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2013年12月

2013年12月31日 (火)

夫婦二人だけの大晦日

結婚して初めて夫婦二人だけの大晦日を迎える。娘夫婦は南フランスへ旅立った。娘は4回目であり、夫婦でも既に行って来ているが、よほど気に入ったとみえてまたもやコートダジュール中心に12泊14日の旅。

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南フランスは温暖な気候なので私も再度行きたいが、先立つものが心配だし、腰痛にも良くないので長旅は敬遠している。お陰で娘が飼っているラブラドールの世話を頼まれた。

さて、2年前まで孫達が埼玉県から来てくれていたが、小学6年生の孫娘が中学受験が近づき、学習塾「日能研」は31日もあり、年明け3日からまた始まるので札幌へは来れないとのこと(weep)。

そんな訳で、夫婦二人と犬一匹で大晦日を迎えることになった。高齢者は静かに家で正月を迎える方が良いということかsign02 だが・・・・・・・・・・・・・(寂しいものだ)

皆さん、今年1年間お付合い下さり励ましのコメントを下さりありがとうございました。どうぞ、良い年をお迎え下さい。

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2013年12月30日 (月)

3日連続の除雪

業者と契約していた排雪作業の初回が27日に終り、見通しのよくなった歩道や車庫前を見て喜んでいたのもつかの間。その夜から降り始めた雪は断続的ではあるが30日まで続いた。

ということは、3日間除雪作業をしたわけであるが、汗びっしょりになった。

     広々とした車庫前           除雪した雪を積み上げ歩道

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せめて明日の大晦日だけは晴れて欲しい。

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2013年12月28日 (土)

2013年 我家の主な出来事

年の瀬も押しせまったので、2013年、我家で起こった主なできごとや話題をブログを見ながら振り返ってみた。

3月 ▼古希を迎えた妻 (記念ランチ

    ▼帯状疱疹になり(私)グアム旅行キャンセル (ブログ休止

4月  ▼軽自動車に替える (軽自動車に替えた我家

    ▼春の作陶展 (春の作陶展) ※実用的作品(最新作

5月 ▼孫の運動会と小旅行 (運動会) (バラ園)(さきたま古墳)(忍城祉) 

6月 ▼10年振りの結婚式 (結婚式参列と日程)(目黒雅叙園

7月 ▼免疫力を高める努力
              (ジュンベリーのジャム)(ルイボス茶)(しそジュース

9月 ▼白血球数安定で一安心 (血液検査) 
             12/2は10,380で安定、後はLDLコルステロールが161で高いのみ

10月 ▼「MOA美術館児童作品展」に入賞した孫 (入賞

11月 ▼けた外れの落葉掃き (大荒れの天気)(落葉拾い)(落葉掃き

十にまとめるとこのようになる。今年は一度も入院しなかった妻に金賞をあげたい。おそらく趣味の園芸、陶芸、免疫力を高める食材や保存食づくりとNHKのラジオ体操(第一・第二共に)に励んだ結果であろう。

それに比して、私は猛暑による脱水症状を恐れ、例年よりウォーキングの回数が減ったことと、例年にも増して落葉掃き・拾いに精を出した結果、腰痛がやや進行し筋力も著しく低下させてしまった。

来年こそは継続的な体力づくりに努めようと思っている。 

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2013年12月27日 (金)

“屈辱”を体に刻み込む 新米教育長

12月と言えば私にとって忘れることの出来ない出来事があった。それは、平成11年10月1日にA町教育長任命されて2ケ月半後のことである。

第4回(12月)議会定例会が開会され、初日に一般質問が行われるで1週間前に質問事項の事前通告がなされていた。

教育長に対する質問は、①「心の教育」の充実を図るための取組と今後の展望 ②「里山づくり」に対する取組と展望 ③「文化センター」(仮称)の利活用と商工会議所の入所問題について の3点であった。

「心の教育」問題は学校教育の分野であるので、道徳教育に関する文献等を寄贈してきた学校(寄贈先:校長退職時の小学校)へ出向いて持ち帰り、答弁書づくりに励んだ。

一方「里山づくり」と「文化センター」の答弁書は、社会教育分野であるので担当課長に作成させた。

議会では質問者が一般質問し、首長と教育長が答弁した後、再質問や再々質問では首長(時には副町長)や教育長が答弁するほか、内容によっては担当部署の部長・課長に答弁させることができるわけである。

さて、学校教育面に関しては役場内で私が一番の専門家なので、如何なる質問がきても堂々と答弁できたが、社会教育や社会体育分野となると勉強不足なため、答弁に窮することがあった。

すると、教育長席の真後ろに座っている課長から、メモ書きの答弁内容が肩越しに手渡される。私はそれを見て答弁するのであるが、理解不足なため的確な答弁にならないわけである。

何れにしても、冷や汗をかきながら一般質問が終わったわけであるが、議会終了後に元町議会議員のAさんが教育委員会にきて、多くの職員がいる中で
「教育長、課長のメモがなければ再質問に答えられないとは何たることですか。あのようなブザマな姿勢なら課長が教育長になった方が良いのではないですかsign02 もっと勉強して下さいよsign03」と部屋の隅々まで聞こえる声でまくし立てたのだ。

