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2011年12月

2011年12月31日 (土)

appochan家の 10大ニュース

世界を震撼させた地震・津波・原発事故に見舞われた日本だが、「なでしこジャパン」のパワーが一縷の望みを与えてくれた1年。

我が家にもいろいろなことがあった。10大ニュースにすればこんなことかなsign02

  1. 原発事故による放射能汚染危機で本州から避難してきた息子夫婦達7人を我が家で受け入れ。
  2. 地震と計画停電に怯え精神状態が不安定になっていた孫とグアム島へ  地震・停電と心のケア
  3. 孫の運動会に感動  本州の運動会 感動と驚きの連続
  4. 孫達と3泊4日の道南旅行  道南旅行1 一路函館へ
  5. 長距離ウォーキングに達成感  ウォーキングに挑戦 エルフィンロードの経過時刻
  6. 妻、初めての救急車  刺身に虫 胃痛で救急車要請
  7. スマートフォン購入  便利なスマートフォン
  8. 体に湿疹で点滴~原因不明  湿疹でも点滴 入院
  9. 孫MOA全国児童作品展に入選  第23回『MOA美術館全国児童作品展』の規模に驚く
  10. バラ園と陶芸の里巡りの旅へ~妻中学時代の友達と

<岐阜県可児市の世界に誇るバラ園>        <常滑市の土管坂>

1 2             

今年、一番嬉しかったことは脊柱狭窄症が改善されたこと。また、一口100回噛むことを3か月実践した結果、体重が3㎏も減り標準体重になったことだ。

さて、いよいよ大晦日。孫達は3日にシンガポール旅行で北海道へは来れない。娘夫婦と『NHK紅白歌合戦』を観ながら静かに年を越そう。

終わりになりましたが、私の拙いブログをお読み下さったり、コメントをお寄せ下った皆様に、心より感謝を申し上げます。ありがとうございました。

どうぞ、ご家族お揃いでよいお年をお迎え下さいsign03

<追記> 大晦日のご馳走(18:30~20:15)。

1 この後、年越しそばを食べる予定。胃に可なりの負担がかかるので、一寸だけ食べることにしよう。

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2011年12月30日 (金)

中学生への講話 道草も必要

最後になりますが、進路選択についてお話します。

私の中学時代は、高校入試を希望する人はクラスの三分の一に満たなかったです。と言うことは、中学を卒業しても沢山の就職があったからです。

男子であれば、商店の配達係、鉄工場の工員、水産加工場の仕事、船乗りなど。女子であれば、店員、縫い物工場・パン工場・ゴム工場などの女工、バスガイドなどです。

また、高校も普通科・商業科・工業科・水産科・家庭科高校などがあり、普通科高校は地域によって受験できるところが決まって(小学区制)いましたので、いくら優秀だからといっても、他の地域の高校に通うことはできませんでした。

高校受験の人達は、自分は将来どのような職業につきたいかを決めて高校を選択しました。

最近、中学浪人は聞きませんが、私のクラスには1浪して普通科高校に入った人が2人いました。その1人は医者になっています。ドイツ語を独学でやっていました。

私達の時代は、まだ、のんびりした時代でしたので、勿論、教科の学習塾はなく、あったのはソロバン塾ぐらいでした。また、問題集の種類もほとんどなく、大体、教科書中心で復習・予習を30分程度するぐらいで済みました。

高校入試も全教科が対象で、国語・社会・数学・理科が15点満点。他の教科は10点満点でした。英語は10点満点でしたが参考として見るだけで、合計得点には含めませんでした。従って、合計は100点で最低60点で合格することができたのです。

現在は、国語・社会・数学・理科・英語の5教科で、各教科60点満点であり、合計300点になっています。A校は最低が130点(43%)、B校の最低は158点(53%)ですので、大体5割とれれば合格できるようです。

昔と比較して、今の高校入試は大変ではありません。大変なのは親の考え方や期待に応えるのが大変なわけです。

親は、一流高校、一流大学に入って一流企業に就職し、沢山の給料をもらえるのが、一番の幸せと考えがちです。だから親の期待に応えるには大変だということです。

しかし、本当にそうなのでしょうか。しからば、今回のサリン事件を引き起こしたオオム真理教の幹部連中はどうなのでしょうか。幸せどころか、今まで日本の歴史になかった大悪党になったわけです。

学校で点数のみにしがみつき、高度な学問を身につけても、使い道を間違うととんでもない人になるわけです。

自分のよさを生かしたり、自分の身につけた学問を、このようなところで、世の為、人の為に生かすのだという確かな目当てを持たないから、あのような事件を引き起こしてしまったような気がします。

また、興味・関心のある事柄については、強い好奇心で探求することに熱中することも素晴らしいことなのです。

今の皆さんは、どちらかと言えば学校や塾の勉強に追われがちです。しかし、青少年活動やボランティア活動を含めいろいろな経験を積むことが、社会的自立を図ることになり、自分の人生を豊かにしてくれる源になるのです。

目的に向ってストレートに進むだけが道ではありません。時には道草を食うことも必要なのです。学習でも丸暗記一辺倒ではなく、「何故」「どうして」「他には・・・」など想像力、創造力を働かせて拡散的発想で学習することも大切なのです。

そのような道草の学習から意外な発見があったり、貴重な体験を積むことができるのです。どうぞ、道草することを恐れないで下さい。

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2011年12月29日 (木)

中学生への講話 世の中は自分でつくる

人間はこの世の中には一度だけしか生まれてきません。だから、自分の一生をできるだけ幸せなものにしたいと、誰でも考えます。それなら、どうしたら明るく、楽しい幸せな一生が送れるのでしょうかsign02

それには、他人との関係をいつも気持ちのよいものにしていくことが一番良いと思います。そうすると、自分の周りがいつでも気持ちの良いことばかりで一杯に包まれてしまいます。そういう時に、人間は「ああ、良い世の中だなあsign01」と思うものです。そして、毎日毎日楽しく暮らしていけます。

これと反対に、人と喧嘩をしたりする人は、人に憎まれたり、自分で「いやな世の中」を作り、「不幸な一生」を作ってしまいます。だから、私達は他人や社会のために善いことをするように心掛けることが大切と思います。

東大の学長であった茅誠司(かやせいじ)という先生が、明るい社会を作るために、先ず、皆でできることから実行しようと勧めておられる『小さな親切運動』も、そうした考えからなのです。

小さな例としては、アパートの草刈やごみステーションの清掃、道端のごみ拾いなどをして町内会の人達ら“ありがとう”と言われた経験。ある子供会では「火の用心」を訴えて夜に町内を一巡しているのも素晴らしい活動です。

スケールの大きな例としては、小樽運河の埋め立て反対運動や京都・奈良・倉敷などの「街並み保存運動」なども挙げることができます。

1人の人間は弱い生き物です。速さを比べても犬や猫にさえ負けます。力比べをしても馬や牛にさえ負けます。時には目に見えない小さなバイキンにさえ負けてしまいます。人間の力が発揮できるのは、皆で支え合い、小さな力を合わせ、協力しあうからではないでしょうかsign02

皆さんが、人に親切にし「協力」を惜しまない人になることを期待します。

                                  (続く)

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2011年12月28日 (水)

中学生への講話 福祉の心について

A町に福祉村という所があります。ここにある施設は全道各地から身体的にかなり重度の障害を持っている方々が集まり、共同で生活している所です。

障害に応じて、自分のできる仕事をしていました。ペンダントを作ったり、葉書の印刷をしたり、木工の作品を作ったり、いろいろ仕事を。

私は、仕事をしている20代の青年に「貴方は体のどこを患ったのですかsign02」とお聞きました。彼は口も少しマヒして話すのが不自由でしたが、

「私は4年前まで会社に勤めていましたが、交通事故により脊髄をやられてしまいました。物をつかむのが一番苦労します」と話して下さいました。

それを聞いて私は交通事故の恐ろしさを改めて認識しなおしましたし、不自由な体でも一生懸命努力している姿に、言葉に言い表すことの出来ないほどの感動を覚えました。また、自分が五体満足であることに感謝をし、もっともっと努力しなければならないような気になりました。

