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2013年8月

2013年8月31日 (土)

一月振りの散策 札幌平岡公園

1 今年は猛暑による熱中症や落雷・竜巻注意報が連続して発せられたので遠くの散歩は控えていた。

やっと涼しくなったので、30日、一月振りに散歩に出かけた。行き先は平岡公園の東側エリア。

天気予報では雨も降るらしいので、イスパックの中に雨具と飲料水を入れ、杖を頼りに約1時間の予定で14:20に出発した。

平岡公園の奥の方から公園内を散策。道順にスマートフォンで撮った写真をUPしておく。

   キツネにエサを与えるなの注意板     太陽系を説明した石の配置
2_2 3

  東屋は危険で立ち入り禁止の立て札     暗い林道を進むと約73段の階段
4 5

   階段を登りつめると遊具広場に出る          整備された遊具
6 7

  太いゴムで出来た登れるピラミット         水飲み場の素敵なデザイン
8 9

     スタンドもある野球場              明るい林道と芝生の広場
10 11

                     案内標識も数箇所ある12
         総合案内板                 二面あるテニスコート
13 14

  石作りの壁泉だが、節電により水が流れていない。流すと電気代は莫大だと言う。

15
   壁泉の階段を登ると駐車場に出る        道道に面した第四駐車場
160出発して我家まで90分かかった。スタートして12分ごとに足腰がしびれたので2分間の休憩を4回。平岡公園からの帰りは1度も休まずに歩けたので不思議である。身体が温まってくると腰痛も失せるとは・・・・・・・変な身体。

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2013年8月30日 (金)

市町村によって異なる 教育長の多忙さ

丁度10年前の9月第一日曜日。B町で教育長をしていた私の日程はこうだった。

 9:00  A管内マラソン大会 主催者挨拶  スポーツセンター
 9:30  B町ふれあいレクリェーション  祝辞(担当課長が代理)
11:05  A管内芸能祭    祝辞  隣町で
14:00  能楽鑑賞会  文化センター
18:00  北海道写真協会B支部設立50周年記念 祝賀会 祝辞

     0 この日は8:00に出勤、20:00に帰宅。メモ帳にはマラソン大会の挨拶内容をメモっている。

・恒例の○○マラソン大会に町外から多くの選手の参加を得て開催できることは嬉しい。
・歓迎する
・今年は戦後60年であり、B町体育協会が創立50周年を迎えた意義深い大会である。
 どうぞ記念すべき大会に相応しく、充実と感動を覚えるような大会にして欲しい。
・皆さんはこの日の為に、日頃より練習を重ねてきたと思う。
・どうぞ、自己のベストタイムに挑戦し、成果を収めることを期待する。
・最後に○○陸上協議会役員の方々のお手伝いに感謝する。

教育長の守備範囲は多岐に及ぶ。学校教育、社会教育(芸術文化活動、図書館運営)、社会体育活動の推進に当たるわけである。いわゆる生涯学習の推進なのだ。

ところが、管内の約30人近い教育長の中には、土・日に特別大きな行事がないため、仲間内でゴルフを楽しんでいるとのこと。また、年休を行使して平日にゴルフをする教育長もいた。

それに比してB町は地理的・歴史的関係で近隣町村の中で中心的な役割を担ってきた。従って、広域事業を展開するのに本町が何かと便利なわけなのである。

また、生涯学習の推進に深く関わってきた町理事者(歴代の町長や副町長)が、潤沢な予算をつけてくれたお陰で、他市町村より行事やイベントが多く開催されてきたわけである。

10年前の私は、まだ65歳であり元気そのものであったので、全ての行事に出席し祝辞を述べたり活動を参観したしたし、時には町長代理で挨拶する機会も多々あった。

だから、家で食事をとったりTVを見ている最中でも、念頭で挨拶を考えていることがしばしばあった。それに比して、今は人様と話す機会も殆どないので老化の進行が気になっている(笑い)。

<上の写真はマラソン大会で初めてスタート合図のピストルを撃つ私>

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2013年8月29日 (木)

息子の作文を見て 義父を偲ぶ

車庫に置いてあるダンボール箱の中から息子の作文が出てきた。

       おじいちゃん
                        4年松組 ○○ ○○

ぼくのおじいちゃんは七十四才です。でも、まだまだ元気です。おじいちゃんはテニス、卓球、スキー、水泳などできるスポーツマンです。

テニスでは、おじいちゃんが鈴木(仮名)と言う苗字なので、鈴木クラブと言う名があります。テニスをやっているのを僕は、何回も見たことがあります。

一年に一回ぐらい東京にテニスの試合に行くことがあります。だから優勝カップ、トルフィーなどが、家のガラスケースにたくさんあります。

卓球では、NHKのテレビ(朝のニュース)でスタジオで卓球をしているのを見て、僕はびっくりしました。

それにおじいちゃんは、腕力もあり筋肉が二つももりもり出ます。

でも、この前おじいちゃんは急に汗がだらだら出てきて苦しくなりました。後からおじいちゃんは、自分で今にも死ぬかと思ったそうです。それなのに、次の日には元気で、テニスをやりに行きました。

ぼくは
「スポーツをやっているから大丈夫だったのかなあ。」と思い
「おじいちゃんはすごいなあ。」とも思いました。

おじいちゃんには、一つ悪いところがあります。それは、歯が悪いのです。上の歯だったか下の歯だったか忘れたけど、自分の歯が二本ぐらいしかありません。

どうしてかと言うと、おじいちゃんは甘いものが大好きだからです。だから入れ歯みたいのをしています。

それにおじいちゃんは、車も運転できます。僕はこんなスポーツマンのおじいちゃんが大好きです。だから僕は、おじいちゃんに長生きしてほしいと思います。

0この作文は今から34年前のものです。息子の言うとおり義父は本当にスポーツを愛した男でした。傘寿(数え年80歳)の時、私が

「おじいちゃん、テニスをこの上なく愛する人ならば、鈴木テニスクラブ(仮名)を起こし、毎年鈴木クラブ杯をしてはどうですかsign02」と助言した。

「それは良い発想だね。よーし、鈴木女子テニスクラブとし、景品も沢山つけようsign03」と言って、直ぐ会を立ち上げたのだ。

このクラブは、その後12年間活動をしていたが、義父が93歳でこの世を去ったので途絶えてしまったそうである。本当は義兄が札幌に在住していれば、鈴木杯も継承できたのだが、東京在住であるので仕方がないとの結論に至ったのだ。

義父がテニスをするため、2人の義兄と義姉、妻の4人とも、学生時代はテニス部で活躍していた。テニスをしない私は、応援専門なので寂しいweep(笑い)。

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2013年8月28日 (水)

ムクゲを観るなら 今でしょう!