ムカッときた私は、あえて笑顔をつくり「Aさんのおっしゃる通りです。教育長になってまだ二月半しか経っていませんので、本当に不十分な答弁で失礼致しました。これから勉強に励みご期待に応えれる教育長になりますので、どうぞこれからもご指導・ご助言をお願いいたします。貴方は度量のある方ですので、広い心で私を育ててくださることでしょう。アハハハ」とその場を逃れた。

私は、この“失敗”と“屈辱”を体に刻み込み、その後(3月)の定例会以降、一般質問に関係した資料を両課長から取り寄せて説明させ、理解した上で定例会に臨んだ。

また、一般質問の時に私にメモを渡さなくてよいと告げ、もし、私の答弁で問題が起こった場合は、私が責任を取りますからと話しておいた。

私の教育長在任期間は6年9ケ月であったが、その間に26回の定例会が開催され、議会のライブ中継や再質問・再再質問の時間も長くなり、全国に先駆けて理事者の反問権が与えられるなど、議会改革と活性化がなされたが、事前の準備(資料収集)と再質問を想定した答弁内容も幾つか用意し万全の体制で臨むことができた。

私が変身できたのは、A元議員の叱責による屈辱がその後の自分を支えてきたのであり、A元議員に対してはむしろ感謝の念を抱くことができた。

その後、月に2回は来室するAさんは一言も私を批判する言葉を吐いたことがなく、老人クラブ会長としての要望や全国大会で発表し好評を博した等の自己ピーアールをして帰るのであった。

なお、Aさんの父親(元町会議員)や弟(現町会議員)、妹(妻と同級生)などの言動を教員時代からよく知っていたので、冗談紛れに話ができたのである。

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2013年12月26日 (木)

新築10年で閉校した小学校

新築10年で閉校したA小学校が障害者就労支援センターとして活用されていることを新聞報道で知った。

A小学校は平成8年に国の幾つかの補助金をいただいて新築した学校。私が道教委指導主幹のとき、局長代理で落成式に臨み祝辞を代読した学校なのだ。

その時、町長や教育長は「この学校は国の補助金をいろいろいただいて建てたもので、町の持ち出しはゼロに近いのです」と自慢げに話していた。

しかし、まさか10年後に廃校になるとは考えていなかったのであろう。校舎の老朽化により新築したいという願望はよく分るが、少子化現象による入学児童数の減少や公共施設の老朽化の実態を調査し、中期計画を策定していたのかどうか疑いたくなる。

何故なら、この町の平成8年度における学校規模(小学校)は6学級1校、4学級1校、3学級3校で新築した小学校は全校で3学級で複式なのだ。

どの学校も地域住民のエゴで学校統廃合に強く反対し、町財政の逼迫などは考えていなかったようである。

結果的に平成19年の全町児童数は162名で小学校は2校に統合されたが、閉校した学校の一つが障害者就労支援センターとして利活用されているのは幸いである。

なお、私が住んでいる札幌市厚別区の旧もみじ台南小も平成23年に閉校したが、社会福祉法人「北海道光生舎」(過去ブロこれ)が5,300万円で取得。1階部分を改修し、障害者の就労施設と高齢者のデイサービスセンターを開設した。

昨年には喫茶「く・る・る」が開店し地元住民が連日来店し、交流の場としてすっかり定着しているとのこと。

広い北海道は少子化現象の大波に見舞われ、学校の統廃合が盛んに行われているが、行政は自治体の財政状況と今後の見通しを知らせ、住民が危機意識と確かな展望を持てるようにすべきであると思う。

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2013年12月25日 (水)

北海道師範塾 教員向け冬季講座を開催

20日の道新(朝刊第4社会面)に掲載された記事に目が留まった。全文を紹介しよう。

教育関係者らでつくる北海道師範塾(吉田洋一塾長)は1月10、11日、札幌市中央区南10西1のホテルライフォート札幌で教員と教員を志望する学生向けの冬季講座を開く。

10日は、住宅メーカーの土屋公三会長らの講話やワークショップを行う。11日は、道教委の武藤久慶・学校教育局次長が学力向上などについて解説する。参加費は一般5千円、学生2千円。以下略。

この記事をみて昭和52年の冬季休業中に開催された研修会を思い出した。

二学期末のある日、校長室に呼ばれ「先生、冬季休業期間中に札幌で研修会があるのだが、将来、管理職をめざそうとする者は是非とも参加した方が良いと思うよsign02 参加料は高いけれど、教頭になる時、道教委が参加者名簿を参考にして選考するとの噂があるけれど、新しい視点で教育を見直すことができると思うよ」との話。

参加料が高かったことを覚えているが、講義には道教委の幹部職員(生涯学習部長、企画総務部長、指導参事など)が講師を務め、教頭選考試験の面接問題などと類似した内容であり、指導面でも論文作成に役立つ内容であったことを思い出す。

