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2011年11月

2011年11月30日 (水)

庭仕事 やっと終了

初雪も融け日和も良いので、今年最後の庭仕事。バラなどの病気のもとになる落葉拾い。

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   バラの葉や拾った落葉の量         バラの下に撒く馬糞堆肥と落葉腐葉土

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来年の四季咲きのバラを楽しむためには、それなりの手間と栄養補給が必要である。

そのままほっておくと、病気に罹り見事な花を咲かせてくれない。

子どもを育てるのと同じだ。過保護もダメだし自由放任主義もダメ。バラは半年で成果が分るが、人間は数十年経たぬと成果が見えない。

だから人間は厄介な動物(happy01失礼)なのだ。

北海道はあと数週間で根雪になるだろう。そのための除雪に必要な物も序でに準備した。これで、いつ雪が降ってもOKだし、外仕事も全て終了したgood。我が夫婦に乾杯sign03

                           <記:11月29日 16:00>

追伸:ご報告するのを忘れていました。身体に出来た湿疹は丁度1週間で完治しました。ご心配をおかけし恐縮です。原因は分りません。

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2011年11月29日 (火)

国旗・国歌問題で板ばさみ 労務提供拒否とは

教頭時代の一番の思い出は創立百年・開校20周年の記念事業の推進だった。

0 平成3年10月20日。北海道新聞に式典の様子が掲載された。

         一世紀の歴史しのぶ

〔 <前半省略> 式典には750人の全校児童のほか、OBや元教師など三百人が出席。スライドで百年の歩みをたどる一方、合間にはこうか唱歌の「ふるさと」などを全員で歌って、それぞれが思い出にひたった。また、歴代校長と歴代PTA会長に感謝状が贈られ、スクールバンドの演奏が式典に華を添えた。〕

また、地元で発行されている新聞にも大きく取り上げられた。

〔・・・・・また、記念事業として新編成された男女44人のスクールバンドも上は白のブラウスやシャツ、下は黒のズボンやスカートに服装を揃えて『ドレミの歌』『大きな古時計』の2曲を披露演奏し盛んな拍手を浴びた。・・・・・同校教諭のAさんが作詞、B小2期生のKさん作曲の記念賛歌『校庭のイチイ』を高らかに合唱していた。〕

この記念式典に“国歌斉唱・国旗掲揚をしてはならない”と北海道教職員組合(略:北教組)の学校分会が表明し、協賛会が国旗・国歌を断念しない限り我々は労務提供を拒否するとの戦術に出た。

しかし、会社社長や農協組合長、商店主が中心の協賛会役員は、「先生方の主張は理解し難い。どうしても抵抗するのであれば協賛会やPTAを解散しても良いsign03」と激怒。

式典前日になっても、控え室の設営や式典会場になっている体育館へのパイプ椅子の搬入など、一切の労務を拒否する教職員。しかし、ステージの装飾のみは17:00から数名の教職員が設営してくれた。

私はPTA役員や民間業者にお願いして準備し、当日を迎えた。お陰で式典は盛会裏に終えることができ、祝賀会では絶賛を浴びて喜ぶ教職員の姿を見て腹立たしく思った。

しかし、教職員(北教組分会員)の良識ある態度にも救われた面があったのだ。それは、児童の指導に関する部分については全面的に協力するとの基本線を貫いてくれたからである。

ブラスバンドの楽器を購入して僅か3か月で2曲をマスターできるまで4人の教員が夏休みを返上して指導してくれたり、記念集団画の作成、作品展の指導、記念誌の『学級紹介』などにも精を出してくれた。

そのような訳で、国旗・国歌問題さえなければ楽しく仕事ができたのに、式典2週間前から26:00(午前2時)まで仕事をし、ストレスによる血痰を吐きながら乗り切った。

しかし、それがその後に大きな自信に繋がったのだから不思議である。何事も体験を通して肥えていくことを切実に味わった事例の一つなのだ。

<注> 式典では国歌斉唱&吹奏を断念し、『日の丸』は三脚に立ててステージ上に置くことで、協賛会を説得した。

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2011年11月28日 (月)

鱒の飯寿司漬け 43回目 

我が家の飯寿司(いずし)漬けは43回目を迎える。初めは鮭(さけ)飯寿司であったが後に鱒(ます)飯寿司に変わった。鱒の方が油がのっていて美味しいからだ。

今年は、娘と友達も一緒に漬けることになった。北海道の伝統的な食文化を伝承するのも高齢者の役割。

前日から準備に忙しそうな妻。今日は朝から居間でつくり始めた。

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           鱒を切る           ニンジン・ショウガ・キューリの塩漬け

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       大根・キャベツの用意          冷凍保存しておいた笹の葉

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      綺麗に敷き詰められた鱒           時々助言する妻

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鱒の飯寿司は漬けてから30日かかる。従って12月27日に逆重石をして出来上がる。味はその年の気温によって微妙に異なるが美味しい。

作る手順は寿司桶に笹を敷く→塩をほんの一寸振る(底塩)→キャベツ・大根を敷く(少し塩)→鱒を並べる→酢でしめる→ご飯(麹と酒・少しの砂糖を混ぜる)を置く→ニンジン・キューリ・生姜・ナンバン(細かく切ったもの)で彩る。

この手順を繰り返し、最後の段が終わったら菜蓋(なぶた)をし笹の葉を敷いて終わり。作成途中で話かけると順番を忘れるとのことで注意を受ける私。

退屈なのでブログ用の写真を撮ったり、昼食の弁当買い、作業終了後の後始末ぐらいが私の仕事だった。                       (記:11月27日 16:30)

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2011年11月27日 (日)

報道を控えた 学校のミステリー

昨日、A町の教育委員会職員が漏らしたミステリーな話。

開校120周年を迎えるある小学校で、理科室の整理をしていたら人骨が発見された。小柄な大人の頭蓋骨も。

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一応、警察署にも届け人骨であることを確認したそうである。事後処理はあるお寺に持参し無縁仏として処理する手はずとのこと。

一体、誰が、何時、何処から、何のために持ってきたのか不明。

そう言えば、A町では30年前に別の小学校で、理科室に人の手首がホルマリン漬けにされたビンが保管されてあった。何人かの児童が知っており“理科室から幽霊が出る”との噂が広がっていた。

着任した新任教頭が教育委員会の指導を受け、その手首を火葬場へ持って行き、やはり無縁仏として処理したのである。

どうして、A町の小学校にはこのようなミステリーなことが起こるのだろう。一説によれば、北海道開拓にともなって、港から内陸部に鉄道を敷く際にトンネル工事で多くの犠牲者が出たとこと。

しかも、人夫は囚人が使われた。従って、死亡事故が起きてもその処理がいい加減で、近くに穴を掘って埋葬したらしい。また、役人の一人が学校教育に役立つだろうと思って、死体の一部や人骨を学校に寄贈したのではなかろうかとも言われている。

たしかに昔の理科室には人体模型がおかれており、教材として利用していたが、まさか本物を使うとは理解に苦しむ。

児童文学作家の山中恒が1960年に日本児童文学者協会新人賞を受賞した『赤毛のポチ』は、まさしく手首を保管してあったA町立小学校が舞台となっていた。

この本にも真夜中に暗い音楽室の方からピアノの音が聞こえてくるなど、幽霊話が綴られている。

私も好んで幽霊話をしたが、一部の保護者から「先生、あまり怖い話をすると、子どもが夜中にトイレに行くのを怖がり困っています。だから、もうしないで下さい」と懇願されたことがあった。

なお、A町には有名な幽霊話があり、テレビでも取り上げられたことがあるが、詳述するとA町が特定され何かと不都合を生じるので、この辺で止めておく。

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2011年11月26日 (土)