施設の中には、立つことも出来ずに、体全体で這っている人もいました。その人は小さい時に脳性麻痺を患ったそうです。

世の中のどこの親も、我が子がすくすくと成長することを願って子育てをしていますし、また、してきました。

赤ちゃんの時は、「這えば立て、立てば歩めの親心」という言葉の通り、その日その日の成長を楽しみにしていたわけです。しかし、時に病魔に襲われたり、あるいは事故に遭遇し、脳性麻痺や知的障害を患ったりもします。あのノーベル文学賞を受賞した大江健三郎さんの長男の光さんも、病で知的障害になってしまったわけです。

また、現在ぴんぴんと元気でいても、一寸した不注意で交通事故に遭わないとも限りません。例えば、高等学校で体育の先生をしていた星野富弘さんは、自分の得意技の空中展開に失敗し、脊髄損傷で車椅子の生活を送っております。

どの人も自分が好きで障害になったわけではありません。しかし、自分のハンデーを乗り越えて、血の滲むような努力によって生きているわけです。それなのに、周りの健常者の態度によって、随分悲しい思いをしたり、辛い思いをしているのではないでしょうかsign02

こんな例があります。

  1. 小学3年生の知的障害の女の子が、スクールバスの停留所まで母と連れ立って来る途中で、登校する他の学年の小学生から指をさされ、あざ笑われ、罵られることが続いた。お母さんもその子も心で泣いていましたが、歯を食いしばって我慢したそうです。
  2. 小学6年生の自閉症の子が、下校時にバスに乗るとき定期券をきちんと見せず、運転手に従わなかったことから、途中の停留所で襟首をつかまれて無理に降ろされ、迷い子になった。
  3. 脳性マヒの子の訴えですが、美術館で若いお嬢さんが私を見ています。じっと見つめています。貴方、私を「絵」の題材になさるおつもりですか。 歩行者天国で不思議そうな顔をして見る人。お前なんか家でおとなしくしていと言いたそうな顔をして見る人。貴方達と一緒に歩きたいだけなのに、私、そんなに邪魔ですか。

今、お話したのはA地区以外の例ですが、これからお話しする例は、共にB市の中学生と障害をもっている人との出来事です。

一つは、私の家のそばの坂での出来事です。

部活動を終えた中学生4人が、約100m歩程の坂道を上り始めた老人に目が留まり、余りにも歩みが遅くて大変な様子をしていた男の老人に、中学生の一人が老人の右手、他の一人は左手を取り、残りの2人は背中をそっと手で支え、老人の歩みに歩調を合わせてお世話をしているのを見ました。

約10分程かかって無事に坂の上にたどり着きました。私は、てっきり手をさしのべた中学生は、その老人の孫であり、他の3人は友達かなと思いました。ところが、坂の上まできた所で、老人は一人一人の中学生に握手を求め感謝の言葉をかけて別れるではありませんか。

やがて中学生は老人とは別の方向にそれぞれ帰って行きました。日の暮れ始める頃の出来事でした。私は、久しぶりに見た微笑ましい光景を自分の胸にだけに留めておくことがもったいなく、妻に直ぐ話したのは勿論ですが、次の日、中学生の通う学校の校長先生にその時のことを細かく報告いたしました。校長先生も喜び、機会があったら全校生徒に話したいとおっしゃって下さいました。

二つ目は、既に皆さんも新聞で知っていることと思いますが、同じB市の中学生ですが、授業を抜け出そうとして注意を受けた先生に暴力をふるったり、下級生に乱暴したうえ、知的障害の子に殴るなどの暴行を続けた事件です。何と悲しい出来事ではありませんか、絶対に許すことのできない出来事です。

そこで、この機会に21世紀に生きる皆さんと共に考えてみたいことがあります。それは、我が国はこれからどういう人が多くなっていくのだろうか、という問題です。

今から15年前の1980年には、65歳以上の高齢者(老人)が11人に1人しかいませんでした。ところが、あと5年後の2000年、即ち、今の中学3年生が丁度20歳になった時には、6.4人に1人が高齢者となるのです。

皆さんが社会でばりばり活躍する頃になると4人に1人が高齢者となことが予想されています。別な言い方をしますと、高齢化社会が進むと言えます。

また、現在の学校には知的障害、言語障害、情緒障害、肢体不自由児などの学級がありますが、病弱学級も全道の10支庁で開設されております。このように障害を持つ児童・生徒も年々増加してきておりますので、健康で元気な私達は、これからお年寄りや障害者とどう交流していくべきかが、大きな問題となるわけです。

交流を通して、その人の生き方から学ぶべきところが多々あるわけです。ですから学ぶ機会を作るとも大切と思うのです。

私達いつ障害者になるかも分かりません。しかし、お年寄りには全員がなるわけです。今、物が豊かで何不自由のない生活を送っていますが、人間の本当の幸せは物のみに求められるものではなく、心の豊かさに求められるのではないでしょうか。

                              (続く)

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2011年12月27日 (火)

中学生への講話 人生も山登と同じ

夏休みに入って、今日で丁度1週間過ぎるわけですが、私の中学校時代の夏休みは、毎日海に行ってホッキ下位ウニ・アワビとりに夢中でした。私は小樽水族館のある所に住んでいましたし、勿論、どこの家庭にもテレビはありませんでしたので、そのような毎日を過ごしたわけです。

0

現在はA市に住んでいますので、海へ行くのにも車で1時間はかかりますし、海へ行って貝などを採ったら密漁になり警察にご厄介になりますので寂しい限りです。従って、海へ行かない代わりに、1度は山へ行くことにしております。

定山渓の小天狗岳・八剣山や層雲峡の黒岳、大雪連邦の一つである朝日岳などに登ったりします。

山登りをしていると、だんだん上の方に1 登っていくにしたがって、下の方の景色がだんだん広く見えます。初めのうちはまだ低い所を歩いているので、狭い範囲しかあたりが見えません。そんな光景を眺めながら、こんなことを考えることがあります。

人生も山登りと同じだということです。人間は小さい時には世の中のことは、よく分らないものです。しかし、だんだん大きくなって上の方に行くと、少しずつ世の中が見えてきます。

そして、私ぐらいになると頂上の7割ぐらいの所まで登ってきておりまから、世の中も可也見えるようになってきています。

上の方から見ていると、皆が下の方から次々と登ってくる姿がよく見えます。あんなにスピードを出して登ったくると長続きしないなとか、なぜ、あの人は登山道から離れて谷の方に行くのだろう、また、無理をして急な近道を通るのだろう。「あぶないな」と心配するのですが、下から登ってくる人は、それが解らずに歩いていること等もよくあります。

人間の一生も山を登るのと同じなわけです。従って、人間の道を踏み外さないように正しく歩かないと、途中で失敗してしまいます。しかし、全然失敗のない人生はありません。小さな失敗を繰り返しながら人間は育っていくのですが、問題は大きな失敗で立ち直ることが困難な場合が問題なのです。そんな意味で、これからの生活で心がけていただきたいことを次に話します。           <続く>

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2011年12月26日 (月)

中学生への講話 「群れ遊び」は「成長剤」

平成7年7月31日 9:00~10:30まで、「道立青年の家」で中学生を対象に講話をした。その内容を記録に留めておこうと思ってUPした。

<はじめに>

皆さん、2泊3日の日程での「ボランティアリーダー養成講習会」大変ご苦労さまです。この2日間で多くの友達ができ交流を深めたことでしょう。昨日はよく寝ることができましたか。若干寝不足で疲労気味でないかとも思います。そのような中で、私の話を一方的に聞くのも大変なことだと思いますので、若干時間を縮めてお話したいと思います。

ところで、私はこの3月31日まで小学校に勤めており、4月からA管内の各学校を訪問し、校長先生方といろいろ学校のことについてお話する仕事についております。

1 健康の保持について

さて、過日A市の小学校を訪れた時のことです。校長先生に校内を案内していただせき、保健室の前で大変興味のあることに出会いました。廊下に机を並べ、その上に缶コーヒーや゜缶ジュース、スポーツドリンクなどや、チョコレート、スナック菓子の袋など自動販売機で売られている清涼飲料水をはじめ、普段、子ども達が食べているお菓子類がほとんど陳列してありました。

驚いたのは、その品物下に縦8センチ・横5センチ程のビニール袋に砂糖が入れてあったわけです。そして、袋に何グラムと書いてありました。

即ち、その品物を食べたり飲んだりすると「これだけの砂糖をとったことになるのですよ」と、人目で分るように工夫されているわけです。清涼飲料水の中でコカコーラが2袋範るのには驚きました。勿論、チョコレートやキラメルも多かったですが、エビせんやポテトチップも結構あることに気づきました。全然ないのがウウロン茶のみでした。

