりました。そして、親にワークブツクを買ってもらい、自学自習をするようになったのです。

教師の温かい見守りと一寸した励ましの言葉でも、子どもは「やる気」を起こしていくことを物語った事例の一つです。

要は、心の触れあいを通して共感的な理解を深め、励まし・激励する姿で学習指導をしていくと、子どもは自ずとやる気を起こしていくものだということを訴えたいのです。

<注> 文中の『反応器』とはアナライザーとかアンサーチェッカーとか呼ばれていたものでで、子どもの反応を知る手がかりとなる教育機器。私の学級では自作の四角柱のこと。側面に赤、青、黄色、白の色が塗られ、解答できたら青色の面を出して机に立てる約束だったのです。

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2011年9月 8日 (木)

道南旅行5 函館から登別へ

函館を後にして、先ず最初に立ち寄ったのは大沼公園。

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昼食は『イカめし』で有名な森町の道の駅で。広々とした公園も森町らしい。

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    洞爺湖の大島・中島を背景に記念写真に納まる息子一家。

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昭和新山や有珠山周辺の噴火口の見物。

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オルフレ峠を通って登別へ抜ける予定だったが、濃霧→どしゃ降りになったので、また道央自動車道に入り無事に登別へ着く。

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2011年9月 7日 (水)

奈良県十津川村の苦難 再度移住を!

鈍足の台風12号による記録的豪雨により十津川村を含む紀伊半島各地に甚大な被害をもたらしたニュースを目の当たりにして、『新十津川物語』(著:川村たかし)を思い出した。

6年生担任の時、児童に薦めた本(『北へ行く旅人たちー新十津川物語など三巻』)の一冊であり学級文庫(私の購入した本や児童が貸してくれた本で作った手作り文庫)に備えた本。

あらすじは、明治22年8月に降り続いた雨により、急峻(きゅうしゅん)な山に囲まれた奈良県十津川郷六カ村では、いたる所で山腹が崩れた。川は破壊、集落をのみこむ。目の前で濁流に流され命を落としていく肉親。168人の命が襲われた。

「山津波」で生活の場を奪われた住民2,500人は集団離村を決断し、北海道石狩国新十津川村(現:空知郡新十津川町)へ移住してきた。

原始林を切り拓き、飢えと寒さなど過酷な生活を強いられた人々。そんな中で主人公の少女「乾フキ」が力強く生きていく姿。

新十津川町には当時移住してきた人達の子孫が住んでいるが、高齢化・少子化により離農していく人達が多く、小学校も数校閉校を余儀なくされている。しかも耕作放棄地もあり、かつての里山も人気のない荒地や雑草が生い茂っている。

しかし、幹線道路は舗装され、美味しい生活用水も豊富で、牧場には肉牛の黒牛が放牧され、温泉やパークゴルフ場、福祉施設も整備されている。また、フキ・筍・キノコなどの山菜の宝庫でもある土地。

隣町には、北海道の尾瀬とも呼ばれている『雨竜湿原』と南暑寒別岳などの観光名所もある。

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新十津川は十津川村を今も『母村(ぼそん)』と呼び、郷土資料館には歴史を偲ぶ数々の資料が整備されている。

歴史は繰り返される。どうであろうか。また、孫なる新十津川町に移住することも考えてみては・・・・・・・・。

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2011年9月 6日 (火)

ある中学校の荒れの始まり

           背景に学校への不信感  A中の教師殴打事件

廊下で喫煙していた三年生の男子生徒が、注意した教諭ら二人を殴打する事件が起きたのをはじめ、火災報知機のいたずら、多目的教室の蛍光灯破壊など、A中で一部生徒グループによる騒動が続いている。

暴行行為がどんな理由があるにせよ許されないものはもちろんだが、事件の背景には学校への根強い不信感が横たわっている。

これは、ある商業新聞に大きく取り上げられた事件のリード文です。その事件の背景は、高校入試を控えた3年生に対して、

「こんなことも解らないのかsign02これじゃあ行ける高校がないぞ」

「おい、何回注意しても直らないのだから、内申書に正直に書くぞsign01」などなど、生徒の反発をかう言葉を日頃から教師が浴びせていたからです。

そして、冬休み終了の数日前、問題ある生徒を集めて、高校入試に向けて補習授業をしてやるということなので、数名が登校してきました。

ところが、補習授業の内容は、小学校2年生程度の繰り上がりのある足し算や繰り下がりのある引き算。それを見た生徒達は、

「センコウ、こんな問題やっても高校入試に関係ないべ!オラを馬鹿にするのかsign02angry」と言って、いきり立ちました。

日頃、何か問題が起きると「また、お前達でないか?」と疑いを持たれ、軽蔑するような眼差しに出会い、邪魔者扱いにされる教師の態度に、積もり積もった不満が一気に爆発したとも考えられます。

事故報告に来られた校長は、「教師側の誠意が全く通じない。もう、警察力に頼るしかない」と小刻みに震えながら、苦悩し寝不足続きの生気のない顔で訴えて帰りました。

なぜ、こうなる前に早く校内の状況報告に来なかったのか、私は悔やまれてなりませんでした。

参考までに、私流のアプローチの仕方を紹介します。

校長: B君、君は随分力がありそうなので、その力を少し貸してくれないか。君一人では負担が大き過ぎるので、他の友達にも協力してもらってもいいよsign01

B君: 何、それ、何なのよ?

