カテゴリー「組合活動」の17件の記事

2013年12月24日 (火)

北教組 新聞広告掲載

12月20日の北海道新聞(朝刊)のテレビ番組欄に北海道教職員組合(北教組)が掲載した広告を生まれて初めて見たモヒャ━━((゜Д゜Uu))━━!!!!!!
1_2
北教組は、道教委から返還を拒否され内部で積み立てている主任手当を、奨学金や東日本大震災の被災地支援に充てる社会還元事業を推進するそうである。

入学準備金などの支出が困難な家庭に暮らす中学3年生向けの奨学金は、12月1日から同月28日まで申込みを受け付け、来年3月、250人に10万円を支給する。

奨学金の支給対象は道内在住で家族1人当たりの認定所得月額2万5千円未満の家庭。返還義務はない。

このほか、東日本大震災の被災地の子供を受け入れるNPOと、宮城、福島両県の朝鮮人学校の支援にそれぞれ充てるとのこと。

過去ブロ(北教組とカネ)(北教組につける薬なし)に書いたが、主任手当の積み立て金は約55億円とのこと(ある市議会議員のブログを読めば)。

確かな金額は分らないが、数十億円ることだけは確かである。

組合費を減額したり、教職員の福利厚生事業に対する助成金や子どもの夢を実現させる「子ども夢作り基金」を設立し運用する方法もある。

いずれにしても、再度検討して欲しい。

にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ 人気ブログランキングへ

クリックありがとう!》

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年11月18日 (金)

対立から話合い・協調へ

学校現場を退職するに当たって、同窓会後輩にはなむけの言葉を贈った。13年前のことであるので、いわば一昔前。あれから学校現場はかなり変わってきているが、歴史の1ページとして記しておこうと思う。

              対立から話合い・協調へ

戦後約50年、本道の教育界は、昭和20年代は学校現場、教育行政、教職員団体等が一丸となって、教育立国を目指して情熱を傾けた時代があった。とりわけ○○管内は「教育王国」と称されるほど、充実した教育がなされていたと聞き及んでいる。

それも、北師の大先輩が、教育に対する確かなビジョンを掲げその実現に向かって各界で敏腕を振るい、強力な指導性を発揮し推進してきた賜であると理解している。

私は、昭和34年に教師として第一歩を踏み出した。当時は「平和と民主主義を守り、教え子を再び戦場に送るな」を大義名分にし、「よき組合員はよき教師である」とのスローガンで、校長も教職員も一枚岩となって、教育実践を通しながら組合活動や教育の諸問題に真剣に取り組んだ時代であった。

しかし、昭和41年にILOの勧告を日本が採択し、校長・教頭が非組合員となってから学校現場の様相に変化が見られてくるようになった。

殊に、主任制度にかかわる抗争により、教育現場において管理職と教職員の人間関係が悪化され、学校運営をぎくしゃくさせていたことは、多くの会員も認めるところであろう。

現在、管内の教育界は表面的に一応の安定した状況にあるとはいえ、何か問題が起きるたびに『人確法』にかかわる主任の制度化、手当支給にかかわる確認事項をめぐって問題が表面化し、学校現場が不安定な状況になることは憂慮すべきことである。

ところが、幸いにも今回、本庁め本部間で主任制にかかわっての「基本的考え方に伴う運用」について合意をみることができ、明るい展望が開けたが、まだ強い拒絶反応を示している会員もいると聞く。

時代は変わった。21世紀に向けて大きな転換期を迎えている。多様な価値観を認め合う現代社会の中で、対立から話合いができる時代へと変化してきている。

また、いじめ、登校拒否、青少年の非行など教育荒廃といわれる現象が目立ち、それに対する学校側の対応にも多くの問題点が指摘されている昨今であり、危機的事態も生じてきている。

加えて、2002年から学校週5日制が完全実施の方向にあり、総合な学習の時間(仮称)の新設を含めた新教育課程の編成など、全職員が一体となって解決しなければならない重要課題が山積している。