昔は、砂糖は大変貴重なもので、砂糖の一人当たりの消費量がその国の食生活の豊かさを表すバロメーターになっていましたが、今では全く逆で、砂糖は「文明病」の元凶とも言われ、高血圧、動脈硬化、糖尿病などの起こすもとになっているとも言われています。

勿論、砂糖は大切なものには違いはありませんが、とり過ぎが問題になるわけです。皆さんも、家庭科の先生や保健の先生からお話をお聞きしたことがあると思いますが、砂糖は骨を作るもとになるカルシュームを壊す働きがあるこことは知っていることでしょう。

中国では10人に一人が虫歯に罹っているそうですか、日本では虫歯に罹っていない子どもが10人に一人という具合で全く逆な状況になっているのです。

どの栄養素も偏って食べることは大変健康をそこなうわけですが、砂糖ばかりでなくカロリーの摂り過ぎもよくないわけです。勿論、同じカロリーを摂ってもその人の運動量にも大変深くかかわってきます。

最近、子どもの体が蝕まれているという指摘があります。学校保健会の調査によると、だるさや疲れやすさを訴える子どもが、小学生で約17%、中学3年生で50%と学年が進むに従って多くなっています。

また、「アレルギー症状」が多くなってたこと、歯並びが悪いこと、筋肉がおかしい、鼻血が出やすい、骨折が多い、体温調整ができないなどの指摘があります。

さらに、自律神経失調症や動脈硬化、糖尿病など大人の病気と言われた病気が、現在、子どもも罹るようになったとも言われています。原因は食生活や生活様式の変化によるわけですが、中でも運動不足が凄く関係しているようです。

こんな調査もあります。

昭和37年、即ち今から33年程前になりますが、テレビが国民の2軒に1台の割に普及してきたわけです。それまでは、子どもは家にいてもテレビがなかったわけですから、外に出て、何人かの子どもが集まって、体を動かしながら、自分達でルールを作りながら遊んでおりました。

所が、テレビの普及やテレビゲームやラジカセなどの普及により、子ども一人が室内で体を動かさず、メカに囲まれ「孤立型遊び」の傾向が顕著になってきたわけです。

例えば誕生会に友達を呼んでも、それぞれがテレビゲームなどで遊び、そこに沢山の友達がいても遊びそのものは一人遊びとそんなに変わらない状態であるようです。

昔の友達と一緒に遊ぶ「群れ遊び」は「成長剤」とも言われるほど、運動や外での遊びは、私達の成長に欠かすことのできない重要なものなのです。

皆さん、如何ですか。人生80年代に突入しました。皆さんは何歳まで生きたいですか。長生きしたいのは当り前と思いますが、生涯にわたり、質の高い人生を全うするためには、子どもの時から、健康に役立つ食生活や行動が自発的にとれることが大切であると思います。どうぞ、健康も体力も自分の努力によって培われるものですので、健康の保持に役立つ行動を実行することを期待します。         (続く)

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2011年12月25日 (日)

特別支援教育設置学校長協会の支部事務局長になって

新任校長になって初めて「特別支援教育設置学校長協会」の支部事務局長を務めることになった。これは全国規模の組織であり、主な事業として①研究協議会の開催 ②研究紀要並びに会報の発行 ③特別支援学級及び通級指導教室の教育に関する調査、研究 ④国・文科省への予算措置要望と特別支援教育充実を図るための提言などである。

私は昭和46年頃に知的障害学級や情緒障害学級、57年からは肢体不自由児学級や「ことばの教室」が設置されている学校に勤めたことがあったが、特別支援教育には強い関心を持っていなかった。

時には、健常児学級より教育予算が多いので教材備品購入にあたって融通してくれないかと特別支援学級の教員とトラブルを起こしたこともあったし、権利意識の強い教員が特別支援学級に多かった(私の勤めた学校ではの話)のでよく対立する場面があった。

それが、特別支援教育推進の要的な仕事が当たったので、正直に言って戸惑った。一番困ったことは、全国特別支援教育設置学校長協会の全国研究大会(北海道札幌市)の発表者を選出しなければならないことになったのだ。

私は特別支援教育を担当したこともないし、全国大会ともなければその道で相当の実践歴を持った教員でなければならない。

たまたま、研究所時代に同じデスクにいた所員が、隣町の中学校長をしているので相談してみた。

彼は「本校のA教員はその道のベテランであり、研究肌なので説得してみます」とのこと。数日後、了承したとの電話連絡。A教員には私のポケットマネーでお礼の気持ちを表したことを覚えている。

次に、事務局長としての大きな仕事は、宿泊体験学習のお世話なのだ。企画推進は各市町の輪番制になっていたが、事業推進に関わる予算獲得やおやつ・花火の購入など雑用的な仕事を会長と共にしなければならなかったわけだ。

何せ、特別支援教育設置学校からの微々たる会費と各教育委員会のご厚志により運営している事業だけに、宿泊施設は「道立青少年の家」を利用し、海水浴も経験させたいので安全管理面でも細心の注意を払ったことを思い出す。

海に育った私は、校長の中で唯一人海に入り、溺れたり潮に流されないように監視したり、先生方に注意を促した。

僅か1泊2日の日程であったが、修学旅行よりも疲れたし、特別支援教育を推進している教員の大変さも認識できた。

この行事を通して、教員の質や能力、意欲の違いを目の当たりした。また、教育長になってからも特別支援教育に関する情報量の多さで人事面も助けられた。

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2011年12月24日 (土)

新任校長の思い出 主任命課

1975年(昭和50)の学校教育施行規則改正により導入された主任制は、「教員に対する管理体制の強化であり、手当を支給し管理職意識を植え付ける事により、組合組織の弱体化を図るものである」と北教組は反対闘争に突入。

校長が主任を命課した場合、「教育業務連絡指導手当」の確認(昭和53年10月3日:いわゆる21項目確認)に基づき、実績報告書を道教委に提出する義務を負っていた。

しかし、組合員は“命課を認めていないし、校長が命課したと称する教員から指導・助言も受けていない。また、命課されたと称する教員も命課を返上しているし、これまで指導・助言をした実績はない”と主張。従って、実績報告は虚偽であり我々は認めるわけにはいかないとの反対の職場闘争を強化していた。

一方、北教組本部は主任に支給された手当を一括返上させ、一億数千万円(1981.2.24段階で)を道教委に返還するものの、道教委はそれを拒否。その後も返還運動が続いている。

このように、問題となっている主任命課を4月中に命課するのが校長の職務であり、市校長会も遅くとも26日までには命課報告をしようと確認。。

ところが、私が赴任した小学校は普通学級が6、特別支援学級が1であるため、法定主任は教務部長の一人だけ。

従って、校長の命課行為に対して分会長と分会執行部員と称する教員の2人で、命課後の話合い(組合側は交渉という)をするようになっていたので、放課後、30分足らずで話合いが終わり、4月10日前に教育委員会へ命課報告書を提出した。

分会執行委員との話合いで私は、「いくら組合が反対していても4月中にどの学校も命課を済ませ、撤回できる学校は1校もない。何回も職場交渉を繰り返していても埒が明かない。まして年度初めで多忙を極める時期であるので、話合いはこの程度でよいのではないかsign02 命課の書類を提出後、何か新たな問題が派生したらその時また話合いしましょう。」と了承を得た。

その後、直ぐ教育委員会に出向き経過説明を付して主任命課書を提出した。教育部長は「こんなに早く提出していいのでしょうかsign02」と驚いていたが、「一定の手続きを踏み組合側も了承しているので問題はないと思います。何かありましたら、直ぐご連絡下さい」と告げた。

翌日、市校長会会長から電話があり、「もう提出したのかsign02 北教組の前支部長が教務部長として命課されたのだから、大変だったのではないか?」と心配してくれたが、「彼は、既に教頭昇任に登録されているので、おかしな行動はとれないし利口に振る舞っていたいたよsign01」と告げると、安心したような声で「私の学校も急がなければならないなsign01」とつぶやいていた。

さて、それから数週間経った後、管内校長会議が支庁所在地で開催された。

その折、道教委A教育局局長が挨拶の中で主任闘争に触れ、「今年は地域によって命課する時期に大きな差が出た。早い学校は4月10日頃であり遅い学校は29日であった。しかし、4月中に命課できたのでほっとしているが、学校運営を考えれば、始業式当日までに命課されるのが望ましいと思うので、今後一層のご努力を期待する」とのこと。

この局長の挨拶を聞き、私が管内で一番早かったことを知った。特別早いからと言って自慢するほどのこともないが、これまで教員として25学級の小学校に勤務している時、分会長を務め、校長交渉の前面に立って取組んだことと、主任命課闘争が学校運営に多大な悪影響を及ぼしていることを知っていたので、分会交渉は逆に私が組合員に闘争の経緯や弊害、文科省の意図等について説明し理解してもらう場に等しいものだった。

主任闘争は現在でも継続されているが、命課は始業式当日には済ませている学校が殆どである。しかし、主任手当の返上行為は今でも行われており、累積された手当・利子とその運用面に多くの疑義が指摘されているのが現状である。

参考までに過去ブロ『北教組とカネ』を覗いて見て!