校長: 実は、私の町内会にいるお年寄りの家で、玄関前の雪が山のように積もっているが、腰が痛くて大変困っているんだよ!それで、君の力を借りたいのだsign03 

どうだろうsign02 ラーメンぐらいはおごるから。返事は明日でいいよhappy01sign03

悪と言われている子を見捨てないで、自尊感情を持つような温かな対応が大切です。悪と言われている子は、エネルーの発散させる場所・場面が間違っているのであって、そのエネルーを頼りにすると意外な力を発揮するものなのです。

私はこれまで、問題児と言われる子ども達に対して、他の子より濃密な関係を築いてきました。お陰で生徒指導上の悩みを、彼らに助けてもらつたことも多々あったわけです。

これも、子どもとの人間関係を基本姿勢として現実問題を解決する方法の一つです。

なお、過去ブロ『荒れた中学校 再生に向けての実践姿勢』も覗いて見て下さい。

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2011年9月 5日 (月)

道南旅行4 函館漁港周辺

函館駅前の朝市から函館山の方に進むと港町の様子がうかがえる。

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数分進むと金森倉庫群が目に飛び込んでくる。

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金森洋物館など店内で土産物を売っている。隣接した場所に『はこだて海洋倶楽部』があり、レストラン内では生ビールも飲める。

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海側のテラスからの眺めも素敵。南フランスのマルセユーの漁港と似ている。

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天候に恵まれ、函館の名所巡りの旅に別れを告げた。

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2011年9月 4日 (日)

道南旅行3 五稜郭公園

先ず、タワーからの眺望をUP。

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昼食のお薦めはここ。知人が紹介してくれたラーメン店(美味しい)。客待ち多し。

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ここも美味しいハンバーガー屋さん。

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1 20数年振りに訪れた五稜郭公園。もちろんタワーなんて無かった。

こんなに賑やかになっているとは想像していなかったのて゜ビックリ。

土方歳三が見たら何と言うだろうか(笑い)

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2011年9月 3日 (土)

『緑のふるさと』 日本を元気づけるための歌

NHKの『あさいち』で石川さゆりが澄んだ声で歌った“日本を元気づけるための歌”が気に入った。東日本大震災の被災者の皆さん、手拍子で元気に歌い、希望を持って一歩一歩前進してくれることを願っている。

石川さゆりさん、なかにし礼(作詞)ありがとう!

なお、共に歌ってみたい場合は、下の画面をご利用下さい。

提案:学校現場では『歌声集会』や『ホームルーム』などでこの歌を皆で唄い、夢や希望を持つことのの大切さと、“悔しさを愛と勇気に変えて行く”ことの意味などを話し合ってみても良いのではないかと思う。(短絡過ぎるかなsign02 笑い)

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2011年9月 2日 (金)

学業上の不適応を救うには

授業崩れや学級崩壊がなかなか無くならないようです。やはり、これまでの学校観・学習指導観を変えてみることが重要です。

学校観は、学校の持つ手段的目標と自己実現的目標という視点で考えてみなければいけない、との主張が教育界の大勢であります。

この二つの目標を学習指導との関係で考えてみれば、手段的目標に傾斜した立場は、標準化されたカリキュラムの予定進度の達成ということをより重視して、子どもの反応・発言・疑問・不満への配慮を第二義的に位置づける、進度中心の学習指導に陥りがちになります。

これに対して、自己実現的目標を重視する学習指導は、進度を進めることもさることながら、授業における「楽しさ」を重視し、どうしたら子ども達に満足感を味わわせ、1人ひとりの持っている認知の欲求(人に認めてもらいたい、自分の存在を評価してもらいたい)を充足してやるかということに重点が置かれます。

これからの学習指導は、この二つの側面があることを絶えず確認し配慮していくことが必要であり、両側面が調和された中で展開されなければならないわけです。

換言すれば、学習指導は教材内容を教えるだけのものではなく、一人ひとりの子どもの持っている適性や能力を発揮させ、引き出していくことの援助活動の開発指導が必要なのです。

ところが、現実の子ども達に眼を向けたとき、学校で行われる共通な学習内容や方法に、つまずきや不適応を感じている子が実に多く、教師もそのことに悩みを感じているわけです。

では、学業上の不適応を救うには、どうしたらよいのでしょうか。

それは、個々の子どもの持つ学習上の問題や悩みに温かく応じてやり、その能力や適性、環境条件などをよく理解し、現在の学習不適応の程度や原因を明らかにすることです。その上で1人ひとりの事情に即した適切な指導をすることによって、いっそう学習意欲を高めてやる働きが重要なわけです。

即ち、学業上の不適応の解消は、学習意欲を高める指導と表裏一体の関係にあると捉えることです。

例えば、学習意欲の喪失が感じられる子どもへの対処の仕方についてふれてみます。

子どもが自覚的になれる一つのタャンスは、先生から認められたという体験が得られた時であり、これは普段の授業時間にはなかなか得られません。

やはり遊び時間とか、課外の時間を利用して一対一の関係をつくることであり、しかも、精一杯、自分からこの子の『よさ』に目を向けようとする気持ちを持つことです。

そのように対処していくと、信頼関係が醸成・成立し、授業時間の中でも好意をもった見守りとか、思いやりができてくるようになってきます。

学習意欲を失った子どもに対して、授業中にこれを回復させようと考えたり、宿題を沢山だして補おうという無意味な努力は、根本から直さなければなりません。

次回に事例を紹介します。

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2011年9月 1日 (木)

葉月を迎えるガーデンの花

残暑厳しい中、トンボが舞いコオロギの鳴き声が聞こえ、確かに秋は駆け足でやってくるような気配だ。我が家の庭ではムクゲが花盛り。ミナズキもやっとの出番。

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四季咲きのバラも健在で楽しませてくれる。

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つい2週間前まで玄関先で甘い香りを漂わせてくれたカサブランカもいつの間にか散ってしまった。

花達にも主役の交代があるが、どの花も精一杯咲いてくれる。

<追加> 1日11:00撮影

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