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2014年7月

2014年7月30日 (水)

一般車両禁止で海水浴場へ

過日、小樽市銭箱の市道で海水浴帰りの女性4人がひき逃げされ3人が死亡した事件があった。

000この事件を受け、小樽市長が「現場の市道を歩行者専用道路にしたい」と表明したことに対して、海の家の経営者たち(ドリームビーチ協同組合)は難色を示している。

協同組合はJR星置駅とビーチを結ぶ無料循環バスを運行しているが、来シーズン以降、運行日数を増やすことを決定したという。 

私は、小学5年生まで、海水浴場であるオタモイや山中海岸まで約4キロメートルの道のり歩いて行った。

当時、まだバスが運行していなかったので仕方がなかった。また、6年生~中学時代は祝津に住んでいたが、今の水族館でトドが芸をしている場所が縄張りであったので、約1.5キロメートルを歩いて行ったものだ。

その点、今は安全性より便利さ求めがちであるので、何かと事故が起こりやすい。

道路を拡幅し歩道を整備するには多額の予算を伴うので、当面は歩行者専用道路とする一方、有料のシャトルバスを運行し、利益の一部を道路整備の財源に充ててもよいのではないかと思っている。

とに角、人命第一の視点で関係者が再度協議と、楽しく海水浴ができるような施策を札幌市と小樽市で協議して欲しいと願っている。

<写真は道新の記事から転載>

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2014年7月29日 (火)

小学生の歩数と学力?

『教育展望』(発行:教育調査研究所)の2013年7・8合併号を開いたら、珍しい調査結果が掲載されていた。

小澤治夫(東海大学教授)が子どもの歩数について考察している。概要を列挙しょう。

・一日の歩数は1970年代は約二万歩を超えいてたが、年々減少し、現在は一万歩を下回る子どもは珍しくない。

・休日の一日の歩数を調べてみると、歩数の多い小学生は少ない小学生に比べて勉強時間も運動時間も長く、生活習慣でも早寝早起きで十分な睡眠が確保できている。

・平日の学校での歩数と学力や体力との関係では、歩数の多い子どもほど学業成績が上位であることも判明している。

結論はこうだ。

・歩数はその人のアクティビティ(活力)を示す指標ともいえ、活力があり元気な子どもほど体力も学力も高いことを示唆している。

・元気な子どもであるためには一日一万五千歩程度の身体活動を確保する生活が欠かせないと考えている。

成人の健康維持と歩数の関係はよく指摘され私自身もウォーキングに励んでいるが、子どもの歩数との関係について啓発することを疎かにしていた。

この調査結果は蔑(ないがし)ろにできないものであり、学校と家庭が一体となった取り組みが重要であると思う。なお、私の過去ブロ(全国体力テスト 地域差鮮明)も参照願いたい。

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2014年7月28日 (月)

夏休みの粋な計らい

札幌市ではいよいよ夏休みに入った。この休みを利用して思い出作りに、いろいろ工夫を凝らすことが大切だと思う。

私は現職時代に、児童・保護者・担任との楽しい触れあい活動に取り組んだことがあった。

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この行事に関わっては、過去ブロ(管理職を怒らせた 宿泊キャンプ)に記したが、思い出作りも大切な教育活動の一つでないかと思っている。

さて、最近知ったのだが、フランスでは約2ヵ月間のバカンスがあり、経済的に余裕のある人達は南仏のニースやモナコに出向くらしい。

ところが、余裕のない人達もいるので、パリ市長が粋な計らいをしていることを知った。詳しくは、その様子を伝えたブログ(パリ・セーヌ川に夏恒例の人工ビーチ)が参考になる。

問題は“やる気”である。一つの楽しい行事の計画・実践・評価・改善のプロセスそのものが教育の営みでもあり、実践後に作文・新聞づくり・絵画・作曲などに取組ませるのも総合的な学習力を培う基になるのではないかと単純に考えている。

話は変るが、教頭時代に、夏休み期間に海外旅行をした教員が6人いた。大半が教員同志の共稼ぎ世帯。海外で見聞を広めることは良いことだが、自分のクラスの子ども達との触れあい活動を一つも計画していないことを知り、苦言を呈した覚えがある。

このようなことを念頭に置き、有意義な夏休みを過ごして欲しいと願っている。

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2014年7月25日 (金)

少子化と 移り行く学校

サイクリング・ロード(札幌市:陽だまりロード)とエルフィン・ロード(北広島市)の境から林の中の獣道(けものみち)を歩いて行くと、広場にたどり着く。

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広場の隅にこのようなプレートが建っている。
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ここは現在の厚別区上野幌小学校の発祥の地だったのだ。校歌の作曲者は学芸大学札幌分校に通っているとき「音楽教材」でお習いした千葉日出城教授。懐かしい。

この場所は現在名「厚別南緑地」であることを知った。
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                      現在の校舎
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校舎外壁には開拓当時を偲ぶレリーフが貼られている。この上野幌小学校は次のように変遷してきた。

・明治34年 修業年限4ヵ年の単式小学校で児童数54名、教員1名、16坪の校舎で発足。
・昭和63年 32学級で児童数1,200名。4階立ての校舎。
・平成元年 上野幌西小学校開校で313名移籍。
・平成4年  上野幌東小学校開校で711名移籍し340名となる。
・現在     8学級(特別支援学級2)で児童数175名、教員数16名。

酪農をはじめ田や畑が広がっていた土地が、やがて住宅街となり児童数も膨れていく。それが少子化時代に入り、各学年1クラス編成となり再度、学校の統廃合を検討せざるを得なくなったようだ。