ガラス拭きと 昭和の子ども

昔の小学校は木造で写真のような窓。その頃はこんな子どもの姿が見られた。

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                    また、冬にはこんな姿。

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校舎周りの除雪。非常口を確保。

とに角、家でも学校でも子どもなりの仕事があった。ところが今はどうだろう。

日直や給食当番、清掃、係り活動などはあるが後は殆どない。ガラス拭きや除雪、床磨きなどは業者委託。自治体は教育費がかさみ四苦八苦。

この頃、散歩して気付くのだが、学校前の街路にイチョウの葉が沢山落ちている。しかし、子どもも教員も見向きもしない。

普段遊んでいる児童公園は町内会で大掃除をしている。しかし、子どもを連れて協力する親子の姿は皆無。

こんなことでいいのだろうかsign02 (・A・)イクナイ

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2011年11月25日 (金)

学校の夜間警備

最近、校舎の窓ガラスが何者かによって割られたというニュースを耳にする。

私も教育長時代に、中学校の窓ガラスを割って校舎に侵入し消化器を悪戯したため廊下が真っ白になっていたという事件に2度も遭遇している。しかし、犯人は捕まらなかった。

さて、学校の夜間警備にも歴史がある。昭和46年頃までは教員に宿直制があり男子教員が職員退勤から翌朝の出勤(18:00~7:00頃まで)まで校内警備に当たるわけである。

静まりかえった校舎を懐中電灯で照らしながら廊下→教室→トイレ等と回り、異常の有無を点検するわけである。昭和42~43年頃にはタイムレコーダーなるものが導入れたため、校内のチェックポイントへ何時何分に巡視したか記録されることになった。

従って、いい加減な巡視は直ぐバレテしまう。古い木造の校舎は歩くと廊下がきしみ不気味である。夏などはアベックが教室内に侵入し戯れていることがあるのでギョッとする。

ところが、やがて宿直制が廃止され業務主事が警備にあたったり、民間の警備会社に依頼したり、中には機械警備に委ねている地域もあつた。

私が教頭として勤めた二校目の学校は機械警備。これは、夜間校舎に不審者が侵入してきた場合、校長・教頭公宅の電話がけたたましく鳴り「学校に異常発生。急いで点検して下さいsign03」と電話を切るまで何回も告げるシステム。

慌ててスペアキーを持ち学校へ駆けつけると既に校長が職員玄関で待っている。これから2人で異常の有無を点検するのてある。日中でも校内巡視には30分掛かるが夜間は約1時間かかる。

しかし、どこの窓も開いていないし玄関も施錠してある。だから“機械の誤作動ではないですかsign02”と校長に告げると、“いや、念には念をいれなければならない。何処かに潜んでいるかも知れないからsign02”と言って、各階のトイレのドアを一つ一つ開け内部確認を始めるのだ。

異常なしを確認後、公宅に戻ると時計は既に午前4時なのだ。真夜中に起こされるので目が冴え、興奮気味で寝付かれない。それでも7:15には出勤しなければならないのだ。

こんなことが、年間数回あり何れも異常なしの結果だった。やはり機械の誤作動だったのだ。

このことを知った私は、退勤する際に機械警備の機器のスイッチをOFFにして帰宅し、校長には内緒にしていた。しかし、消防への通報機器だけはONにしておいた。

こんなずる賢いことをしたお陰で、勤務2~3年目は夜間熟睡することが出来た。その後、校長として3校に勤務したが、2校とも機械警備会社が対応し、異常があった場合は速やかに報告されるシステムとなっていた。

管理職にとって有難い時代であるが、各自治体は教育予算が膨らみ頭を悩ましているのだ。

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2011年11月24日 (木)

職員室で毎日飲酒 校長・教頭も仲間入り

これは今の話ではありません。私が教頭2校目として勤めたある25学級の小学校で、私より年上の教員が7名いた学校のこと。

着任した次の日(平成元年4月3日)、出勤してくる教員に朝の挨拶をしても素知らぬ振りをする人が数人。特に、教務主任はにらみ付ける。間違いなく私に敵意を抱いている。

後輩の一人に探りを入れてみると「まだ若いのに、たった1年で市内異動してきたが、その意図は何なんだ。とに角、お手並み拝見だsign03」とのこと。

数人の教員は教頭と呼ばない。職員団体の指導で教頭という呼称に反対しているのだ。管理体制の強化には絶対反対であると息巻く教員も。

しかも、教員が休んだ時の補欠授業の割り当ては、空き時間の教員がいるにも関わらず、教頭が優先順位1位。丁度、教頭になる前に勤めた小学校と全く同じ体質なのだ。

“こんな職員集団に負けてなるものか”と闘志を燃やし、学校運営に努めていたが、年配に当たる4名の男教員の行動には驚いた。

放課後、少年団活動(野球とミニバスケット)の練習が終わる18:30頃になると、どこからか焼酎の大瓶を持ってきて、職員室で飲み始めるのだ。それが21:00まで続く。

勤務終了後に学校で飲み食いをする職場は、最近見たことがなかった。これらの教員は地元に住んでおり、帰り道は花街(飲み屋街)を通るので、誘惑にまけて居酒屋などに入るとお金がかかる。それで学校で飲んでいこうということになったらしい。勿論、自転車通勤者。

私は、このような状況は望ましくないので注意を促そうと思って校長と相談した。ところが、校長は

「良いじゃないかsign01少年団活動に精を出しているし、他の職員の動向や組合情報も入手できるので、これまで私も一緒に飲むことが多かったし、前任の教頭さんも一緒に飲んでいたよsign03君も時々お付き合いした方が良いと思うよsign02」と予期しない助言。

私は“この酔っ払い校長、2年間何たる学校運営をしてきたのだ”と腹が立ったが、しばらく様子を見ようと腹をくくっていた。

ところが、ある時、飲み仲間の中で、一番温厚で誠実そうな年配の教員が一緒に飲むことを何回も勧めた。仕方がないのでコップ酒(焼酎)の仲間入りをしてみた。すると、酒に酔い始めてくると心を開いて私にいろいろ質問してきたり、地域のことや職員仲間の言動や人物評価?などを始めた。

私が知らなかった情報や学校経営に対するものの見方や考え方を知ることができ、なかなか有益な飲み会であることが分ってきた。

ミノニケーションという造語があるが、学校現場でも「まじめにまじめな話をする場(会議)」、「気楽にまじめな話をする場」(オフサイトミーティング)と「気楽に気楽な話をする場」(飲み会等)の場があって良いのではないかと思うようになっていった私。

すると、今まで不満だらけでストレスが溜まり、胃炎や十二指腸潰瘍の疑い等で体調不良気味であった身体が自然に治るから不思議である。

また、職場での飲み会にもルールがあり、保護者から批判されないような言動、火気や施錠等の安全管理に十分に気をつけることをなどが暗黙のうちに行動化されていることも知った。

今は車社会であり、殆どの教職員がマイカー通勤である。だから、運動会や学芸会、記録会の反省会等で全員で飲む機会が失せてきている。そして、それに比例するかのように職場の人間関係が希薄になり、助け合いの精神も消えかかってきているような気がする。

それは、ノミニケーション等の場を通して先輩方の生き方や人生観、教育観、指導法等を聞いたり、自分の考え方を語り合うことができた。

その結果、同じ仲間どうしであることを認め合えたし、帰属意識が深まり教育課題も共有でき、経営参加意識の高揚と協力態勢の再構築に役立てることができた。ノミニケーションもないがしろにできないことを改めて認識した学校であった。

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2011年11月23日 (水)