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2011年12月23日 (金)

学力向上 サポートシステムの提案

全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)で最下位のような実態であった北海道。今年の調査で、やっと「基礎学力に向上の兆しが見られた」と梶浦仁義務教育課長が述べている。

さらに「放課後や長期休業中の学習サポートなどの取り組みをさらに充実させたい」としている。

この報道(道新12/12 朝刊)を見て、私がこれまで見たり体験してきたことも含めて、学習サポートの方法について提案したい。

  1. 授業時間終了後、全校児童が自宅に帰らず、学校で『自習の時間』と称して学年別に一定時間、自学・自習をし家では原則、家庭学習をしなくても良いというシステム。このシステムは農村の学校で昭和40年代に実践していた事例である。毎年、公開研で実績を報告していた学校で有名であった。
  2. 放課後、学年内の先生方4人が当番制で『算数塾』を開設。クラスの壁を無くし希望者が自由に約60分~90分補習授業を受けるシステム。
  3. 中学校で中体連の部活動が終了した時期から、3年生全員を教職員(管理職を含めて)の数だけグループ分けし、高校入試に向けて放課後の補習授業をするシステム。この学校は中3テストを3点上げるという目標を立て、子どもの主体的学習を尊重しながら、先生方がサポートするシステム。
  4. 学校の教室を民間に貸し、英語教室や書道教室として有効利用してもらうシステム。私が中学1年のとき、こんな実績もあった。過去ブロ『学校で学習塾開設』を覗いてみて。
  5. 学校の教室を民間の学習塾に貸し出し、光熱費等の負担を軽くして上げた分、生徒の授業料を削減してもらうシステム。本州では1教科に9,000円の授業料(教材費を含めて)を取る学習塾が一般的。保護者の教育費の負担が大き過ぎる。
  6. コミュニティースクール(千葉県市川市の実践)として、地域の人材を補習授業にも活用する。ただし、ボランティアばかりでなく1教科いくばくかの謝礼を講師に渡すための財源を自治体が予算化するシステム。
  7. 夏季・冬季休業期間に学校で数時間程度、補習授業を組織する。私の初任者時代にはこのような子どもに対するサービスもあった。過去ブロ『教員と夏休み 今・昔』を参照のこと。 時代が違い過ぎるが、高校時代に夏季休業中に物理の原子に関する特別授業や人類学の授業も無償で提供していた教員もいた。

以上の項目などを参照にして“基礎学力の確保”に関して出来得るシステムを構築する必要があると思う。教師の熱意と学校・地域・保護者・教育委員会の連携によって大胆な発想でプラン化することを願っている。

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2011年12月22日 (木)

「釧路の教育を考える会」 学力向上提言書を市長らに提出

道新論説委員室の佐々木政文さんが執筆した“基礎学力にもっと光を”との主張を読んだ。

“中学生になっても分数の足し算ができない。九九も怪しい。赤十字を「あかじゅうじ」と読む。語順を覚えていないため辞書が引けない。割合の概念を理解していない。”と訴える個別指導の学習塾の訴えを取り上げている。

中でも“高校入試の模擬試験結果から推計して、小学校4年程度の基礎学力が心もとない生徒は「釧路では、2、3割はいる」と見る”との記述。

学力の低下は「地域経済の根幹を揺るがす問題」と位置づけ、①授業改善と家庭学習の推進 ②学力計測と補習の充実 ③保護者と地域の協力ーなど5点を、緊急実行課題に掲げ、「くしろ学力向上提言書2011」として、釧路市長らに提出したとのこと。

このことについて、私も思い当たることがある。それは昇任教頭として勤務した学校へ中学校の校長が小学校の教育について強く要望してきたこと。概要はこうだ。

「中学1~3年生に小学校で学んできている計算の四則問題を出して分析してみたら、小学校の3、4年の問題を解けない子が数割いた。この数値は酷すぎる。

中学校では、小学校の既習内容は当然マスターしてきているという前提にたって指導している。しかし、前提学力が不足しているため、学習活動に支障をきたしている。

これは、小学校の責任だ。今後このようなことのないよう、十分指導してから中学校へ送り出してほしいsign03」との強烈なクレーム。

このようにストレートにクレームをつける中学校長は珍しい。しかし、地域の算数・数学研究会ではよくこのことが話題となる、私もクレームをつけた校長からテスト用紙をもらい、自校の子どもに取組ませたところ、予想以上に悪かった。

では、算数・数学全般を通して一番基礎となる指導事項は何なのかを考えてみた。私は、

①かけざん九九 ②二位数どおしの加減(繰り上がり、繰り下がりのある) ③2位数÷1位数の割り算 を基礎基本として厳選したい。

これらの内容は全員が達成しておかなければならない事項であり、一人の落ちこぼれも許されないものであり、いわば学力保障しなければならない内容。しかし、学校現場ではこのことについての認識が甘過ぎる。

文科省も学校現場も、学力テストの平均値のみを問題視しがちである。そこに大きな落とし穴が潜んでいると思う。

極端な例だが、40人学級である算数テストの平均点が50点だったとしよう。Aクラスは50点が40人。Bクラスは100点が20人、0点が20人。どちらのクラスも平均点は50点。

しかし、今後の指導に多大な支障をきたすのはBクラスの方である。

一般的に学級の平均点を上げるには、理解の遅い子を対象に多くの指導時間をかけても成果は余り期待できない。それよりも理解の早い子に多くを期待し、「はやく」「たくさん」できるように、ドリルを強化した方が効果的である。

だから、100マス計算ドリルが流行っているとも思われる。特にかけざん九九は理屈ではない。歌や動作化、遊びなどの場面を通して2年生で定着させておかなければダメなのだ。九九指導の適時性は2年生であり、5、6年生になつて習熟させようと思ってもなかなか覚えられないのが私の実践結果なのだ。

また、「早寝早起き朝ご飯」の生活習慣を根付かせ、家庭での反復練習も重要視しなければ教育効果は期待できない。

なお、参考までに私の過去ブロ『計算力向上と研修計画』『平均点について』と、多少問題はあるが、真剣さが伝わってくる「釧路の教育を考える会」副会長 三木さんのブログ(ここ)も覗いてみてほしい。

特に「学力向上提言書」はなかなか読み応えのある内容であり、多くの示唆を与えてくれる。

各学校のPTAでもこれらの問題をテーマにして論議する場を持つことも必要ではなかろうかsign02

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2011年12月21日 (水)

小学生の4割 腸内環境の悪化

北海道新聞にこんな記事が載っていた。

健康維持に欠かせない毎日の快便。だが、小学生の4割に毎日の排便がないにもかかわらず、改善が必要だと考えている母親は2割にとどまっているー。そんな実態が、医薬品大手の大塚製薬(東京)による「子どもの排便状況と食物繊維の摂取」に関する調査で明らかになった。(西村章)

この調査を監修した松生クリニック(東京都立川市)の松生恒夫院長は、腸内環境の悪化が将来の健康に大きなツケを残しかねないと指摘。親に対して次のように呼びかけている。

  1. おなかの張りなどがないか、子どもの体をさすってチェックする。
  2. しっかり朝食を食べてすっきり出すことを習慣化させる。
  3. 排便を我慢して硬くなった便で肛門を傷め、ますます排便を嫌がる悪循環を防ぐため、子どもの便の状態を観察する。

私もこのことについて過去ブロここで警鐘。目先の学力ばかり気にする保護者の態度は、後で大きな禍根を残すことになるということを改めて認識してほしい。

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2011年12月20日 (火)