時代の変遷とこれからの子育ての難しさを改めて考えさせられた。

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2014年7月24日 (木)

校長・教頭登録者 「感謝の集い」

平成3年度 北師同窓会校長・教頭登録者の「感謝の集い」が7月20日(土)16:00から、ある料亭で開催されていたことがファイルに残っていた案内状から分かった。懐かしい。

これは、私が校長に登録された年度の話なのだ。校長登録者は10名、教頭は9名であった。

招待者は道教委教育局長、同窓会支部長・事務局長・事務局次長であり、互いに苦労を労い喜びを分かち合った楽しい集いであった。

また、こんな案内状も保存していた。

教育局次長の「送別会」のものだ。主催団体はA地区校長会・教頭会・同窓関係団体(啓友、六稜、青陵、科挙、北師、夕陽、鶴陵)の合同開催。

この送別会の出席関係は、各関係団体の代表者で協議し参加者人数が割り振られていた。私は同窓会関係の枠で参加することができた。

会費は¥5,000で二次会なしであった。しかし、お世話になった次長が同窓であった関係で有志一同が二次会をセットしたことを思い出す。

さて、このような風習は平成7年度途中まで続いていた。しかし、悪しきこととの理由で道教委が「官官接待の廃止」を打ち出し、教頭昇任や校長採用など人事異動に関わる教育現場と道教委のある意味での癒着構造の打破が図られた。

それまでは、ゴルフ接待やマージャン接待、中には夜のすすき野(札幌)の有名キャバレーでの接待、お中元・お歳暮・餞別の贈呈など、あの手この手を使って教育局幹部に接近し、人事面で優位になることを願って接待した。各自治体の教育委員会までも礼を尽くしていた。

これも校長・教頭の昇任・採用の狭き門の時代に生まれた慣習であり、更に、一時期八つの同窓会がライバル意識を燃やしていた時代だったので、そのような土壌のもとに育っていった悪き慣習なのだ。

今は、教員の夫婦共働きの方が何かと都合がよいため、教頭を希望する教員があまりいないので困っている状態。従って、官官接待などは全く必要なくなったのだ。

過当競争時代と現在の管理職の資質問題がいろいろ指摘される時代になっているが、政令都市の札幌は単独人事なので結構狭き門らしい。

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2014年7月23日 (水)

不審者侵入 学校の対策

今から13年前(2001年6月8日)、大阪教育大学付属池田小学校に刃物を持った男(当時37歳)が乱入。児童8人が死亡、教師を含む15人が重軽傷を負った。

この事件を契機に、防犯意識と不審者侵入対策を各学校で強化した。教室にサスマタを置いたり、授業中は玄関を施錠し、来校者は許可なく学校へ入れない措置がとられた。
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さて、ウォーキングをしていて気が付いたのだが、来校者は来賓・保護者専用玄関を使い、インターホンで名前と用件を告げると、学校職員が自動ドアのロックを解除するというシステムを札幌市では行っていた。

私が教育長をしていた町では、インターホンは設置したが、来校者の度に玄関の施錠を外しに職員が出向くという具合だったので、時間的なロスや二階に職員室のある学校では大変不便であった。

今のインターホンは来客画像や録画履歴機能が備わっているものもあるので、防犯に役立つ。さすが札幌市は教育予算が多いので自動ドアと画像機能のあるインターホンを設置できるのであろう。

本州などではもう児童生徒の夏季休暇が始まっているが、休暇中でも不審者の侵入には十分配慮を願いたい。

或る農村の中学校で、音楽専科がピアノを練習していたら、いつの間にか背後に不審者が現れ抱きつかれるという事件もあった。女性教員の多い学校では特に注意が必要であると思う。

まだ、防犯設備が整っていない学校では、早急に教育予算要求をすべきである。事件が起きてからでは遅いのである。特に、管理職は配意して欲しい。

なお、過去ブロ(不審者対策に脱帽)も参照願いたい。

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2014年7月21日 (月)

殿堂入りした ピエール・ドゥ・ロンサール

咲き始めた ピエール・ドゥ・ロンサール。

0000
検索して分かったこと。

・フランスの1989年(平成元年)作品。

・「バラの詩人」と呼ばれた16世紀フランス詩人の名前にちなんで命名された。

・2006年、世界バラ会連合殿堂入り。

・ツルバラで返り咲き。

さて、平成元年といえば私にとって画期的な事があった。
過去ブロ(新任教頭 1年で転勤とは)に記したが、一人何役もこなした教頭時代だったのだ。
このピエール・ドゥ・ロンサールもこの年に新種改良して誕生したバラであることを知ったので、急に親しみが持たれ、思い入れも一入である。

名前を覚えられないのでロン:マージャンの上がり、サール:去る という風に意味づけ、勝ち逃げ(マージャンに勝って、直ぐ止め、負け越しをしない態度)のバラとの仮名をつけた(笑い)。

なお、フクロウの木工作品も妻の作。私はただ褒め役に徹した無能老人なのだhappy01

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2014年7月20日 (日)

姿を変えた 娘の庭

ある雑誌のページに挟まっていた1枚の写真。娘が家を建てて1年後の庭。

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芝生の庭も清楚な感じて良いが、タンポポや雑草が生えるので管理が大変とのこと。

約15年経ったら庭も造り方によってこのように変るものだ。南フランス地方の影響を濃く受けた庭になっている。

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今年は娘婿がピザ釜を作りご馳走してくれた。何事も少しずつ手を加え改善・改良していくと見違えるように変るものだなあと思う。