今、大きな雷の音。久しぶりの青空が広がって喜んでいたが、またゴロゴロと連続。いつの間にか黒い雲に支配される空。

半時前にムクゲが綺麗だったのでカメラにおさめておいた。

1

2

居間に入り坪庭に目を移すと、サンゴのような花が咲いていた。

 3 過去ブロ(観音竹の花 14年目に開花)でも紹介したが、今年もまた咲いたのだ。
ところが、よく見ると観音竹の隣にある鉢の観葉植物の花だったのだ。今まで全く気づかないボケ老人(笑い)。

大きな勘違いをしていたことを深くお詫びしたい。

歳と共に注意力が減退することを証明されて、何か寂しい気持ちになった。ε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ…

<追記> 夕刊を見ると近くにある平岡公園の立ち木や清田区の民家に落雷とのこと。どおりで凄い音。

高校の物理で、音の速さは確か15℃で340m/秒であると習ったことがあるから、稲妻の光から落雷の音まで何秒かかったかで距離が分る。

ピカとドカンが同時であれば身の危険があるが、数秒経っていれば安心だよと分っていても、連続した轟音に恐れをなしたのは私ばかりではあるまい。

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2013年8月27日 (火)

愛校作業 北海道では使わない言葉

淡路島にある洲本市立鳥飼小学校のホームページ(これ)を見ていたら、親子愛校作業をしている様子がUPされていた。

北海道ではPTAの労力奉仕活動とか単に奉仕活動と言っているものなのだ。私は小学校を9校経験したが、それぞれの学校でPTAの奉仕活動があった。

思い出すままに列挙してみる。

  • 1校目 グランドの草取り、スケートリンク造り
  • 2校目 グランド周囲の植樹、池の新設と清掃、遊具のペンキ塗り
  • 3校目 プール清掃、トイレ清掃(学期各1回)、学芸会にバザー開設、PTA会費や給食費、図書費の会計業務
  • 4校目 交通安全指導、グランド奉仕作業(運動会終了後トイレの敷物の後始末です) プールの監視、ベルマーク作業、冬囲い作業、リサイクル市の開催
  • 5校目 グランドの草取り、教材園の整備、スキー学習の指導補助
  • 6校目 PTA会費や給食費の会計業務
  • 7校目 グランドの草取り、プールの監視
  • 8校目 遊具のペンキ塗り
  • 9校目 花壇作り、プール清掃と監視、噴水造り、読み聞かせ活動と紙芝居活動、グランドに防風ネットの設置、グランド奉仕作業(運動会終了後トイレの敷物の後始末です)

ところが驚き。教育長となって、2校目、8校目でお世話になった学校の実態を知り呆れた。

運動会が近いのにグランドの草取りはしていないし、遊具施設も塗装が剥げている状態。学校の教育環境づくりはすべて公費でまかなうのが当然であるという考えでいる教員や保護者。

教育予算が潤沢な時代はそれでいいが、財政難に陥っていることに対する認識にも欠け、教育環境が悪くなるのは教育委員会の責任であると言う。

自分達の学校は自分達で良くするという愛校精神で、子供をふくめPTAが共に愛校作業ができる学校が増えることを願っている。

なお、PTA活動については過去ブロ(PT活動の充実)を覗いてみて!

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2013年8月26日 (月)

北海道立三岸好太郎美術館の 散策路

過日、シャガール展を観に行った帰りに、道立美術館と知事公館の間に位置する三岸好太郎美術館の敷地内にある散策路を通ってみた。

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この美術館は、大正から昭和初期の日本近代洋画史に鮮やかな光彩を放った札幌出身の画家・三岸好太郎の画業を顕彰し、作品その他関係資料の収集と保存、展示、及び調査・研究、普及活動を行う特色ある美術館とのこと。

私は大学生時代にビル(北海道立文学館)の1室に展示されていた彼の作品を観たことがあったが、現在のように立派な美術館になったことも知らなかった。

彼は31歳の若さでこの世を去ったようだが、never give upで果敢に挑戦した彼の想いが絵画にどのように表れているのか興味がある。近々観に行こうと思う。

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2013年8月24日 (土)

驚きの案内状

教育長時代、公私にわたりお世話になったAさん。彼の「夢への挑戦」を応援する会の開催案内状が届いた。

残暑の候、皆様には益々ご清祥の事とお慶び申し上げます。
さて、2007年から二年間、JICAを通じて太平洋バヌアツで活躍されたAさんが、再度バヌアツで首都ポートビラ市長アドバイザーとして活躍する事になりました。

来る9月20日に、若き頃からの夢、国際貢献へ単身、骨を埋める覚悟の挑戦に出発します。

このAさんの前向きな勇気ある行動を励まし、そして夢の実現を後押しする場を下記の日程にて用意致しました。

時節柄御多用とは存知上げますが、主旨を御理解頂き最後の催しになるであろう会に是非ご出席賜りますようご案内申し上げます。

 平成25年8月吉日   発起人代表  ○○ ○○他

73歳になるAさんが、再び単身でバヌアツ共和国(南緯15度前後の島々からなる)に出向き、おそらく都市開発に貢献するのだろう。

本当に信念に燃え夢の実現に向け走り出すAさんに大きな拍手を送りたい。9月9日の再会が楽しみである。

なお、過去プ゛ロへえー! こんな人もいるんだ!に書いたのも、実はこの国のことなんだ。

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2013年8月23日 (金)