従って、今こそ私達は、本道教育が積年抱いていた主任制問題について、如何に立場が違うとはいえ、それぞれが大変な局面に立たされていることを自覚認識し、確執・対立から話合い・協調へと姿勢を転換し、抜本的に解決していくことが、後に続く若手教師に対する私達先輩の責務であると考える。

力強いことに、我が○○班の会員には「さすが北師」と言われている名の通った実践家や理論家、多大な影響力を持つリーダーがおられる。それらの方々が、己のこれまでの立場を乗り越えて、本市教育の方向づけや学校運営組織の活性化等について、強いリーダーシップを発揮してくれることを切望している。                               (平成10年3月20日)

 なお、北海道教育界の派閥については過去ブロ『ストレス 酒びたり 早死に 』を参照願いたい。  

にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ 人気ブログランキングへ

クリックありがとう!》

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月25日 (火)

道内教職員 不適切勤務の実態

“北海道と沖縄県の公立小中学校の教職員が、架空の研修届を提出したり、勤務時間中に教職員組合の活動をしたりしていたことが20日、会計検査院の調査で分った”との新聞報道を目にした。

この問題は数十年前からもあった。服務規程を詳しく知らなかっ私もいい加減な勤務をしてきたこともあったし、他校の実態もよく耳にしていた。その幾つかをメモ的に列挙してみる。

  1. 支部執行委員会(10:00開催)へ出席するため朝から職務専念義務を免じられた(校長も組合員時代)。補欠授業は校長がしてくれた。(勤務1校目の学校)
  2. 支会委員会や分会長会議は通常15:00から行われ、「○○会議に行ってきます」で済んだ。勿論、年休・研修・義務免届は出していない。(勤務2校目の学校:40年代)
  3. 管理職の指導によって服務管理が厳しくなった(勤務3校目の学校:昭和46年より)。組合の執行委員会や分会長会議は年休を行使。
  4. 教職員組合と道教委との間で結ばれた労使協定(昭和46年に結ばれた協定)で長期休業期間中の校外研修・自宅研修が認められた。しかし、研修実態がないにも関わらず研修扱いがまかり通っていた。
  5. 専従意外の支部三役・支会三役などの役員は、2時間程度勤務し、その後、組合事務所に行くという実態が一部地域で恒常化していた。
  6. 特に長期休業に際して、自宅研修なのに、海水浴に行って水死するという事故も起きたし、パチンコや旅行に行っているという実態もあった。2008年12月27日に46協定が失効したが、永年の悪しき慣行は一部で続いているとも聞く。
  7. 長期休業前には研修計画を、休業終了後には実績報告を提出することになっているが、守られていない学校もあった。校長の指導性にも問題がある。

私の教育長時代にも、道教委が全教職員を対象に勤務実態を調査したことがあった。この調査に対して、私が所属する管内の教育長部会で、

「この調査を契機に、教職員の服務に対する意識改革と学校運営の正常化を図ろう。そのためには、ウソや偽りの無い実態を報告し、これまでのウミを出そうsign03」との共通理解に達し、確認し合った。

ところが、提出時期が迫ったある日、教育長部会長であるB市の教育長から電話が入り、管内で一番教職員数の多いA市では、組合役員の3名のみの虚偽の実態報告を出し、他の教職員は正常な勤務をしているので提出しない姿勢でいる。どうしたら良いだろうかsign02」との相談。

私は、教員時代や校長時代にA市に勤めていたので、A市教育長の姿勢に憤りを覚えた。

「あれ程、確認し合ったにも関わらず、そのような汚い手を使うとは許し難い。私も抗議の意を含めて提出しない。貴方(B市教育長)も提出しないでおこう。もし道教委にばれたら、A市が正しい実態報告をしたなら、私も提出する。今回は辞任を覚悟で対処しようsign02。」と2人で確認した。

その後、この調査に関わって道教委から何らのアクションもなかった。給与返還もジェスチャーのように見受けられた。

今回の会計検査院の指摘に対して、道教委は2006年度から5年間の服務実態を調査する方針を表明。不適切な勤務実態が判明した場合、既に退職している教職員も含め、給与の返還を求めるとしている。