教育も先を焦らず、教え・育てる営みを一歩一歩ほどこすことによって子どもたちも少しずつ変容を遂げていくものであると思う。

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2014年7月19日 (土)

「花子とアン」 言葉と学校教育

NHK朝ドラ「花子とアン」ファンの私。東京の修和女学校に編入したはなは、上級生の白鳥に言葉遣いや振る舞いを厳しく注意される場面があった。

私の姉のM子は5人姉妹の中で一番言葉遣いが丁寧であった。母は「M子は綺麗な言葉を遣うが何を考えているか分かりはしない。薄情なところは父さんに似たんだろうね」とこぼしていたことを、朝ドラを見ながら思い出していた。

ところが、姉の言葉づかいが丁寧な理由が分かった。『小樽 歴史物語』(著者:山川隆)のP61に下記のエピソードが載っていたのだ。高校・大学時代まで住んでいた教員住宅の向いの懐かしい先生の話。

      エビソード   ハイカラな街小樽
【竹内千代先生(明治44年生) 北手宮小学校教諭の話】

 私が女学生(庁立札幌高女)のとき、遠足で小樽見学をしたことがあった。小樽公園等を見学した後、小樽庁立高女の講堂を借りて、昼食をとることになった。
 校舎はハイカラで階段教室に案内されて、席に着くと、まもなく小樽高女の生徒がやかんに入った番茶と湯飲み茶碗を持参して私たちのところへやってきた。私たちはみんな一斉に、彼女たちの容姿、立ち振る舞いに注目し、一瞬静寂一時が流れた。

 彼女たちが退席し後ろ姿が消えると、どことなくため息が聞こえてきた。小樽高女の学生達の優雅なこと、・・・・。言葉づかい・物腰・・・・。なんといっても服装が流行の柄物の着物と、紺色の袴姿に圧倒されてしまった。

 それに引き替え、札幌高女の学生達は、その多くが木綿やかすりの着物に古着の袴で通学するのが当り前と思っていた。

 小樽の女学生のハイカラな姿を目の当たりにして、羨ましく、自分たちが急に田舎者に見えてきた。(小樽【街角の歴史】巷の話)一条守正談

浜に育てば浜言葉に染まり、北海道に住んでいれば北海道弁になる。言葉は住む人達から自然に身体に染み付いてしまう。学校現場でも子どもたちは言葉環境に影響を受けやすい。

今、子どもたちの言葉が乱れているとの指摘がある。正しい言語環境のもとで、正しい言葉づかいのできる子どもたちに育てて欲しいと願っている(欲張った考えだろうねsign02)。

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2014年7月18日 (金)

珍しいアサガオ

妻がお友達からいただいたアサガオの種。2週間程前から咲き始めた。今までに見たこともない形の花。

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3PCで調べてみたが詳しいことは分からなかった。

花柄か蕾なのかがよく見ないと分からない。

鉢植えした新種のアサガオは、車庫横に置いてあるが、午後からしか日が当たらないので生育条件は好くないと思う。

一体、どこまで伸びるのであろうか楽しみである。

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2014年7月17日 (木)

原発テーマの本出版 童話作家

道新(7/14朝刊)に“福島の現実 子供たちに”の願いから、小樽在住の童話作家加藤多一さんが、原発事故をテーマにした初めての著作「赤い首輪のパロ フクシマにのこして」汐文社(東京)から出版したとの記事が目に留まった。

童話作家・加藤多一さん(ここを覗いて)とは懐かしい。

実は三校目の小学校で高学年を担任している時のことだが、学級会の活動組織に図書係を位置づけ、学級文庫の開設に取り組ませた。その時、私が寄贈した本の中に加藤多一作の『白いエプロン白いヤギ』があったのだ。

その後、教育長をしている時、たまたま加藤さんにお会いする機会があったので、当時の子ども達の反響を聞かせてあげたら大変喜んで下さったことを思い出す。

80歳となった加藤さんが、「国が3.11後も原発の安全神話を国民に押しつけているのは許せない。児童文学の形で子どもたちにメッセージを伝えたい」と語ったそうだが、その一言に自然や命をテーマに40冊以上も書き続けた彼の考えが滲み出ているような気がする。

早速、図書館から借りてきて読んでみよう。

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2014年7月16日 (水)

悲しいできごと・考えたこと

Kazuさん編:「心の教育」からの転載

悲しいできごと・考えたこと
 本校、六年生のTAさんが、7月18日午後、入院していた札幌の病院で亡くなりました。TAさんは去年の運動会頃から体の調子が悪くなり、入院して治療を続けてきていました。その間には、お医者さんの努力はもとより、家族の方々の看病、多くの人や友達の励ましを受けて、TAさんは元気になることの努力を精一杯続けてきました。

 しかし、病魔はそれをおしきり、ついに帰らぬ人となりました。両親はもとより、ゆかりある人々の悲しみは、はかり知ることができません。心からご冥福をお祈りしたいと思います。

 私達は、口では簡単に「からだを大切に」「命を大切に」といいますが、真剣にそのことを考えたことがあるでしょうか。人間はお互いに勝手なところがあると思います。自分の身内や関係者が病気になったり、交通事故にあって初めてそのことの重大さに気づくのではないでしょうか。

25日から子供達の夏休みが始まります。休み中の生活のさせかたは、家族・親の考え方や指導によって異なってきます。次のことについて、順序に従って考えてほしいものです。