金総書記死亡報道の日に 韓国からエアメール

12月19日。各テレビ局は北朝鮮の金正日総書記の死亡を伝える特別番組を放映している。丁度その時、韓国からのエアメールが届いた。昨年と同じ漢方薬を売っている店から。

0 3

2

丁度、去年、妻がソウルの大きな店からで買ってきた漢方薬がなくなってきた頃のメール。なかなかグッドタイミングで商売上手。 日本から注文できるシステム。

それに比べて、札幌市の隣に位置する石狩市の焼肉店が、中国人に『松阪牛』とウソの表示をして提供し、暴利を得たとの報道があったが“信用あっての商売”ということを忘れた商人。

顧客を逃がさないためには、お店の誠意が伝わり、品質もよく安心・信頼して買える店でなければならないことを韓国から学ぶとは・・・・・・おかしな日本・・・・・・ε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ…

今、テレビでは韓国軍が非常警戒態勢入りしたことを告げている。何も起こらないことを願っている。

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2011年12月19日 (月)

叱責された 勤務時間内に温泉へ行く校長達

管内校長会(会員約290名)の理事会において、北海道教育委員会A教育局の生涯学習課長からの次のような指導事項があったとの報告が市校長会でなされた。

0 “最近、勤務時間内に近くの温泉に通う校長が多いという批判が教職員から上がっているので自粛すること。なお、この傾向は中学校より小学校の校長に多いので、各地の校長会で指導の徹底をすること”とのこと。

この報告を聞いて、私は自分のことを言われているのだなととっさに思った。

理由はたまたま勤務時間終了後、公宅から僅か10分足らずのところにある温泉に行った。サウナに入るとA教育局の局長と企画管理課長に出くわした。

局長に「校長さん、こんな早い時間に温泉へ来れるのですかsign02」と質問され、「学校は直ぐ近くなものですので、勤務終了後に急いできたのですsign01」と応え、「局長さん達はどうなされたのですかsign02」と尋ねると「ゴルフに招待されて丁度終わったところなのだよ」とhappy01・・・・・・。

それから2週間後に発せられた指導事項。市校長会終了後に事務局長へ「先ほどの温泉の件ですが、恐らく私のことを言っていると思います。心当たりがありますから。ご迷惑をお掛けし申し訳ありません」と謝ると「いやいや、沢山の校長さんが対象なのだよ。お互いに気をつけようよsign01」とのこと。

さて、その後、各学校の勤務時間が問題となった。当時は労基法通りの運用ではなく、変形労働時間であった。A市では殆どの学校が次のような勤務時間だった。

8:00~8:15 休息(出勤) 8:15~15:45 職員朝会 教育活動展開 

15:45~16:00 休息(休息時間に退勤開始)16:00~16:45 休憩

この時間の運用によると職員は8:15までに出勤し、15:45になれば退勤できるのである。即ち、実働7時間30分の勤務で休憩時間は勤務終了後に45分を位置づけていたわけである。

だから、先生方の帰りが早いのではないかと民間から批判されていたが、子どもが在校している間は、たとえ休息といっても授業準備や遊びの指導、業間体育の指導、安全管理などでゆっくり休息をとることができないのが学校である。

また、労基法では4時間を越える労働に対して45分の休憩をとることになっていたが、学校では、給食指導や清掃指導の時間帯になるので、一般企業や役所などと同じように昼休みはとることができなく、労基法による休息・休憩は学校に馴染まないとのことで、変則的な運用になっていたのである。

しかし、この変則的な勤務時間は労基法違反であるとの会計検査院の指摘により、年度途中で労基法通りに改正し、学校の日課表に職員退勤の文言が明記されたわけである。

なお、当時、東京方式と呼ばれたこの方式は、北海道の殆どの地方公務員に適用れていたと思う。ただし、週5日制がまだ導入されていない時の話である。

<追記> 教職員の勤務態様には大きな違いがある。放課後、部活動や少年団活動の指導に当たったり、採点業務、次の日の指導準備、校務分掌の事務処理、学年・学級便りの発行、補習授業など実に多くの仕事をしなければならない教員もいる。

俗に言う残業で、部活動の盛んな中学校では午後9時過ぎまで仕事をしている教員もよく見かける。

退勤時刻に帰宅できるのは、一般的に事務職員や養護教員が主(怒らないで下さい)。それに校長。勤務が一番厳しいのは教頭。私の教頭時代は7:30~21:30の勤務。実に14時間勤務。特に、学校開放で最後の施錠をするのも教頭なので遅くなるのも当然。

しかし、部活動や少年団活動、学校開放をしていない田舎の小さな学校では、日課表に位置づけられている通りに退勤できる教職員が多く、特に通勤に30分程度かかる教員は退勤が早いのも実態である(北海道で私の知っている範囲内での話)。

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2011年12月18日 (日)

学校で除草剤散布 業務主事と対立する職員

前任校長からの引継事項の一つに除草剤の散布問題があった。新任校長の私は先ず両者の言い分を聴いた。どちらの主張も正しい。

  • 業務主事の主張・・・・広い校地、除草をしても追いつかない毎日。教育委員会に相談したら、雑草の根を枯らす弱い除草剤(水溶液)を支給してくれた。現在市販されている中で一番健康害に優しいものなので、これを散布して欲しいと指導された。
  • 一部教職員の主張・・・・いくら弱い除草剤であっても児童の身体に悪影響を及ぼす。もし散布したなら、その箇所に綱を張り立ち入り禁止の赤旗を立てて置くべきなのに、それも実行していない。子どもの健康に対する認識が低すぎる。今後は、絶対に散布しないで欲しい。

このように両者の主張は平行線。私が提案し実践してもらった妥協案はこうだ。

  1. 児童が立ち入らない校舎の軒下は弱い除草剤を散布する。
  2. 児童がグランドに出る通路や遊んでいる場所は、原則、児童(4年生以上)と教職員で雑草取りを行う。その時間は教育課程の勤労・奉仕的行事?に位置づけ、作業する日は教務部と保健体育部で協議すること。
  3. 草取りの用具(手鍬など)は児童の持参するが、学校でも予備として数十個用意する。

この案が職員会議で決定し、児童と全職員で数回作業した。しかし、折角除草しても雨が降ると数日でまたはえてくる。雑草取り→雨降り→雑草取りのサイクルが意外に短いのに気付く。放置しておくと草丈が伸び過ぎて見苦しくなる。

草取り仕事の苦労を知った教職員は、除草剤の散布を認め、散布した箇所への囲いと赤旗による注意の呼びかけ、子どもへの指導も徹底するようになった。

数年続いた「雑草と除草剤散布」の懸案事項が、目出度く解決し、一部女教師と業務主事の間で挨拶を交わすようになったし、職員旅行にも業務主事が参加するようになったのだ。

少子化を迎えた現在、グランドで遊ぶ子どもの姿は殆どなく、トラックも草が伸び放題の学校もある。そして、運動会前には業者にお願いして草刈をする学校も見られる。

学習塾や習い事に通う子どもの姿は多く見られるが、外で元気に遊んだり、仕事をしている子どもの姿は殆ど見られない。一体、これで良いのかなと思うことがある。

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2011年12月17日 (土)

挨拶を拒む教職員 新任校長の姿勢

新任校長として赴任した学校は、組合活動の盛んな学校との噂を聞いていた。しかし、以前に勤めていた学校よりは凄くはなかった。

先ず初めに洗礼を受けたのは、「挨拶の拒否闘争?」。入学式に国旗掲揚塔やステージに日の丸を掲げたための対抗のひとつなのだ。

私は、着任する2日前の4月1日、午後2時に職員会議を開催し入学式の対応について職員と論議。私も組合員も互いに理論武装しているので平行線のまま。不毛の論理をいくらしてもラチが明かないので、教育課程の適正実施に努めるよう職務命令を発する。

組合員は対抗戦術として挨拶を拒否。数日続いた頃を見計らって職員朝会で訴えた。

  • 僅か14人の職員しかいない家族的規模の職場でありながら、朝から反目しあって挨拶を交わさない状態は、精神衛生上とてもよくない。同じ勤めるなら楽しい職場でありたい。
  • 国旗掲揚問題は職場闘争で解決される問題ではない。それぞれの組合員が地域を回り保護者から国旗掲揚反対の署名を5割以上持ってきたら、私の責任に於いて国旗掲揚を断念する。
  • 職場闘争をトコトン繰り返していると、私が以前に勤めていた学校で、教頭が自殺するという事態にもなった。そんな職場にしたくはない。
  • 私は組合員を納得させる理論を持ち合わせていない。だから情に訴えたいのだ。僅か2~3年間のお付き合いになるはずなので、この学校に勤めて楽しかった、やりがいがあったという良い思い出をたくさん作りたい。そんな私の気持ちを理解して欲しい。