“前掛け” ふたたび

NHKのニュースを見ていたら、前掛けが再び脚光を浴びているとのこと。私は、庭仕事や山菜採りに行く時、前掛けを2つに折って縫い大きなポケット代わりにしている。

1_6 正式には「帆前掛け」と言うようだが、昔は酒屋の商店の人達が写真のような格好で身に着けていた。

米・味噌・醤油・酒・金物などの荒物雑貨商を営んでいた義父からもらった前掛けを現在も数枚持っている。

その帆前掛けが再び脚光を浴び、銀座の喫茶店やお洒落な理容店、飲食店などで利用されているとのこと。

しかも、ブームがアメリカへ飛び火し、ニューヨークでも展示販売をしているそうである。

前掛けは、愛知県豊橋市の伝統産業。特殊な編機を使うため、現在は職人が数少ない。

濃紺色で分厚い生地のため、凄く丈夫でしっかりしているし、ポケットが付いているので、ハサミや紐、軍手などを入れておくのでとても便利である。

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我が家にある新品の帆前掛けは1枚になった。

数年前には4枚持っていたが、本町に勤めていた英語指導助手(AET)が本国のアメリカやニュージランドに帰国する際に記念としてプレゼントとしたからだ。

日本の衣文化?のひとつである帆前掛けが、再びよみがえったことを嬉しく思う。

今まで、古い帆前掛けをして物置小屋を整理したりしていると、何か恥ずかしいような気になっていたが、今度は流行の最先端を行くような気持ちで腰に締めよう。

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2011年11月22日 (火)

無落雪(スノーダクト)屋根の点検

下の4枚の写真を見て何を連想しますか。

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北海道で多く見られる屋根のひとつに無落雪(スノーダクト)方式というのがある。

この屋根は写真の通りM字型をしており、M字部分に溜まった雪がヒーターや生活排熱で暖められてスノーダクトにゆっくり流れ込むような設計。

通常は溝の部分を覆い隠すようなスノコや専用カバーを設置し枯葉などのごみからダクトを守って、雪融け水がゆっくり流れ込むよう配慮されているが、我が家の屋根はカバーは排水口の側だけ。

もし、枯葉で水が流れなくなると漏水の原因になるので大変な事態になる。特に大雨が降ったときに排水口からパイプ内に枯葉が詰まると壁をはがして修理しなければならないので一大事。

そのような訳で枯葉の落ちた頃を見計らって点検し、清掃したのが上の写真。

屋根が街路樹より高いと枯葉も飛んでこないが、我が家の1階部分の屋根は街路樹より低いので、結構枯葉が飛んでくる。今年も3日前に点検清掃を済ませたので先ずは一安心。

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2011年11月21日 (月)

新任教頭 1年で転勤とは

新任教頭として赴任した学校は素晴らしい環境。しかも新築2年目の教頭住宅に入居できるとは夢にも思っていなかった。勤務で幾ら疲れていても、明るく新築の匂いがまだ漂う家に帰ってくると、疲れいっぺんに吹き飛んでしまうhappy01

室内の一部をUPする。

  玄関先に立つ成人を迎えた娘    玄関ドアを開けると広い階段:2階は2室

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                      広々とした居間

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   居間の隣が私の書斎(居間とアコーデオンカーテンで仕切ることが出来る)

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        和室と床の間                   書斎から月を拝む

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居間から校舎を望む(公宅と学校は○○ランド公園:澤地になっている)

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二階から見た階段下:照明も素敵           和室から夕陽を望む

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この小学校は意欲に燃えた校長から学校経営や運営の手ほどきを受け、A市で同じ教員をしていたので気心も知っており、全面的に信頼していた。

また、職員も協力を惜しまず、心からやりがいのある学校であり、私にとって勤めていたい学校であった。

ところが、同窓会の新年会の折に、先輩である教育委員会の学務課長が私の耳元で「教頭さん、一寸したら市内異動になるかもしれないので覚悟しておいてねsign03」と酒臭い息でささやくのだ。

私は、酒に酔った勢いで冗談を言っていると思い、真に受けなかった。しかし、それから数週間してから校長に呼ばれ、「教頭さん、私に何か隠していないかいsign02」と問い詰められた。

特別隠していることがないので「特別何もありません」と応えると、「真意の程は分らないが、異動対象になっているんだよ。同窓会のA先輩から聞いていないかい。何か①(北師同窓会の俗称)にやられたような気がするんだ。汚い手を使うなsign03」と顔色を変えてにらみながら問いつめるのだ。

私は早速同窓会のA先輩に電話をし、真意の程を聞きただした。先輩は「」本当かsign02私は全くタッチしていないし、そのような話も初耳だ。もし本当ならばB校長(異動先の校長)が動いたのではないかsign02それにしても、僅か1年で異動とは大変だね」とのこと。

そのことを自校の校長に話すと「そうか、同窓会は動かなかったのだね。来年の周年事業の推進に全力を傾けて欲しかったのに、それをヌストのように引き抜くとは許すことができない。何とか阻止しなければならないsign03」と感情の高ぶりを抑えることのできない剣幕。

数日後、PTA会長が来校し校長室で何か話している。恐らく私の異動の件らしい。

PTA会長は高校時代の恩師が北海道教育委員会の参事をしていたので、教頭を1年で異動させる人事は許されるものなのかと聞いてきたらしい。

参事は「A管内の教頭人事はA教育局の次長の職務であるので、横槍を入れることができないが、私から今回の人事についてPTAからクレームが付いていることを話しておきます」との回答をいただいたということを後ほど知った。

次長は「教頭人事は私の所管ですので、私に任せて下さい」とにべもない返事だったらしい。

結果的に私は理由も分らず僅か1年で異動にすることになったのだ。引越し荷物を梱包したまま屋根裏部屋に置いたままの早期異動。

異動先は25学級のD小学校。内示後、D校のB校長(同窓会の先輩)に顔を出し、何故1年でこの学校へ来なければいけないのかを聞いてみた。

校長は「本校は3年後に創立百年・開校二十周年記念なのだ。経験豊かな教頭を迎えると校長試験の勉強で記念事業の推進に本腰を入れれないはずだ。君まだ若いので後2年経たなければ校長試験に挑戦する資格が無いので、記念事業の推進者として適任と判断し、市教委や道教委にお願いしたのだよ。とに角、頑張って欲しいのだ。校長に挑戦する時には力になるからhappy01」との説明。

このような理由で異動したが、教頭住宅は一般の教員と同じ1棟2戸立ての平屋。家は狭いし高校3年生になった息子は、毎年現住所が変わり、汽車通も不便になつた。しかし、多くの友達が出来るから良いではないかと慰めたけれど、これも管理職の宿命なのだと思った。

異動先の公宅:狭く玄関先のトイレが汲み取り式で異臭が酷い(換気扇が機能していない)

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今回の人事で教育局次長が配慮したことは、私だけを1年で異動させると何かと噂になるので、各同窓会の三大派閥から1名ずつ1年で異動させてバランスをとったということを後日ある幹部から聞いた。

この次長は頑固者で有名であり、この人事の後に道教委の外郭に当たる部署の所長として赴任していった。私は何も悪くないのに何か申し訳ないような気になつた。(笑い)

注:校長選考試験の受験資格  私の時代は教頭経験3年が条件。しかし、平成12年頃から2年経験でも受験できるようになった。

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2011年11月20日 (日)

唱歌『故郷の空』と 野球体操

NHKの朝のラジオ放送を聞いていたら、懐かしい歌である『故郷の空』が流れてきた。

『故郷の空』は1888年(明治21)に「明治唱歌・第一集」で発表された。元歌はスコットランド民謡。当時は『埴生(はにゅう)の宿』『庭の千草』『旅愁』など外国産メロディーが多かったようだ。

作詞・作曲は国文学者の大和田健樹となっているが、作曲は奥好義(『君が代』の作曲者との定説あり)ではないかとも言われている。

私にはこの歌に対する思い出が二つある。

一つは替歌。 (誰かさんと誰かさんと 麦畑で、こっそりキスした いいじゅないの・・・・・)  昭和20年代に子ども達の間で流行った歌で、私も友達と得意になって歌った。