① 生命に関わる危険防止(交通事故・川遊び・魚釣りなど)
② 毎日、継続してやることを決め、実践させ、記録させる。(観察・体力づくり・学習など)
③ 1学期の学習の遅れの回復
④ 見聞を広め、経験をつませるための見学や旅行

25日間の夏休みを意義あるものにしたいものです。
               <S小学校長時代:54.7.23>

7.14の道新朝刊に“ひき逃げ 女性3人死亡”との見出しが一面トップに掲載されていた。現場は札幌市JR星駅駅から北へ2.5kmで、海水浴場「おたるドリームビーチ」と国道337号を結ぶ直線道路。

4人(高校時代の同級生)は海水浴を終えて帰宅するため徒歩で星置駅に向う途中だった。道路幅は5㍍で歩道がなかったという。加害者の男(31歳)は酒気帯び運転で、かつ携帯電話を操作していて前方を良く見ていなかったとは。ただただ絶句。

夏休み前後のこの時期は、思いもよらない事故に遭遇する危険性が大きい。大人も子どもも危機意識を持って過ごして欲しいと願っている。

 

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2014年7月15日 (火)

薬剤師の考えに戸惑う

最近読んだ本『薬剤師は薬を飲まない』(著者:宇多川久美子 廣済堂出版)に、次のような内容が載っていた。

あなたの病気が治らないのは薬に頼っているからだ!
薬を飲んで症状を抑え込むのは、病んだ体をさらに酷使すること。
さらに薬は体の自然治癒力を奪い免疫力を下げてしまう。
患者だけでなく、医者までもが薬に頼りすぎている日本の現状・・・。
                     (ブックカバーの内容紹介文)

一方、道新朝刊(6/13)に“過疎のマチ 薬剤師不在”との見出しで次のような文が。

高齢者訪の飲み忘れ防ぐ
道薬剤師会(札幌)は昨年度から道の補助を受け、薬剤師が在宅で治療中の高齢者を定期的に訪問し、服薬を指導する事業を始めた。薬の飲み忘れがないか確認し、本人の状態を見て服用しやすいタイプの薬の処方を医療機関に提案し、治療効果を高める狙いだ。・・・・

統合失調症や糖尿病患い、18種類の薬を飲む帯広市の70代独居男性は「何を飲んでいいか分からない」と訴えた。(以下略)

薬剤師をしている甥が「伯父さん、時々忘れる方がいいんだよsign02」と言った言葉を思い出したが、薬依存により抗生物質による副作用などの危険があるとも言う。

私は薬に頼らず、「食事」「運動」「睡眠」に気をつけ、自然治癒力に期待するタイプの人間である。今、実践しているのはこのようなこと。

食事は ・よく噛む ・食べ過ぎない ・種類を多く
運動は ・ウォーキング(週2~3回 約1時間)
睡眠は ・約7時間の確保

「慢性リンパ性白血病」の疑いなので、息子が買ってくれた「冬虫夏草」(韓国の漢方薬)を時々服用しているだけの私。

これまで「心室性期外収縮」「円形脱毛症」「耳下腺結石」「十二指腸潰瘍」「糖尿病」「前立腺肥大」の病名をいただいたことがあるが、食事と運動、そしてストレス解消に努めることによって完治・改善された実績があるので、薬漬けだけはしないように心掛けている。命根性のキタナイ高齢者なのだ(笑い)。

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2014年7月14日 (月)

売りに出された学校

数日前、二軒隣りのご主人が言う。「私の母校が売りに出されたのだよ。しかも驚くほど安い値段でね」と。早速新聞を開いて見ると三面記事の下の方にこのような広告が掲載されていた。
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早速インターネットで検索「旧夕張太小学校プロポーザル募集」してビックリ。校舎もグランドも立派なのだ。

0001
こんな立派な校舎がタダで広いグランドは菜園・栽培活動に最高である。

また、一番の利点は札幌から15分足らずの場所にあり、老健施設に再利用できる魅力的な環境なのだ。

特に、南幌温泉(天然温泉)までは車で7~8分の距離であり、生で食べれる白いトウモロコシ栽培の地でもある。

少子化時代の不の遺産との位置づけではなく、高齢化社会へのプレゼントであると考え、日本人の資産家が投資してくれることを願っている。

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2014年7月12日 (土)

エズのビーナスさん 狭くてご免なさい

南フランスのコートダジュール(紺碧の海)地方のエズ村で、中世の城址に聳え立つ彫刻。遠く地中海を眺める美人。私達は「エズのビーナス」と名付けた。

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妻は写真を見ながら制作した陶芸作品。家の中では可哀想なのでガーデン内に置いてあげた。狭いけれど沢山の花々を眺めてチョウダイネと呟きながら。
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ビーナス姉妹よ、「Youは 何しに ジャパンへ?」(笑い)。

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2014年7月11日 (金)

旅行中に 娘が怪我

昼間は観光、夜は囲碁。友人のガイドで東照宮見物happy01(v^ー゜)ヤッタネ!!