誰が主催者だったか忘れてしまったが、道教委幹部の小遣い稼ぎであるとの声も耳に入ってきた。

今回の北海道師範塾主催の冬季講座は、私が38歳で受講した研修会と内容を異にするものと思うが、塾長が2006年から同教委教育長であり、理事など会の関係者が元道教委幹部が多いのも若干気になる。

講座内容は(教師養成講座案内)を見れば分るが、充実したものと思う。純粋に北海道教育の振興を考えた会なら、諸手を挙げて歓迎するが、狭き門である教員採用試験や管理職試験をエサに人集めをし、営利を目的としているならば違和感を持つ。

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2013年12月24日 (火)

北教組 新聞広告掲載

12月20日の北海道新聞(朝刊)のテレビ番組欄に北海道教職員組合(北教組)が掲載した広告を生まれて初めて見たモヒャ━━((゜Д゜Uu))━━!!!!!!
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北教組は、道教委から返還を拒否され内部で積み立てている主任手当を、奨学金や東日本大震災の被災地支援に充てる社会還元事業を推進するそうである。

入学準備金などの支出が困難な家庭に暮らす中学3年生向けの奨学金は、12月1日から同月28日まで申込みを受け付け、来年3月、250人に10万円を支給する。

奨学金の支給対象は道内在住で家族1人当たりの認定所得月額2万5千円未満の家庭。返還義務はない。

このほか、東日本大震災の被災地の子供を受け入れるNPOと、宮城、福島両県の朝鮮人学校の支援にそれぞれ充てるとのこと。

過去ブロ(北教組とカネ)(北教組につける薬なし)に書いたが、主任手当の積み立て金は約55億円とのこと(ある市議会議員のブログを読めば)。

確かな金額は分らないが、数十億円ることだけは確かである。

組合費を減額したり、教職員の福利厚生事業に対する助成金や子どもの夢を実現させる「子ども夢作り基金」を設立し運用する方法もある。

いずれにしても、再度検討して欲しい。

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2013年12月23日 (月)

お世話になった医師 黄泉の国へ

過去ブロ(新任教頭1年で転勤とは)に書いたことがあるが、教頭2校目の時、管内教頭会会長、市PTA連合会事務局長、地区青少年育成会事務局長、市同窓会事務局長、創立100周年・開校20周年記念事業協賛会事務局次長(実質事務局長)、3年生(4クラス)の習字指導、給食費(約900食/日)会計業務、スクールバスの運行計画作成、補欠授業の割り振りと補欠補充の優先順位が1番など、イラダツことの多い日々を過ごしていた。

それは「日の丸」「君が代」問題で、職員団体が雑務拒否の職場闘争を推進していたためであり、管理職提案がことごとく否定される学校であった。

さて、平成3年6月のある朝、トイレに行くと鮮血で便器が真っ赤。痔を患ったことがあったが、これほどの鮮血は見たことがなかった。

そのことを校長に話すと、「大きな病気になったら100周年事業の推進どころではない。札幌に「みやた胃腸科病院」があり、お父さんが我々の先輩で、教頭さんが以前に勤めていたA小学校の校長だったので、電話でアポをとってみたら・・・・」とのこと。

早速、電話で事情を説明したところ、「父が校長をしていた学校に勤めていたことがあったのですか。B市とは懐かしいです。明日の午前10時にいらして下さい」とのこと。

翌日、初めて病欠扱いで札幌の病院へ。大腸検査のため今晩入院が必要であると言われたが、市内に義父母がいるのでそこに泊まりたいと申し出たところ、「○時と○時に下剤を飲んで、明日来て下さい」と丁寧は計らい。

いよいよ、生まれて初めて内視鏡による大腸ポリープ検査。緊張しながらモニター画面を視ていたら白い1.5mm程のポリープが4個見つかり、その場で2個の腫瘍を切除し細胞の採取もしてくれた。

「検査結果が判るまで約1週間はかかりますので、次回は6月○日に来院して下さい」と告げられたので、「教頭業務が多忙でなかなか時間を割くことができないのです。もし、電話で検査結果をお知らせ下されば大変助かるのですがsign02」とお願いしたところ、快く認めて下さった。

その後、約束した通りに電話があり「検査結果は良性でしたよ。良かったですねsign03」と院長自らのご連絡。悪性でなかったことと誠実な院長の対応に心から感謝したことを覚えている。

その院長さんである宮田康邦氏(医療法人社団みやた胃腸科理事長)が、12月20日に77歳をもって死去したとの黒枠の広告を目にした。

あれ程評判の良かった院長さんが、もう亡き人になるなんて全く予想もしていなかった。
“ここに宮田康邦様のご逝去を悼みも謹んでお悔やみ申し上げます”

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2013年12月20日 (金)

残月に心躍る

19日6:40に書斎に入ると窓から朝焼けの景色が飛び込んできた。今日は穏やかな一日になるのだなあと嬉しくなった。

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西の空を見るとまんまるな残月が見える。小躍りしてスマートフォンで撮影したがよく見ないと判別できないほどの小ささ。でも久しぶりに見る残月なので外で撮影しようかなと思ったが、外気は-4℃。風邪をひいても困るので窓から撮影した。