このような趣旨の話をし期待していたが、直ぐには挨拶をしてくれなかった。しかし、個々の職員に体調や家族のことについてのラブコールをかけていったところ、1月後には挨拶をしてくれるようになった。

なお、一部女子職員と業務主事の間で除草剤散布に関わって対立があり、やはり互いに挨拶をしないという職場環境にあった。だから、たかが挨拶といっても根の深い問題が根底にあったわけだ。

農薬散布については明日UPしようと思う。

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2011年12月16日 (金)

苦労した校長達の生い立ち

新採用校長とした赴任した市には16人の校長がいた。そこの校長会で発行している情報誌『顔』を見て、いろいろ苦労した校長のいることを知った。

△ A氏の出生

昭和8年、樺太敷香郡上敷香町字初間で長男として出生。気が弱く自主性もなく依頼心が強く両親を困らせていたと言う。

戦争が激しくなり終戦は上敷香で、青少年団ということで母は先に北海道へ。その後、大泊行きの列車に乗り、最終船「第2新興丸」に同級生や先輩と乗船し、留萌沖で魚雷による攻撃を受け傾きながら接岸する。

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父は抑留、母を尋ねて全道を転々と歩き、以後○○市に落ち着く。(樺太敷香郡上敷香町立初間国民学校卒業:昭和20年3月)

 △ B氏の出生

昭和9年、樺太落合町にて出生(三男)。月足らずで生まれ、昔のこと、生きていたから育てたというのが本当のところらしい。

そんな小さい子を父は特に可愛がったと言う。病気に対する抵抗力もなく、ジフテリア・大腸カタル・心臓病等多くの病を経験する。小学校入学の年、父は役場に「就学猶予」を願い出たが「現在病気ではないので、それは認められない」ということであった。

昭和15年4月 樺太落石第一尋常高等小学校入学(サイタ サイタ サクラガサイタの最後の年、起源2600年の提灯行列) 国民学校4年生時に父死亡。

昭和21年4月 落合中学校入学(終戦時混乱のため、豊原中通学不能のため、設置) 昭和22年5月 樺太引揚、新制中学校設立。樺太で中学在学中、年度が9月からになり、在学証明書が1年であったため、新制中学校の1年に編入され、1年遅れてしまった。

△ 私の出生

昭和13年、小樽市で10人兄姉妹の上から6番目(4男)として出生。両親に育てられたというより雑草のごとく育った部類。中学2年までよく喧嘩をして談判にこられたこと数知れず。教頭をしていた父の他界(43歳、小生14歳)を契機に人生を考え、父と教え子の温かい師弟関係に感化され教職の道を選ぶ。

私の場合は、A氏、B氏と違って外地(満州・台湾・樺太等)の生活がなかったことだ。過去ブロ『ストレス 酒びたり 早死に » 』に書いたが、父が外地への移住を考えた時、母が離婚話まで出して反対していなかったなら、恐らく満州へ行っていたことだろう。

幸いにも、私は生死をさまよう様な境地を体験したことがない。食糧難の耐乏生活意外は働けば(アルバイト)何とか食べていける時代だったので、案外幸せな時代に生きていたとも言えよう。

今、時々、終戦当時の生活レベルと比較して考えることがある。毎日が盆と正月が1度に来たような食卓の豊かさ、TV等の見放題、自家用車やスマートフォンなど便利・快適・自由を謳歌している。

NHKの朝ドラ『カーネーション』が太平洋戦争の最中に入ろうとしている。モンペ姿、国防婦人会などの活動など戦争初期の舞台だが、これから展開する戦時中の苦しみをどのように取り上げるかsign02が楽しみだ。

私の物事を考える際の発想は、戦時中・戦後の体験が原点になっているし、忘れてはならないと思っている。

また、戦中や戦後の耐乏生活の経験のない若い政治家が、果たして国のリーダーとしてこの日本を正しい方向へリードしていけるのかどうか、不安に思っている昨今である。

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2011年12月15日 (木)

校長としての船出

平成4年4月1日。北海道教育委員会より小学校校長としての発令を受ける。教職34年目にして待望の校長職。団地と農村部が混在しているが、PTAや青少年育成会、公民館活動の活発な地域。

                    堂々とした構えの校舎

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      雪が融け始めると校長室からの眺望も抜群。スキー場もくっきりと・・・・。

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広い校長室。歴代の校長が厳しい顔で見つめている。6学級+特別支援学級1の学校。

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写真右手にある観葉植物(コルディリネ・ストリクタ)は私物。この時から既に19年経っているが、今でも元気に育っている。

この学校には2年間の勤務であったが、「望ましい計画年休行使のあり方」「形成的評価を生かした算数指導」「合唱指導の改善」「学校週5日制(月1回の土曜休業)のあり方」「開かれた研修」などについて職員と論議し地に着いた実践をしてもらったことを懐かしく思い出す。

なお、苦労をかけた教頭は昨年癌を患い他界してしまったのが残念でならない。

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2011年12月14日 (水)

学校と地域社会の結びつき 栽培活等の実践

過去ブロで『グリンボールと体験学習 校長に学ぶ 』で「学校と地域社会の結びつき」についての実践事例を紹介したが、舌足らずのところがあったので、下の図を参照願いたい。

1

● 「学校菜園の取り組み」が成果を収める条件(三者連携の必要性)        実践より、成果を収めるには、次のような条件が必要である。

(1)三者の教育課題が明らかである。

・学校~栽培活動の重視               ・家庭~農業後継者の育成  ・農協~農業に対する理解、一村一品の普及

(2)その課題は独自で解決することが出来ないとの共通理解を持つ。

(3)三者が連携して何を目標に実践活動をするのかが明らかである。

・土に親しむ子を育てたい   ・育てる喜びを感得させたい                      ・そのためには、学校菜園を整備・充実させよう

(4)三者が連携した活動は、どのような教育効果をあげ得るかが明らかである。   

・感動、継続、科学、探求、情操等の面での成果

現在、全国各地の学校で農業体験学習等の教育活動が展開されているが、単なるイベントとしての位置づけではなく、学校、PTA、地域の教育課題を浮き彫りにし、三者連携の必要性を互いに認め合い、取り組み後の成果をも喜び合うようなものにしていかなければならないと思う。

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2011年12月13日 (火)

イルミネーションが消えた街

札幌市清田区にイルミネーションで飾られた素敵な家があった。毎年、師走になると多くの見物客で賑わうが、今年はどうだろうと思って見物に行った。

ところが、今年は一つも飾っていない。隣近所で二軒だけがこんなイルミネーション。

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きっと東日本大震災で被災された人々のことを思って自粛したのだろうし、原発事故による節電も考慮にいれた対応と思う。僅か1年での変貌をしみじみ考えさせられながら家路に向った。

イルミネーションがなくてもほのかな灯りに照らされた雪道も素敵であった。

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               街灯に照らされた雪吊りも風情がある

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16:20~18:00までの散策。背中にうっすらと汗をかきながら満足感を覚えた。最近の私は、身近なところに幸せを感じて過ごしている。

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2011年12月12日 (月)

第23回『MOA美術館全国児童作品展』の規模に驚く

嫁さんから届いた1枚のFax。孫娘が第23回『MOA美術館全国児童作品展』に入賞した知らせ。

△ 今年の児童作品展は、全国より絵画・書写を合わせて約44万1千点の応募があり、各会場より、MOA美術館奨励賞765点の中から審査をし、300点(銅賞以上100点・入選200点)を決定したとのこと。

△ 0 展示期間は平成24年1月1日~2月15日でMOA美術館内 円形ホール

この美術館は熱海の小高い丘の上にあり、国道からもその雄姿が望める。私は伊豆旅行の際に目にした。

さて、私がMOA作品展を耳にしたのは平成2年で教頭時代。学校で図画担当教員が応募したいと申し出て知ったのだ。

私達の教員時代は、1922年(大正11)に始まった『全国教育美術展』が有名で、日本では最も伝統ある子どもの絵の展覧会であった。

この教育美術展は教室の学習から生まれた子どもの創造的な作品を、幼稚園・小学校・中学校等は各学年20点以内で1校の合計が120点までの制約がある。詳しくはここhttp://park12.wakwak.com/~kyo-bi/kbten71yoko-top.htm』をクリック。