              家庭円満の親子杉:根を一つにした三本杉

1
鬼怒川温泉で湯に浸かった後、夕食をとっているとフロントから電話。外線につないでもらったら妻の声。内容はこうだ。
・今日、娘(小学1年)が腕を骨折した。   
・滑り台を逆に登ってバランスを崩し地面に落下。
・一緒に遊んでいた息子(3歳)が「お姉ちゃんが滑り台から落ちて泣いているよ」と知らせてくれた。
・病院へ連れて行ったが、お祭りで交通規制しており大変だった。

この連絡を受けてから飲むビールの味はいつもより苦かった。それにしても腕の骨折だけで済んだので先ずは安心した。

   鬼怒川ライン下り:奇岩・怪石の織りなす自然美とスリルをたっぷり味わう2
   中禅寺湖では足踏ボートに乗る   仙台市内観光ツアーに参加:記念写真
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   <追記>
宇都宮駅前の旅館に泊まって仙台へ行く日のこと。

列車の時刻が多少あるので駅前のパチンコ店に入った。不思議なことに玉がジャラジャラと出る。

列車の出発時刻ぎりぎりまでやり、玉を全部景品(チョコレート、ビスケット、ドロップ、缶コーヒーなど)に交換し、二人とも両手にやっと抱えて列車に乗った。

ところが、驚いたことに私達の座席の一つ前のボックスに教え子と祖母・母が座っているではないかモヒャ━━((゜Д゜Uu))━━!!!!!!。
本州にある親戚の家に遊びに行った帰りとのこと。

これ幸いと思った私は、景品の殆どをプレゼントし、手ぶらで七夕祭りを見た。

二学期早々の参観日に、この母親から改めてお礼を言われ、その後も親しく話ができる間柄になったことを思い出す。

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2014年7月10日 (木)

友人との二人旅 京都

京都に連泊した初日は修学旅行コース。
                     平安神宮参道の大鳥居

1 平安神宮は私達が見学した6ヵ月後の昭和51年1月6日に放火事件が発生し、本殿・内拝殿など9棟が炎上、焼失したが、3年後に一部再建された。
         

           金閣                      嵐山
2_2 3_2

                         桂川

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嵐山の支峰・岩田山の公園内にある茶店で横になる私:休憩料を取られて驚く
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二日目、4年前に京都先斗町にある小学校に転勤していった同僚教員Aさんの案内で先斗町、比叡平、比叡山などを見学し、八坂神社近くのうどん屋で「すうどん」(北海道では「かけうどん」と言う)をご馳走になっり(笑い)、こんな質問をされた。

note富士の高嶺に降る雪も 京都先斗町に降る雪も 雪にかわりはあるじゃなし とけて流れりゃ みな同じnoteという、 お座敷小唄の意味が分かるい?」

分からないので頭を傾げると「日本で一番高い山は富士山であり、ビールで一番高いのは京都先斗町なのだよsign02 1本1万円出しても飲ませてくれない店もあり、紹介状がなければダメなのだよ。それ程プライドが高いのが先斗町なのだよ」と笑って答えてくれた。

また、店の間口が狭いけれど奥行きが長いのが特徴で、昔の税金対策にそのように造ったとも教えてくれた。

更に、「正月料理は品数が多いが、どれも一口つまむ程度の量なので食べた気がしない。北海道では食卓に沢山の量の料理が出て、腹一杯食べることができるが、京都は質素・倹約を旨としているようだ」とも話していたのを思い出す。

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2014年7月 9日 (水)

友人との二人旅 盛夏の奈良

高校の修学旅行(京都・奈良方面)に行けなかった私。友人は大学で社会の地理が専門。だから案内役に適任であったし、高校時代はボクシングのライト級(?)の全道チャンピオンだったので心強い相棒であった。

夕方、宿泊先として予約してあった教職員共済指定の「猿沢荘」に着き、部屋に入ると何と室温が40度近くで頭の方が熱い。窓を開けたら熱風が・・・。小さな扇風機を回しても低温サウナ風呂のよう。

こんな部屋にいたら熱中症になると思い、冷房の効いた喫茶店に避難。夕飯は食堂でカレーライス。10時過ぎに部屋に戻ったがやはり熱い。「明日の朝は朝食前に春日大社などを見ようと」と打合せし、パンツ一丁でタタミの上でバッタンキュー  ι(´Д`υ)アセアセ

なお、宿泊先の「猿沢荘」は秋に大改修をするとの話を聞いて納得した。

思い出の奈良の写真を数枚UPしておく。
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     東大寺法華堂(三月堂)               春日大社
3 4

まだ薄暗い朝の春日大社の参道に、突然、鹿が現れたのでビックリしたのを思い出す。

また、東大寺は昭和の大改修中だったので細部に亘って観ることができなかったのが残念だった。

朝食後、奈良公園を少し散策してから、近鉄奈良駅から「斑鳩の里」まで行き、レンタル自転車で法隆寺に出向いた。

法隆寺の建築様式の緻密さと美しさなどは、大学時代の一般教養講座である「小学美術」で学んでいたので、大変興味を持って見物することができた。
      法隆寺の回廊5

6

<失敗談> 境内を自転車に乗ることは禁止されていることを知らずに乗って注意され、恥ずかしい思いをした。本当に田舎モノ(36歳)には困ったものである(笑い)。

なお、過去ブロ(女人高野 室生寺)に書いたが、20年後に妻と一緒に再び奈良を訪れた。晩秋の奈良の方が素敵であった。

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2014年7月 8日 (火)

職員旅行の途中から 友人との二人旅

過去ブロ(職員旅行 初めて海を渡る)で書いたが、北海道から本州への職員旅行(2度目)の途中から、浜松駅で他の職員と別れ友人二人と8泊9日の旅に出た。

この友人とは教務部研修係(2人)で私とペアで学校課題の推進に励んだ仲間なのだ。たまたまA地区研究所員だった私は、道外研修視察旅行の機会を与えられ旅費も支給されたので、タクシー代などは私が支払うとの条件付き一緒に行ってもらうことにしたのだ。