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私の予想通り14:00頃まで晴れ。日差しが部屋の奥まで射し込み室温が26℃にもなり汗ばんできた。明日も晴れればいいなーーと思う。(撮影:19日6:45)

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2013年12月19日 (木)

死者に年賀状を 認知症のきざし

昭和34年卒で2歳年上のA先輩に「お変りありませんか、パークゴルフを続けていることでしょうね!」と年賀状に添え書きしたが、“あれぇ!死んじゃったんではなかったろうか?”と疑問に思い、同じ市に在住する他の友人に電話を入れた。

答えはやはり死亡したとのこと。「前に電話をしたでしょう!忘れたの?」と言われ思い出した。“やれやれ、認知症の初期段階だ!”と我ながら情けなくなった。

A氏は社会科専攻で学生運動の傍ら人形劇団員で公演旅行をよくしたそうである。教員になってからも組合活動に熱心で某市の支会長や書記長を務め、主任制反対闘争では先頭になって闘っていた。

50代になり周りの人達の勧めで教頭になったが組合意識から脱皮でずに、特設道徳反対を唱えていた。しかし、教頭だけで教職を終えるのは忍びがたいと思ったのか校長試験に挑戦した。

たまたま彼より先に校長になった私は、同窓会主催の学習会で模擬面接試験をした時、私が彼の面接官役を務めた。質問する私は、先輩の心情を思うと気の毒になり小さな声で「先輩、ゴメンナサイネ!」と言ってから、管理部門を中心に質問していった。

彼は顔面に汗を流し私に正対することが出来ずにいた。あの組合闘志がこんな様を私に見せたくなかっただろうと思い、気の毒になった。

さて、教育長になってからB市同窓会主催の研修会で“様変わりした教育界”と題して講演する機会があった。A氏も出席していたので、懇親会後に某居酒屋で2次会を開いた。

お招きしたらA氏も快く参加してくれたので嬉しくなった。杯を交わしながら「校長の模擬面接試験の時は大変失礼しました。お許し下さい」と言って頭を下げると、「教育長、気にしないで下さい。君の実力は認めていたので当然だと思っていたよsign02」と答えてくれたので、胸のつかえが取れたような気がした。

気分が良かった私は、2次会費用を全部支払ったところ、後輩にオグッテもらうわけにはいかないと先輩達が言ったが、「講師謝礼を沢山いただいたので気にしないで下さい」と言うと、「次会は私達がオゴルから」と言って笑顔で別れた。

それ以来、彼とは会っていないのに、もう黄泉の国に旅立つとは・・・・・・残念でならないweep三途河を渡るときに闘志むき出しにして「渡りたくないsign03」と闘えばよかったのにと思う(笑い)。

冥土で山野草を見ながらパークゴルフを楽しんで欲しいと願っている。

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2013年12月18日 (水)

校長・教頭人事の時期到来

何気なく2005年の手帳を開いてみると、12月5日に教育局との人事面接(局長 14:45~15:15 次長15:15~15:45 企画総務課長15:45~16:15)とのメモがある。

校長人事ぱ局長、教頭人事は次長が執り行うことになっていた。その前に教育局側と各校長・教頭との人事面接があり、その後に教育長との協議があるのだ。

従って、校長・教頭人事の試案は12月上旬に示され、教育長との協議結果を考慮して年末・年始に局長が校長人事を固めるというのが一般的なのだ。

教頭人事は校長人事が決まったあとに検討され、特別な事情がない限り局長や次長から示された案はなかなか変更されないのが実状である。

さて、意中の人物を求めようとする時には、
「A学校はこのような課題があり、その課題解決には○○校長・教頭でなければならないのです。なぜなら、彼等はこれまでこのような課題の解決に力を発揮し、学校の正常化や改善を図ってきたからなのです。

もし、○○校長・教頭を配置できなければ大きな問題が発生し、結果的に道教委や教育局に大変なご迷惑をおかけすることも懸念されます。ご無理を承知でお願いしているわけですが、何とぞ宜しくお願い致します」と強く訴えると、意中の校長・教頭を引張ってくることが出来ることを経験的(6年間)に学んだ。

しかし、その前提として、学校課題に正対できる人物を多くの情報から見極めなければならないし、教育局に対する要望も焦点化して1,2人とすべきなのだ。

そのような意味から、私は道教委B教育局指導主幹時代に管内の全小中学校の管理職と面談し、人柄や資質能力を多少は知っていたので助かった。

また、1月、2月は一般教員の人事協議が始まり、3月の内示前まで、人事作業場へ出向き要望したり拒否するなど、まるで戦場のような攻防が繰り返されるわけである。

この苦労は教育長や学務課長(教職員人事担当者)でなければ理解できないと思う。よい教員を集めることは本当に至難な業なのだ。

以上、僅か手帳の1ページからこんなことを思い出したのである。(何か思い出のみに生きる後期高齢者になり下がった私weep

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2013年12月17日 (火)