メロディーは勿論『故郷の空』。この替歌も、実は『故郷の空』の原題名を忠実に和訳すると『ライ麦畑を通って』になるとのこと。それを日本では『誰かが誰かと』(大木惇夫、伊藤武雄の共作詞)の題名の歌となったらしい。

ところが、明治もまだ半ばであり、学校教材用の唱歌が“こっそりキスした いいじゃないの”では不都合と思った大和田健樹が原詞とは異なる詞へ書き直したとのこと。

二つ目は、『故郷の空』のメロディーに合わせて、野球体操をしたこと。投手・打者・捕手・内野手の動作を真似た体操なのだ。小学4、5年生の時、父から教わったが、運動会で学年のリズム表現でした記憶がある。

終戦後は体育といえば多くの学校でフォークダンスを取り入れていたが、これも新カリュキュラム運動の一環で、アメリカ教育視察団の推奨による。若手教員達は率先して講習会に参加し、その成果をカリキュラムの中に取り入れたのである。

学習指導要領がまだ試案の時代に、各学校が新カリキュラム編成に向けて自主編成に向けた時代であり、○○学校プランが次々と発表されていった。教員集団の力量が一番しわれた時代であったような気がする。

その教育を受けたのが、終戦から学習指導要領が出るまでに小学校へ通っていた私達68歳から73歳ぐらいの人達であろう。

              <参考文献> 『唱歌・童謡ものがたり:読売新聞文化部』

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2011年11月19日 (土)

湿疹でも点滴 入院

2日前のブログに湿疹ができたことを書いた。何時ものように入浴したのだが、かゆみが増し湯船の中でゴシゴシ・・・・・・・。

手足の内側と腹の周りが見事に赤く腫れ上がった。そこで昨日、近くにある皮膚科医院へ直行。医者は点滴が必要ですねsign02場合によっては入院する場合もあるとのこと。

0 「へえー、湿疹でも点滴するのですか?」と聞くと、医者は「ありますよsign01薬より注射、注射より点滴の方が早く効くのです。どうしてこんなに酷くなるまで来なかったのですかsign02」と咎められた。

入院はどのような場合にするのかも尋ねてみたら、食中毒で全身に湿疹ができ危ない時は、即刻入院してもらうそうだ。私の場合も「酷くなると入院してもらいますよ」とのこと。

なお、点滴してくれた看護師に聞いて分ったことがある。

① 点滴は静脈にするのであって、もし動脈にすると血液が吹き出てしまい、薬が血液の中に入っていかないこと。

② 点滴の速さを調節し、急激に薬が入るのを防ぐこと。

③ 病気は早期発見、早期治療が鉄則であること。

等である。

私はこれまで「言葉で言っていることのわりに、やっていることがお粗末で無茶過ぎる」とよく妻から言われているが、全くその通りなのだ。

この点滴を機会に無茶な行動をとらないようにしようと決意した。その記念に点滴の写真を撮りたいと申し出たら、看護師が医者を呼んで来て皮膚の部分なら良いと了解を得て、スマートフォンで撮ってもらった。

明日も点滴に行くことと、2日前にアレルギー反応検査の採血をしたので、その判定記録を内科医院からもらい持参することになった。

それにしても、皮膚科医院の治療費が430円、薬代が570円。たった1,000円とは安すぎる。高齢者だから1割負担。残りの9割は国の税金なのだ。何か悪いような気になった。若者に負担をかけないためにも、健康に気をつけ早期発見、早期治療に努めよう。

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2011年11月18日 (金)

対立から話合い・協調へ

学校現場を退職するに当たって、同窓会後輩にはなむけの言葉を贈った。13年前のことであるので、いわば一昔前。あれから学校現場はかなり変わってきているが、歴史の1ページとして記しておこうと思う。

              対立から話合い・協調へ

戦後約50年、本道の教育界は、昭和20年代は学校現場、教育行政、教職員団体等が一丸となって、教育立国を目指して情熱を傾けた時代があった。とりわけ○○管内は「教育王国」と称されるほど、充実した教育がなされていたと聞き及んでいる。

それも、北師の大先輩が、教育に対する確かなビジョンを掲げその実現に向かって各界で敏腕を振るい、強力な指導性を発揮し推進してきた賜であると理解している。

私は、昭和34年に教師として第一歩を踏み出した。当時は「平和と民主主義を守り、教え子を再び戦場に送るな」を大義名分にし、「よき組合員はよき教師である」とのスローガンで、校長も教職員も一枚岩となって、教育実践を通しながら組合活動や教育の諸問題に真剣に取り組んだ時代であった。

しかし、昭和41年にILOの勧告を日本が採択し、校長・教頭が非組合員となってから学校現場の様相に変化が見られてくるようになった。

殊に、主任制度にかかわる抗争により、教育現場において管理職と教職員の人間関係が悪化され、学校運営をぎくしゃくさせていたことは、多くの会員も認めるところであろう。

現在、管内の教育界は表面的に一応の安定した状況にあるとはいえ、何か問題が起きるたびに『人確法』にかかわる主任の制度化、手当支給にかかわる確認事項をめぐって問題が表面化し、学校現場が不安定な状況になることは憂慮すべきことである。

ところが、幸いにも今回、本庁め本部間で主任制にかかわっての「基本的考え方に伴う運用」について合意をみることができ、明るい展望が開けたが、まだ強い拒絶反応を示している会員もいると聞く。

時代は変わった。21世紀に向けて大きな転換期を迎えている。多様な価値観を認め合う現代社会の中で、対立から話合いができる時代へと変化してきている。

また、いじめ、登校拒否、青少年の非行など教育荒廃といわれる現象が目立ち、それに対する学校側の対応にも多くの問題点が指摘されている昨今であり、危機的事態も生じてきている。

加えて、2002年から学校週5日制が完全実施の方向にあり、総合な学習の時間(仮称)の新設を含めた新教育課程の編成など、全職員が一体となって解決しなければならない重要課題が山積している。

従って、今こそ私達は、本道教育が積年抱いていた主任制問題について、如何に立場が違うとはいえ、それぞれが大変な局面に立たされていることを自覚認識し、確執・対立から話合い・協調へと姿勢を転換し、抜本的に解決していくことが、後に続く若手教師に対する私達先輩の責務であると考える。

力強いことに、我が○○班の会員には「さすが北師」と言われている名の通った実践家や理論家、多大な影響力を持つリーダーがおられる。それらの方々が、己のこれまでの立場を乗り越えて、本市教育の方向づけや学校運営組織の活性化等について、強いリーダーシップを発揮してくれることを切望している。                               (平成10年3月20日)

 なお、北海道教育界の派閥については過去ブロ『ストレス 酒びたり 早死に 』を参照願いたい。  

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2011年11月17日 (木)

初雪と体の異変

今朝起きたら、向いの公園がうっすらと雪化粧。しかし、10時過ぎには既に消えていた。

0

報道によれば今年の初雪は観測史上三番目に遅かったとのこと。昨年は11月29日に数センチの積雪があったとブログに書かれていた。

さて、昨夜8時頃、入浴しようと思って衣服を脱ぎ始めるとお腹や腕や下肢に湿疹が出来ているのを発見。今迄かゆくもなかったのに湿疹を見たら急にかゆくなった。

原因は何だろうといろいろ考えたが分らない。夕飯に食べた手巻き寿司だろうかsign02しかし、今迄それを食べて湿疹になったことがない。それとも、ヒバの下枝を切り落ち葉を拾い集めた際の埃の中にカビを吸ったせいだろうか?