何せ、今から39年前(昭和50年)の話なので、一部忘れていたが、廃棄処分せずに残っていた結婚祝いでいただいたアルバムに詳しく書かれていたので、記録しておくことにした。

このアルバムは旧式なので糊付けされた写真をはがし、その後、「フォトレコ」で撮り込む作業が必要なのだ。

さて、旅の日程は次の通り。

7月30日 舘山寺→浜松→名古屋→紀伊勝浦(泊) ・那智の滝、紀の松島めぐ
       り(遊覧船)
   31日 紀伊勝浦→天王寺→奈良(泊)
8月 1日 奈良見物 ・奈良公園、興福寺五重塔、春日大社、東大寺、二月堂、
       法隆寺、法輪寺
       斑鳩の里→京都(泊) ・京都タワー、清水寺、八坂神社、平安神宮、
       金閣、嵐山公園、 岩田山自然遊園地
    2日 比叡平、比叡山、先斗町  京都新都ホテル(泊) 
    3日 京都→宇都宮→日光→鬼怒川温泉(泊) ・東照宮、華厳の滝、中禅
       寺湖
    4日  鬼怒川ライン下り→日光→宇都宮(泊)
    5日  宇都宮→仙台(泊) ・青葉城址、市立博物館、大崎八幡神社、七夕祭
       り
    6日 仙台(泊) 市内観光
    7日  仙台空港→千歳空港(全日空)→札幌→帰宅

記念に最初の見学地である那智勝浦町でのスナプを数枚UPしておく。
                那智勝浦町の目抜き通り
1
 勝浦港:右上にみえるのが有名なホテル浦島(私達は共済組合の指定旅館に宿泊)。この旅館の夕食のおかずが羊肉の水炊き。はるばる北海道でもジンギスカンで有名な所から来たのに皮肉である。
2
      「紀の松島」と言われるだけあって奇岩の数々を遊覧船で廻る
3
    佐藤春夫の歌詩碑:駅前に   那智の滝:しぶきを避け社務所から眺める
4 5  

酒好きの友人が魚屋さんの店頭で刺身でコップ酒を所望。満足したようであった。しかし私は、酒に弱く直ぐ真っ赤な顔になるので、刺身だけを食べ大阪方面の汽車に乗った。

勝浦では南国気分になったことが一番の思い出である。

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2014年7月 7日 (月)

2度目の本州 夏季休暇中の職員旅行

過去ブロ((職員旅行 初めて海を渡る)で書いた親睦会企画による職員旅行。
 

しおりの絵は図工専科の教員の作         輪島の朝市:特大のアワビを思い出す

1 2

                             兼六園から金沢城址を望む4          
         
      浜松駅で記念撮影 その後、仲間と別れ友人との2人旅に出発3
この旅で能登半島の最先端にあったドライブインでランチをとりツブも食べた。そのツブが傷んでいたため、三泊目の金澤市の旅館で4、5人が嘔吐と腹痛。

早速、医者を呼んで注射を打ってもらったが、その日の夕食と翌日の夕食まで食事のとれない仲間。折角の旅行なのに食中毒になるとは可哀想だった。

浜育ちの私は、ツブの食中毒についてよく父から教わっていたので、自分の分を他の女のT先生にプレゼントした。その結果、二人前食べたTさんが一番症状が重かった。

そんなことがあったので、その後、旅行中の食中毒には細心の注意をするようになった。

なお、56人いた職員の中で、教頭経験者のOT大先輩が一人学校に居残り、校長以下全員で楽しい旅行をするようにと申し出、留守中の学校を守ってくれた。この先輩は海軍あがりで艦砲射撃により片方の耳が聞こえない。生死をさ迷っただけあって仲間意識が強く気骨のある怖い存在の教諭であった。

今思えば、見解の相違で口角泡を飛ばしてやりあった仲間もいたが、ここ一番という時には一致団結して事に当たるような職場であったので、旅行もOT教諭以外、全員で行くことができたのだと思う。今思うと、38年間の小学校勤務でこの学校(10年間勤務)が一番勉強になった素晴らしい職場集団だった。

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2014年7月 5日 (土)

恥をかいて学ぶ 「黄泉」の読み方 

ケースの中の衣類を整理していたら、ワープロの感熱紙(巻紙用)が入っおりその出だしが弔辞。同窓会支部○○班の会長をしていた時のもので、先輩の葬儀で弔辞を述べたときのもの。文章は事務局長が書き私が代読したのだ。

 謹んでYE先生のご霊前に哀悼の意を表します。

 変転極まりない現代思潮にあって、教育者としては勿論、人間としての生き方をお示しになり、数多くの業績をお持ちでいられた大先輩のご逝去の報は、北師同窓会にとりましても、悲しみと共に残念でなりません。

 先生は私達後輩に対し、いつも「純剛」の中に生きる教育の哲理を、やさしさの中にも厳しくお示しになり、ご教導下さいました。それは、A市をはじめ○○地区の教育に対する情熱ともなって伝わってまいりました。

 先生は、昭和十年に私達の母校である札幌師範学校をご卒業になり、OY小学校にご赴任されて以来、約四十年の教育者としての歩みは、正に、北師で培った真理の追求を原点とする、教育者としての崇高な姿でもありました。

 IO小学校長をご退職後も、豊かな人間性を発揮され、市内にあって、多くの役職を通して町づくりにご尽力されたことは、誰もが認めるところであります。これらのことは、私達北師同窓会にとりまして、嬉しくもあり誇りでもありました。しかし、今、黄泉の客となられ、その悲しみは隠しきれません。