道内の子供 体力どん底

文部科学省は14日、小学5年と中学2年を対象とした2013年度全国体力・運動能力・運動習慣調査(全国体力テスト)の結果を公表したそうである。

ところが北海道は小5の男女、中2の女子が47都道府県の中で最下位。中2女子は調査開始以来5回連続で最下位。中2男子も46位と低迷したとの報道。

この問題に対して、私は過去ブロ(全国体力テスト 地域差鮮明)(子どもの体力向上の取組み)で考察したことをUPしておいたが、保護者や学校関係者は深刻に考えているよいに見受けられない。

学力テストの方に気になり、学校毎の検査結果を公表すると動きが加速化されてきた。教員も血眼になって朝自習や宿題を課すなど、とに角、学力一辺倒の傾向がある。

道教委は体力低迷の原因を「冬場に運動が制限されることや、テレビ視聴時間の長さが影響しているのではないか」と説明。「管内別の結果を本年度中にまとめ、課題をより詳細に分析したい」としているとのこと。

私に言わせると、分析と対策が遅すぎると思う。PTAと地教委と子どもの4者で対策会議を開き、日常生活の運動化、業間体育の復活、体育カリキュラムの改善、スキーやスケートの奨励、スクールバス規定の見直し、部活動の参加体制の見直しなど、早急に図るべきであると思う。

それにしても、文科省はテストのやりすぎである。学力テスト・体力テストを頻繁にし、教育現場に強い危機意識のみを抱かせるとは・・・・・・何かがオカシイ。

現場の教員はもっと大きな声で問題点を指摘し、胸を張って改善努力する姿を見せて欲しい。萎縮していてはダメである(・A・)イクナイ

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2013年12月16日 (月)

多忙な日曜日 師走の低気圧

今日(15日)は朝7時から除雪。その後、朝食をとり年賀状の一言メッセージ書き。何せ215枚あるので大変。午後2時頃からまた除雪。

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家に入ってまた年賀状書き。手が若干震えるので小さな字を書くのが辛い。一度に全部済ませるのではなく3日がかりで書き上げようと思っている。

今、黒く厚い雲が書斎から見える。天気予報によると月曜日にかけてまた一荒れあるとのこと。明日も今日のような過ごし方になるのだろうか。若干気になる。

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2013年12月13日 (金)

動けるあったか寝袋で 節電とカビ防止

先ずご覧あれsign01

21_2 これは通信販売で買った「動けるあったか寝袋」なのだ。

ドイツ軍の軍用寝袋を一般向けにデザイン・開発された、着ぐるみを思わせる寝袋。

業者の宣伝文を引用して説明にかえる。

「中綿には保温性に優れたホロファイバー(中空繊維)を使用し、暖房のない部屋や寒い屋外でもとても暖かく過ごせます。身動きの取りにくい通常の窮屈な寝袋とは異なり、脱ぎ着がしやすい人型デザインを採用。両手両足の動きやすさはもちろん、寝袋とは思えないほどのとても自由で快適な寝心地です。」(引用終り)

我家はオール電化なので深夜(24:00~8:00)i蓄熱機のスイッチを大に入れておくと、日中の室温が27~30℃位にあがることがあり、時々窓を開けて換気する必要があった。

また、乾燥防止のため加湿器二台をフルに使っていると、窓際などにカビが生えることがあった。それで、私の書斎と妻の部屋は蓄熱機のスイッチをOFFにし、室温が15~18℃におさえ、この寝袋を利用することにした。

ゆったりとしていて保温効果が抜群なので、埼玉県に住んでいる息子にプレゼントすることにした。

昔は、ボロ布を入れたミカン箱に足を突っ込み、上半身はマントかオーバーを着込んで勉強し、昭和50年代には電気スリッパや電気ズボンを利用したが歩くのに不便だった。

今日は、ヒートテックのシャツとタイツ一枚でこの寝袋を着てブログを打っているが、室温20℃、湿度70%(雨天のせい)で快適。

非常災害や停電で暖がとれない時にも最適だと思う。値段は¥10,605(送料含む)。
これで今冬は乾燥とカビ、節電に悩む必要がなくなったgoodhappy01

<追記> 今日、17:30頃から視界がゼロに近い猛吹雪となる。札幌⇔江別間の道央道は通行止め。18:30に吹雪はおさまっているが、今日(金曜)から月曜まで大荒れに荒れると報道されている。北海道に住んでいるので特別慌てはしないが、降雪後の雪の始末が大変。
また、猛烈な吹雪がやってきた。今日は早めに就寝し明日の朝の除雪に備えよう。

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2013年12月12日 (木)

またもや落葉掃き

数日前まで雪道であった遊歩道も低気圧の影響で、強風と雨により写真の通りになった。

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我家の玄関前や歩道には公園から吹き飛ばされてきた樫(カシ)の葉で見苦しい。この上に雪が積もると春先の清掃が大変なので、散歩(約30分)の帰りに落葉掃きをした。

