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2011年10月16日 (日)

唱歌『野菊』と 誕生エピソード

秋色に染まる森林でのキノコ採り。散策するだけでも心が洗われる。

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                道端に咲いているきれいな野菊。

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ふと、国民学校3年生の唱歌の本に載っていた『野菊』の歌を思い出した。

“この曲は日米開戦の翌年、1942年(昭和17)に音楽教科書に載った歌。軍国主義が頂点に達した感のある時代。教科書はすべて国定となり、音楽では「儀式唱歌」つまり祝祭日に歌う『君が代』や『天長節』『紀元節』などを重視する指導になった。

「軟弱すぎる。もっと勇壮な歌にしろ」と文部省の教材決定に立ち合った軍部担当者が石森延男(文部省教科書監修官でこの曲の作詞者)に詰め寄った。

「勇壮さは日本精神です。日本精神のアラミタマ(荒御魂)です。けれど、ニギミタマ(和御魂)もまた日本伝統の精神です。万葉集のニギミタマの心こそ、この『野菊』です」。必死な弁舌。何とか石森が粘り勝ちしたそうである。

75歳以上の高齢者は、今も『野菊』に感慨を覚えることだろう。ものみな戦争へと走り出した時代、童謡や唱歌さえ戦争高揚が第一とされた時代にあって、戦争とは無縁の『野菊』にわずかな「救い」を、すがすがしさを感じ取ったことだろう。”(引用:『唱歌・童謡ものがたり:『読売新聞文化部)

石森延男の父・和男は札幌師範学校(現北海道教育大学札幌校)で教鞭をとる国文学者。延男は札幌師範と東京高等師範(後の東京教育大学で現筑波大学)を卒業。私が誇る同窓先輩(札幌学芸大学)の1人でもある。

なお、延男は著名な児童文学者であり、小説『コタンの口笛』が一番有名。

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コメント

 私の拙いブログに、勝手ながらここの記事を転載させていただきました。事後承諾で申し訳ありません。

投稿: 周坊 | 2011年10月27日 (木) 09時59分

「野菊」には思い出があります。

1957年頃、小学校3年の秋、北海道帯広市でのことでした。
その日は気持の良い秋晴れで、バスで下校するのはもったいなくて、仲の良かった依(子)ちゃんと二人で山道を歩いて帰りました。
山道がバス通りと交差する少し手前で山道の傍らに野菊(たぶんヒメジョオン)が咲いていました。依ちゃんが「あっ、野菊!取って~」と言ったので叢に入って行って野菊を手折って依ちゃんに渡すと、依ちゃんは野菊の花を頬に押し当てて「私、野菊の花大好き」と言って「〽遠い山から吹いて来る小寒い風に揺れながら……」と歌い始めました。その姿が可愛らしくて、その透き通った声が心地よくて、忘れられない思い出になりました。

それから間もなく私は父の転勤で札幌に移り、依ちゃんとも別れてしまいました。今ごろどうしているだろうかとふと思ったりします。

「野菊」が「コタンの口笛」の石森延男の作詞てあることは割合早くから知っていましたが、戦時中の昭和17年の発表であることを知った時は驚きました。この時石森延男が文部官僚だったからこんな戦時色の無い歌でも発表できたのかなと思っていましたが、こんな緊迫した場面もあったのですね。改めて石森延男の勇気に感動します。

ブログありがとうございます。

投稿: 片島諒 | 2018年10月14日 (日) 11時44分

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