オペラ座の天井画

1 21日、北海道近代美術館で開催されているシャガール展を観に行った。

パリ・オペラ座の天井画が一番有名であろう。77歳の作である。

同展はその天井画の制作過程を伝える下絵やバレーの衣装などをはじめ、木版、エッチング、陶芸、彫刻など、シャガールが手掛けた多彩な作品が約250点を紹介していた。

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会場では撮影禁止。ボストカードを購入した中の1枚をUP。

シャガールは南仏プロバンスやコートダジュールをこよなく愛したというが、この絵はルシヨンに似ているようだが違うらしい。参考までに、過去ブロ「南フランス ルシヨンの旅」を覗いてみて。

2

別名「愛の画家」と呼ばれるマルク・シャガールはロシア出身のフランスの画家。東欧系ユダヤ人であるため、第二次世界大戦の時はナチスの迫害を避けてアメリカへ亡命した。そのアメリカで同郷人である最初の妻が病死した。

その後再びパリへ戻った彼は南フランスに永住することを決意しフランス国籍を取得。60歳代になってユダヤ人女性と再婚する。

1966年から20年近く暮らした、ニースに近いサン=ポール=ド=ヴァンスの墓地に眠る。(97歳)  なお、サン=ポール=ド=ヴァンスについてはボラさんのブログ(サン・ポール・ド・ヴァンス トイレとインベーダー)を覗いてみて下さい。

シャガールの絵を絵を見ていると、「ユダヤ人であるが故に偏見の眼差しを向けられたり、時には身の危険を感じる危機的な状況に追い詰められただろう。

そのような世界の矛盾も悲しみや怒りをすべて絵を通して、愛の世界に導こうとする彼の崇高な心が伝わってくるような気がした。

彼の絵の中に吸い寄せられ、誰もが心地よく、優しい気持ちになれるからこそ、彼が世界中の人々に愛される所以であろう。

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2013年8月22日 (木)

美しい終末期の設計

老人大学である講師が「ピン・ピン・コロリ」が理想的な死に方だといったことがある。しかし、先達の教えに従うことも大切ではないかと思っている。

その教えの一つは、

① 自ら健康を害わないにす、自らの努力や摂生が大切である。
② 年老いて衰えいく心身を労い、特に身体の老化していくさまを、少しずつ遅らせること。
③ 食をはじめ、生活にマイナスにある習慣への道を改善すること。

と、財団法人全国退職教職員生きがい支援協会理事長である渡久山長輝氏が言っていた。

1 免疫力を高めるとか、脳の活性化を図るとかをテーマにした放送や冊子が氾濫しているが、要は実践するか否かにかかっていよう。

早い終末は嫌であるが、自らの美しい終末期を自ら設計しようと思うこの頃であるhappy01

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2013年8月21日 (水)

「運命の人」 沖縄の悲劇

私が尊敬する作家の1人である山崎豊子。これまでに「大地の子」「沈まぬ太陽」「不毛地帯」「二つの祖国」を読み感動したことを思い出す。

さて、たまたまテレビ・ドラマ化された「運命の人」を観ていたが、途中でうとうとと眠ってしまい、結末がどうであったでさえ分らなくなった。そこで図書館から借りてきて読んでみることにした。

1 この作品はこれまでとは違った感じがしたが、沖縄戦線の様子がリアルに書かれており、普天間基地をはじめ、米軍の基地問題でゆれている沖縄の実状が痛いほど分った。

以前に「ひめゆりの塔」の映画を観たことがあったが、本で読むと悲惨なイメージをさらに大きく膨らませることができた。

なお、率直に言えば、この作品は構成に相当苦労したのではないかと思った。

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2013年8月20日 (火)

転校生の親 本州から北海道へ来た感想

過去ブロ(難聴児の指導に学ぶ)に書いた子どもの母親(O.T)が、転校して間もなくPTA文集「さかみち」に投稿してくれた。懐かしいのでその内容を紹介しょう。

      脱 都 会

私共の家族は、この7月に京都から引っ越して来ました。暑い最中、涼しい所に行けるということは暑がりの私にとっては出発の日が待たれ、脱都会を夢見ていたせいか楽しみでなりません。

大阪、京都、A市と3回目の転校をする我家の六年生の長男は、まだ見ぬ地に不安を抱き、私が浮き浮き引っ越し準備をするかたわらで「転校はいやだな」とぼやいていました。

主人がスキーは出来るし、スケートも出来るぞ、と良いことばかり並べる北海道のPRが功を奏したのか、いよいよ出発の頃は北海道の地図と首っ引きで子供なりにA市への夢をふくらませているようでした。

数日後、本州を後にしました。
函館へ近づくにつれて海岸線に沿って大陸的な横の広がりを見せて横たわる街並みの美しさは、あたかも異国に来たかのような印象をおぼえました。

美しい水と緑の混然一体となった大沼湖。木々の梢越しに見える駒岳の威容。8年前、名寄を去る時に見た駒岳の姿が眼底に焼き付き、もう一度見たいと願っていたその姿が、今、目の前にあり北海道へいよいよ来たなという感が胸を熱くしました。

思えばごみごみした雑踏と公害の6年間の大阪暮らし。

京都へ来て少し環境が良くなったとはいえ、日曜日でも光化学注意報のサイレンが鳴れば子供の外出は禁止になり、家の中でテレビにかじりつき、友達とゲームに熱中する我が子を見ていると、

都会に住む便利さはあっても、その一方、都会のわずらわしさから脱出し、公害のない自然の環境の中で一番大事な成長期を伸び伸び育てたいという願う気持ちがだんだん強くなってくるのを感じていました。

高度成長の波に押し流され、とかく軽視されがちな人間性。その人間性の形成に欠くことのできない美しい自然豊かな自然がここにあります。

いよいよ、待ちに待ったスキーシーズン。スキーは下手だけど純白の雪山を、まぶしい陽光を背に浴びて一気にすべりおりてみたいと、そこには夢のような願望が芽生え、子供ともども雪にまみれて自然との間に対話を回復したい。