これに約30分もかかり、家に入る頃には既に薄暗くなっていた。綺麗になった歩道を見て少し心も洗われたような気分になった。(撮影:11日 15:30)

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2013年12月11日 (水)

新米校長の決意

会報『教育北海道』(編:北海道小学校長会)1992(平成4年)9月号に拙文が載っていた。

       果敢に挑戦

時あたかも教育改革に向けての一連の国家的方向づけが示され、後は各学校の主体的対応に委ねられている最中である。こうした時期に校長職に身を置くことになり、与えられた使命と責任の重大性、新たな意欲で身のしきしまる思いがする。

さて、今ほど校長のリーダーシップの発揮が求められている時はない。しかし、それを阻む要因が多岐にわたっているので「校長が変われば学校も変る」という言葉通りに行かないのが現状ではなかろうか。

かつてのように、校長というだけで部下職員が従い、校長の考える教育方針が貫かれ、特に法や規則を持ち出さなくても秩序が保たれ、教育の成果が着々と上がった「古きよき時代」は今や夢物語に帰してしまった。

職員団体の掲げる運動論とのやりとりで、現場の実態は嘆かわしい状況を呈している。とは申せ、土俵に上がらずしての不戦敗だけは免れたいとの意気込みで、その都度、職員に対して理解と説得に努めている。

ところで、教育改革の最大の課題は、生涯学習の基盤を培う新しい教育観に立脚した新教育課程経営を中核とした学校改善をどう主体的に推進していくかにある。

とりわけ、学校週5日制の実施を目前に控え、教育課程上や学校運営上の対応をどう図っていくべはかが、緊急を要する課題である。その解決には、タクティクスの次元だけに専念するのではなく、自前のストラテジーを持つことが主体性・自律性の前提条件であると考える。

こうした認識に立ち、改めて、学校経営の四Mの現時点での状況を直視し、何が課題であり、どうしたらそれが我が校で可能になるのか、そこにどんな工夫が必要かという実践的対応でアプローチしている。

「人は成功から学ぶより、失敗から学ぶことが多い」とも言われている。余計な外部からのインパクトを恐れていては問題解決がなされない。私はより自己研鑽に励み、これからの学校改善に向けて積極的・果敢に挑戦する決意である。

校長としての新任校では僅か2年の勤務であった。過去ブロ(校長としての船出)(挨拶を拒む教職員 新任校長の姿勢)(学校で除草剤散布 業務主事と対立する職員)(新任校長の思い出 主任命課)(難病を患った子どもの修学旅行と 学校の措置)(特別支援教育設置学校長協会の支部事務局長になって)(コーヒータイムの制限 職員室で)にもUPしたが、やりがいのある学校でもあり、毎朝、全児童と挨拶やハイタッチをし休み時間も共に遊んであげたことを思い出す。

課題にもよるが、学校運営や教育課程経営のカジを急に切る場合と、静かなアプローチで事に当たる場合があるので、調和を図った中で所期の目的を達成するように配意して経営に当たったことを思い出す。

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2013年12月10日 (火)

思い出の「絵はがき」 教育長退職に寄せて

教育長退職時に寄せて下さった人達の「はがき」を破棄することにしたが、1枚のみUPしておくことにした。

教育長時代お世話になった画家(個展を祝うメッセージ)からのもの。

8 この絵は、幻想的な里山を描いた風景であり、生息していたフクロウも描かれている。

義兄が故郷のAに来られたとき、亮さんと杯を交わしながら昔話に花を咲かせていたのを思い出す。

また、宴会でETA(英語指導助手)のジュリー(女性)と同席した時、彼が内ポケットから筆ペンを出し、小さなスケッチブックに似顔絵を書きプレゼントした。

さすが画家だけあって、よく特徴をとらえ見事なタッチで書き上げる様にも驚いた。

鎌倉に居住し美術専門学校の講師を勤めていただけあって凄い腕前だなと感心したのを思い出す。

たった1枚の絵葉書であるが、数々の思い出が凝縮されていることにも驚く。

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2013年12月 9日 (月)

素敵な花のプレゼント

母の日でもないのに娘から新種のシクラメンがプレゼントされた。花の大好きな妻の喜ぶ姿を見て私も嬉しくなった。

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置き場所は明るい窓辺など、日当たりの良い10~20℃の涼しい場所で管理し、水が完全に無くなる前に、貯水部分に水を足すとのこと。

上手に管理すると可なり長い間咲いているそうである。

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2013年12月 6日 (金)

第一夫人となった教え子からの手紙

昭和62年度、担任として最後の卒業生であった教え子Aからの手紙を保管していた。

私は当時、よく肩が凝っていたので休み時間に教え子達が肩揉みをしてくれた。その中で妻より体格がよく揉むツボを心得ていたA子を第一夫人と名付けていた(笑い)。

2番目に上手な子は第二夫人であり、結果的には第5夫人までもうけていた。クラス公認の夫人達は順番を守りながら揉んでくれた。

そのA子が卒業後にくれた手紙を見て笑いだすことがある。

私は今までの中で一番○○先生が好きでした。中学に行っても○○先生に会いに行こうかと思っていたのに、転出してしまうのでなかなか会えなくなってしまいますね。

今度都合のよい日に友達を誘って遊びに行きます。その時はまた肩を叩いてあげるね。

先生にあげたプレゼントに写真が入っているでしょう。それは、先生が○○小最後の卒業式の写真です。いつも机の上に飾って置いて下さい。そして、その写真を見るたびに、元6年松組を思い出して下さい。