道教委は単なるガス抜きの発言ではなく、今度こそ、学校や教育委員会の虚偽報告に対して、厳しい姿勢で望んで欲しいと願っている。

にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ 人気ブログランキングへ

   《クリックありがとう!》

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年10月29日 (金)

過剰接待 北海道から赤坂へ

NHKの昼の放送で東京『神楽坂』の様子が放映されていた。狭い路地に立派な割烹料亭。芸者の三味線とお座敷遊びの一部も披露されていた。

それを見ながら、日教組の役員経験者だった校長の招待で、ある料亭に行った時のことを思い出した。

年増の芸者が三味線を弾き、私にも一曲歌うようにと促す。しかし、どのような歌が三味線に合うのかわからず、かしこまって座っていた。

悦に入った校長は小唄やドドイツなど何曲も歌っていた。日教組役員時代に赤坂でよく遊んだとのこと。何か不思議な光景だった。

ところが驚いたことに、この校長は北海道教育委員会のある幹部を赤坂に招待したことがあったとのこと。派閥抗争の激しい時代に、人事面で有利になるようにとの願いからの行動。

北海道の場合、接待の場所として札幌の『薄野』の一流クラブが利用されていたが、東京の赤坂への招待は皆無のようだった。従って、招待を受けた側はそれに見合う人事や裏金で応えたようだ。所謂、贈収賄にも指摘する過剰接待と思われる。

また、こんなこともあった。ある教育局長が公用車に乗って学校訪問。校長はすぐさま、料亭へ招待。朝の10時半から芸者をあげてのお座敷遊び。

今なら、校長も局長も免職になる行為だが、昭和40年代にはまだこのような不正が行われていたのだった。

たかが教育界の不正問題だが、政財界の癒着などは想像を接するものがあるだろう。ある地方の首長が「お歳暮が30万円相当なら問題にならないよね」と発言したことを覚えている。

また、ある同窓会の会長が、高価な海産物の手土産を幹部職員分持って、各地方教育局を表敬訪問したり、全道指導主幹会議のおりに全員を一流クラブに招待するなどの行為にであったこともある。今は互いに自粛している。

これも平成7年度に実施された『官官接待』や『裏金づくり』が厳しく禁止されたことによる成果の一つなのだ。

いずれにしても、行政サイドの構造的腐敗を許さない厳しい監視の目が必要と思う。

にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ 人気ブログランキングへ

   《クリックありがとう!》

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年8月19日 (木)

北教組につける薬なし

北海道教職員組合(略;北教組)の衆議院議員への不正資金提供事件で、前委員長代理と団体としての北教組の有罪が確定してから初めての定期大会。

しかし、大会では資金提供の実態が明らかにされず、事件の責任の所在もあいまいにのままだった。

論議の過程で、教員の政治活動の制限を強化しようとする道教委(北海道教育委員会)の姿勢を攻撃したり、学力テスト反対をぶち上げ、事件から目を遠ざけようとする執行部の姿勢が如実に現れていた。

全国学力テストが小6で全国最下位となった実態や、不登校が微増している状況に目を背ける姿勢も見られ残念でならない。

今回の不正資金提供問題に対する説明責任を果たさない執行部の姿勢に、不満を持つ組合員が一部脱退を表明しているとも聞く。僅か30数パーセントの組織率しかなくなった北教組はもはやシニタイのようなものだ。

戦後、教職員の待遇改善や教育環境の整備等に一定の成果を収めてきた北教組が、発足後60数年でこのような状態になったことを憂う。

「子どもを健やかに育てるために」果たさなければならない課題は山積している。教育を知らない行政屋さんに任せてはいけないのである。教育のプロ集団として北海道の教育の再生に向けたマップづくりに励んで欲しい。

「展望を持たないリーダーは 犯罪者に等しい」とある人が言っていたが、この言葉の重みを十分に噛み締め、道民の信頼回復に努めることを願っていてる。

にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ 人気ブログランキングへ

   《クリックありがとう!》

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年6月30日 (水)

