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2011年9月11日 (日)

追悼行事の花火大会

HTBノンフィクション番組『おらがまちの花火』で、私が5年間住んでいた小樽市高島の花火大会(高島漁港納涼大花火大会)が取り上げられた。

昭和15年に小樽市に合併されるまでは高島町であった。民謡『江差追分』に出てくるnote忍路(オショロ)・高島およびもないが、せめて歌棄(ウタスツ)磯谷(イソヤ)まで  ソイ ソーイソイnote で有名な漁師町の高島。 昔の漁場の様子。

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                     現在の高島漁港

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       児童公園

3 花火大会のきっかけは、この七夕祭りで子どもが花火で楽しむ姿を見て、大人も花火を楽しみたいという、たわいもない理由。

最初はこの児童公園で4発の打ち上げ花火。凄い爆発音と地響きに驚く当時の子ども達。

そして、年を重ねるごとに大会は大きくなり、7回目から会場を海に。やがて追悼という新たな意味も加わった。

今年は24回目の花火大会。3,400発が夜空に咲いた。

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普段はひっそりとした弁天島周辺は、大会当日、露天の店も出てお祭り騒ぎ。

人口3,500人のこの町内で3,400発の打ち上げ花火。実行委員会の人達が1月間かけて、協賛金をお願いに歩く。そして、協賛してくれた人達の名前を1枚の紙に印刷して配る。

また、大会では亡くなった人へのコメントが読まれる。実行委員が遺族からの話をメモし、それをもとに放送原稿を作る。

今年は52人への追悼の想いが届けられた。このように「父や母の名もお願いします」といった輪が広がり、追悼の行事として地域の中にとけ込んでいった。

私の兄もこの坂上に住んでいる。おそらく協賛したことだろう。来年は天国にいる祖父母・父母・兄・妹と一緒にこの花火を観たいものだ。

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<注釈> 昭和30年代、北洋漁業で多くの犠牲者を出したこの町。おそらく実行委員の中には、父を亡くした人もいるだろう。

また、この町は、東北各県から移住した人が多かった。越後衆(新潟県)、津軽衆(青森県)、能登衆(石川県)、秋田衆、庄内衆(山形県)、南部衆(岩手県)と呼び合い、越後弁や津軽弁などの方言が入り混じり、『高島弁』という浜コトバが共通語となっていった。私も多少ずーずー弁の影響を受けている。

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