早速、今朝、近くの消化器内科医に診てもらったが何かのアレルギ症状ですねとのこと。セチリジンという抗アレルギー剤を4日分いただいてきたが、飲まずに様子をみようかと思っている。

季節の変わり目だけに、気温の変化に身体が順応しずらくなり、免疫力も劣ってきているので変な症状が現れるのだと勝手に解釈している。とに角、様子を見よう。(記:16日)

<追記>二階の窓からの眺め(撮影:17日06:30)

1 2

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2011年11月16日 (水)

TPOに応じた服装・言葉 教師としての心構え

下の写真を見て思い出した。教頭として2校目の話。職員朝会で「明日、卒業アルバムに使う職員写真を撮ります。それなりの服装にご留意下さい」と言った。

するとある年配の教員が「それなりの服装とは、ネクタイをして来いということですかsign02」との質問。私は「そんなことは、常識でご判断下さいsign01」と告げた。ところが次の日に撮った職員写真で背広・ネクタイをしてこない教員が約10名。

0

教頭と呼ばない運動を展開していた北教組の一部組合員が、私の指導に対する抵抗を服装で示したのだ。

私は、本校の教職員は「教師しての心構え」がなっていない面があると思っていた。

教師として、挨拶・言葉遣い・電話の対応・服装・後片付けや整理整頓等、社会人として必要な基本的生活習慣をしっかり見につけて欲しいものと願っていた。

とかく教師は、子ども達には要求して、「自分は大人だから子どもとは違う」という勝手な論理で、挨拶もせず、汚い言葉を遣い、TPO(time:時間、place:場所、occasion/opportunity場合/機会)をわきまえない服装をし、机上も整頓しない教員が多い。

“教師が最も社会性がない”と言われる原因の最大の理由がこれらのことにあると思われる。特に「言葉の暴力」に教師が気付かないのは怖いことである。校外学習のおりの指導についても、市民から一番批判されるのは教師の言葉の悪さと汚さである。

教師の暴言とその波紋の(スキー学習で 教師の問題発言が全国紙に)を参照のこと。

「自分はまだ未熟な教師である」という自覚をわすれず、子どもにも保護者にも謙虚な態度で接することが大切である。

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2011年11月15日 (火)

教職員人事異動とその方略

この時期になると次年度の教職員人事調書を関係機関に呈出しなければならない。私が校長を退職後、A町の教育長に迎えられたのは、この教職員人事に起因している。

それはA町のある中学校が校内暴力等で荒れ、その様子が新聞に大きく報道されたため、町民や同窓生から批判の声が多数、町長に寄せられた。

町長は“何とかして本町に良き教師を連れてきて欲しい。そのためには、多くの教職員を知っている学校現場出身者を教育長に招きたい”との意向を強く持った。それで私に白羽の矢が。

これまでのA町教育長は三代に亘って役場出身者が務めていた。従って、学校関係に疎く、まして教職員の名前すら殆ど知っていなかったわけである。

だから、各地域で評判の悪かった教職員(指導力不足や素行に問題のある教職員)であってもノーチェックでA町に受け入れ、他の学校関係者からA町は「吹き溜まり人事の町」(他所の問題ある教員が寄せ集まった吹き溜まりのような町)との悪名を戴いていた。

そのような実態を知っていた私は、評判の悪い教職員を他市町村に転出させ、意欲的で指導力のある教職員の移入に全力を尽くした。

しかし、評判の悪い教職員は校長あがりの教育長には直ぐバレテしまい、受け入れてくれない。従って、行政上がりの教育長のいる市町村に、旨くダマシテ受け入れてもらったが、3年がかりでやっと異動させた教員もいた。

とに角、悪しき教員を異動させるのに4年もかかった。この苦労を生かし人事に際しては次のような方略を持って望んだ。

  1. 夏休み前までに校長から校内人事構想(2年分)をただし、異動させたい教職員名と受け入れたい教職員名を理由を付して提出させる。
  2. 夏休み期間中に受け入れたい教職員の勤務校の校長に、該当教職員の異動対象者であるかどうかの確認と、本人が本町に来る意向があるかどうかを確かめてもらう。
  3. 受け入れたい教職員が人事調書を書く場合は、本町を希望している旨を書くよう校長から指導してもらう。
  4. 教育長と本町教職員の人事面接に当たっては、本人の自己ピーアールをさせ、特別ない場合は、どこの市町村に異動しても文句を言わない(白紙委任)ことを確認させる。
  5. 他市町村から異動対象教職員に関する問い合わせがあった場合は、該当者の不利益になるようなことを一切述べないことを校長から教職員に指導してもらう。
  6. 道教委○○教育局企画総務部の人事担当者との協議に際しては、指導力のない教員について細かなことを話さず、特技らしい点のみを強調する。
  7. 冬休み期間中、教育局人事担当者から情報を入手し、転入教職員の身元調査をする。ただし、当該学校長はウソをつくので、近隣学校の教職員にA町の教職員から調査させる。
  8. 万が一、他市町村から指導力不足教職員を受け入れなければならない事態に直面した時は、1~2年契約で受け入れるが、改善されない場合は強制的に異動させることの言質を教育局人事担当者からとっておく。

「教育は人なり」と言われているが、教育の成果は正しく教員の指導力にかかっている。

従って、どこの市町村も「良い先生」「指導力のある先生」を求めている。一方、異動対象教職員の希望地は札幌に近い利便地や中核都市に殺到する。このような現状から、教職員の希望していない町村では、良い教員を確保するのが極めて困難なわけである。

「啐啄同時」(そったくどうじ)という言葉があるが、人事に関しても絶妙なタイミングがあるのだ。なお、教育と「啐啄同時」についてはここ誕生 「ツン ツン」 音、 ツン ツン」 音、 )を参照のこと。

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2011年11月14日 (月)

MOA美術館児童作品展 表彰式

小学生を対象にMOA美術館が主催する児童作品展の表彰式が、去る、10月29日にあった。

3 今年は孫娘がA地区で奨励賞を受賞。表彰式の様子を掲載した新聞などが嫁さんから贈られてきた。

CDには孫の作品についての講評も述べられていた。

① 審査員がこの絵については、満場一致で素晴らしい、グランプリに相応しいと絶賛した。

② 絵から「わあー、凄い」という声が聞こえてきます。熊を見たときの感動の声が。

③ 今迄、こういうタイプの絵がなく、気持ちが一杯こもっていて、感動が溢れる絵がなかった。

④ 感動の声が聞こえてくる絵であり大人には描けない絵である。

などと、褒めちぎっていた。

教員時代の私は、子どもの絵の見方が分らず間違った評価を下したことがあった。こんな具合に(絵の評価)。とにかく、子どもの絵は感動が伝わってこなければ良い絵とは言えないようだ。

来年の夏休みには、どのような「絵になる感動体験」をさせたらいいのだろうかsign02なかなか難しい課題である。

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2011年11月13日 (日)

窓ガラス 10年無償保障とは

今日は、書斎にある窓のペアガラスに外気が入り、水蒸気や水滴で曇りだしたので交換してもらつた。

1 この窓ガラスの無償保障期間は10年だったことを知らなかった。

我が家の窓は、既に保障期間が過ぎていた。

たった1枚なのに結構な値段。

名称:ペアーガラス LOW-E 3-12-3  規格:w1585H1105 単価:42,000円

取付費:7,500円

なお、ペアガラスとは複数枚の板ガラスを重ね、その間に乾燥空気やアルゴンガス等の入った中間層を設ける形で1ユニットを構成するガラス。その特徴は断熱性が高く、結露しにくいところにあるとのこと。