私は教育美術展で特選になった子から、絵について学んだ。また、こんな経験もある。過去ブロ『絵の評価 』を覗いて見て。とに角、絵の評価は難しい。

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2011年12月11日 (日)

スクールバスに関わるエピソード

遠距離通学者(小学生4km以上、中学生6km以上)のためのスクールバス(SB)が導入されて久しいが、いろいろなトラブルや問題点もある。その幾つかを列挙してみる。

  1. 玄関から玄関まで送迎することによって、利用者の体力が減退する。過去ブロ『全国体力テスト 地域差鮮明』を参照のことる
  2. 低学年の遠足で学校→SB→駅→徒歩(1km未満)→目的地の公園 帰りはその逆コース。だから子どもの歩いた距離は2km未満の遠足。
  3. SBの停留場を自宅前に移してくれないかと強く要望する新入生の保護者。
  4. SB運行路線を変更し、登下校時刻の短縮を図って欲しい。学習塾等の時間に間に合わないとの申し出をする保護者。
  5. 農村部で子どもと地域住民の混乗システムを導入したところ、「なぜ、子どもは料金を払わないで降りるのsign02とんでもない子供たちなので指導する必要があるのではないか」と教育委員会に抗議するお年寄り(笑い)。
  6. SB出発までの時間を利用して放課後に卓球練習をしていたら、腕が上がり市内大会で優勝。
  7. 吹雪でSBの運行ができるかどうか判断するのに、朝の5時30分~6時の間に方面別に委嘱していたモニターに道路状況を報告してもらい、運休の判断をする。その後、各教師から子供たちに臨時休校の連絡をする。従って、吹雪の朝は大変。
  8. 学校行事とSB運行月別時刻表を作成し、利用家庭と関係機関に配布する。もし、変更届を忘れていたら大きなトラブルのもとになる。

私は、教頭時代に3年間SBに関わる仕事もしていたので、吹雪に伴う臨時休業や短縮授業、給食を止める等の連絡を忘れた夢を見て、冷や汗をかいたことがしばしばあった。

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2011年12月10日 (土)

初冬のウォーキング

みぞれの様な雪が降ったり止んだりでツルツル路面の日が続いていたこの頃。足腰が弱ってきている私は、転倒しったら大変と思って、ウォーキングを休んでいた。

ところが、昨日(8日)久しぶりに青空が顔を出したのでウーキングへ。

晩秋の道も全く冬景。秋の野山をイメージしながら移り行く風情に心が和む。自然は不思議な力を持っている。

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サイクリング・ロードも冬景色。

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気が付くと、“月は東に陽は西に”の光景にしばしスマートフォンでcamera

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                    夕陽に映える日大高校。

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<注>今日9日の北海道では洞爺湖の近くにある喜茂別町で-25℃、札幌の隣町の江別市が-19℃、札幌市は-9℃とのこと。放射冷却現象で26年振りの最低気温(喜茂別町)とのこと。

今、青空が顔を出しているので今夜も冷えるかも知れない。丁度14:00になったので、これから二日続きのウォーキングに出発。(歩けることをこの上ない幸せと思っているhappy01

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2011年12月 9日 (金)

真珠湾を訪れる

旧日本軍が太平洋戦争の戦端を開いたハワイの真珠湾攻撃。あれから70年となった7日に、真珠湾に臨む公園で戦没者を追悼する式典が行われたとの報道を見た。

私は2008年3月3日~16日まで、ハワイ島やオアフ島を旅行した際に、是非、歴史的な戦場となった真珠湾を見たくてバスを乗り継いで訪れてみた。

潜水艦や遠くに見える戦艦ミズーリ・メモリアル。日本の無条件降伏が調印(東京港で)されたのもこの戦艦上とのこと。

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パール・ハーバー周辺は戦艦や潜水艦のメモリアルなど、第二次世界大戦ゆかりのスポットが点在する。

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太平洋戦争が開戦した歴史的な場所に立ち、戦争と平和を考えさせられた。

残念に思うは、ホノルルのワイキキビーチやアラモアナ・センター周辺は日本人の観光客で溢れていたが、パールハーバーでは、日本人の姿を見かけなかった。

悲惨な太平洋戦争も時と共に風化し、忘れ去られている現状に恐ろしさを覚えるのは、私だけであろうか。

また、広島・長崎への原爆投下による大惨事。もし忘れていなければ福島原発事故を契機に、今後の日本のエネルギー政策のあり方も収斂されてこようと思うのだが、どうもそのような方向に進んでいないので苛立ちを覚える。

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2011年12月 8日 (木)

87歳現役切絵作家 藤城清治に感動

妻の友人が勧めた1枚のCD。BS朝日で放映された『光の祈り~87歳現役作家~創作の秘密』。超高齢にも関わらず現役の切絵作家である藤城清治。早速、自宅展の動画をUPしてみよう。

彼の言葉も味わい深い。

・人間の生のエネルギーを出したい。  ・大人になっても泥んこ遊びが絵だ。

・作品イコール健康             ・私が作っているのは光の祈りを描いている。

作品つくりに没頭すると夜中の2時頃や時には5時まで描き続ける。疲れてくると今までになかったものが見えてくるとのこと。

片刃のカミソリを確か10分間に1枚の割合で使って紙を切っていく。右手の3本の指はタコや溝が出来て痛々しい感じがした。

彼は、手の中にカミソリが埋め込まれ、一体化されていると言う。

ほとばしる制作意欲と逞しさ、繊細さと独創性、等々言葉では表現できない彼の魂が伝わってくる。“描きたいものは、そのものを写実するのではなく心で描く”との言葉も印象的だった。

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2011年12月 7日 (水)

スクールバス 中国と米国の危機意識

定員9人に64人を乗せたスクールバスにトラックが衝突、計21人が死亡した中国。これまでに相次ぐスクールバス事故を起こしている中国の「安全軽視」にε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ…

上海旅行で信号無視や高速道路を歩いている人を見て驚いたが、まさかスクールバスまでと呆れてものが言えない。

スクールバスで思い出したが、グアム島でロングステーしている時に知ったことにも驚いた。

1 <スクールバスが停車したらストツプ>

“スクールバスは停車の際、赤いランプを点滅する。バスが停車したら、必ずの後方に停車し、スルバスが発進するのを待つ。バス停車中は絶対追い越してはならない。また、対向車も同じく停車し、子供たちが道路を横断するのを待ってから発車すること”

このような交通規則が米国にはあるのだ。州によって異なるが違反すると罰金が$200(アリゾナ州)を課す。とに角、徹底している。

なお、スクールバス利用も諸外国によって異なるのでここ『諸外国における スクールバスの活用状況 諸外国における ... - 文部科学省』を参照されたい。

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2011年12月 6日 (火)

「さらさらレッド」 タマネギの新品種

血液をサラサラにする成分が一般的な品種より1.5~3倍多く含まれているタマネギを開発した人が、新聞に掲載されていた。

その人は、北海道空知管内栗山町(日本ハムの新監督が少年野球球場を作った所あり、鳩山元総理大臣縁の神社のある所でも有名になった。)で植物育種研究所社長岡本大作さん(43)。

岡本さんは広島県出身。北海道大学(北大)農学部を卒業後、本州の大手種苗会社に就職し、道内の研究施設で農作物の品種改良を担当したとのこと。

彼は自力で品種改良を行うため、2000年に会社を退職し、北大大学院に入学。同時に独立行政法人・北海道農業研究センター(札幌)の研修生になっり、栗山町にある妻の実家から札幌に通い、研究に没頭した。

岡本さんが注目したのは血圧の上昇を抑え、動脈硬化を予防する効果などがあるとされる「ケルセチン」という成分。「健康志向が強まる中、血液をサラサラにするオンリーワンのタマネギを作れば、高くても売れると思った」

