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2011年9月 2日 (金)

学業上の不適応を救うには

授業崩れや学級崩壊がなかなか無くならないようです。やはり、これまでの学校観・学習指導観を変えてみることが重要です。

学校観は、学校の持つ手段的目標と自己実現的目標という視点で考えてみなければいけない、との主張が教育界の大勢であります。

この二つの目標を学習指導との関係で考えてみれば、手段的目標に傾斜した立場は、標準化されたカリキュラムの予定進度の達成ということをより重視して、子どもの反応・発言・疑問・不満への配慮を第二義的に位置づける、進度中心の学習指導に陥りがちになります。

これに対して、自己実現的目標を重視する学習指導は、進度を進めることもさることながら、授業における「楽しさ」を重視し、どうしたら子ども達に満足感を味わわせ、1人ひとりの持っている認知の欲求(人に認めてもらいたい、自分の存在を評価してもらいたい)を充足してやるかということに重点が置かれます。

これからの学習指導は、この二つの側面があることを絶えず確認し配慮していくことが必要であり、両側面が調和された中で展開されなければならないわけです。

換言すれば、学習指導は教材内容を教えるだけのものではなく、一人ひとりの子どもの持っている適性や能力を発揮させ、引き出していくことの援助活動の開発指導が必要なのです。

ところが、現実の子ども達に眼を向けたとき、学校で行われる共通な学習内容や方法に、つまずきや不適応を感じている子が実に多く、教師もそのことに悩みを感じているわけです。

では、学業上の不適応を救うには、どうしたらよいのでしょうか。

それは、個々の子どもの持つ学習上の問題や悩みに温かく応じてやり、その能力や適性、環境条件などをよく理解し、現在の学習不適応の程度や原因を明らかにすることです。その上で1人ひとりの事情に即した適切な指導をすることによって、いっそう学習意欲を高めてやる働きが重要なわけです。

即ち、学業上の不適応の解消は、学習意欲を高める指導と表裏一体の関係にあると捉えることです。

例えば、学習意欲の喪失が感じられる子どもへの対処の仕方についてふれてみます。

子どもが自覚的になれる一つのタャンスは、先生から認められたという体験が得られた時であり、これは普段の授業時間にはなかなか得られません。

やはり遊び時間とか、課外の時間を利用して一対一の関係をつくることであり、しかも、精一杯、自分からこの子の『よさ』に目を向けようとする気持ちを持つことです。

そのように対処していくと、信頼関係が醸成・成立し、授業時間の中でも好意をもった見守りとか、思いやりができてくるようになってきます。

学習意欲を失った子どもに対して、授業中にこれを回復させようと考えたり、宿題を沢山だして補おうという無意味な努力は、根本から直さなければなりません。

次回に事例を紹介します。

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