 私達後輩は、TE大先輩の数多くの業績を指標にし、「純剛」の精神を基に、更に充実した活動を推進していくことが、ご教導下さいました先生に報いることになると思っております。

 どうぞ安らかにご冥福下さい。

 先生の歩まれた業績を讃え、ご教導に感謝申し上げ、粗辞ではございますが弔辞と致します。
         平成十年三月三十日

この弔辞で「黄泉の客」を“こうせんのきゃく”と読んだ。葬儀終了後、国語専門の先輩があの場合は「よみの客」と読むべきであり、書き方も「黄泉の国の客」(よみのくにの客」と表現すべきであると教えてくれた。

辞典で黄泉(こうせん)とひくと、〔地下水の意〕あの世。よみじ。冥土とあり、「黄泉の客」:死んだ人とある。日本語の表記や読み方は多様で難解であるが、大勢の先輩諸氏の前で正しく読めなかったことを今でも思い出す。

さて、漢字の読みについて、地名や人名などの固有名詞は読みがいろいろあって、間違ったからと言って恥ずかしく思う必要がないと大学の国語教材研究の教授の言った言葉を思い出す。

埼玉県へ言った時に「中山道」と書かれていたので「なかやまどう」と読んだら、すかさず「なかせんどう」ですと指摘された。小学4年生の時、「中仙道」と書き「なかせんどう」と読むのだと習ったのだが、いつの間にかニンベンのない表記に変っていたので戸惑ったこともあった。

また、高校時代に「早急」を「そうきゅう」とかなをふり×。「さっきゅう」と読んで○だったが、現在はどちらも○だ。これに類した漢字に「入水」がある。これも「じゅすい」と読むのが正解であると習ったのに、今は「にゅうすい」も○という。

昔は誤記も正記と見なした漢字があったようだが、今は間違った読みも正しい読みとして認める漢字があるので、私の頭は混乱している( ゚д゚)ポカーン 

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2014年7月 4日 (金)

深緑を駆け抜ける 1564人

28日のブログで紹介した「きたひろしま30㌔ロードレース2014」が29日、市総合体育館発着で開かれ、道内や関東、九州、沖縄などから1564人が参加したという。詳しくはどうしんニュース「新緑のエルフィンロード」を参照のこと。

さて、教育長在任中に海宝ロードランニングで「100kmウルトラ遠足(とおあし)」の開催地として協力したことがあった。

前夜祭では参加者の方々と交流しビンゴ大会も行なわれた。
当日は朝5:00にスタートするので丘の上のゴルフ場まで激励に出向き、日中は協賛してくれている人達への挨拶まわりや出場選手の応援、そして、制限時間である16時間後の21:00にはゴール地点まで出向き、関係者へのお礼参り。

222222 沖縄や九州などから出場する選手に「どうしてわざわざ北海道のA町まで来られたのですか?」と問うと、「走ることが好きなので全国どこへでも行くのですよ。特にA町では5km毎に設置されているエイドステーション(水分や食べ物を補給できるようコースの途中に設けた施設)で、特産物のメロンやとりたての果実、野菜、アイスクリームなどをたっぷり用意されており、特にメロンをたっぷり食べたいので参加したのです」と笑いながら応えてくれた。

たしか、私が教育長を退職する2006年まで毎年実施していた。青年会議所や福祉学校の生徒、農協婦人部などの協力があったので、大会を盛り上げることができたのだ゛。

参加者の中には、盲目の人が介添人に誘導されて走る姿や、病気を抱えておりその回復を願って走っている人もいることを知って感動したことを思い出す。

何か目標や趣味を持って生きる姿は実に素敵であり、質的に豊かな生活であると思う。
※上の写真は甥っ子のブログより借用したもの。(お許しあれ!)

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2014年7月 3日 (木)

見頃は今でしょう 庭のバラ

昨年より早いバラの開花。色とりどりで賑わう我が家の庭。

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これから二つのアーチのバラも咲き出すと思うが、そうなると狭い我が家のガーデンはバラが主役となる。後何日で咲き誇るだろう。楽しみジャ!

                   夕暮れ時のガーデン
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2014年7月 2日 (水)

ヒステリックな女性教員の言動と 保護者の怒り 

ある方のブログ(かげちゃんの@教育改革は藤沢からのブログ)を読んでいたら、次のようなコメントが載っておりビックリした。

去年は本当に我慢の年でした。
毎日毎日、つらい思いをさせてしまいました。

暴力を止めない40-50代の女教員、
ハサミで切りつけるのも最後の最後まで続き、給食にゴミや唾を入れられたりトイレに運ばれたりしたのも何度もあったが「食べなさい!」と言われ娘の方が叱られるばかり。
物は無くなる、壊される・・・
相手は楽しくやっているから悪気はない、やられる方が悪いと言われ続けてきました。

他のお子さんも円形脱毛症(←教員には「毛はまた生えてくるから大丈夫」と言われたそうです。)や精神疾患で入院・・・・・
転校した方もクラスの一割に上りました。

この場では全てを伝えきれませんが、色々ありました。

そこで保護者が団結して、何か保護者としてできないものか協力できないものか、学校と話し合いをしましたが認めていただけなかった。
しかし、何とか約束をさせたこともありましたが、後日校長より「そんなの守るわけがないだろ。認めない」、教頭からは「波風たてないように」と言われ無視され続けました。