2_2それにしても、我が家には大小35枚のペアガラス・サッシが入っている。

これが年を追うごとにトラブルが発生するなんて、考えてもいなかった。

これから経費もかかることだろうが、窓越しに四季折々の美しい庭の花たちも眺められるし、柔らかな日差しが部屋の奥まで差し込み明るい気持ちにさせてくれる窓ガラス。

さらに、断熱効果が抜群で、冬でも真夏並みの室温を保つことが出来るのでペアガラス窓に感謝している。

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2011年11月12日 (土)

バラの雪囲い

来週が12月下旬並みの寒気が訪れ、平地でも積雪が予想されるとの天気予報。今日は最後の小春日和と思い、バラを中心とした雪囲いに取り掛かった。

初めにバラの葉を取る仕事。葉を取らなければ伸びすぎるし病気にもかかりやすいとのこと。衣服にトゲが刺さり大変な仕事。

    最盛期のバラ                    丸裸のバラ

1

0

葉をむしり取った後、莚(むしろ)で覆うのだが、早すぎるとバラが蒸(む)れてしまい、生育に災いするとのこと。

だから、本格的な寒さが到来したころ莚がけをしようと思っている。しばらくはこんな様子。

1_3

なお、15年前に家を建てた時に設置したウッドデッキの壁際が一部腐食したので、笠木取替えをしてもらった。

序でにペンキも塗った。実に13年ぶり。

2

庭の雪囲いを早く済ませ、またウォーキングを再開したいと思っている。(記:11.11.11記念すべき日?)

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2011年11月11日 (金)

教育活動と情報公開 日本一かな

中部国際空港に一番近い常滑市。古くから焼き物の町として知られ、現在も窯業が主産業となつている。陶芸と花を愛する妻が中学時代の友達4人と訪れた町。

1 ←<土管坂>

偶然、この町の東小学校のブログに行き着いた。

驚きの連続。校長室便りは1日に2回も更新される日もある。

教育活動をしている子ども達や担任の顔まで載っている。さすが国際交流をしているだけあって世界に開かれている。

今、原発問題に関わる隠蔽やヤラセが問題となり、経済界ではオリンパスの20年以上にわたる損失隠しが問題となっている。また、教育界では教職員の不正な勤務実態が明らかになった。

このように政財界を問わず、日本のあらゆる所で不正が横行している。そのような中で、常滑市立東小学校のホームページや校長室のブログがとても新鮮に感じた。

このブログやホームページが悪用されないことを祈っている。なお、常滑東小学校のホームページはこれ(情報提供http://www.schoolweb.ne.jp/weblog/index.php?id=2310113)。

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2011年11月10日 (木)

山道で迷わない歩き方

過日、先輩に案内されてキノコ採りに行った時のことである。

1 妻が言う。「貴方、A先生は林や沢に入って帰る時は、必ずもと来た道を辿るんだからsign01気を付けて見ていてごらん。不思議と同じだからsign02

確かに妻の言う通りだった。道理で今までに1人で山歩きをしているのに、道に迷ったという話を聞いたことがない。

A先生に聞くと、必ず幾つかの目印を決め、踏みつけた道を辿るようにしているとのこと。

さて、ある雑誌を見ていたら、こんな詩に出くわした。

             旅の初めに

                            米原 百合

山道はわかりにくいから 遠くに見えるあの木を 目印に行くといい

迷いそうになったら見上げてごらん あの木をめざしていけば いつか必ず着けるから

目印は遥かなものがいい 高いものがいい 遠い道を行くときには

この詩は人生を道になぞらえ、多くの示唆を与えてくれる。人生の途上には、病気や災害、境遇の変化、経済的問題など、悩み事は尽きない。だが、これらの日常的な問題にとらわれ過ぎてしまうと、本来目指すべき究極の目標を見失ってしまう危険性がある。

人生は遠い道を行くがごとき。目印は遥かで高いものにし、勇気と希望を持つて歩むべきであろう。

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2011年11月 9日 (水)

栗山英樹と「フィールド・オブ・ドリームス」の再現

過日、日本ハム新監督に栗山英樹さんの就任が決定。そして昨日、HBCテレビの「北海道NEWS1」で“栗山監督”が来ることを歓迎して喜びにわくマチの様子が放映されていた。

私も数年前に友達に誘われて「栗の樹ファーム」に行ったことがあったので、TV画面を見ながらその時のことを思い出した。

夕張市の手前に位置する栗山町。丘の上にある手づくりで天然芝生の「少年野球場」。この小さな球場はアメリカ映画「フィールド・オブ・ドリームス」に魅せられた栗山英樹さんの憧れから実現したものらしい。

私が訪れた時は、東京の少年団と地元のリトルタイガーズとの対戦。よく見るとお下げ髪の女子も混じっている微笑ましい光景。

外野のフェンス代わりのトウモロコシ畑。打球がその畑に入った場合は二塁打。トウモロコシ畑に球を探しに入る選手。札幌ドームで観るプロ野球も面白いが、この「栗の樹ファーム」(球場)の芝生の斜面に寝転びながら観る少年野球も趣があって良い。

この中から、未来のプロ選手が出ることを夢見て、球場を造った栗山英樹さんと支援を惜しまなかった栗山町の人達に大きな拍手を送りたい。

なお、米野球映画「フィールド・オブ・ドリームス」(1989年)の撮影舞台なった中西部アイオワ州のトウモロコシ畑などが投資会社に売却され、若者向けの球場やトレーニング施設などを持つ「オールスター・ボールパーク・ヘブン」として開発されるという。(道新報道)

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2011年11月 8日 (火)

サン・ジミニャーノでの出来事

BSテレビを観ていたらイタリアの「美しき塔の町」サン・ジミニャードの散策場面。私は教育委員会を退職後、半年して義兄達とツアーのイタリア旅行に出発した(2007.5.27)。

4日目のこと。シエナからサン・ジヤミニャーノへ。

2_2

旧市街の南門をくぐり、ドゥオモ広場に続く路地を散策。

3 4

              丘の上から一面広がるプドウ畑を眺める。

0

ところが、この後にハプニングが起きた。集合時刻を済んでいるのに札幌出身の夫婦が現れないのだ。慌てた添乗員は再度、ドゥオモ広場へ行き別の道から下りてきたが、見つからない。私達も添乗員と手分けして探しに出た。

結果的に集合時刻を1時間も遅れて姿を見せた夫婦。旦那は「今まで年に数回、海外出張で来ているのに、このように道に迷ったのは初めてです。皆さんすいません。」と頭を下げた。

さて、次の日はピサの斜塔の見学。

5 ところが、昨日、道に迷った夫婦が重たそうな包みを持って、歩いているのが目に入った。

何かと問うと「昨日は皆さんに大変ご迷惑をおかけしましたので、償いにプレゼントをしようと思って買ってきたのです」と言う。

中味はミネラルウォーターとのこと。私は奥さんのもっている水を変わりに運んであげた。

私は心の中で「何故、水をプレゼントするのだろう?水なら観光バスの中で売っているのにsign02そこまで気が回らないから道に迷うのだsign01」とあきれてしまった。

いずれにしても、海外旅行に慣れていたなら、なおさら油断してはいけないことを改めて学んだ出来事だった。

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2011年11月 7日 (月)

医療妨害事件を起こした 女教師

ある50代後半の独身女教員Aは、同居している父親が病気になったため、自宅近くの病院へ入院させることにしました。そして、妹と2人で介護を分担することにしました。

苦労した父親が可哀想なので、手厚い介護に努めていましたが、次第に疲れが積もっていきました。

 0 数か月経つと、父親の存在自体が煩わしくなり、とんでもない行為に出てしまったわけです。即ち、一進一退を続ける父親が点滴をしながら横たわったいる時、勝手にその装置を外してしまったわけです。

この医療妨害行為は医師仲間で大きな話題となりましたが、妨害行為を犯したのが教員であり、もし訴えたり公表した場合は、教育界をはじめ子ども、保護者、地域社会に想像もつかないような悪影響を及ぼすとのことで、穏便にすませることにしたそうです。