都会生活から逃れた私の感慨です。

この母親は私と同じ札幌に住んでいるが、歯科医になって活躍している息子夫婦と老後の生活を楽しんでいるとのこと。

それにしても、PCや携帯電話などでブログやツイッターのない時代(40年前)に書かれた文章である。書くことに慣れているとはいえ、なかなか上手なので今更ながら驚いている。

 

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2013年8月19日 (月)

先生デモ 標本のような出発

今、退職して2回目の身辺整理。書棚を中心に廃棄作業をしている。ところが懐かしい栞や教育資料。当時は気にしていなかった栞でも、改めて読み返すと“そうだったのかsign02”と再認識した文章もある。

今回は元同僚教員の回想の一部をUPしておく。

    回想   

昭和22年~38年(M小学校時代)
当初は終戦後間もない頃ですべて「無い無い時代」でした。品物も無いけれど、教員になり手の無い時代でした。

月給320円(初任給)でヤミ米一升50円もしていたのですから、教員になり手のないのも当然だと思います。

このような時に、小学校時代の恩師が来られて「先生にならないか」と勧められたのです。

しかし、私には人を教えるみとなど出来る筈がないと思い、1.2回は断ったのですが、「何とか引き受けてくれ」と頼まれるし、更に私は工専を中途退学し、進学の夢を抱いていたので、受験準備もできそうなので、それでやってみようかということになりました。

ですから、先生デモの標本のような出発です。

学校へ行ってみると6年生の担任でした。私は当時19才、6年生とは7つ違いです。先生というより兄弟といった方がいいくらいの関係です。

教職員構成も校長、教頭(当時は総務)、恩師の先生以外は私と同年輩の先生方でした。

そのため、よく遊びもしました。土曜日など近くの沼へエビすくいに行き、これをおかずに酒を飲み交わし、教育論議に花を咲かせたものです。

十年一昔といいますが、16年も長い同一校勤務だったので、個人的にも可なりの環境変化でした。

B校長のお世話をいただいて昭和32年に結婚し、長女ももうけました。

このように過ごしている中に、広域人事が始まりました。私は同一校16年でしたので、広域人事第一年次で異動することになりました。

以下、紹介を省略するが、回想の中で特記すべき事項を列挙しておく。

① ○○教育研究会の仲間入りをし理論研究を進めた。
② 当時は校内飲酒についてはきつくなかった。
③ スキー場が近かったしスキー指導員が同僚だったので、スキー技術の向上に夢中になった。
④ 老朽校舎で、授業中など天井裏でハトの鳴き声がし、これに悩まされた。
⑤ 校下の父母の方々が環境造りに積極的に強力してくれた。
⑥ 学校行事の後など、父母が先生方と酒を酌み交わし、四方山話に花を咲かせた。

大らかな保護者、自由を謳歌した教員仲間。一方、職員団体(北教組)の指令指示に服従した仲間。今とはあまりにも違う学校現場に時代の流れを切実に感じている昨今である。

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2013年8月17日 (土)

The topics of my garden.

我が庭に於ける話題を三つ紹介しよう。

1 バラの挿し木は難しいのだが、数本挑戦して遂に2本の根付けに成功。

1
2 植えた覚えのないヒマワリが一輪、門かぶりの傍らに咲く。きっと、昨年8月の誕生日に黄泉の国に旅立たれた妻の親友がプレゼントしてくれた花だ。彼女の一番大好きだったヒマワリ。〝Rさんありがとうsign02〟とつぶやく妻。

2
3 オクラの鉢植えに挑戦した妻。見事に結実。

3_2

<撮影:8月17日 10:30 曇り時々雨  帯広でのファイターズの試合が気になる。>

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2013年8月16日 (金)

私と高校野球

1977年(昭和52)に発行したPTA文集「さかみち」25号のページをめくっていった。6年生のしっかりした娘の母親(K.R)の感想に家庭の温かさを感じた。紹介しよう。

    私と高校野球

8月9日、午前9時、待ちに待った全国高校野球の幕が切り落とされた。
各チームの入場。全選手の行進などは書き表せないくらい、素晴らしいものです。

真っ白なユニホーム、日焼けした顔また顔。まるでエネルギーのかたまりとでも言うのでしょうか。感激の一瞬です。私はこの高校野球の大ファンで、毎年楽しみにこの日を待っています。

この10日間余り、我家の話題は野球のことのみ。朝食の時は、その日の試合の予想わ話し合い、夕食の時は、その結果について色々と話に花が咲きます。

何がそんなに私を夢中にさせるのか、自分で考えてみますと、はつらつとした若さに対する羨望なのかも知れません。

汗と泥にまみれて、発散させるエネルギーのぶつかり合いは、私がいくらあがいても、もがいても、どうする事も出来ないことです。

高校野球に対する女性の関心が高まってきたということは、案外こんな所に要因があるのではないでしょうか。何かにぶつかり、打ち込む姿は美しく素晴らしいことと思います。

この野球が終わると、そろそろ秋風が吹き、長く寒い冬に向っての準備にとりかかります。

親子断絶とか言われる昨今、この高校野球のさわやかさは、我家に親子共通の話題を与え、親子間の対話に明るく笑いを投げかけてくれます。

親子共通の話題とか、趣味を持つということは非常に大切なこととつくづく感じます。〝選手のみなさん、来年も待っています〟

いかがですか。ほのぼのとした家庭の様子が伝わってきますよねsign02このような母親だからこそ、いつもニコニコし思いやりのある娘に育ったのだなあと、今、感じている私。

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2013年8月15日 (木)

オランダ版「明治村」

『私の好きな世界の街』(著:兼高かおる)にザーンセ・スカンスについても書いていた。懐かしい。

過去ブロ(オランダ 風車村)に書いたことがあった思い出の場所。兼高かおる氏もここを訪れたとなると何だか嬉しい。彼女が書いているところを一部紹介しよう。

〔アムステルダムから15キロほど北の、ザーンセ・スカンスにはオランダ版「明治村」があり、17世紀の風車がまわっていました。風車内に人を住まわせ、国が給料を払っているのです。