そのうち、団結していた保護者も手のひら返したように「よくあることだし、子供のことだから親が入ることではない。」と私をモンスター扱いをし集団で白い目を抜け、今に至っております。

真実をなかったことにされています。
教頭は定年退職、担任は異動、校長は今年いっぱいで定年だということです。

教育委員会、カウンセラー、法務局・・・・
子どもも手紙を書いたり、私も伝えたりしました。
クラス以外の保護者も訴えていたようです。

校長が教育委員会出身と聞いております。

これが今の時代なんでしょうね。
虐められないように虐めをやれという保護者も多々います。
この環境での子育てに自信をなくします。

二年生になり、楽しいと子供が言い登校しています。
しかし、今でも親として何かやれることはないかと考えております。

私の勤めた小学校でも次のような言動をとる女教師がいた。
① 宿題を忘れたり規則違反をした児童に、他の子に気づかれないように股や腕をアオタンができるほどつねる。
② 宿題を忘れた罰として、休み時間に1~100までの数字を数回ノートに書かせる。
③ 騒がしく落ち着いて学習できない時、「こんな騒がしい子供たちを教えることができません。静かになったら学級委員長が謝りにくると許してあげる」と言って、図書室に閉じこもる。
④ 「こんなに丁寧に教えているのに分からないの?何回説明すると分かるのよ!本当にあんたはバカだね」と皆の前で怒ったり嘆いたりする。

このような話は、保護者の訴えがなければなかなか露見されないのが実態と思う。現職時代の私の情報は、学校生活以外の子ども達との触れあいから入手したものなのだ。

このような体験から、教頭や校長になった時には、教育と「体罰」や「信用失墜行為」などの関係について年度当初に話す機会を設けた。また、保護者の声にも耳を傾け、事実関係の調査や事実に基いた処遇に気を遣ってきたつもりだ。

退職間近な管理職は、“事なかれ主義”に陥り、隠蔽を通して保身に努めるきらいがあるので、コメントのような事態が起こるのだと思う。

教育委員会も手ぬるい。問題を起こした教職員は厳罰にすべきである。特に子どもが凄い痛手を受けるような場合であるが。問題教員を異動させて事を済ませようとする態度は改めて欲しい。教育大学を卒業し教員採用試験に合格しなかった浪人組が溢れているから補充は何時でもできるはずである。

また、教職員の問題行動は何に起因するのかも同時に調査研究し、その結果に基き意識改革を図り、再発防止に努めなければならないと思う。

さらに、問題が起きた場合、関係児童生徒と保護者に対しての速やかな謝罪と心のケアを施すことも大切と思う。例えモンスターペアレントの場合であっても心の琴線にふれるような話合いを行い、不信感の除去に努めることが重要と思う。

学校現場を離れて16年、教育長を辞めて8年経つ私なので、アンテナも古く感度も弱くなってきており、洞察力・判断力等が極めて鈍ってきているが、“集団的自衛権以上に教育も重要なのですよ”と時々つぶやいている昨今なのだ(笑い)。

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2014年7月 1日 (火)

小樽「オルゴール堂」と 雨竜郡沼田町の関係

過去ブロ「でんぷん靴が 米に変身?」で、小学1年生の私が、くじ引きで当たった長靴を持って、深川市と留萌市の中間にある沼田町(北海道のほぼ中央に位置する)に米の買出しに行ったことを書いた。

沼田町は母の親戚があったぐらいしか認識していなかった私。何故、沼田町に親戚があるのか?との疑問すら抱かなかったのだ。

ところが、おたる「政寿司」が発行した『小樽歴史物語』(著者:山川隆)を読んで、納得した。関係部分を転載しょう。

 富山県で呉服業と質屋を営んでいた沼田喜三郎は、明治の小樽の好景気に魅せられて、もう一旗揚げたいと49歳の年に小樽にやってきました。彼は大工の経験があったので、オコバチ川に水車を作り、精米業を始めました。

 その水車は性能が良く精米業に成功しました。彼は水車を勝納川や朝里川にも増やして事業を拡げて、北海道で初めての精米の株式会社「共成」を設立しました。本社はレンガ造りで銅版葺き屋根のルネサンス様式で、現在メルヘン通りにある「オルゴール堂」の建物です。

 小樽で精米業で成功した喜三郎は60才を前に社長を退いて、今度は内陸部の開拓に力を注ぎました。郷里の富山県から開拓民を募り、私財を投げ打って開拓に向かいました。喜三郎の努力が実って、大正11年新しい村が生まれました。北海道庁は、土地り信望の厚い喜三郎の名前を取って、「沼田」にしました。現在の雨竜郡沼田町です。

 また、喜三郎は石狩にあった土地も鉄道用地に寄贈しました。駅の名前が『石狩沼田駅』になっています。

1オルゴール堂と沼田喜三郎との関係、沼田町の町名由来を初めて知った私は、祖母の故郷が富山県の山奥にある五箇山であることを母から聞いたことがあったが、祖母や祖父のルーツなど眼中になかったので、調べてみようともしなかった。

“越中富山の万金丹(まんきんたん)”の呼び声と富山の薬の行商の話を、母が話してくれたことを思い出した。

現在、沼田町は「夜高あんどん祭り」で有名であるが、この祭りも郷土富山に由来する祭りなのだ。そんなことを『小樽歴史物語』を読んでこれまでの認識が点から線となり繋がった。

なお、著者の山川隆氏は私が高校から大学時代まで住んでいた教員住宅の2軒隣の人だった。懐かしいhappy01

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