それと、肩が凝ったら私を思い出して下さい。先生はもう50代になるのだから、体に気をつけて元気でいて下さいね。

注:女の生徒を奥さんにしないでよ。ちゃんと私がいるんだから。
                                 第一夫人より

実に愉快な手紙であり肩が凝るたびに思い出している。特定の女の子が私の肩を揉んでもエコヒイキをしているなどと批難されたこともなく、保護者も知っている師弟関係だったのだ。僅か2年間のふれあいだったが、子供達や保護者と心を開いて話し合ったりつきあうことのできたクラスだった。

そのような関係になったのも、私からの卒業プレゼントとして、夏休みに我家の庭で宿泊キャンプをしたり、毎週土曜日(5月~7月の晴天の日)の放課後、お食事会(ジンギスカンとおにぎり、おやつはかりんとう)に我家に招いた時、妻が協力してくれたお陰なのだ。

今思うと、40名全員を班別(4~5人)に毎週招待したとは驚きである(笑い)。

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2013年12月 5日 (木)

25年前のAIR MAI L

私は目下、手紙類を整理し殆ど破棄する予定である。その中で25年前に娘から届いたAIR  MA I L があった。

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学生時代に修学旅行(希望者のみ参加)にヨーロッパへ行った時の絵葉書なのだ。娘は成人式に振袖を着るお金を修学旅行の経費に回したいと申し出た。私も妻も賛成し実現した海外旅行。

この旅がきっかけで結婚後も毎年のように海外旅行。パリには確か十数回行っており、ヨーロッパ(7ケ国)は無論、アメリカ、メキシコ、オーストラリア、シンガポール、マレーシア、中国、韓国、ハワイをはじめ南国の島々めぐりをしてきた。

だから、私の退職時にはパリを中心に案内役を努めてくれたし、南仏めぐりなども娘あっての旅だったので感謝している。

また、コンドミニアムの生活の仕方なども教えてくれたので退職後の私達夫婦は、その教えにしたがって長期滞在の海外旅行を楽しんできた。

娘の海外旅行経費は勿論旦那の稼ぎ。いつまでも旅を続けられるよう健康に留意し稼いで欲しいと願っている(時には理解ある姿を示しておこう)(笑い)。

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2013年12月 4日 (水)

ある女教員からの手紙

私がミニバスケットの顧問をしている時、隣のクラスにいた元気な女の子。短大時代にスキー準指導員の資格を取得した前向きな子。

難関の教員採用試験を一発で合格し、20学級の小学校で4年間勤務し異動の時期を迎えていた。教育長をしていた私は彼女を本町のA小学校に迎えたいと思った。

理由は、教員の社会参加が著しく欠けていたので、スキーを中心に社会体育面での活躍によって教員に対する町民の厚い信頼を得たいと考えたからだ。

教育局との人事協議で彼女の活躍が本町にとって絶対に必要なのだと強く訴え、めでたくA小学校への異動が実現した。

彼女は私の期待に応え、教育委員会主催の社会体育事業に積極的に協力し、冬季休業日でも約40分かかる自宅からスキー連盟主催のスキー教室に指導者として通い、熱心に務めを果たしてくれた。

ところが、不幸なことに風邪の細菌で脳を侵され、高熱が続いた後、言語障害を起こしてしまったのだ。勿論、病気欠勤から休職を余儀なくされてしまった。

彼女の回復を待たずして私は辞任したが、大変気になる教員の一人だった。その彼女からの手紙を大事に保管していたが、ブログにUPした後、破棄しようと思っている。

お元気ですかsign02 きっと毎日ゆったりと楽しく過ごされているのでしょうね。
奥様はお元気でしょうか? 町では“教育長は○○先生が一番良い!”という声であふれています。先生の存在は大きいものだったのだ・・・・と改めて感じています。

お電話をしようと思いながら・・・・うまく伝えられないような気がして手紙にしたところです。
いよいよ人事の季節が来ました。自分は、体のことも考え、負担が少なく今より近くて、1学級ずつの学校はどうだろうと考えています。

母の調子もよくないので、B市から通うことを考えています。

C校かB市の小さい学校かE市かF市かなぁ~と思っているところです。複式ではなく、1学級ずつの単式がよいのでは、と思っています。先生のお考えもお聞かせいただければ・・・・・と思っております。

話は変わりますが、私はというと元気にやっております。少々後遺症は残って、昔の8割ってところですが、それなりにやっています。可なり楽をさせてもらっています。

しかし、やっぱり担任になって1学級を受け持ちたい!!という思いが日に日に強くなってきました。病気をしたことで、今までとは違う関わり方を(子どもたちと)することが出来るのでは??と思っています。