その話を耳にした私は、該当の校長に伝え、A教員が介護しやすいような校内体制をとることができないか相談しました。特に、介護休暇を取る意志があるかどうかの確認をしてくれるよう話しました。

介護休暇は、家族の介護のための休暇を連続する6か月取得できるものであり、介護休業手当金は、教職員共済組合や教職員互助会から、介護手当(3か月を超える期間)1日につき給料日額の60%が支給されることや、1か月以上休むことが確実になった時点で、代替教諭が措置される(ただし、時間で取得する場合、代替者は措置されない)ことになっているのです。

結果的に、A教員は6か月の介護休暇をとることになり、代替教諭も発令され安心して介護にあたることができるようになった。そして、再び明るさを取り戻すことができたわけです。

なお、介護休暇をとる前のA教員は、連日、授業を終わると直ぐ時間年休をとるし、一寸したことでもヒステリックになり、子どもや職場の仲間から変な目で見られていたのです。

今、日本は世界に例のない超高齢化社会に突入しました。教員の中には親の介護をしなければならない者も多数いると思われます。そのような時は、思い切って介護休暇を取得することを勧めます。

情緒不安定な中で授業をしては子どもが可哀想であり、教育活動の成果も上げることができないと思われます。

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2011年11月 6日 (日)

心に残る あじわい深い言葉 ① 

私のメモカードに記されていた言葉。なかなか味わい深いので、いくつか紹介しよう。

● より良く、より早く、より沢山できるように教えようと絶えずアクセルを踏みっぱなしできた。状況、実態に応じて、適度にブレーキを踏むことを忘れない授業でなければならない。

○ 21世紀の健康観は、病気や障害があるなしではなく、明日に希望を持ち生きる活力があるかないかで決まる。(吉本興行東京本社代表 横沢)

○ 人生のあじわい  化学に素人(しろおと)は「理科実験をするので試験管に水を持ってきなさい」と言えば一杯持ってくる。プロは1/3程度持ってくる。素人の生き方は、あれも欲しい、これも欲しい、あゝもしたい、あそこへも行きたいと物欲を求めた量的な生き方をし、プロは質的な生き方をする。

教え方のプロは少なく教えて多くを学ばせようとする。育て方のプロは自力解決をさせようとし、その力の源として多くを体験させようとする。

○ 父ありて我が強さあり/母ありて我がやさしさあり/父の姿いつも忘れず  /我が心の支えなり(千代大海が心の支えにしている詩)

○ 喜びが集まったよりも/悲しみが集まった方が/幸せに近いような気がする  強いものが集まったよりも/弱いものが集まった方が/真実に近いような気がする/幸せが集まったよりも/不幸せが集まった方が/愛に近いような気がする(星野富弘)

○ ①アスファルトの平坦な道ばかりを歩いていると、時に、冬は滑ってケガをすることがある。神経を使って自然の道を歩くことが、自分を守ることになり、選手は結果を出せる。 ②何か楽しみながらやれるものがあれば生活の張りができる。 ③自分の心の中のメダルを探し生きて欲しい。(川端絵美:第15回~17回冬季オリンピック出場)

○ 体の声を聞きながら体と話していた。体が行けと言った。(高橋尚子:シドニーオリンピック マラソン1位)

○ 学識だけでは立派な人間とは言えない。学問も必要だが、人間形成がなければ知識ある動物になる。(松下幸之助)

これらの言葉をどう味わうかは人それぞれに寄った違う。また、味付けもいろいろある。一例を紹介しよう(●印の部分)。

教育改革という名の下にスローガンはいろいろ変わりました。しかし、私達はこれまでに“より沢山、より早く、より上手”に教えることを目指して、強くアクセルを踏んできたきらいがあります。

果たして、それでよいのでしょうか。これからは、実態や状況に応じてブレーキをかけ、時には、道端に咲く草花に目をやり、自然の変化を肌で感じとるような教師にならなければなりません。

そのような視点から、本日の授業は如何でしたか。忌憚のないご意見・ご感想をお寄せ下されば幸いです。

最後に会場校をお引き受けしましたが、いたらぬ点が多々あったのではないかと思いますが、本校や○○中学校職員の努力に免じてお許し下されば幸いです。(教育振興会の授業公開会場校の謝辞)

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2011年11月 5日 (土)

お金のかからない良薬

教職40年を終えた後、自作のキヤンピングカーで全国一周の旅に出るのが私の夢だった。しかし、身体的弱者を狙う犯罪が多発している昨今、「何時襲われるかも知れないよ」との義兄の忠告にしたがって、この夢の実現を断念した。

1 その代わり、「四国八十八ヵ所遍路の旅」を考えた。

2005年に左記の雑誌(全30冊)を購入し、準備に取り掛かろうとしたが、脊柱管狭窄症に悩まされ、この夢の実現も怪しくなった。

しかし、それでも諦めずに日頃からウォーキングに努めている。

さて、人間にとって「歩く」という行動にはどんな意義があるのだろうか。

▲運動心理学の立場からは、歩くと足の筋肉で血液が心臓方向に押し出され、血液の循環がよくなる。また、脳が活性化されるし、気分も変わってウツな気持ちが解消されていくと言う。

▲宗教学者の山折哲雄さんは、心に怒りや寂しさ、不平不満を抱えていても、歩けば、それはただ「悲しみの感覚」に鈍化する、と説く。

▲ジャン・ジャック・ルソー、キルケゴール、ベートーベンもよく歩き、考えたり創作したという。

私達凡人でも、歩いている時に突然いいアイデアが浮かんだり、心が癒されることもある。

歩くことは、お金のかからない良薬である。

足腰が鍛えられ、頭の老化を防ぎ健康が増進される。そして体力がつけば第二の夢である「お遍路の旅」も可能となる。まだ、73歳になったばかりだ。時はある。あせらず地道に努力しようsign03

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2011年11月 4日 (金)

偏差値で負けたなら スポーツで勝て!

1 今日も小春日和sunなので散歩に出た。

遊歩道の白樺並木。緑の草、幹の白、葉の黄色、空の青のコントラストが極めてきれいhappy01

何か幸せ一杯の気持ちにさせてくれるから自然は不思議。

15分ほど歩いたら、陸上競技場の方から太鼓の音。続いて何かの放送。

スタンドに行くと、北海道大学(通称:北大)と札幌大学(札大)のアメリカン・フットボールの試合。

2

得点を聞くと、大差で北大が勝っているとのこと。それを聞いて“偏差値では敵わないのだから、せめてスポーツぐらいは勝ってくれよsign03”と心でつぶやいていた。

北海道では北大卒が各界のリーダー的存在。しかし、その北大すら道外の国立一流大学と比較すると雲泥の差があると言う。今、偏差値の一番高い大学を卒業した者が、ウソや偽り、社会的不信感を招くような言動をとっていると思われる(偏見かなー)・・・・・と、こんなことを思いながら競技場を後にした。

なお、競技場前の広場に大きなモーニュメント。

3

“「君よ今 北の大地の風となれ」をスローガンとする第44回国民体育大会(1989年・はまなす国体)の開催を記念するとともに、道民が北の大地の上に風に向かい毅然として立ち、未来に向かって限りなく飛翔することを願い、この像を建てる。”

1988年12月 北海道知事 横路孝弘  札幌市長 板垣武四  作者 松明日香 と書かれている。私が昇任教頭になった年に建立されたことを家に帰ってから分った。

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2011年11月 3日 (木)

雪吊り 11月のガーデン

小春日和の昨日(11月1日)、昨年より12日早く雪吊りをした。

1

手前の門かぶり松に2時間半も要した。木に登り支柱を固定したり、枝の間にナイロン製の縄を通すのに一苦労。昨年より足腰が衰えているには驚いた。今年はウォーキングの回数が少なかったせいだろうか。