教員の政治活動と「通報制度」

北教組による政治資金規正法違反事件を受けて、道教委が5月末に導入した、教職員の政治活動などに関する情報を保護者らから受け付ける「通報制度」(情報提供制度)が波紋を広げている。

全国的に例を見ない制度であり、専門家の賛否が分かれる。

制度導入後1ヵ月近くたったが、通報はなく、実効性自体への疑問の声もあるとのこと。

新聞でこれに関する記事を読み、道教委が3月の道議会で自民党から「教育公務員特例法などで制限される公立学校の教職員の政治活動の実態把握が必要」との指摘に、実効性のないことを知りながら、ガス抜きにとったパフォーマンス的制度の導入のような気がする。

昔は、選挙近くになると、地区労単位で各家庭を訪問し「今回の衆議院選挙に立候補しているA候補の後援会の者ですが、よろしければ後援会に入っていただけませんでしょうか。」とか「A候補の後援会の者ですが、リーフレットを置いていきますのでお読み下されば幸いです」と個別訪問をしたものだ。

万が一、警察官に尋問されたなら「日本民主教育政治連盟」(略称:日政連)の会員である名刺大の会員証を提示し、違法な行為はしていない旨を告げるよう指導されていた。

しかも、自分の在籍校の校区を回るのではなく、全く離れた地域を回るよう指示されており、選挙対策本部?では「政党地図」(戸別に支持政党の判る地図)を持参し、警察や反対政党の家には訪問しないよう配慮されていた。

また、時には年次休暇をもらい、札幌市、苫小牧市など全く異なる地域への特定候補の後援会加入依頼活動もしていた。

従って、保護者が見知らぬ人が教職員であるかどうか判別できないようになっていた。このような過去の状況を知っている道教委の幹部の教育行政のあり方に疑問が持たれる。

いずれにしても、教職員の政治活動については、道教委から各地教委へ通達があり、地教委から校長会、校長から各教職員に対して違法な政治活動をしないよう指導するシステムになっている。

問題は北教組幹部の姿勢である。子どもの教育から遊離したような政治闘争は、益々組織率の低下を招くことになるだろう。また、プロ専従の言いなりになる組合員にも多くの問題がある。

にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ 人気ブログランキングへ

    《クリックありがとう!》

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月21日 (金)

隠ぺいのプロ 北教組

北教組違法献金問題が札幌地裁で結審した。判決は6月14日とのこと。検察側は「北教組が会計帳簿を隠ぺいした」と指摘し、長田被告は「組合の対策費から支出した」「隠ぺいしていない」と否定した。

選挙運動を含めて、警察の手入れがあることを事前に予測し関係書類の隠ぺい工作は、私達の組合員時代も行われていた。私も支会役員をしている時に隠ぺいを指示したこともある。

分会長(組合の学校代表)時代は、違法ストや選挙に関する本部の指令・指示・関係資料などを数ケ月間自宅の物置や教室の教壇下、図書室の蔵書の陰などにも隠したものだ。勿論、管理職にも内緒で。

だから、いくら検察庁が家宅捜索しても立件する資料は入手することは困難だ。また、関係者を逮捕しても黙秘権を行使するし、北教組顧問弁護人との相談のうえ作戦を練って対応するので、検察側の思うようには運ばないはずである。

問題は組合員に対して金銭問題の説明責任を果たさない本部役員の体質である。過去プロ『北教組とカネhttp://kyoikuchou.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-516d.htmlをご覧下さい。

ただでさえ組合員の離脱者が増えており、組織率が30数%と聞く。この問題を契機に更に離脱者が増えることも予想される。

正義の味方ではないが、子どもの教育問題に関わってPTAや一般人の賛同を得た闘いを推進するのも教職員団体の果たす役割の一つであろう。

本部役員は「知っているけど止められない」という旨味を味わい過ぎている。今にしっぺい返しを受けることだろう。

先の読めないリーダーは犯罪者に等しいと誰かが言っていたが、正にその通りと思う。

にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ 人気ブログランキングへ

    《クリックありがとう!》

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年3月 4日 (木)