学級を受け持つと大変だ・・・・・ということは、百も承知です。離れてみてこそ学担の素晴らしさを感じたところです。

これから寒くなって来ます。カゼなどひかれませんよう・・・・。奥様にも宜しくお伝え下さい。

彼女は復職後に目出度く結婚し、現在3歳(男)と誕生2ケ月(男)の子をもうけ、今、育児休暇をとっている。

何よりも健康が回復したので一安心している。

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2013年12月 3日 (火)

尊敬する校長からの手紙

昭和56年4月、管内で一番規模の大きな学校で教育課程の諸課題を全てクリアしていた学校から、組合立学校かと思われるような小学校(20学級)に異動した。

赴任した早々、約3週間午前授業。午後から毎日のように分会交渉。北教組(北海道教職員組合)の指令・指示による主任制反対のための職場闘争の一貫として校長対全組合員に制度撤廃交渉。

主任命課の拒否と返上、対抗戦術(管理職に対する挨拶の拒否、部会開催のボイコット、雑務拒否、指導主事学校訪問の拒否など)の実施、教育課程の自主編成と称して特設道徳のボイコット、学習指導要領を無視した教科時数の配分、40分の単位時間、変則的なクラブ活動:名称も反対で「仲良し活動」と呼ぶ、毎月の主任に関わる実績報告を提出させない職場交渉の実施など。

まるで異国に来たような学校で校長派(校長・教頭と同じ同窓会員:2名の教員)と見られた私は、組合の指令指示に従わないとのことで村八分になった。

お陰で毎朝お腹が痛くなり自家中毒症状を示す。そうした中で“負けてなるものか。ネバーギブアップだ!”と自分に言い聞かせ出勤していたが、運動会終了から数日経ったある日、教頭が生まれ故郷(本州)の山林で首吊り自殺をした。

校長は管内校長会会長と全道校長会副会長の要職にあり、組合交渉にも毅然とした態度で処理していたが、自分の補佐役の教頭が自殺するとは・・・・・・大変ショックを受けていた。

ある校長が“道徳が羽織袴をはいているような人物”とヤユしていたが、誠に誠実であり保護者からの信頼は抜群であった。

その校長から平成25年の年賀状が来なかったが、おそらく体調を壊したことだろう。ここに私が教育長を退任したときのお手紙があるので、UPしておくことにした。

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3_5なお、まだ43歳の若さであった私は、校長に対して
「校長会の会長たるものが、このような学校経営をしているとは許し難い。

特に、教育課程の変則的な編成は目に余るものがある。今まで何をしてきたのか?」と個人的ではあったが詰め寄ったことがあった。

校長は「申し訳ない。私なりに頑張り、教育環境の整備や生徒指導面、PTA活動なども多くの成果があらわれてきたのだよ。先生の力も貸して欲しいので宜しくお願いしますよsign01」との答え。

今思うと、管内の中心校である本校の校長を北師同窓会が独占してきたことに対する反感が、「いじめ闘争」として展開されてきたということを、マージャンや飲み友達の口から直接聞いて実態を知った。

きれいでなければならない教育現場で、このような醜い争いがあったとは、一般の人達は知らないことである。

だから暴露することに若干戸惑いがあったが、真実を伝えておいた方が今後の教育推進や教育行政の執行に役立つものと信じている。

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2013年12月 2日 (月)

女人高野 室生寺

BCの歌番組から「女人高野」という台詞が聞こえてきた。オヤッ!と思って聞いていた。歌手は田川寿美。作詩:五木寛之とのこと。初めて聞いた歌だった。

そう言えば、1994(平成6年).11.14に「女人高野 室生寺」を訪れていたのだ。早速アルバムを開いてみたので数枚UPしておく。

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室生寺は女人高野ともいわれる。広大な境内には仏教美術史に残る美しい仏像や諸堂宇、またシャクナゲと新緑と紅葉と雪など、趣あふれる四季の表情が美しいという。

近鉄「室生口大野駅」→室生寺方面行きバスで約15分で室生寺前下車。私達は大阪方面の人とタクシーに相乗り。(料金1,000円にしていただく)

この旅は甥の結婚式が豊田市で行われたので私事旅行(有給休暇は3日間)をとったのだ。お陰で多くの名所旧跡や観光スポットを巡ることのできた4泊5日の旅だった。

・名古屋城 ・大須観音より老舗商店街 ・豊田市 ・長谷寺(総本山) ・談山神社 ・興福寺五重塔 ・奈良公園 ・二月堂・三月堂 ・東大寺 ・薬師寺 ・唐招提寺 ・慈光院と大和八景 ・室生寺 ・名張駅前周辺 ・伊勢・志摩と英虞湾めぐり(伊勢神宮,おかげ横丁、鳥羽市、賢島:観光船、二見浦)、スペイン村

出会う歴史が深い旅の「奈良・大和路」は今でも鮮明に甦ってくる。高校時代、修学旅行に行けなかった分を十二分に取り返した旅でもあった(笑い)。

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