さて、あと数週間で初雪を迎える我が家の庭には、数本のバラと菊のような花が咲いている。また、ドウダンツツジが鮮やかに晩秋を彩っている。

2 3

4 5

地面が凍らないうちに冬囲いをしなければならない。しかし、バラをムシロで囲うには温か過ぎると蒸れてしまう。何時作業をしてよいか、天気や気温とにらめっこの日が近づいた。<記:11月2日>

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2011年11月 2日 (水)

保護者からの投書 校長の無責任な行動

教育長時代に、北海道○○教育局より下記の投書があったので事実関係を調べ報告して下さいとの電話が入った。投書は下記の通り。

教育局長様におかれましては、ますますご健勝のこととご拝察申し上げます。

さて、私は、○○中学校に通う生徒の保護者です。実は、ある先生から、今年赴任してまいりました校長が、勤務時間中にもかかわらず、学校を抜け出し、別の市町村に勤務する奥さんを迎えに行っているとのことです。

それが1度や2度ではなく、ほとんど連日のように行われているそうです。さらには、前の学校においても行われていたとの噂があるそうです。これが、真実であるとすれば、許し難い事です。

最近、教員や警察等の公務員による不詳事がニュースなどで大きく取り上げられ、問題となつています。この時期に、学校の長自らが、世間の常識では考えられないことを行っているとすれば、公務員の倫理に反する非常識さを問われるばかりでなく、学校教育の信頼をも傷つける無責任な行動であるとしか言いようがありません。

教育局長様もご存じの通り、○○中学校は、以前様々な問題を抱えた学校でした。それが、先生方のご努力により、徐々に変わってきています。

私は、一人の保護者として、また、一人の町民として、○○中学校が過去の学校に戻ってほしくないのです。そのためにも、校長となる方は、生徒に対しても、先生方に対しても、模範を示していただけるような立派な方でなくてはならないと考えます。

そこで、教育局長様に、ぜひ、お願いがございます。まずは、前述したことが事実であるかどうかを今月中にご調査下さい。そして、その結果について、全保護者にご説明いただきたいと思います。

さらに、事実であった場合は、校長の退任と、勤務に従事しなかった分の給与の返還を求めます。もし、納得のいかぬ回答、処分であった場合は、マスコミの力を借りるとともに、PTAの力を結集して事実の解明を図っていく所存です。

子どもを思う親の気持ちをご理解いただき、厳正なる調査、説明がなされますよう心よりお願い申し上げます。

                              ○○中学校保護者より

早速、私は上記内容の事実関係を調査した。

初めに、教頭に聞くのが筋だが、彼はA校長の後輩なので恐らく校長を弁護するだろうと思って、別の派閥に属するB教員(教頭候補)に校長の勤務振りを聞いた。

B教員は「前の校長と違って、部活動の様子を見に来る回数は少ないですが、労いの言葉をかけてくれることがあります。何かあったんですかsign02」と怪訝そうな様子。しかし、「勤務時間中に学校を空けているかどうかは、教頭がよく知っていると思います」との返答。

次に、奥さんが勤めている学校の教頭(私の知っている人物)に、奥さんの勤務状況を聞いたところ、真面目であり、車を運転できないので電車通をしている。だから、何時も定時に出勤、退勤しているとのこと。また、主人が迎えに来たことは1学期に1、2度あったくらいと言う。

最後に、当事者であるA校長に投書を見せ、事実関係を問いただした。彼は、母親が入院しているので、月に1度入院費用を収めに妻同伴で行くことがあるが、全て勤務時間終了後の行動である。また、同窓会の仕事で勤務時間中に学校を空けることは数回あったと釈明した。

さて、このA校長は小規模校(学年1クラス)の中学校に新採用校長として2年間勤務し、その後、周辺地域の中心的な役割を担っている本町の中学校に赴任してきたのである。しかも、若い時に奥さんと離婚し、自分の娘のような若い教員と再婚していたので、彼を知っている教員の中では、何かと話題に上る人物だった。

私はA校長とまだ数か月のお付き合いしかないので、調べた内容を正直に教育局に報告した。

ところが、12月の人事協議の時、教育局長が

「投書のあったA校長を○○町へ異動させます。僅か1年で異動させるので教育長も驚かれることと思うが、勤務時間中に退勤し、ある市の駅前で妻と2人で焼き鳥を食べている姿を2度も見ているのです。たまたま、出張帰りに企画管理課長とその店に行った時のことですが・・・・・・。教育長のかばいたい気持ちはわかるのですが、あの投書は事実なのですよsign02」との弁。

この話を聞き、焼き鳥屋の件についてA校長に問いつめると、正直に白状した。また、異動の件についても「教育長さんには大変ご迷惑をおかけしました。異動の件は仕方ありません。不徳の致すところです。」と覚悟を決めていたような言葉。

この人事については、その後も尾を引き「何故1年で異動したのですか」「どうして中心校から田舎の学校へ行ったのですか?何か悪いことをしたのですかsign02」と他の校長や教職員、役場の部課長などにも聞かれた。

私は「○○町の学校で多くの問題を抱えて困っているのです。だから、その解決のためにA校長の力を是非とも貸して欲しいという○○町の教育長の強い要望に、教育局長が応えた人事なのです。本町の○○中学校は教職員が一丸となって教育活動を推進していますので、今回は助けてあげたのです。」と、ウソの弁明をした。

その後、校長人事の時期になると事前に局長にお会いし、希望する人材を2人に絞って説得してきたが、教育局長も2年周期で変るため、これまでの慣習や教育長の進言を無視し、一方的な人事を強行することもあった。そのため、校長の力量不足を嘆く教職員が現れるなど、何かと問題ある人事になってきている傾向が見受けられる。

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2011年11月 1日 (火)

写生会と 事前指導

6年生の秋の写生会。場所は学校の敷地内。

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学年の図工担当教師Aが写生のポイントについて説明しはじめた。

←ポプラの木の前で児童への問いかけ。

「この木の特徴はなんだろう?」と。

子ども達は「大きい、幹が太い、根が張っている・・・・」と答えていった。

「そうだねsign01さあ、みんなこの木の肌に触ってごらん?」と促し、その後、感想を述べさせた。

・木の肌がゴツゴツしていること

・年老いたポプラの木の表情が表れていること。

・幹は地面に近づくほどガッチリと太くなり、大木を支えていること。

・枝はすべて空に向かって伸びており、柳の枝とは反対であること。

「このポプラを描きたい人は、自分が一番心が動かされたところ、感動したところを画面一杯に表現して下さい。木全体ではなく一部でも良いのですよsign02」とのコメント。

また、ひまわりの大きさと高い背丈を表現したい人は校舎を・・・・・・・・・。空を見れば秋だということが分る空を・・・・・・・・。と描くポイントを説明していった。

このA先生は中央の画壇で賞を戴いたとのある画家でもあり、私が三校目に勤めた小学校が全国教育美術展か全国絵画コンクールで学校賞を二度も受賞したときの指導者だった。

このポプラの老木のある学校では、そのようなコンクールに応募することに反対であったため、個人の作品が質の高いレベルで評価を受ける機会がなかった。

そして、ジェンダーフリーとか男女差の排除、学習指導要領の反対、教育課程の自主編成、4週5休の定着、土曜日のノーカバンデー、主任制度反対などを唱え、組合立学校の様相を呈していた。

しかし、職員の中には素晴らしい実践家がおり、管内的に高く評価されていた教員もいたが、学校全体のレベルアップには程遠い状況だつた。

私はこのポプラの木を見ると、あの時の写生会の様子や、村八分的存在から脱皮した40代後半の私の姿が走馬灯のように浮かんでくる。

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