00

風車の羽根に張る布は、風力や用途によって布の面積が異なるので、住人は毎日まめに面倒をみなければなりません。

羽根の長さが23メートルもあるのですから、上ったり下りたり、布を巻き込んだり半分開いたりと、かなりの労力を要します。

ここでは水の汲み上げでなく、風力でうすをまわしピーナツをつぶしオイルを絞っていましたが、製品は売っていました。・・・・・・略・・・・・木靴屋や博物館についても書かれている。〕

150カ国以上に渡航したことで知られる彼女だけあって、旅をしても広い視点で見聞している姿に感銘を受けた。

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2013年8月14日 (水)

お盆を迎えた 我家の庭

墓参りを済ませたのでゆっくりと庭の花達の観賞。

                   今が盛りのカサブランカ

3
         咲き始めたムクゲ            ミナズキ(アジサイの一種)

1 2

                    風に揺れるオオケダテ

7
ミルククラウン(リボン咲きニチニチソウ)         名前不詳
5 4

     頑張ってよ!と叫ぶBBちゃん     日陰で満足顔のエズのビーナス

9 8

   数週間で収穫するアロニアの実      グリーンカーテンのモロッコ豆

1012_2フウセンカズラ

6 蝉が庭で鳴いている。
地上に出て僅か1週間?の命というが、何を訴えているのか蝉に聞けたら良いな(笑い)

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2013年8月13日 (火)

実感のこもった 残暑見舞い

土曜日(10日)に律儀な方から残暑見舞いのはがきをいただいた。

1 本当に実感のこもった言葉。我家では小学6年生になった孫娘の私立中学校受験に備えて、この夏休み期間でも学習塾に通うので北海道へ来るのを控えたとのこと。

例年、海水浴や小旅行・墓参りに行ったのだが、今年は淋しい思いをしている私達。目出度く私立に合格したら、ご褒美に海外旅行を計画している。勿論、飛行機はマイルを貯めているのでJALの特典航空券でタダ。

3月中旬の春休み期間の旅行なので、私の体調が問題になりそうである。気をつけねばと思って精進している。(笑い)

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2013年8月12日 (月)

奇遇 10年振りの再会

0 10日、夫婦で小樽にあるお墓参りに行ってきた。毎年定番のコースを辿る。

我家(札幌)→札樽自動車道(新車の軽自動車で)→小樽→祝津(高島墓地)→手宮の市場(蒲鉾購入)→市役所下の寿司屋→花園町の老舗餅屋→札樽自動車道→我家

ところが、寿司屋で10年振りに元校長に出くわす。この校長については過去ブロ(僻地校を希望した 新採用校長)で紹介したことがある。

自営業を営んでいた弟は既に死亡したとること。奥さんと、東京から帰省してきた長男夫婦と寿司を食べに来たとのこと。

懐かしい再会であり、約30分間ぐらい話しに花が咲いた。しかし、不思議なものである。世間って本当に狭いね!と別れ際に笑顔で・・・・・・・・。

なお、今の軽自動車の性能の良さには驚いた。札樽自動車道を100km(制限速度80㌔)を出してもブレない。風が無いせいもあるが、乗り心地の良さには満足感を覚えた。(笑い)

追記:11日に義父母の墓参り。

1 気温29℃で蒸し暑い。これで2箇所の墓参りが済んだので、後は特別やることが無い。熱中症になったら大変なので、ウォーキングなどの戸外活動をひかえている。早く涼しくなるのを待っている。

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2013年8月11日 (日)

戦時下の小学生 授業が1か年停止

「戦時下の小学生」はこの稿で終了。

    高等科1年生(1945年)
4月1日から国民学校高等科から大学にいたる、すべての学校の授業が1か年停止になった、だから通知箋の1学期の評定は、全部空白である。

なぜか「農業」という欄だけに「良上」とついている。

4月から敗戦の8月まで「勤労動員」の毎日である。一つは、新幌内鉱での石炭積み込みである。

ピラミット型に積み上げられた石炭の山から、鉄板をU字形につないだ中をスコップで下方に押し流す作業で、終点は貨車へつながっていた。

もう一つは、針葉油搾油作業である。

毎朝、校庭に集合する時の服装は、戦闘帽、脚絆、軍手、地下たび、そして腰にはナタの姿。

軍歌をいくつも歌い歩くこと約3㌔。現地では班ごとに山に入り、トド松やエゾ松によじ登って荒縄でしばって束にする。

背負って山を下り、ドラム缶を改造した蒸溜釜まで運ぶと一段落である。

釜場の近くの掘っ建て小屋に、当番で1週間泊まった時、大豆入りの白いご飯がたらふく食べられて感動した。

芋やカボチャが主食という毎日だったからである。疲れた松葉取りの帰り、校内放送で敗戦の報を聞いた。

挿絵には“にほんのひのまる なだであがい  かえらぬ おらがむすこの ちであがい”(日本の日の丸 なぜ赤い 帰らぬ息子の 血で赤い~戦死者の母の唄)とある。

終戦記念日まで後4日。戦争は「死」と「飢え」を生むのだということを、我が子や孫達に語り伝える使命があると思うから、この先輩のエツセイを転記したのだ。

今年は戦後68年。戦争体験者は減り、今や8割が戦後生まれだ。そんな中、“日本をとり戻そう”とのスローガンのもとで政治が行われている。まして戦争体験の全く無い政治家が集まって戦略や戦術を考えているが、戦争だけは二度と起こしていけないと強く訴えたい。

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2013年8月10日 (土)

戦時下の小学生 竹の子生活

    5年生(1943年)
5月29日、アツツ島の守備兵約2,600名が全滅した。まもなく弥生炭鉱の繰込所(入坑・出抗する炭鉱夫の待機所)で石炭増産総決起集会(名称は不詳)が開かれた。