北教組とカネ

政治資金規正法違反事件で北教組(北海道教職員組合)幹部の逮捕が連日報道されている。また、不透明な金の流れに対する組合員の不満が広がっていると同時に、教育への信頼を著しく損ねたとのコメントも報道されている。

それでは北教組が管理・運用している財源はどのようなものがあるかと言えば、一般会計に関わる組合費と臨時闘争資金。それに約30億円の主任手当がある。

主任手当教務主任・学年主任などへの一人一日200円の手当。その手当は管理強化につながるとの理由で北海道教育委員会(略:道教委)に返還してきたが、道教委は受け取りを拒否しているため、宙に浮いた手当は一括北教組本部の管理となっている

かつては定期大会の会計資料などに主任手当の記載があったが、近年は記載がなく、今はどう管理されているか分からないと指摘する組合員もいる。

また、本部の専従役員が退職する際は約5,6千万円?の退職金を手にしているとの噂が一部でなされていた。

いずれにしても、会計処理の不透明がそのような疑惑を生んでいるような気がする。

教職員組合が発足した当時は、全教職員が組合に加入していたが、最近は35%前後とのこと。また、発足当時から数十年間本部の運動方針に批判的な組合員がおり、内部でのチェック機能が果たされていた。

しかし、反対勢力が新しい組合を立ち上げてから運動方針や闘争方針に対して、反対や修正を求める動きが鈍くなり、組合本部の指令・指示に右へ倣いする組合員が増えてきた。

そのような中から、会計処理の不透明さも生まれてきたのではないかと理解する。これを機会に説明責任を果たし、信頼回復に努めることが重要であろう。

注釈〕 北教組の組合費は支部で異なるが40歳前後で月平均1万円とのこと。この額は高いのかどうか判断し難いが、32歳の私の給与明細書(昭和46年:1971年5月分)があったので参考までに紹介する。

2等級14号俸  

  給料60,700円 扶養2,300円       支給計63,000円

  法定差引額   共済短期1,942円 共済長期2,731円 

            住民税1,100円    法定支給額   57,227円

  校内差引内訳  組合費2,290円 住宅料2,230円  

            給食費900円 親睦会費500円 家族会費600円 

            旅行積立500円 電話料63円  校内差引計7,083円

                         差引支給額(手取)50,144円

この明細書で分かることは、組合費と住宅料が同じであり、組合費は給食費の約2.5倍、共済長期(共済年金)掛金の約0.8倍に相当。

ですから結構高い組合費だったが、組合運動の成果の一つである人事院勧告で給料が大幅にアップした。したがって組合費が高いと言ってコボス組合員の声を聞いたことがなかった。

   《いつも応援のクリックありがとうございます!》

にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ 人気ブログランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年9月 8日 (火)

10.21のスト破り 犯人は①だ!

初めての全国統一半日ストがあった10月21日。

その夜、ストを回避せざるを得なかった私を慰めてやろうと、同僚3人が下宿に来

たのです。しかし、私は可なり疲れていたので誰が来ても会いたくないと思い、懇意

にしている向いのラーメン屋さんで時間をつぶしていたのです。

10時過ぎに部屋へ戻ると書置きがあり、葡萄や果物も添えられていたのです。

友愛と信義の日教組。ご苦労さん!慰労に来たのですが会えなく残念!ゆっくり

お休み下さい!」と。涙が出そうなぐらい嬉しかったですが、仲間を裏切ったようで

自責の念にかられたのでした。

その後、数週間してスト破りの犯人は①(マルイチと呼び北師同窓会を指す俗称:

札幌師範学校から第一師範学校に校名変更による)であるとの憶測が流れたので

す。確かに支部の役員も①。市町村教育委員会教育長部会の会長も地域の校長

会や組合の支部長も確か①だったと思うわけです。その幹部等が結託してスト破り

行為に出たとの噂なのです。

しかし、客観的に見ると①でなければ教員でないと豪語していた時代であり、北海

道の教育界を牛耳っていたのです。勿論この噂は③や②などが流していたようで

すが、真意のほどはよくわかりません。

中でも、元道学連委員長を務めたことのある先輩のA教員が北教組E支部の書記

次長(専従)であり、教委連会長とも近しい関係にあったため、彼がスト破りの主犯

格だとの噂です。

この噂に耐えられなかったのかどうかは定かではありませんが、その後、A教員は

東京都の教員として転勤していったのです。確か74歳になるA教員は現在も埼玉

県のある私立高校長として活躍しており、数冊の本を出版しNHKのTVにも出演す

るなど凄腕の人物なのです。ですから疑いを持たれたのも当然です。

いずれにしても、派閥問題を抜きにして北海道の教育を語ることができない状況だ

ったのです。

しかし、その教育界も世代交代により様変わりしてきており、若手教員の同窓意識

は希薄になってきておりますが、各同窓が互いに切磋琢磨して教育活動に取り組

む姿勢が余り見ることができないのは寂しい限りです。派閥の功罪、光と影の部分

を抜きにしてのことですが・・・・・。

なお、派閥については下の過去ブロを参照して下されば理解が深まると思いま

す。

  <ストレス 酒びたり 早死に>

http://kyoikuchou.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-6c6e.html

27歳の時の思い出です。いつも応援のクリックありがとうございます!》

にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ 人気ブログランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月 6日 (日)

10.21スト 非難続出

1966年10月21日午後3時半。緊急分会長会議が召集され、10.21ストに対す

る各分会の対応についての報告です。各分会の主張は

「本校では参加体制が確立しており、午後からストに突入することになっていた。

しかしA校(私の学校)がストを回避したとの情報が11時過ぎに入ったので、組合

員が動揺し、結果的に突入することができなかった。A校がこのような行動に出

なければ、無理なくストに突入できたのに非常に残念である。従って、この闘争の

一番のガンはA校であるので、分会長の見解を聞きたい!」

という趣旨の発言が全体を支配していたのです。

私は、スト体制の確立のため数度に亘る分会会議を重ね相当努力してきたが、

管理職の強烈な切崩しと各組合員の人事面を中心とした利害関係が禍して、結果

的に皆さんに多大なご迷惑をお掛けする結果になったことを深くお詫びする旨を説

明したのです。

ところが、そのような態度でいたら今後予想される組合活動への展望が開けない

と、再度、我が分会を批判し始めたのです。

他分会の本校分会への攻撃に終始している分会長会議に、私は腹が立ってきまし

た。

「本当に闘う力量のある分会なら、例え本校がストを回避したとしても率先して突入

すべきではなかったのか!本音はキリン闘争(長い首で相手方の出方を探り

分の行動を律する態度をやゆして言う言葉)であり、本校が脱落する情報を得て

としたのではないか!本校だけを攻めるのでは筋が通らないと思う!」

と開き直り語気を強めて主張したのです皆は私の勢いに押されて黙ってしまっ

たのです。

その後、各地の情報が入り、隣の町では支会長(市町村単位の組合の責任者)が

雲隠れして情報が入らないとか、私の学校がいち早く脱落したとの情報により、

他の支会もストを回避したとのことでした。

私は、結果的に本校の動向が近隣地域に影響を及ぼしたことを知り、本校に課せ

られた役割の大きさを再認識させられた闘争でした。

なお、日本労働組合総評議会(総評)が呼び掛けたこの統一ストを契機に毎年

10月21日を国際反戦デーとして記念すべき月日に位置づけられたのです。

また、この日は奇しくも1943年(昭和18)に学徒出陣壮行会が開かれた日で

あり、私の誕生日なのです。ですから、誕生日になると必ずデモ行進の動員がか

かったわけです。

あれから43年。振り返ると、感慨深いものがあります。

     《いつも応援のクリックありがとうございます!》

にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ 人気ブログランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)