世界中の約300種類のタマネギの種子を集めて栽培し、含有量を調べ、多い品種同士を掛け合わせる地道な作業を続けた。

研究を始めて3年後の03年。調理で加熱してもケルセチンが減らず、寒冷地の道内でも一定の収穫が見込める品種の開発に成功した。

このさらさらレツドは札幌では三越で売っており、小売価格(Lサイズ)は一玉100円程度と、一般的なタマネギの約2倍。

食品業界も注目しているという。キツコマンは昨年、血中中性脂肪の上昇を抑える効果があると発表。今年2月には、さらさらレツドを使った濃縮スープの素を売り出したそうである。

環太平洋連携協定(TPP)の参加論議など、農業を取り巻く状況がきびしさを増す中、岡本さんは「特長のある品種の開発は競争で生き残る力になりうる」と信じている。(この内容は北海道新聞栗山支局の中村康利さんの記事の一部を紹介したものである)

一般の農家の人にはできない品種改良。やはり専門の知識を駆使して永年研究を積まなければ成果があらわれない。

この事例からも分るように、教育の成果は一朝一夕にあらわれるものではないので、短期間に於ける成果主義に基づく評価制度も考えものであるような気になった。

なお、紫色のタマネギである「さらさらレッド」を入手しサラダにして食べてみたら美味しかった。注文したい人はここ『http://sarasara-red.com/』をクリックしてみてsign01

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2011年12月 5日 (月)

一晩でこんな雪景色

師走の第一日曜日。前夜から降り続 いた雨混じりのしめった雪。6時に起きて玄関先と車庫前の雪かきをしたが実に重い。

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今晩も荒れ模様とのこと。腰痛を患っては困るので、雪かきスコップに約半分くらい載せて積み上げる。だから作業時間が2倍もかかった。また、今年も消火栓の周りをボランティアで除雪することにした。豪雪にならないことを願っている。

注:5日14:00 吹雪のため道央道の札幌南⇔滝川間は通行止め。

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2011年12月 4日 (日)

「心のおやつ」 歌『里の秋』

ラジオから聞こえてくる懐かしい歌『里の秋』。

太平洋戦争勃発から間もない1941年(昭和16)12月下旬、小学校教員の斉藤信夫(この歌の作詞家)は、千つ葉・幕張の自宅で苦悩の日々を送っていた。好きな童謡を書こうにも、作品は自然、戦時色に彩られ、心に触れるものが出来ないのだ。

そんなある夜、ふとひらめいた。「そうだ、慰問文形式がいい。場所は東北の片田舎。平和な家庭に召集令状がきて、父はいま戦地。囲炉裏端では、小学校四年か五年の男の子が、鉛筆をなめなめ、戦地の父への慰問文を書いている」。

後に出した彼の童謡詩集でそう回顧している。

この作品は『星月夜』と名付けられ、四番で<大きくなったら 兵隊さんだよ うれしいな>となっていた。

ところが、1945年(昭和20)12月24日、この歌の作曲をした海沼実の依頼で、NHKのラジオ番組「外地引き揚げ同胞激励の午後」で、元歌の三番、四番をカットし、三番に兵隊さんを迎える詞に書き換えられ、曲名も『里の秋』となったデビューした。歌い手は少女歌手の川田正子。

この歌は父や夫、恋人を今か今かと待ち続ける人々の心をとらえ、大反響を呼んだ。NHKは「復員だより」という番組で流し続けた。

従って、『里の秋』はいわば敗戦が生んだ歌とも言える。しんみりとした詞、叙情的メロディーは戦争に打ちひしがれた人々の「心のおやつ」であったに違いない。

        (参照:唱歌・童謡ものがたり 著者:読売新聞文化部 記:平野英俊)

このような時代背景のあることも知らずに教え続けた私。児童に“情感を込めて歌いなさいsign01”とよく言えたものだ、と自戒している。

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2011年12月 3日 (土)

基底カリキュラム作成と 教育委員会の粋な計らい 

私が教頭として勤務したA市には教育課程の基本である『基底カリキュラム』や指導計画がなかった。教育課程の整備はA市の学校教育推進上の大きな課題。

それで、校長・教頭会から選出された数名で基底カリキュラム作成委員会を組織し、事務局長の任を私が務めることになった。

資料のないので教科書会社にお願いして、長崎市や本州のある市の基底カリキュラムを参考にして、原案を作成した。

作成作業は4月からのゴールデンウィークを挟んで、約2週間で素案ができ、それを校長会で検討してもらい、僅か3回の作成会議で出来上がってしまった。

その後、道徳教育と特別活動の指導計画は教頭会が作成し、教科指導計画は教育振興会の各教科部会より人選し、教育委員会が委嘱するかたちで組織化された。

しかも、教科指導計画には執筆料を払い、出来上がった段階で道内視察旅行のプレゼントまでついた。

なお、基底カリキュラム作成委員である校長と事務局長の私達には、本州への視察旅行をさせてくれた。視察校は川崎市立宮前小学校、横浜市立元町小学校、東京都立代々木中学校。

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横浜では元町小学校の視察後、山下公園、人形の館、中華街を散策した。

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3泊4日の視察旅行。宿舎先は川崎市内のホテルと東京団子坂にある北海道文教会館。

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4日目は社会教育の一環として(笑い)府中競馬場。生まれて初めて馬券を買い、15:00頃まで競馬に夢中。単勝・複勝を合わせて買って3,000円の負け。

なお、3日目の代々木中学校視察後は、神田明神、東大の赤門、湯島神社、上野公園を散策し、夜は渋谷、上野界隈の居酒屋で酒盛り。飲み代は個人持ちだが、交通費・宿泊費・日当までA市教委が予算化してくれていた。

とに角、教育課程編成に対する教育予算が、確か1千数百万円も計上されていたのだから驚きである。学校教育に寄せる熱い想いが予算面からも伺うことができた。

これも、小中学校教員と教頭経験のある学務課長が、市長や教育長などを説得した賜であると思う。やはり、教育委員会には学校現場経験者がいなければ、円滑な教育執行がなされないような気がする。

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2011年12月 2日 (金)

公開研究会の思い出

創立百年・開校20周年の記念事業の一つとして取組んだ公開研究会。

この学校は全道社会科研究大会(昭和28年)、A管内放送教育研究大会(昭和31、42年)、全道国語研究大会(昭和36年)、全道理科教育研究大会(昭和37年)の会場校を引き受けた実績はあったが、自校が主体的になって教育研究を公開したことがなかった。

従って、創立百年を記念して公開研究会を開催することにした。しかし、優れた授業実践をしているとの評価をうけていない中での公開。どれ程 の人達が参観に来られるか心配になった。

それで、次のような策を講じた。

  1. 教育大学の算数・数学研究室の学生の参観を要請。参観者には『算数教材研究』講座に出席したと見なすことを教授に認めてもらう。また、参観した学生には昼食代を無料とする。
  2. A管内放送教育研究大会の指定校として授業を提供する。
  3. 公開研究会を予定しているB市のある小学校に、臨時休業措置をとり学校ぐるみで相互訪問をすることの約束を得る。

お陰で、管内外から280名の教職員が参加し、期待数を十分に確保することができた。

なお、記念講演は大阪大学の北尾教授にお願いしたが、本州の著名な教育学者を招くと約50~60万円位の経費がかかるので、ある教科書会社お抱えの講師団の中で、来道予定の講師に依頼し、講演料を無料にしてもらった。

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                  公開研究会 「高学年集会」

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なお、北尾教授の講演会には教職員の他に保護者の方々も出席してくれたので、約400人の人達が学習指導に関する心理学的側面からの話に、うなずきながら聴いていた。

講演終了後、北尾氏の著書『学習指導の心理学』(教え方の理論と技術 定価2,575円)が約100冊売れ、残りの50冊を確か1割り引きで知っている教員に買ってもらった記憶がある。

この本は今でも私の本箱に置かれている思い出多い本の一冊である。

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2011年12月 1日 (木)

校内美化の工夫

教頭2校目の学校では校内美化に工夫の跡が見られた。

                   白樺で飾られた児童玄関

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                      掲示板にも工夫の跡

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                               ステージ正面は季節に応じた絵で彩られる

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          圧巻は創立百年・開校20周年記念の集団画(○○の四季)

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白鳥やマガンなどの渡り鳥が飛んでくる地域。ベニヤ板8枚に描かれた力作。現在も体育館の背面に掲示されているはず?美術の先生と子ども達の汗の結晶でもある。

特に、市PTA連合会の研究会に訪れた人達は、本校の体育館ステージに張られた壁画を観て毎年感嘆の声を上げていたし、今でも私の心に焼き付いている。

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