私は選ばれて、壇上から「労働者数百人の戦死者の霊に報いるためにも、銃後の戦士として石炭増産に奮闘を・・・・。」こんな主旨の作文だった記憶が残っている。

資料によると、北海道出身の死亡将兵864名のうち、三笠市出身が10名と記録されている。

学校から命じられた作業には、繊維の材料としてイラクサの茎の採取、煙草の資源にイタドリの葉を採取する課題があった。イラクサ刈りでは、うっかり手足に触れるとひどく痒くなり、しばらくの間その痒みが消えなかった。

また、「ヒマ」(とうごま)の種を配られて、家で栽培にするように指示された。飛行機や軍艦に使うガソリンが不足なので、この種からとった油を使うとの離しでった。

初めて栽培した植物だったが、秋には1㍍以上の背丈に伸びて、栗のイガに似た実を取り出し、担任へ差し出した。

1学期の通知箋に「戦地ノオ父様ニ恥カシイ人ニナラナヌヨウニト申シテ励マシテヰマス。」とある。(スマトラ島に配属中だった。)

    6年生(1944年)
通知箋の学級担任が2学期から別人の名前なのは、出兵したからである。戦局が全国的に不利になったので、この年から満17歳以上の青年を兵役に送る事になった。

数年間は、出兵教員の見送りに大講堂へ整列することが多くなった。また、戦没者もあって男子教員の不足を女子によって補ったり、准教員として年少の教員が教壇に立っていた。

父がマラリヤで復員してきた。暑い7,8月になると何年間も再発した。高熱が出るため、真夏なのに掛布団を2枚かけても、身体を震わせていた。

食べ物が極端に不足してきた。食べ盛りの私への配給量は米で2合3勺(飯茶碗に4杯位)だが、豆やトウモロコシも混入しての量である。

おまけに配給日がどんどん遅れた。箪笥の底から選び出した父の一張羅の背広や、母の和服は農家に運び、米やじゃが芋に化けた。1枚ずつ服を脱いだいくいわゆる「竹の子生活」の始まりである。

当時、炭鉱の人々の最低の食料は澱粉カスであった。じゃが芋から澱粉を取った後、工場敷地に廃棄されていたものである。

芋の皮と繊維質だけのカスの外に、金蝿のウジまで入っていた代物だ。豚も横を向きそうなそれを、空腹を満たすために団子などにして口に入れた。
                                    (続く)

これを読み、私も終戦当時の生活を思い出した。過去ブロ(盗人を捕らえてみれば 我が妻なり)も参照願いたい。

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2013年8月 9日 (金)

戦時下の小学生 1

私が結婚する時に親代わりとなっていろいろお世話して下さった先輩。彼は私より5歳年上ですが、育った環境が違うせいか大変しっかりしており、頼りがえのある先輩だった。

その彼が、教員を退職する際に書いたエッセーがあったので記念にUPしておこうと思う。

  3年生(1941年)
この夏、三笠弥生炭鉱夫だった父に赤紙の召集令状が届いた。旭川の隊へ1週間以内に入隊せよとの急便である。

日没はとうに過ぎていた。4kmほど離れた叔母の家に伝える役目を言いつけられた。暗いので嫌いだった。そのわけは、墓地のわき道をとおらなければならないからである。

しかし、父が軍人になるという高ぶった気持ちのせいか、怖さを感じなかった。

4月から尋常高等小学校が国民学校と呼び名が変わった。通知箋の学業成績表の甲・乙・丙の評価が優・良る上・良・可になり、国民科という欄がつけ加えられた。

前年は、皇国史観により第1代神武天皇が即位後、2600年目とかで「金鵄輝く日本の/栄えある光身にうけて・・・・・・」と歌って旗行列をした。

しかし、この替え歌を上級生から習った。「金鵄(ゴールデン・バツト)」上って15箋/栄えある光30銭/遙かに仰ぐ鵬翼は/25銭に・・・・・・・」と愛煙家がタバコの値上げを風刺した、うさ晴らしの歌らしい。

   4年生(1942年)
今までは、気の合った友達と登校していたが少年団結成後、班長が引率する形に変えられた。1年生と高等科2年生(今の中学2年生)では、子供と大人ほどの背丈が違う。

そのぞろぞろと隊列を組んだ列が、学校まで連なるのである。(弥生地区の児童数約1,100名)

通知箋に「戦地ノオ父サンニ喜ンデイタダクヨウニナサイ」とある。その頃、父は支那(中国)に配属されていた。

空襲に備え非常袋をいつも肩にかけていた。その中には、爆風から頭部を守る防空頭巾と保存食が入っていた。

その中味はせいぜい乾パンか煎り大豆だが、いつも腹ぺこだから下校の途中でつい食べてしまうのである。母に頼んで、時々豆を補充してもらった。

学校の儀式には学校長から、あらゆる機会に「朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ・・・・・・」の教育勅語を聞かされた。その時は、咳払いもはばかられる雰囲気なので、じっと頭を垂れ不動の姿勢が常だった。  (続く)

※ 段落は読みやすいように、変えてある。

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2013年8月 7日 (水)

免疫力を高める ルイボス茶

あるショッピング・ゼンターで試飲したルイボス茶。南アメリカの特定の地域にしか自生していない健康茶とのこと。早速買い求めた。

1 PCで調べてみた結果。

〈原産国〉 南アフリカ共和国(ケープタウンの北に広がるセダルバーグ山脈英語版一帯にのみ自生する。乾燥した30度以上の温度差の高い場所を好むため、セダルバーグ山脈以外での栽培は失敗に終わっている。)

〈特 徴〉 良質のミネラルをはじめとする天然の栄養成分がバランス良く含まれており、中でも体内において増え過ぎた活性酸素を除去してくれるフラボノイド成分の含有量が高いことに注目が集まっている。

また、主要なミネラル群が、人間の体液の構成比と非常に近い比率で含まれていることから、細胞を活性化する作用を持ち合わせていると考えられている。

更に、ノンカフェイン・ノンカロリーなので妊婦も安心して飲めるし就寝前に飲むと寝付きが悪くなるのではと、心配する必要がない。

〈成 分〉 タンパク質の他、フラボノイド類、カルシュウム、マンガン、鉄、亜鉛、セレン、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、銅などのミネラル成分が豊富に含まれている。

ルイボス茶としそジュースを飲んで、猛暑の夏を乗り切ろうと思う。(とに角、暑い 12:00記)

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2013年8月 6日 (火)

グアムの歴史に触れる 兼高かおるの本で

兼高かおる『私の好きな世界の街』(新潮社)でグアムについてのエッセイを読んだ。旅のガイドブックには載っていない事柄を初めて知った。列挙してみよう。

・グアムの住民はチヤモロ族といい、放射性炭素の年代決定によると、紀元前1000年くらい前にはすでにこの島に住んでいたらしい。

・1521年3月に世界一周途上のマゼランが、この島を発見。彼らが停泊中に、島民が船のボートを盗んだため、マゼランは大いに怒り、武装した船員を引き連れ島民の家を40~50軒焼き払い、7人の男を殺した。

・スペイン総督の島民に対する罰は厳しく、ある時は1人の犯罪者を出した村を全部焼き払ったりもしたが、やがてチャモロの男をほとんど殺し、チャモロの女をスベイン、メキシコ、フィリピン人などの兵士の妻にした。過去ブロ(グアム島の思い出⑤)を参照。

そのため、今は純粋のチャモロ族はいず、名前もスペイン系が多く、宗教もカトリックが多い。

・1898年6月30日、アメリカの占領下になってしまった。

・1941年12月8日に始まった第二次大戦で日本軍が上陸、約32ヵ月間占領した。その間、日本軍は竹刀でたたきながら日本語を教えた。

・ジャングルへ入って行くと、日本軍が投降拒否して出てこなかったので埋めてしまったというトンネンが、木々の生い茂った中にこんもりと盛り上がっていた。

・リゾート地グアムの繁栄は、1967年5月、パンアメリカン航空が羽田・グアム間を往復136ドルという安い航空運賃で飛び始めたのが幕開け。

・最初のフライトにはマスメディアの人達、スター、そして敗戦後何年もしてからグアムで投降した元日本兵の皆川さん、伊藤さんも招かれて乗ってきていた。横井さんはその頃はまだ内陸で穴を掘って隠れて住んでいた。

                      タロフォフォの滝
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次に、私が感銘を受けた内容をUPしておこう。

アメリカ軍の犬の墓地もジャングルに囲まれてありました。名前不明の墓に造花が捧げられていましたが、いつ誰がきたのでしょうか。

シルバー、ボートと名のついた墓など、計21頭がここに眠っていました。私は辺りから野の花を探し、一本ずつ墓に供えました。

人間の戦争に巻き込まれるなんて・・・・・・・。中国に連れて行かれた日本の馬も、墓にまつられているかしら。誰か守っていてくれているかしら。

私はスタッフに涙を見られないように、うろうろと歩きまわりました。それにしてもあの横井さんは、私たちが取材に来た車の音や人の声を聞かなかったのでしょうか。過去ブロ(グアム島の思い出②

この軍馬については、過去ブロ(ある校長の物語②)も覗いてみて!

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2013年8月 5日 (月)

夏ばてを吹っ飛ばす しそジュース

自家製のしそジュースがなくなりかけたので、今年もまた作ることになった。

1
しその効能は、

① αリノレン酸が含まれていてアレルギー症状を緩和し、血液をサラサラにする。
② 香りのもとであるベリルアルデシトが防腐効果により食中毒を予防。
③ ポリフェノールの一種であるロズマリン酸は糖分と死亡の消化吸収を妨げる。
④ 利尿発汗作用のあるカリウムをたくさん含まれているのでロスマリン酸との相乗効果でダイエットにもよい。
⑤ ビタミンC、鉄分、カルシュウム、ミネラル等、多くの栄養素があるので、安眠効果、鎮痛、解熱、貧血予防によい。

近くの農家から買ってきた赤しそと青しそ(葉のみで約1㎏)。

2
私は葉をとるだけのお手伝い。妻が汗をかきながら作ったジュース。
3
これで来年まで飲むことができるhappy01。飲み方は瓶に入っているジュースを炭酸水で割って飲むと爽やかな香りと味が身体に深く沁みるgood

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2013年8月 2日 (金)

オール1の落ちこぼれ 教師になる

過去ブロ(知能指数より 「やる気」の喚起)で紹介した現役の高校教諭(数学)である宮本延春氏。彼の自叙伝を図書館で見つけ一気に読んだ。

まず、彼の略歴を紹介しておこう。

1969年、愛知県に生まれる。
小学生のときいじめで学校嫌いになる。
中学1年生、「オール1」の成績表をもらう。
中学3年生、漢字は名前しか書けず、英語の単語はBOOKだけしか知らず、九九は2の段までしか言えない<落ちこぼれ>になる。
15歳、中卒で見習い大工に就職。
17歳、フリーターでミュージシャンを夢見る。
18歳、両親と死別、天涯孤独の身となる。
23歳、アイカシュタイン博士のビデオを見て感動。
    『小学3年生のドリル』を買って猛勉強。
24歳、定時制高校入学(私立豊川高校)。
    全国模試で上位に、数学は県内トップになる。
27歳、難関国立大学に合格(名古屋大学)。大学院まで9年間研究に没頭する。
37歳現在、私立豊川高校教諭。
    落ちこぼれの気持ちがわかる「オール1先生」として活躍中

彼は現在44歳になると思うが魅力ある教師として活躍している。彼の本を読みながら共感したり、感心したりした内容に付箋を付けて読んでいったので、その部分を紹介しよう。

□ 人間とは不思議なもので、あんなに嫌いだった勉強が、『目標』を持ったとたんに楽しくなったのです。

□ 私は、いじめ、落ちこぼれ、引きこもり、すべての気持ちが分る教師です。そして勉強嫌いの生徒の気持ちも分ります。

なぜつまずくのか?なぜ集中できないのか?なぜなら、私も落ちこぼれで成績が最低のオール1だつたのですから・・・・・・。

それともう一つ。人を評価することは難しいということを知っています。どんなに勉強ができない子供でも輝かしい可能性があることも知っています。

ちょっとした〝キッカケ〟があれば誰でも頑張れる!これは私がこれから伝えたいことです。

□ 教師になった今、思うのは、生徒の信頼を得るには、教師のほうから働きかける努力が必要だということです。

毎日の挨拶や何気ない一言、授業での対応や教科の指導、場面に応じて褒めたりしかったりするタイミング・・・・・・そういう日常の気配りの積み重ねの中から、少しずつ信頼感が育っていくのです。

そして、この信頼があってこそ、初めて私の言葉が相手に届くのです。言葉は、信頼の上に立ってこそ、言葉の本当の力を発揮できるのです。

□ 生徒が分らないと言えば、中学校の内容でも、小学校の内容でも、生徒が分るところまで戻りながら、何度でも説明を繰り返し、理解しなければいけないポイントを根気よく話します。

□ 人から褒めてもらう、評価してもらう、認めてもらうことで、自分に価値を見出すことができるのです。そしてこれが、自信へとつながるのです。

□ 質問してくれる生徒に対しては、分るまで何度も説明するスタイルを貫くことです。

□ どのような方法でこの学力差を埋める授業を展開すればいいのでしょうか。実をいうと、この方法については、まだ試行錯誤の段階で、いまだに「これだ」という方法を見つけることができていません。
今後の私の宿題にさせてください。

□ 世の中が甘いか甘くないかは、私が生きていく以上、私が決めることであり、他人に決めてもらうことではありません。決定権が自分にあるからこそ、自分の人生の責任は自分にある。

他人の物差しではなく、自分の物差しで測らなくては、自分にとっては意味のない人生にならないのです。

□ 合格して嬉しかったのはもちろんですが、何より私を応援して下さった先生方、夜遅くまで無償で補習して下さった先生方、特別に授業を受けさせて下さった先生方に、恩返しができたことが嬉しくて仕方ありませんでした。

□ 数日後、新聞に私の記事が載ると、想像もしていなかった反響があって驚きました。

それは、多数の方から励ましの便りをいただいたことです。とても大勢の方から手紙やはがきをいただき、中には「学費に使って下さい」とお金を送ってくれる方までいました。

私は感謝の念でいっぱいになり、心を込めて一人ひとりに返事を書きました。これまで世間の荒波に揉まれ、辛いこと、嫌なことばかりを味わってきましたが、世の中にはとても温かい人もいて、苦しいことばかりではないことを教えてもらいました。

□ 私は辛い経験もしてきましたが、そこから学んだこともたくさんあります。小学校、中学校といじめられて過ごした辛い日々の経験が、いじめられる悔しさ、辛さ、惨めさとはどんなものかを教えてくれました。

死のうとさえ考えたこともある時期に、学校で見方になってくれる人は誰もいませんでした。
それがどんなに苦しいものなのか、両親ですら私の気持ちを解ってくれませんでした。

この原体験を私は大事にしたいと思うのです。

□ ・人生の目標が見つけられない ・何をしていいのか分らない ・生きていることに意味を感じない

そういう挫折感にとらわれがちな時期の少年少女に、世の中の厳しさや、夢を持つことの素晴らしさを教え、人生の目標を見つける手助けをしたいと、強く思うようになったのです。

□ 「ささやかな目標であっても、自分にとって価値のあるものならば、それを見つけただけでも素晴らしいことであり、その目標に向って努力することは、この上なく尊いことです。

そして、その目標を達成させるための努力こそが、『学ぶ』という行為そのものなのです」

これが「学ぶ意味」を見出せないでいる生徒たちに伝える私からのメッセージです。つまり、目標を持ち努力することに意味があるのであり、その過程に「学ぶ」ことが付随してくるのです。

□ 人生のどんな難事にぶつかったときでも、自分の次の行動を判断するのは論理的な推理力でしょう。そのときに役立つのが、数学の勉強で培った論理的な考え方なのです。

□ 知識の長所は、たとえ泥棒に入られても絶対に奪われないところにあります。さらに、特殊な情報を除いて、基礎学力はお金で売り買いもできません。

そして、勉強は人を裏切りません。本人が努力した分だけ、その人の能力として蓄積されていくのです。それに知識は、なくて困ることはあっても、有りすぎて邪魔になることはありません。

知らない者が知っている者に勝ることもありません。

□ 人の生きる意味とは、目標・夢を持つことです。その夢を実現する過程には、必ず「学ぶ」という行為がどこかで必要になります。

夢わ現実に変える、その来るべき日のために、「学び方」を学ぶのが、私の考える「学ぶ意味」であり、勉強なのです。

□ いじめの「きっかけ」となる要因には、さまざまなものがあります。

一つは「差別意識」です。住んでいる場所に対する地域的差別、肉体的な弱さや精神的虚弱への差別、学習能力に対する差別、両親の職業や家業などに対する差別など、いじめの種はどこにでも転がっています。

また、不潔っぽいから、顔が気に食わないから、というだけで、いじめのきっかけになるし、「単に嫉妬」から、いじめが始まる場合もあります。

とに角、小中学生でも読めるように漢字にはルビーがふってあり、内容も平易な言葉で書かれているので、夏休みの期間に親子で読んでみては如何と思って、断片的な内容の一部を紹介したのだ。

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2013年8月 1日 (木)

葉月を迎えた マイガーデン

記録的夏日が相次いだ北海道。札幌で58年ぶりに26日を記録。異例に暑い夏の始まりである葉月(8月)が今日から始まった。

そんな中で暑さに負けないマイガーデンの花達。

                  空に伸び行くアーチのバラ

1
                    負けずに伸びるミソハギ
2
                    玄関前の鉢で育つ花達。
          サンパラソル              アップルブロッサム
34

二度咲きを迎えるバラが可愛らしい蕾(つぼみ)をつけている。バラは3回まで咲かせて良いが、それ以上は生育によくないとのこと。バラ見本園の指導者の弁。

何事も欲張ってはダメなのだ。(笑い)

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